時代に取り残されたもの? ①パウロフィトン
コケ植物に混じって、Y字型の、あまりにもシンプルな植物がみえた。
蛍光グリーンの草体には葉も節もなく、ただ分岐を繰り返しながら生えている。
まだ、胞子嚢はついていない。
うぅむ。
なんとも、ディティールがなさすぎる。
――こういう時は、少し歩くに限るだろう。
ぽつり、ぽつりと、Y字型の分岐が、コケ植物のマットに混じって見えるようになる。それを追いかけるうちに、ちょっとずつ数が増えていき――
きた。
高さ30㎝はあろうかというそれが、群生している。
単純な2分岐ではなく、やや太い主軸が真っ直ぐや、ときに傾きながら伸び、そしてその枝が上を目指している。負の重力屈性がある、というわけだ。
互いに絡み合って伸びているようだ。
湯気が非常に濃い場所で、撮影しようとしたカメラのレンズが、もわり、と曇った。
追いかけるうちに温泉から少し離れ、緑も濃くなり、コケ植物のマットの上に数種の植物が群生するようになっていた。シダのような葉をした植物や、小型のヒカゲノカズラ類、などなど。
――あぁ、なるほど。
地熱は高いほうがよく、できれば霜にもあたりたくないような寒さを苦手とする植物なのだろうけど、かといって温泉に近づきすぎるとダメ、というやつだ。
現在でも、寒さに弱いヒカゲノカズラ類であるミズスギなどでそういう自生地がある。
もっと暖かい場所に行けば…とも思ったが、ここから北に行けばすぐ砂漠。
後期古生代氷河期の環境は、じつに厳しい。
極寒か、それとも砂漠か、というバランスの中、この温泉の周囲に僅かに居場所を見つけているのだろう。
青々と茂る植物たちに、ふと地球史を重ね合わせてしまった。
さてそんな、“まともな植物”の中に群生するこのY字状の植物は、時代に取り残された遺物である、という感想をついつい思い起こさせた。
――いやいかん。
このような植物は現在にもひとつ、例がある。
そして、見た目に惑わされてはいけないという良い教訓を教えてくれる。
それが、マツバランだ。
いまとなっては、そう珍しい植物ではない。
日本においてはおもに、西南日本の岩場に生える珍品であったというが、江戸の人々が形を珍しがって、採集、栽培して回ったという。ついには鉢から逃げ出し、温暖化もあってごくふつうにみられる植物になったという。
この植物のおかしなところは、胞子嚢と茎以外、ほとんど何もないということだ。
マツバランの学名、Psilotum nudumほど虚無な学名はない。
Psilotumとはつまり丸坊主、裸、禿、nudumもまた、丸坊主、裸、禿を意味する。
毛のような仮根の生えた地下茎と二叉分岐する茎、それだけ。あとは、茎に鱗片状の小さな突起と胞子嚢がつくだけである。
マツバランほど人騒がせな植物はいない。
そのあまりにも単純な形態から発生学、形態学ともに調べ上げられ、化石植物との関連も強く疑われ、門というたいそうなグループまで与えられた。解剖的にも発生的にも特殊であったが、その外見的な類似物は4億年前のシルル紀からデボン紀、という点はいかにも不自然で、怪しさをまとっていた。そして結局、分子系統解析では大葉シダ植物、ハナヤスリ科に近縁な真嚢シダ植物、という扱いになってしまった。
このことからわかるのは、不自然な年代の、不自然なほど古そうな見た目の植物には、警戒すべきであって、そう簡単に結論を出すべきではないということである。
さて、目の前に戻ろう。
目の前にある植物は、主軸と、側方に伸び、二分岐する側枝からなっている。
主軸は交互に斜め横に分岐しながら伸びていき、しばしば倒伏したり、ほかの植物にもたれかかっている。しかし触ってみるとそれなりの硬さがあった。
側枝は主軸から交互に若干横方向に出て、3~4回、等分岐を続けた挙句、1ミリほどの、唐辛子電球のような形をした胞子嚢が一つついて、終わってしまう。
主軸がはっきりしていることをのぞけば、ほとんどシルル紀からデボン紀の植物に見えてしまう代物だった。
この主軸と横向きにつく側枝は、茎と葉の関係のごく初期のものを思い起こさせる。
つまり、この側枝がどんどん幅広になっていき、水かきのようにくっついていくと、葉になる…ということだ。古くはゲーテが言ったアナストモーシス説もそのあたりだが、テローム説といったほうがよいだろう。
さて、こういう植物といえば、先に出てきたマツバランに似た、デボン紀中期のPsilophyton(古生マツバランと呼ぶ人もいる)が思い起こされる。しかし胞子嚢は遥かに小さく、側枝はより細くエレガントだ。胞子嚢の数も少ない。
