刻の輪郭 ≪登場古生物: ホルネオフィトン(※)≫
ぱちぱちと、体の輪郭に沿ってはじけていた。
寒空の炭酸泉はすっかり私を溶かしてしまいそうで。
「で、何があったの?」
アリアに尋ねられたので、私はサンプル瓶を取り出した。
アリアはサンプル瓶を指先でつまんで、うーむ、と何回かくるくる回しながら眺める。そして、
「これ、めずらしいの?」
といった。
私はまぁ、そんなものか、と肩をすくめざるをえなかった。
恐竜なら何でもわかるくらいのタイムトラベラーであっても、化石植物についての理解は所詮、そのくらいである。どの形の植物がどの時代、どの環境らしいか、といったたぐいのことは、必ずしも正確なわけでもないけれど身に着けておいてほしいものだ。そう、過去に始めて来る、現在の地球に縛り付けられ、自然と書籍の山を這いずり回っていた私は思う。が…しかし、何もかもを知っておかねばなるまいかと言われれば、人生はあっという間に終わってしまう。まぁ、それでもいいのかもしれない。
一方、
「湯ひげ!たしかに外だと見ないわ!そこにあったの?」
と、反応を示したのは、リリィである。
「外なら?」
「そう!お風呂の窓際に生えるの。だから湯ひげってこの町じゃいう。でも外で見たことはないかも。アリアも前見たでしょ?大雨振っちゃった日」
アリアはうーん、と宙を見上げながら、
「あったかも。あれだっけ、嵐が来そうだから、帰りの飛行機が遅れるかもってなったとき」
「そうそう!もう現代に帰れないかも~って大慌てして。風呂でも入って落ち着いたら?って、一緒に入ったでしょ?」と、リリィ。
「アリアにもそんなころ、あったんだ」
――むろん、他意はなかった。
大学以前のアリアを知るのは、私と交友がある中ではリリィだけなのである。
「そう!最初はすごくびくびくしてて。ケイはしっかりしてるなって。初めてなのに」
と、リリィは笑いかける。
すると、
「…昔の話。」
そう言って、アリアはそっぽを向いた。
やはり、距離をとられている気がする。
「昨晩、何かあった?それとも、何かしちゃった?」
そう問いかけても、
アリアはじーっと私の顔を見つめながら、
「べつに」
というばかりである。
私の方とて、
「そっか。」
と返すばかりで・・・他愛もない話でもしようかと思ったけれど、結局何も思いつかなかった。
結局、
「…で、さっきの「湯ひげ」、ホルネオフィトンに似てるんだ、デボン紀前期の。」
とおそるおそる話し始めれば、アリアの表情がパッと表情が明るくなる。
ぱちくりと目を丸くして、
「デボン紀前期⁉ すごいもう一回見せて」
サンプル瓶をパシッと手に取ると、空にかざして、目を凝らしている。
「へぇ、これが…えぇっと、ライニーチャート、だっけ、産出するの」
「そこはすらっと出てくるんだ」
「そりゃ、石炭紀に行って植物見るっていうから、予習したもん。リニアとか、クックソニアとか。記述も最初のほうに出てくるから」
「ライニーチャートも温泉だよね」
「そうらしい!でも、温泉にしかいないって感じでもないよ?ああいうの」
「見たことあるんだ」
「そりゃもう!シルル紀からデボン紀前期は案外人が過ごしやすいし、何度も行ってる。それでいて、すごいやつ色々いるでしょ?ウミサソリの遡上を追う!とかでロケしたもん、こう、干潟みたいなだだっ広い河原を歩くと、足元にわさわさっと生えてて。」
「思いっきり見てるじゃん。」
――そんな調査行もあったんだっけ。実を言うと、アリアがどこに調査や動画収録に行っているのか、私はよく把握できていなかった。
いや、把握できないくらいあっちこっちに行っているのである。
「でも、気にせずに踏んづけてて、あんまり見てなかった。研究室にサンプル送ればいいかなって。」
そう、アリアはいう。たしかに――あれだけの時代を行き来して、すべての生き物を把握していこうとしたら、確実に頭がパンクする。サンプル送ればいいや――というのも事実そうだし、私とてそう投げてしまっている面があるのは否めなかった。
「だから、めずらしいの?ってなったわけ。見慣れてたから。」
「でも、石炭紀では、見たことないかも…」
「でも、それっぽいやつはこの町にも生えてるでしょ?」
「パウロフィトンね、あの枝だけみたいなやつ」
「それ!あれ見てると、この地域では石炭紀になってもそんなに植生変わらなかったのかなーって思っちゃって。」
「確かにそれ、言えそうな気がする。他にもデボン紀中期の生き残りがいたし、パウロフィトンにしても見た目はそんな感じだよね。実際に類縁関係がどうなのかは、すごく気になってる。ところで、さっきの話だと…他の時代の初期維管束植物も採集されてるってことだよね?」
アリアは親指を立てて、
「そりゃもう!培養系も確立されつつあるって」
と、どや顔である。
「さっすが、力強い。で、さっきシルル紀からデボン紀は案外人が住みやすいって、言ったよね?」
「適度に酸素があって、気候も暑くも寒くもないし、街もしっかり。調査にも収録にもうってつけね。ケイを最初に案内するならこっちかも、とも思ったんだけど…」
「思ったんだけど?」
「ちょっと人の勢いが強すぎてげんなりされるかもって。その分、栄えてるんだけど」
「ってなると、誰か靴にでもつけてきちゃったというほうが考えられるかな、って…。そのあたりの時代から移住した方とか、いそう?」
そう言って、リリィのほうを見やる。
「そりゃもう、たくさん!開拓者はより過酷な地を目指すものだもん。たとえば…」
そう言ってどこどこの誰々さん、という名前が5人ほど出てきた後、「でも今夜聞いてみる!二人は今夜、ライトトラップでしょ?私だけでもそれならできそうだし。」
※時空外来種として出しています。シルル紀の植物です。
ホルネオフィトンは、ライニーチャートから知られる植物の中で最もユニークな存在といえます。
前維管束植物とされてきましたが、最初期の維管束植物とされることもあります。
最近、この植物の通水組織が師管に似た特殊な通水組織の1種類しかもたなかったという説が提唱されました。
https://doi.org/10.1111/nph.70850




