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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
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知られざる木々

冷たい風に、乾いた葉叢が枝を擦る。

見上げれば、先の丸い、さじ状の葉が螺旋をなしていた。

葉の多くは枝の先端付近にまとまっている。

下から見ると、白い葉裏は、灰色の空に溶けてしまうようだった。

この寒々とした光景にあまりにも不釣り合いではあるのだが、ある種のプロテアに少し似ている、とも思う。身近な園芸植物だと、たとえばユーフォルビアなどにも、枝だけ見れば、ちょっと似たシルエットのものがいる。

「この木、何?」

アリアが枝を一本もぎれば、針葉樹の香りが、ふわりと香る。

今の時代なら、こういう幅広の葉は被子植物と相場が決まっていて、平行脈なら単子葉類、網状脈なら双子葉類を疑え…と言われがちだ。

それで、針葉樹なのに葉が幅広なナギやイヌマキに困惑させられたりする。

しかし。

石炭紀は、被子植物が木本へと進化する、おおよそ1億5000万年以上前の時代なのだ。この時代では、それがどんなに幅広の葉であっても、どんなに花のような構造を持っているかのように見えても、裸子植物であるという前提をもって挑まねばならない。そして、被子植物ですらないのだから、平行脈か網状脈か…といった経験則に近い見分けも、あまり通用しないのである。

「ちょっと、みてみる」

一本の枝を、しげしげと眺める。

葉は、螺生。

長さは、7から8㎝くらい。長いもので10㎝。

さきは丸く、短い匙状。

無柄で、基部は枝を緩く抱く。葉痕はレンズ状…いや、三日月状か。

葉をもぎると、思ったより肉厚でジューシーで、ちょっとだけ指が葉の裏に沈んだ。

ぱきっ。

ツンとした香りが、指にこびりつく。

葉をもぎると、分厚い断面が、三日月をなした。

葉脈は、平行脈…いや、ほぼ平行脈。

縁辺にかけて、いくらか分岐している。中肋はない。

表は濃い緑色で、てかてかとした光沢がある。

そして、裏は白っぽい。

葉表は厚く、筋張った葉脈が、硬くワキシーな表面を裏打ちしている。

裏を触れば、ぷかぷかとした葉肉の上に、やわらかな毛。

ルーペで拡大すると、葉裏に生えたトリコームが、葉脈と並行に並んでいる。

さっと払いのければ、その裏に、葉脈のちょうど間に、平行に並んだ気孔の帯がみえた。

この気孔の帯がなんとも美しかったので、ルーペ越しに、何度か撮った。

美しかった、というだけではない。

これなら、自信をもてそうだ。

視界がぱっと、明るくなった。

冷たい空気に、少し暖かさを感じたので見上げてみれば、アリアもリリィも、観察する私を覗き込んでいた。

じっくりと観察していたので、何かとても珍しいものなのか、と思ったのだろうか。

いや…とても珍しい生き物は、私のほうか。

えぇ、もちろん、アリアの手にはレンズが光っていた。

バッチリ、撮られている。

私はふん、と顔を上げ、自信をもって答えた。

「Noeggerathiopsis、でいいとおもう」

「え、いまなんって?」

「Noeggerathiopsis、Cordaitesと同じっていう人もいるけど、少なくとも、一般的なCordaitesじゃない。表面からだとこの気孔の配置がポイント。できればクチクラと維管束も見ておきたいけど、それは持ち帰ってから鏡検かな」

