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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
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いざ、湿原へ

 

鋼とコンクリートの仕事場を抜けると、パッと視界が開ける。

夏だというのに、どこか灰色を帯びた原野。

ひんやりと湿った風が、毛皮を撫でるように、色の波として伝わっていく。

ちょっと身震いして、ジャケットを羽織った。

草は、生えていない。

立ち並ぶのは、スギナに似たトクサ類と、棒サボテンのような、何かだった。

棒か柱のように伸びた、1mやそこらの植物。

風が強くなるとびんびんとしなって、ちょっと滑稽だった。

じっとりと湿った湿地だというのに、まるで砂漠に生い茂るサボテンみたいなのだ。

シュテルンベルクが見たら、

「石炭紀に茂っていたのは、やはりサボテンではないか」

とでもいったかもしれない。*

そして、プラハより寒いこのツンドラ気候に、まちがいなく閉口したことだろう。

よく見てみれば、細長い菱形の模様がずらりと並び、その中からにょろりと、針みたいな葉がつきだしている。

葉の裏は白い。

あぁ、だから風に吹かれて、色が変わって見えたわけである。

立ち並ぶ姿は、すこし、剣山にも似ていた。

その間から、どこかタラの木やニワウルシを思わせるシダ種子植物もまた、ぽつぽつと顔を出し、鮮やかな緑のパッチをつくることもあった。

そして、さらにそれを見下ろすように、どこか柳を思わせる木々がぽつり、ぽつりと背を伸ばし、すこし灰色を帯びた、細長い葉を茂らせていた。

風が吹くたび、ぱらぱらと、なにやら種子らしきものをとばしている。

この地の夏は、短い。


湿原。


いかにもぬかるんで沈みそうだが、そこに、板材を渡して、通路が作られていた。

観光客もいまいに、こんなところに一体、誰が来るのだろう。


一歩進むごとに、板材はぐにゅり、と泥の泡をふきながら、きしんで、沈んでいく。

地熱と夏の日差しは凍土を溶かし、泥濘を支えるものは、ただ植物の頼りない根のみ。

足元を覗き込めば、コケ植物と柱のような植物の幼株が、みっちりと茂っている。

柱のように育つ前だと、短い葉が、まるでウニのような、ロゼット状の草に見えた。


そこを、一匹のワレイタムシが、のそのそと歩いているのが目についた。

大きさは、1.5㎝ほど。

このマダニを幾分ごつくしてクモと混ぜたような動物は、足の短いある種のザトウムシにもよく似ていた。しかし体のくびれはあまり無く、足は異様なほど太く、クモをよく知らない人が作った、クモのぬいぐるみのようだった。


一匹目につきはじめると、次々に見当たる。

どうも、昼夜関係なく動き回るらしい。

その小さな目から、もちろん夜行性だと思っていたので、少し意外である。


動きは、鈍い。

のこのこ、と這いまわり、影や隙間に第一歩脚で探りを入れる。

そして、頭を突っ込んで回っては、たまたま居合わせた獲物を、その触肢と発達した第一歩脚でのそり、と丸め込んでとらえる様子であった。


一匹を捕まえてみれば、かっちりとした手触り。

まるで、甲虫を思わせるような硬さである。

腹はでっぷりと膨れ、いくつかに割れた背板がたわみ、曲率を合わせている。腹部もまた強靭な外骨格で、おなじ飽食した鋏角類でも、サソリやヒヨケムシよりも、サソリモドキを彷彿とさせた。


後ろを向いた鋏角の“牙”には、小さなヤスデを抱え込んでいる。

ちょうど食事中であった。


鋏角はややセミの前足にも似ていて、後ろを向いたカマ状になっている。この間に獲物を挟み込み、つぶしながら後上方にある口に押し込んでいくのだろうか?

いや、しばらく手に取っていると、鋏角は前後に動かされながらヤスデをすりつぶし、ミンチにしながら"搾り取って"いく。

消化液と混ぜて、ミンチのようにして対外消化して砕きながら絞り、搾りかすを捨てる、という食べ方なのだろう。

みるみるうちに、外骨格の搾りかすができていった。


ところで、捕まってひっくり返されているというのに、ほとんどろくに抵抗もせず、まったく食事をやめようとしない。

とはいえ、背板と頭胸部がロックされてしまっているために、背中から把持されてしまうと、文字通りでも足も出ないのかもしれない。


このあたりのおおらかさは、カブトガニにも通じるものがある。

なにせ__ワレイタムシ類は地上に最初に上がった捕食性節足動物である。それを捕食する生物は元々ほとんどいなかったのかもしれないし、この高緯度の凍てつく湿地帯では、今もいないのかもしれなかった。

カブトガニなんて、手に持って餌を口に突っ込めば勝手に食べ始めるのが当たり前なくらいである。


ふむ、興味深い。

幾つかを摘まんで、あしもとをみてみれば、立ち止まった時間の分だけ、板が沈み始めていた。

道は、木々の下へと、続いている。


*脚注

Sternbergの石炭紀サボテン説は、ESSAI D'UN EXPOSÉ GÉOGNOSTICO-BOTANIQUE DE LA FLORE DU MONDE PRIMITIF.における、Variolaria ficoides やStigmaria melocactoides(のちのStigmaria ficoides)などにあらわれる。ほかにも同時期の、Lindley & HuttonのThe Fossil Flora of Great Britainなど。

19世紀序盤の博物学者たちはリンボク類の根状構造であるStigmaria、およびSigillariaなどを、しばしばサボテン科やトウダイグサ科のものと比較している。

解説は主に、英文および日本語の文献やサイトがない場合につけています。

ワレイタムシ類に関しては幸いにも日本語Wikipediaおよび、「節足動物の多様性と系統」など充実した文献もあるので、そちらをご参照ください。



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