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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
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―描写を支える科学的背景― ユーシカルシノイド類について

ユーシカルシノイド類 Euthycarcinoidsは、よくわからない節足動物である。その類縁関係に関しては古今さまざまなものが試みられ(甲殻類、多足類、鋏角類、フキシャンフィア類、六脚類、アグラスピス類、等等)議論が沸騰してきたが、ここでは深入りしない。

なぜならば、それが何の系譜に属するかということについて熱い議論が繰り広げられるということは、それが何の系譜に属するか必ずしも自明ではないからゆえである。


わからないことに、耐性をつけよう。

とくに、初学者にとって、〇〇に近縁であるという解釈はしばしば有害ですらある。たとえば、ムカデのように復元されたアースロプレウラの何と多いことか!見聞きしたことのある現生の分類群と短絡させすぎである。

特にユーシカルシノイド類のような「よくわからない」分類群に対し、〇〇の仲間とくくるのは極めて有害だろう。

よくわからないものであることを認めることこそが大事であり、そのうえで諸説を楽しむべき代物である。


したがって、ここではユーシカルシノイドが「どのような」生き物であるか、という事に焦点を当てたい。


さて、ユーシカルシノイド類を見ていこう。

一見したところでは、ワラジムシに多節からなる尾をつけたような生き物であり、慨形としては陸生ホタルの幼虫などある種の昆虫の幼虫に、「雰囲気だけ」似ている。最も近いものはカンブリア紀のフキシャンフィア類だろう…フキシャンフィア類との類似性は真のものであるとする説もあるが、安易に賛同せずに流しておく。


構造について話す前に、まず2つだけ用語を導入したい。背板Dorsal tergitesと腹板Ventral sternitesである。

その前おきからはじめる。

節足動物は節で分かれた「電車」のようなイメージを持たれていると思う。つまり、1節が電車の1車両に相当し、それがつながっているイメージである。ムカデを想像してもらえばよい。エビやザリガニ、クモなどはどうなっているのか?といえば、体節が癒合してしまっているか(つまり車両同士が溶接されてしまったかのように)もしくはより前の体節から伸びた甲皮が後ろの体節をピッタリ覆ってしまっているか、(つまり前の車両が"覆い被さっている")ということになる。


しかし、ユーシカルシノイドにおいては、まずこの素朴な概念が成り立たない。

背側から数えた体節と腹側から数えた体節の数が釣り合わない。

つまり、最初の電車の喩えでいえば、天井は6両編成なのに、客席は14両編成、みたいなことが起きている。

(ちなみにヤスデもそうではないかと思われるかもしれないが、ヤスデは1節につく足の数が多いだけで、きちんと"割り切れる"。)

なので、初学者には耳慣れない単語である背板Dorsal tergitesと腹板Ventral sternitesを導入して考えよう。これは全ての節足動物に当てはまるのだが、一般の会話で登場することは稀である。先述の通り、背板と腹板の数がズレることはそう多くないからだ。

なので、背から見える体節を背板の数、腹から見える体節を腹板の数、と捉えてもらえば、ひとまず議論についてこれるだろうか。


では、頭から見ていこう。

ユーシカルシノイド類の頭部は、2つの背板からなる。2本の触角をもつ前側と、顎を持つ後ろ側の2つの体節からなるのだが、頭の前側を構成する体節が妙に丸みを帯びていて、後ろ側を構成する体節が胴部前部と極めてよく似ていてアウトラインも連続するせいで、素人目にはどうしても、頭が小さく丸い1節で、その後ろに胸が続くように見えてしまう。

そもそも節足動物において頭とは何なのか、といえば、大まかにいえば、目、触角、顎を持つ器官である。甲殻類の頭は触角が2対、大顎が1対、小顎が2対ある。六脚類(昆虫など)と多足類は触角が1対、大顎が1対、小顎が2対。

クモなどの鋏角類は鋏角と付属肢基部が顎のように用いられ、頭とは言わずに前体prosomaというが、実質的に前体が頭に相当するらしい(Dunlop & Lamsdell, 2017.)。

エビのように頭から伸びた背甲が胸を覆ってしまって癒合しているような際には頭胸部という。

さて、ユーシカルシノイドに戻ろう。

ユーシカルシノイドの場合、「頭のように見える」先頭の体節からは触角が出て、その繋ぎ目付近から目が出て、次の大きな体節に1対の大顎があることがある。巨大な上唇をもつ、あるいは頭部2節のうち、先頭の体節の腹板が後方の体節の半分ほどを覆い、あたかも上唇のようにみえる種が多い(Racheboeuf et al., 2008)が、そのような種ではどういうわけなのか、大顎は見当たらない。小顎は(保存が極めて良い標本も多数発掘されているのにも関わらず)今のところ知られていない。板状構造が2枚の場合もある(Sottyxerxes multiplex)。

なぜ巨大な”上唇”を持つものでは大顎が消失するのか、ほかのグループに対応するにしても小顎が見当たらないのはなぜか、などなど…こうした口器のバリエーションは不可解な点を多く含んでいるため、これ以上追求することを避ける。


