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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界
11/199

まえがき 「過去に行く理由」

――はるか未来、宇宙に人が植民し、地質時代への植民すら始まったころ――




――いま思えば、私は過去に行かねばならなかったのかもしれない。

そう書きつけた筆跡は、黒というより、くすみきった、青だった。

「割といいボールペンだと、思っていたんだけどな。」

旅の道中おきたさまざまなことを書き終え、かつての相棒を置くと、私はそう、独りごちた。


散漫な文章になってしまったかもしれない。

道中出会ったありとあらゆる生き物や物珍しい出来事について書いたから、うんざりするほど長く感じられるだろう。

それに、恐竜に追いかけられ食われかけるだとか、何か神秘的だったり、人智を越えたような事案が起きるだとか、そういったことごとに出会ったわけでもない。私はただ旅をして、帰ってきて、起きたことごと、思ったことごとを記しただけである。


それを、今終えた。

道中につけたメモは膨大だった。

それに、思い出したことを何万字と書き綴った。

編集作業に紙とインクを使うなどまったく今風ではないが、この旅ではむしろ、そうしたアナログなメモばかり残っていた。


旅の間、そして帰ってきてから、ありがとう。

私はボールペンを供養がてら、有機ELの光に透かした。

軸に刻印された金色の文字は、擦り切れかかって、かろうじて判別できる。

そこには、材質が書かれているはずだった。

とびとびの金文字は、あまり保存のよくない、印象化石みたいだ。

欠けた漢字の一角一角をところどころ繋げながら、かろうじて、判読できた。

白亜紀で採掘された、タングステン。

火星で精製された、コバルト。

ペン先のボールの煌めきは、時と宙のはざまにあった。

スプリングの鉄すらも、小惑星から。

地球のものといえば、安っちい、ポリ乳酸製の筐体だけだった。

もう、朝だ。

スチールラックの一段に突っ込まれた、布団代わりの寝袋にひっくるまって、私はこの原稿を夜な夜な、書いていたのだった。――机なんて、ないから。

そこから、ひょいと顔を出す。

ヘルメットやピッケル、ウェーダーやライフジャケット…探検用具や採集道具の山が、いやがおうにも目に映った。

――就職してからは、ろくに使う機会もなかった。

これじゃまるで、タコの巣穴みたいだ。

――そうだ。

出勤前に、あれを冷やして、帰ってから景気づけに一杯やりたかった。

と、昨晩思ったことを、思い出す。

私は、がしがし、と音を立てながら、その、ウナギの寝床みたいな、がらくたの間を降りていった。

ぎしり、と音を立てて、扉が開く。

薄暗い、灰色の廊下。

ひょうと、少し冷たい、灰とアルカリのにおい。

自己再生コンクリートが吐き出す特有の湿り気に似たにおいが、もっさりと肺にこだまして、火山灰を思わせる苦みが、鼻の奥に宿った。

少ししっとりしたような、重いコンクリートの感触が、靴裏ごしに伝わってくる。

その廊下の奥に、ああ、目指していたものがあった。

真っ暗に沈んだ、自動販売機。

横には、見慣れた張り紙があった。

「不要不急の電力消費を控えること!」

まず、電源を入れる。

すると、ヴーン、と音を立ててランプがぼんやりと灯り始める。

有機液晶の画面はまだら模様にところどころ暗くなっていて、歪んだ虹色をこぼしているところもまた、ぽつりぽつりとあった。Sold outが多すぎて、選択肢が3つくらいしかない。

ボタンに向かって、目いっぱい背を伸ばす。

なんとも、届かない。

足台をもってきて、ようやく。

商品を選択してから、がしゃり、とレバーをひねれば、ゴロゴロと転がってくる。

ノンアルコールビール。 常温の。

退勤から逆算して、だいたい五時間もあれば冷えるだろうか。

冷蔵庫のタイマーをセットしようとして、時計の文字盤と目が合った。

――もう、出勤の時間か。

石炭紀の旅には、足掛け、二ケ月を要した。

だから二か月ぶりの――そして願わくば、最後の出勤だった。



***

エレベーターを昇り、駅のホームに出た瞬間、はぁ、と重いため息をつかざるを得なかった。ぎゅうぎゅう詰めに人が押し込められた満員電車が、腸詰めみたいに思えてならなかった。