胞子嚢をルーペで拡大すると、さらに奇妙なことに、縦長の表皮細胞が見えるばかりで、裂開面がろくに見当たらない。ここまでくると、もはやデボン紀中期のPsilophytonをはじめとしたトリメロフィトン類よりも、さらに原始的な植物なのではないか、と思ってしまう。
こんな胞子嚢を持つのはシルル紀からデボン紀初期くらいまでの植物で、石炭紀の植物としては1億年ほど、時代遅れだ。
しかし、幸いにもこの植物は、すくなくとも時空外来種ではなさそうだ。
直立する主軸、側方に、交互に偽単軸分岐(難しい言葉だが、要するに2叉になるときに片方が太く真っ直ぐ、もう片方が細く横に出ること)、分岐を繰り返す側枝の先端に裂開がはっきりしない、小さくやや細長い胞子嚢がつく――といえば、石炭紀前期の南米で栄え、アルゼンチンの石炭紀後期はじめまで知られる、パウロフィトンPaulophytonにほかならない。
パウロフィトンは残念ながら圧縮化石しかなく、鉱化化石が保存されていないために、興味深い形質を示しながらも分類は不明なままである。おそらくだが、デボン紀以前の祖先からゴンドワナで分化を続けていった、最後のシルル紀~デボン紀型植物ではないか、と噂されている。石炭紀後期モスコビアンともなると、その記録の本当に最後だ。出会えて本当に良かった。
さて、採集せねばなるまい。
引き抜くと、地下茎とも地上茎ともつかない倒伏した茎から、仮根が生じていた。この形質は化石からは知られておらず、おそらく初見だろう。
デボン紀初期のアグラオフィトンにも似たような、匍匐茎からの仮根の形成が知られている。
うぅむ、どのような仕組みで仮根の発生が決まるのか、大変興味深い。
というのも倒伏した場所から仮根が生じ、さらに情報に向かって屈曲するということは、そこに仮根を生じさせる何らかのセンサー、おそらく重力を感知するアミロプラスト平衡石をもっており負の重力屈性を持つだけでなく、地表についたところから下向きに仮根を伸ばさなければならないからだ。しかし、この仕組みが維管束植物とコケ植物、シャジクモ藻類でどの程度保存され、どのような進化段階を踏んでいるのかはやはり興味深い。仮根といっても様々だ。コケ植物におけるものと、現生維管束植物にみられるもの、どちらのほうが近いのだろうか…。
基部は少し埋もれているが、地中を横走するのか、それとも仮根が収縮してひっぱるのか、はたまた…どういうことなのだろう。
もしリニア植物と同じであれば、仮根に共生したアーバスキュラー菌根菌に依存しているはずだ。
アーバスキュラー菌根菌との共生はどうやら植物の中でも最も早期に出現したようで、根の誕生よりも遥かに早い。水分供給のために根を発達させるよりも、それより以前から土中に勢力を持っていた菌類と共生するほうが、植物には近道であったようにも見える。
リニア植物だけではない。
これは奇しくも、あの人騒がせなマツバランやハナヤスリにも共通する。マツバランは幸いにも移植が用意だけれど、たぶんそれは着生植物だからだ。同じく菌根に依存するハナヤスリは、移植はどうにもこうにもうまくいきにくい。
ほかにもヒカゲノカズラやらネジバナやら、菌依存が強い地生植物には、ろくな思い出がなかった。
さて、このどう見ても地生のパウロフィトンの移植…できるだろうか?
ちょっと自信がない。
胞子が乾燥にどれだけ耐えるのかとか、そのあたりですら疑問符だ。
となるとそのままでは持ち帰ったとしても栽培が難しいだろうから、ある程度、胞子を含んでいるだろう土を持ち帰って、好気的かつ湿らせた状態で保管、それから大学付属植物園のメンバーに頑張ってもらう…しかないだろう。
全草標本も多めに、液浸とさく葉、あとは胞子も取っておかねばならない、か…
そして、もしリニア植物に近縁なら、それなりの大きさの配偶体もあるかもしれない。
茎断面と胞子嚢の詳細な観察さえできれば、そうとう道が開ける。
リニア植物に関しては先人がすでに数種の採集・栽培化に成功しているから、そこから形態比較や、特に配偶体や初期発生を比較できれば維管束植物の初期進化に大きく道が開けることになる。
スコップを握った手には、妙な汗がにじんでいた。
サンプリングは、まだ始まったばかりだ。
そして、いくつか採集しているうちに、またもや面白いものに気づいてしまった。
それもまた、南米ならではの、デボン紀型植物最後の生き残りだった。
*今回のエピソードは一部想像で補っています。
仮根や地下部に関してはまだ知られていないので、アグラオフィトンなどのリニア植物を参考に書いています。現状ではパウロフィトンはトリメロフィトン類やゾステロフィラム類より原始的な可能性があり、類縁不明です。となるとリニア植物しか参考にできないのです。




