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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
凍てつく地でも、採集を。
110/227

―描写を支える科学的背景― トンボの翅は、元々6枚だった

解説

今回の解説は、6枚翅のトンボ類について。

作中では、6枚翅のうち2枚は前上側に立っているという、まるでカナード付き戦闘機のような奇抜なスタイルの「とんぼ」が登場しました。

本作はサイエンスノベルですから、むろん根拠なしにクリーチャーを描いているわけではなく、むろん実在するものを、可能な限りの精度で描いています。

というより、むしろトンボの翅が4枚であることのほうが二次的な形質であるようなのです。


その前に、本稿で扱うトンボの定義について軽く書いておきます。

前々回の解説では石炭紀にゴキブリはいない、ということを書きましたが、トンボは果たして、そもそも居たのか?ということにまず触れねばなりません。

古生物において、現生のグループに繋がる枝を考えたとき、そこにつながる絶滅種はステムグループ、たとえばステム〇〇類と呼ぶことができます。例えば、恐竜は現生種で言えば鳥類とワニ類の分岐のあと、鳥につながる系譜に属する絶滅グループなので、ステム鳥類です。

現生種が2つのグループに分けられている場合、その分岐より前に分岐した種に関しては2つのグループのどちらとも言えない、ということになり、その2つのグループをまとめたより大きなグループのステムグループとなります。

ゴキブリの場合、少なくともペルム紀以降にゴキブリとカマキリがわかれたので、その分岐より前にわかれた種に関しては、ゴキブリともカマキリともつかない生き物である、ということになります。ゴキブリとカマキリを合わせて網翅上目と言いますが、この場合石炭紀のゴキブリ様昆虫はステム・網翅上目であって、ステム・ゴキブリ目でもステム・カマキリ目でもないということです。

一方で、トンボに関しては、石炭紀以降に分かれて現存している、トンボとは一見して異なるグループは今のところ知られていません。つまり、石炭紀からトンボの系譜を追いかけることができ、極めて原始的だがトンボの系譜に属するものとされているメガネウラや今回紹介する奇妙な6枚翅状のトンボ類に関しても、ステム・トンボ類として扱うことができます。

えぇ、ここまで書いて「ムカシアミバネムシ類Palaeodictyoptera でしょ」と思った人がいるかと思います。

この有名な、トンボ類とは別系統のグループについては、後々別の解説で扱わねばなりません。

ここで述べたいのは、ステム・トンボ類においてもなお、6枚翅状の形態が見られるということです。


さて、本題にうつりましょう。

昆虫の胸は前胸Prothorax、中胸Mesothorax、後胸Metathoraxの3節からなります(だから足が6本なわけです)。しかし、3節あって脚は6本あるのに、翅は4枚しかない、というのは、言われてみるとちょっと変なことです。事実、ムカシアミバネムシ類では6枚の翅をもつものが多く知られていますが、トンボ類でもそうでした。前一対の小さな翅状構造を、Prothoracic wingletといいます。これをもつ6枚翅のトンボは、石炭紀前期SerpukhovianのアルゼンチンからのArgentinalaと、石炭紀後期初頭NamurianのドイツのErasipteroidesから知られています。Erasipteroidesのものは退化的なのですが、ArgentinalaのProthoracic wingletはかなり発達しており、保存状態からは関節構造があった可能性すら指摘されます。となれば、翅様構造というより、真の6枚翅ということになるでしょう。

さて、ArgentinalaとErasipteroidesはその特異な特徴を共有するにもかかわらず近縁であるわけではないようです。むしろ、どうやらトンボ類はもともと6枚翅状で、Prothoracic wingletの2枚が退化したグループが生き残ったと考えられます。また、ArgentinalaおよびErasipteroidesはどちらも、もっとも原始的なステム・トンボ類であるというわけではありません。羽の翅脈からより原始的とみられるステム・トンボ類は他にも多数報告されており、これらの翅も6枚翅であったと考えられます。

このことは、現在みられる昆虫において、6枚翅から4枚翅への変化が、少なくともトンボ類とほかの昆虫で独自に進行したことを示唆しているようです。

トンボ類のHox発現、とくにScrについては興味深いものがあります。

なぜならこの遺伝子がほかの昆虫類においては、前胸における翅の形成を抑制しているためです。しかし、トンボ類についてこれを詳細に調べた例を私は知らず、今後の研究が望まれます。


*補足

Argentinalaは長らく未記載のEugeropteridaeとして図示され続けたが、Petrulevičius, J. F., & Gutierrez, P. R. (2016)では大胆に分類が改定されている。Eugeropteridaeの復元として描かれるものは全てArgentinalaに基づくため、今後図示する場合はArgentinalaの復元図と書くのが無難だろう。

*補足2

オオトンボ類(メガネウラなどを含む)を含むOdonatopteraの現生群はトンボ目Odonataのみであるため、ステムOdonatopteraとステムOdonataの含む集合は同じになります。

*補足3

繰り返しますがPalaeodictyopteraについての話は別です。

この混沌とした素晴らしいグループに関しては、またいつか語りましょう。


Petrulevičius, J. F., & Gutierrez, P. R. (2016). New basal Odonatoptera (Insecta) from the lower Carboniferous (Serpukhovian) of Argentina. Arquivos Entomolóxicos.

Gutiérrez, P. R., Muzón, J., & Limarino, C. O. (2000). The earliest late Carboniferous winged insect (Insecta, Protodonata) from Argentina: geographical and stratigraphical location. Ameghiniana, 37(3), 375-378.

Bechly, G., Brauckmann, C., Zessin, W., & Gröning, E. (2001). New results concerning the morphology of the most ancient dragonflies (Insecta: Odonatoptera) from the Namurian of Hagen‐Vorhalle (Germany). Journal of zoological Systematics and evolutionary Research, 39(4), 209-226.


※前進翼としてのprothoracic wingletはマクロスゼロのSv-51γでもあるまいし、と思われるかもですが、Bechly et al., 2001では翼に干渉しないよう斜めに配置されたとする解釈をしており、Fig.14でも前進翼として解釈されています。


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