ビリリリリ、と汽笛が鳴る中、駅員の一人が、こっちにメガホンを向けた。

「そこの坊ちゃん! 走って走って!まだ隙間あるから!」

――私、ケイ・ヤマナカのことだった。

坊ちゃんとは、心外な。――まあ、お嬢さんよりは、収まりがいい。

一本遅らせて、いっそ遅刻すればよかった。

視界を塞ぐのは、他人の胸板か、でっぷりとした腹か、弁当箱ほどもある無骨な汎用端末。

どこか煙いような、汗を吸って乾いた服の臭い。そこに、汗臭さと香水が入り乱れて、鼻腔の中の無数の嗅細胞が乱れたインパルスを送るのを、考えざるを得なかった。

そしてふと、何かが腐ったような臭いが混じったと思えば、ぷう、と音がした。

ああ、これが毎朝のことである。よく耐え抜いてきたものだ。

気を紛らわせる手段を持たなければ、気がおかしくなって当然だろう。

だから――雑踏の中で、他人の話を盗み聞きする趣味があったとしても、どうか咎めないでほしいし、止めないでほしい。

隣で喋っているのは、私と同年代だろうか。

取り留めもない女子たちの会話だった。

普段はノイズキャンセリングの対象で、観察対象ではない。

優占度が高いくせに、その内容は乏しく、メモを取ってみるとしばしば、読み返しても意味がまったく分からない。そもそも文としても、会話としても成り立っていないことすらふつうである。聞いていて、かみ合っていない話の嚙み合っていないことに双方気づいていない様子に、傍から見ていてなんとももどかしい気分になることも多かった。傍ら痛し、とはみっともないことだが、そういう語感を感じざるを得ない。

同じ性別、同じくらいの年齢層なのに。

――若者の雑談とは正直、物言わぬ生き物よりも不可解な現象なのである。

でも今日だけは、耳をそばだてざるを得なかった。


「ねぇねぇ聞いた?恐竜のお姉さん、今度動画出るんだって!」

「え、マジ?いつ?」

カップルらしき男が応じた。

「いつって言っても、わかんない!、公開、時代、どっち?」

「いつの恐竜?ラプトルハンティングにはもう飽きたよ、20種くらいやってんじゃん」

「それが、も―――っと前だって!恐竜よりもずっと前!」

「恐竜より前?そんな前、行けたっけ」

「それがねー、石炭?の時代だって。」


私の鼓動が一段と、速くなった。

――他人事ではない。

私たちの、石炭紀への旅についてのことである。


しかし――その続きを聞くと、手足をふやけさせざるをえなかった。


「てか石炭の時代って恐竜より後じゃね、戦争とか。第いくつ世界大戦だっけ」

――そんななんぼもあってたまるか。

「そもそも石炭って、石なの?炭なの?」

「黒いし昔の炭なんじゃね、でも昔の燃料で、飛行機とかも飛ばしてたんでしょ?ゼロとか」

――飛べばどれだけよかったことか。

「じゃあ、もしかして!最初のAIも石炭で動いてたんだったりして!」

――あの、百年単位でずれてません?

