―描写を支える科学的背景― 石炭紀にゴキブリはいない
解説①
石炭紀にゴキブリはいない
石炭紀といえば巨大昆虫、巨大ゴキブリが云々…
えぇ、そんな話はよくされます。
しかし、史上最大のゴキブリは現生種です。
石炭紀のゴキブリ“様”昆虫(CockroachoidとかRoachoidとかBlattoidとよばれる)を概観してもその翅サイズは7.5㎝までといったところで、現生の最大級のゴキブリであるブラベルス・ギガンテウスとほぼ同じです。しかも、石炭紀のゴキブリ様昆虫は翅に対して体が小さい傾向があるようなので、少なくとも、石炭紀のゴキブリが現在より大きかったという証拠は、特にありません。ただ、大きさにして翅長2~4㎝、ちょうどクロゴキブリと同程度かそれより小さいくらい大きさのゴキブリ様昆虫が栄えていたのは確かで、石炭紀の化石昆虫記録の大部分を占めることもしばしばです。
さて、ここまで“ゴキブリ様昆虫“というまどろっこしい造語を使いましたが、これは幅広な前胸背板が頭の上を覆い、前翅と後翅がよく似た概形である、ということをはじめとして、見た目はゴキブリにそっくりであるものの、実際の類縁関係としてはそうではなさそうなものたちである、ということをあらわしています。
今のところ、ゴキブリ類に最も近い昆虫はカマキリ類とシロアリ類(シロアリはゴキブリの一部とみなす説が強い)なのですが、分子系統的には、ゴキブリとカマキリの分岐はペルム紀後期、2億6000万年前ごろだと考えられていますし、現生ゴキブリ類の共通祖先は白亜紀に出現したと考えられています(Evangelista et al., 2019)。化石記録は分子記録での分岐より遅れるのが普通なので、3億年前の石炭紀の時点ではまだ、ゴキブリとカマキリはわかれていないということになります。つまり、石炭紀のゴキブリのような昆虫は、現在のゴキブリ及びカマキリの共通祖先には近縁であるものの、現在で言うところのゴキブリにもカマキリにも属さないということがいえます。ゴキブリとカマキリの共通祖先に相当するものも含んでいる可能性が高いので、まったく別の系統だ、とは言いません。
また、石炭紀から白亜紀までのゴキブリ様昆虫は、しばしば現在のキリギリス類に似た産卵管を持っていることが知られており、現在のゴキブリがもつような卵鞘をもつ化石はまれです。(Hornig et al., 2018)現在のゴキブリとも、カマキリとも違う性質です。これらは、石炭紀から白亜紀まで、ゴキブリと外見上そっくりと言えるほどよく似ながらも、異質な昆虫が栄えていたことを意味するのでしょう。
なお、ここまで見ていただいた方ならわかるかと思われますが、ゴキブリというのはデザイン的には実に古風な昆虫です。シロアリを含むゴキブリとカマキリの共通祖先は、おそらくゴキブリにそっくりな形態だったのでしょう。その中で、カマキリやシロアリのように特殊化せず、古のデザインを守り続けるゴキブリの姿には、渋いかっこよさがあるといえるかもしれません。
石炭紀風のデザインが今も台所を這いまわっていると考えると、ちょっと許したく…なりませんね。
ここまで読んで、じゃあプロトファスマは?と思った方、いらっしゃると思います。これこそ巨大ゴキブリ神話の元凶に近いのですが、そもそもゴキブリ様昆虫ですらないのです。これについては、後々のコラムで、これについてもまた書いていくこととしましょう。
Evangelista, D. A., Wipfler, B., Béthoux, O., Donath, A., Fujita, M., Kohli, M. K., ... & Simon, S. (2019). An integrative phylogenomic approach illuminates the evolutionary history of cockroaches and termites (Blattodea). Proceedings of the Royal Society B, 286(1895), 20182076.
Hornig, M. K., Haug, C., Schneider, J. W., & Haug, J. T. (2018). Evolution of reproductive strategies in dictyopteran insects-clues from ovipositor morphology of extinct roachoids. Acta Palaeontologica Polonica, 63(1).