ついつい興奮して、早口になってしまっていた。聞き返されたのも納得である。

「Cordaitesだと思ってた…いちおう、コルダイテス類、ってことであってる?」

「ま、いいんじゃないかな…たぶん。」

そんなとき、くるくると回りながら降ってくるものがあった。

なにかの羽虫かと思ったので、さっと手を伸ばして捕まえる。

しかし残念、タネだった。

薄く、ハート型の羽根がついていた。

ふむ、Samaropsis型か。

このタイプは割といろいろなグループに見られる…。

分類には残念ながら、そこまで役には立たなさそうだ。

しかし、コルダイテス類の種子としては、矛盾するものではない。

「ところで、さっき「っていう人もいる」っていってたけど、いつ頃の話?」

アリアはひゅっと覗き込んだ。

彼女は知っている――21世紀以降、大暗黒時代において古生物学がほとんど、停止していたことを。

「えーっと、19世紀おわりSeward、20世紀後半のMeyen、あとは…」

「もう、千年も前じゃない。カジュアルに出てくるの、不思議」

…たしかに。

古書堂で読み漁った名たち。

そのあたりの感覚は、たしかに、ずれているのかもしれない。

「…そうだね。たしかに…変なのかも」

「今の人のことより、やっぱり興味あるから?」

アリアは間髪を入れなかった。そう、行きの宇宙船でも、似たような話になったと思い出す。大暗黒時代の人々は何も残さず、何も生み出さず、教科書に載る名はなかった、そして…わたしにとって、彼らは確かに、文字を残した人々より遠い存在であるように思えたのは確かであった。

「ヘン…かもね」

そういったとき、行きの会話を思い出して、ざらりとしたものを感じた。

「ま、ケイらしいってもんよ。」

「あと、違うって直観は、何年たっても、生きてることがあるから…」

正しさに悩みに悩みぬき、わからぬことに対して生きた文字を自力で書き残した人々のほうが、正しさを妄信して、そもそも正しいものがあるという前提の下で付き従い、そうでないものを異端として切り捨てる者どもよりも遥かに信頼できる、と思いながら。そして、わからないがおそらく違うように思われる、という直観…いや直観という表現は根拠のないという意味をはらむから語弊を招くので使うべきではなかった…言い換えるならば、解釈、だろうか?は、尊重されるべきだし、少なくとも同じだからと言って排除されるべきではない、などと思いながら。

「新しくわかったからと言って、正しいとも限らない、昔のほうが正しいこともある、ってことね?」

「そう、彼らは…いなくなったわけじゃないから。ボクたちは、引き継がなきゃいけない」

そう、話を合わせた。

…そんな簡単にまとめられても困る、とも思うのだが、しかしそうだからと言ってここで話し込むのもあまりよくはないように思われた。真理などというものを仮定して、それに縛られた教条主義になるべきではないと思っていて、うーむ…まぁ、そのあたりは、いい、か。


「で、この木の、ポイントは?」

私は、改めて見上げて、少し考えこまざるを得なかった。

針葉樹の系譜にあたる、と、この“幅広の”葉をつける植物を前にしていっても、説得力はないだろう。幹断面を示して仮道管の話をするか?

雌胞子嚢穂や雄胞子嚢穂にしたって、あるのは5mはありそうな木の上の方だ。

とりわけ現在の針葉樹に似ているわけでもない。ただ…

「現代の樹木につながるような多様なニッチを、最初に多様化して開拓したグループ、とは言えると思う。多様化していたらしいとはわかっていても、よくわからないことが多い、というやつ」

「どういうこと?」

「どうやら色々いたらしい、とはわかっても、全貌はよくわからない…コルダイテス類、と広くとらえても、高さ数十センチの低木から40mを越える高木までいた」

おそらくあの、湿地に渡してある板材もそれだろう。

しかし…わからない。

過去の世界には、わからないことが多すぎる。

「そもそもこのNoeggerathiopsisがコルダイテス類かどうかということについても、できれば胞子嚢穂は回収してよく研究しないと、なんともいいにくい…まだ未解明のところが大きすぎる。植物体のサンプリングと再分類が楽しみでならないよ」

森を作る最も一般的な木々ですら、知らないことばかりなのである。

「じゃ、ドローンで花とってく?」

できるんかい。

あとそれは胞子嚢穂で、花じゃ…と言い出しそうになって。やめた。



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