泡、鎖帷子 -太古の魚は、鱗も取れぬ-≪登場古生物: パレオニスクス類≫
陽は、もう高く昇っている。
時計を見れば、昼の11時。
日差しは柔らかく、霧に霞む。
ひんやりとした風に、温泉から漏れ出た湯気がふきちらされていた。
湯煙でかすむ、灰白色の箱が並んだみたいな居住区を抜けると、さび付いたクレーンや鉄塔の、ごつごつとした輪郭が空を切り取っていた。
こつり、と足に触れるものがある。
真っ黒な小石がひっくり返って、その断面が鮮やかなピンク色であることに気づいた。――マンガンか。
気にしてみると、足元に転がっているのは石炭やら鉄鉱石やら石灰岩やら、回収時に零れ落ちたのであろう、さまざまな鉱石の破片であって、ただの石ころ――ただの石ころなんてものはないのだが――なんてものは、一つたりとて転がってはいなかった。
薄灰色に濁った大河には、浚渫によって切り開かれた航路が、川面からでもはっきりと見えた。川底も見えぬ濁り水というのに、波間の動きがその水底を教えてくれるとは、なんとも興味深い光景であった。おそらく、深い場所では流れが速くなり、また川底の起伏が水面に与える影響が少なくなって、一層速く、静かな水面として見えるのであろう。
港をみやれば、今日は静かに止まる一隻のみ。
働く人は、一人もなかった。
働く日は働き、働かぬ日は働かぬ。そういう土地柄であるらしい。
ただ5人ほど、釣り糸を垂れるものがあるのみであった。
「ねぇあなた、撮ってもいい?」
アリアは声をかけて回った。おう、どんどん撮ってけ、というものから、軽くうなづくだけのものもいる。
魚籠には、15㎝ほどの魚が10匹ほど、入っていた。
黄土色の魚体を覆う鱗は硬く鎧のようであり、菱形のタイルのようであった。
濁った水中、魚体は見えぬ。
しかし、彼は仕掛けを的確に、狙ったかのように入れるのである。
そして、すぐにあたりが来る。
竿がくい、としなり、びくびくとした振動とともに魚体が上がる。
見事な手際に、私は口をぽっかりとあけるほかなかった。
「どうやってるんですか?」
と聞くと、
「見とれ、泡が上がるだろ」
そう、彼は指さした。
たしかに、ふつふつと泡が上がっている。
――古典的な魚の描写でもあるまいし、
そう思っていると、水面に素早く一匹が上がってきて、“息継ぎ”をした。
「ほれ、息を吐いたあぶくが群れの上にできる、そこだ、餌を垂らしてみい」
そういって竿をぽん、と手渡されると、あぁたしかに、10秒とたたずにびくびくとした振動がきた。おぉ。
軽く合わせを入れると、ぐいっと引き込んで、手にぐいぐいと振動が来る。
「結構大きいな」
そして、ようやく顔が出た――その顔は少しカタクチイワシにも似たものである、大きさは20㎝かそこらあるだろうか。
ちょうどよいたも網があればいいが、いかんせん手持ちがない。
ごぼう抜き、できるか?
しかしこの魚、顔が水面に出ても一向に抵抗をやめない。
ええいっ。私は勢いをつけて、竿のしなりを生かして魚を上へ放り出した。
堤防の上に上がったそれは、先ほどとよく似た、鎖帷子のような鱗で身を固めた魚だった。鰭を右へ左へとうねうねと動かし、まるで這いまわるように進む。
さて――この魚もまた、正体の見当もつかぬ。
原始的な条鰭類、ではあるのだろう。
いわゆる、パレオニスクス類と言われがちな、ごく初期の条鰭類。
原始的過ぎて、どの仲間というかは非常に難しい。
「これこれ、焼いてべりっと剥いて食べるやつ!ジュラ紀の野宿でおなじみ」
と、アリア。
なるほど、ガーパイクの食べ方と同じというわけか。
「火を通すとカパッと剥けるのよね、剥いて背中をパクっと。釣っても釣っても可食部はほんのちょっと。山積みにして酒のつまみにするやつね」
リリィのいう食べ方は、どっちかというとアメリカザリガニ料理を思わせる。
サイズ的にも、労力対効果はあまり見込めなさそうだった。
さて――このような原始的な鱗を持つ魚は、今ではポリプテルスくらいである。
パレオニスコイド鱗(パレオニスクス鱗)といって、骨質、象牙質、ガノイン層からなっている。そう、歯に似た構造をかなり残しているといえるのだ。ガーパイクやアミアをはじめとして似たような鱗を持つ魚はいるが、どれもあるていど改変されてしまっていて、オリジナルなものはめったに見られない。
鎧のようにビッチリと硬く覆っているのは、これらの魚の鱗には突出部とそれに対応するソケットがあって、それがぱちぱちと噛み合って関節しているためである。
逆撫でしても、つるり。
鱗の重なりあいは、ほぼない。
「鱗を取る」ことはほぼ不可能、皮を剥くしかないのも納得である。
原始的といえば、空気で息をするのもそうである。
あまり知られていないことだが――硬骨魚においては、肺を呼吸に使うほうが原始的なのだ。
概ねそんな内容の解説をしながら、動画に撮られた。なんとも言えない、という話ばかりだったが、それで良かったのか。
さて、みな同じ種のようだったので、5匹ほどを標本としていただくこととして、港を発つ。
川面からたつ霧のむこう、工場の裏側から、ざわざわと、風に吹かれるこずえのざわめき。今日の目的地は、港と工場を越えた向こう、そこに広がる森なのである。