さて、胴部にうつると、胴部は前側の幅広で付属肢を持つ部分(preabdomen)と、後ろ側の付属肢を持たない部分(postabdomen)に、前後に分けられる。

前側(preabdomen)から見ていく。

背側から見ると、頭部の"後ろ側の"体節とほぼ同幅の背板が数枚ふつう5節(Euthycarciniformes)もしくは14枚(Sottyxerxiformes)の)並んでいる。(Antarctocarcinusのように幅広の突起を持つものもあるが、それにしたってシルエットは頭部2節目に連続する。)

腹側では背板と無関係に(1枚の背板につきおおよそ2~3枚だが、はっきりと対応していないように見える)、より幅の狭い腹板が並ぶ。腹板に対応して単純な、単肢型の(多足類や昆虫の足のように、足は2つ以上のパーツに分かれていない)、付属肢が並んでいる。単肢型付属肢は現在でこそ陸上節足動物において一般的だが、古生代の節足動物としてはむしろ少数派といえる(Liu et al., 2021)。付属肢は極めて単純で12-14節の先細りした円筒形である。ふつう突起はなく、剛毛すらない種もある。


胴体後部(postabdomen)には最大6節ほどの、付属肢を持たず細長い筒状の体節が続き、尾節に終わる。


上記が現状でひとまず知られているユーシカルシノイド類の大まかな体制となる(より詳しい部分もわかっているものもあるのだが、一般化できるかどうか、という観点から省いた)。


さて、ユーシカルシノイド類がどのような環境に生息していたかといえば、主に汽水から淡水域である。

カンブリア紀からはいくつかの海産種が知られているが、バージェス頁岩型生物群にはほぼ出現しない(似たものがあってもフキシャンフィア類などとされる)。

水際から湿った陸地を這い回っていたようであり、足跡化石の産出が多いこともこのグループの特徴的な点と言える。おそらく最初に陸上に進出した節足動物の一つであり、気門および気管らしきものが見られるものもあるが、完全な陸上に進出したかは定かではない。おそらく浅い水中から湿った水際に生息していたのだろう。ユーシカルシノイド類の化石記録はおもに生物多様性に乏しい淡水環境であったようで、淡水域から知られる多足類様の足跡化石もユーシカルシノイドのものが含まれていると考えられている。


さて、作中ではゴンドワナの高緯度域の水際に生息する生物としてユーシカルシノイド類の一種を描いたが、これはペルム紀前期のAntarcticarcinusが氷跡湖でカイエビ類と共に見つかっていることや、Diplichnitesなどの多足類を想起させる足跡化石が石炭紀後期のゴンドワナの淡水域から多数知られている事による。

少なくともユーシカルシノイド類はゴンドワナ氷床の縁にできた高緯度の極寒の淡水環境に間違いなく進出できた、あまり多くはないグループの一員である。

そして、ユーシカルシノイド類はカンブリア紀に端を発する、現在の節足動物とは類縁関係のよくわからない節足動物の中では最も長命であった。


最後の化石記録は、三畳紀中期からのEuthycarcinus kessleriである(皮肉にも最初に記載された)。

古生代を通じて三畳紀まで独特のニッチを確立していたものの、その生存期間のほとんどにわたって化石記録は必ずしも多いものではない。


彼らがいつ、なぜ絶滅したのかはいまだに推測の域を頼るほかないが、一つ確かなこととして、このよくわからない節足動物は、今はいないし、今いるどの節足動物にも簡単には割り当てられないということである。


日本国内でユーシカルシノイド類の展示はほとんどない。

しかしながら、国立科学博物館に展示されている巨大な足跡化石は、カンブリア紀後期の陸上環境でつけられたものである。足跡の主は少なくとも8対の同型の歩脚と尾剣を持っていなければならず、カンブリア紀にこのような体制を持つ陸上動物はユーシカルシノイド類以外に候補はない。(Ortega‐Hernández et al., 2010)

もしもこの足跡化石がユーシカルシノイド類であるとすれば、カンブリア紀には巨大なユーシカルシノイド類が陸地を這いまわっていたことになるが、そのような化石記録はいまだに知られていない。



Ortega‐Hernández, J., Legg, D. A., Tremewan, J., & Braddy, S. J. (2010). Euthycarcinoids. Geology Today, 26(5), 195-198.


Collette, J. H., Isbell, J. L., & Miller, M. F. (2017). A unique winged euthycarcinoid from the Permian of Antarctica. Journal of Paleontology, 91(5), 987-993.


Racheboeuf, P. R., Vannier, J., Schram, F. R., Chabard, D., & Sotty, D. (2008). The euthycarcinoid arthropods from Montceau-les-Mines, France: functional morphology and affinities. Earth and Environmental Science Transactions of the Royal Society of Edinburgh, 99(1), 11-25.


Dunlop, J. A., & Lamsdell, J. C. (2017). Segmentation and tagmosis in Chelicerata. Arthropod structure & development , 46(3), 395-418.


Vaccari, N. E., Edgecombe, G. D., & Escudero, C. (2004). Cambrian origins and affinities of an enigmatic fossil group of arthropods. Nature, 430(6999), 554-557.


Liu, Y., Edgecombe, G. D., Schmidt, M., Bond, A. D., Melzer, R. R., Zhai, D., ... & Hou, X. (2021). Exites in Cambrian arthropods and homology of arthropod limb branches. Nature communications, 12(1), 4619.

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