「いやさすがに、石油だろ。エネルギー無限みたいなムーブしてた頃の。」

――まあエネルギー無限だと思ってたっぽいとは思う。

「石油って何? って動画見たけど、なんて言ってたっけ……恐竜の死骸が溶けたやつ?」

「嘘だろ、それデマだってAIが言ってる。……えーっと、なんだっけ、堆積物?」

「不潔。どっちにしろ黒い油でしょ」

――もう限界だ。

指先が勝手に踊りだした。

周囲のざわめきも悪臭も、遠い世界のものだった。

胸の奥で、何かが堰を切るように波打つ。

もし吹いたら――と考えると、余計苦しくなって、唇が青紫にぴりついた。


声は続いた。

「そんなことはいいから!今回、親子連れらしいって噂で!ほら、東京宇宙空港でとられた写真!」


がさっという音。

おそらく、汎用端末を出したのだろう。


「この男の子?えー、さすがに偽造だろ。写真なんて誰が信じるんだよ」

――すみません、私です。

「でももしそうだったら、彼氏?とかもいたりして!」

――すみません、勘違いです。

「子供がいるんだから、旦那じゃね」

――いや違います。

「そうそう!じゃあ誰って、もっぱらの噂!」

「えっマジかー、夢壊れる。人妻かよあいつ――」

――私はもう、このまま消えてしまいたかった。

もう、この星にプライベートなどないらしい。


胸ポケットに、煌めくものがある。

旅の終わり、アリアからもらった、貝細工のついたペンだった。

退職願を書きつけたその筆跡は、穴が開いたように真っ黒だった。


地球―月ラグランジュ点に超時空ゲートが建設されて、もう半世紀。

宇宙も、過去も、遠い世界のものでしかなかった。

知ることも考えることも異端とされた世界で、

さび付いた知識と旧来の体制が、人々をいまだ大地に縛り付けていた。


殆どの地球人にとって、超時空ゲートの存在とは、夜空に輝く、星の一つ―ゲートスター―に過ぎない。


でも、石炭紀への旅から帰ってきて、世界の見え方が変わった気がする。


だから、一か月以上にも及んだ長旅の、最後の一行には、こう書いた。

――いま思えば、私は過去に行かねばならなかったのかもしれない、と。

では、旅路を振り返ることとしよう。


挿絵(By みてみん)
















―Supplementary materials-

ミニ・エッセイ「安物ボールペンが青いのはなぜ?」

安いボールペンの色は青っぽい。

いつからそうなのかと気になって古書堂をあさってみたら、21世紀の時点でそうであったらしいと書かれている資料を見つけた。

正直いえば、心底たまげているとともに、ちょっと失望した。

当時はもうちょっと余裕があって、真っ黒いボールペンをあたりまえに使えていたと信じたかったのだが。そして、今も昔も、使われている染料は変わらないのだとか。

不要だから進歩しなかったのか、それが最適解だったのか。

ともあれ、むかしもいまも、変わらないようである。

安いボールペンの筆跡が青っぽいのは、今も昔も、銅フタロシアニンという青い色素を、安いからと言って黒を演出するためにうんと濃くして、不純物を混ぜて濁らせているせいだ。

乱暴に言えば、青を煮詰めて、より高級なほかの合成顔料を混ぜて濁らせることによって黒を作っている。銅フタロシアニンは今も昔も、人工合成顔料の中でもとりわけ合成が容易で安い。

だから安物ほど、その配合量を多くする。そのせいで、青っぽくなるのだ。

藍色という、がんらい高貴な色が、やすっちい黒になって久しい。

青というのは地上にない素晴らしい色だとも、ギリシア人は青の概念を持たなかった、ともいろいろ言われるけれども、価格と調達の容易さで価値が決まるこの世の中、こうも青という色が堕してしまったことについて、やや思わない点もなくはない。

ところでこの銅フタロシアニン、中心金属や構造の違いこそあれ、ポルフィリン環を持つという点でクロロフィルやヘムによく似た構造である。

クロロフィルの中心金属を銅にかえると、より青くなる。

銅鍋で青菜を調理する店があるのも納得である。

ただ、青ければいいという話でもない。


コラム「宇宙資源とボールペン」

ボールペンのボールには、タングステンーコバルト合金がしばしば使われる。

M型(金属型)小惑星は、鉄とニッケルを主成分としているもののコバルトも含んでおり、副産物として得られる可能性が高い。さらに宇宙で大量にコバルトを使う用途があまりなく、地球にも安価に輸出されると考えられる。

いっぽうでタングステンは宇宙での需要は高性能建材として高いものの、採掘よりも、酸化物からの高温還元に用いられる水素がコストとなる。

水素は化石燃料の水蒸気改質がもっとも容易な確保法であり、(既に使いつくされて久しい)化石資源を使える環境が過去の地球に植民することでもし確保できれば、大幅なコスト減が見込める。

タングステンに限った話ではない。

鉱業も、化学工業も、化石燃料がないだけで急に困難になる。

掘り尽くしてしまった化石資源を求めて、人類は過去を目指したといっても過言ではない。




―編集後記ー

この辞表は“ないこと”にされた。

でも――次の旅に行くための休暇取得については、「考慮する」だそうだ。

くそったれ、とでも、余白に書きなぐっておく。

どうでもいいので、古き相棒で。

筆跡から、青紫色の涙が溢れた。

そして毒々しいしみが、原稿の数枚をだめにした。

――今までありがとう。でも、もう、お蔵入りにしようと思う。


そう、螺鈿細工を煌めかせながら、漆黒の筆跡が続いた。

端末を開けばアリアから、「今度はいつの時代にする?」と、メッセージが来ていた。

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