最果て温泉村
湯気がカーテンみたいに立ち上り、街を、霞が仕切っていた。
正午を少し過ぎた陽が、温かく霞を光らせ、柔らかな光が村全体を、あまねく照らす。
村に張り巡らされた直線的な水路に流れる、温泉からの、湯煙だ。
立ち上がる硫黄の臭いには、もう慣れてきた。
温泉の流れる水路には白い湯の華がこびりつき、場所によっては鮮やかな緑色の藻類か、バクテリアマットが点々と彩っていた。
――あれは、サンプリング材料として実に興味深い。
薄灰色に煤けた建物――というより居住モジュールは、まるで、角砂糖みたいだ。
壁の厚さは――30㎝かそこらはあるのではなかろうか。
滑稽なほど小さな窓は、深く落ちくぼんで、おもちゃの家みたいだった。
覗こうにも、分厚い窓はくすんでいて、中は良く見えなかった。
街のあちこちに、寿命を迎えた機械の数々が、無残な骸を晒していた。
建設に用いられた機械なのだろうか、パーツはもぎ取られ、赤い錆が全身から噴き出して乾いた血のようにしたりおち、赤いつららをつくっていた。もはや、元が何の機械であったのかすら、見当がつかなかった。
足元を見下ろすと、石畳のように見えて、その間にはコケ植物が、隙間からはみ出すようにその、ミニチュアの糸柳のごとき枝を、豪奢に伸ばしていた。
石畳とは、この植民市にはめずらしく洒落ているではないか、と思った。
が、よく見ると角切りにされたコンクリートのようだった。
――なるほど、温度変化による収縮を加味すると、一枚岩では割れてしまうのだろう。石灰岩のまま使われていれば、化石観察も楽しめたのに。
コケを少し見てみよう。
その姿は今のものとほとんど変わりなく、ごく細長い、ヤナギゴケに似たようなものだった。化石で知られるもので言うと、一見したところはペルーのイタラレ層群、氷河性堆積物から知られるDwykeaに似ているが、コケ植物の同定に肉眼ほど怖いものはない。さらに化石記録の保存が荒すぎることもあって、私は一旦化石記録について考えるよりも、現生コケ植物の同定に必要な胞子嚢を探すことに専念しようと、きめた。しかし、少し下を向いただけでそう簡単に見つかるわけでもなく、またあとに回さざるを得なかった。――なにしろ、いまは袋すらろくにないのである。
さっき採集したコケ植物もまた、紙幣を三角折にして、無理やり突っ込んだものだった。
私たちのほかに街をゆく人の影はまるで見えず、村に来た、というよりも、人が滅んだ後の廃墟を歩いているような気がして、ならなかった。
看板の文字は煤け、もはや雨だれのように垂れ下がって、ぼんやりとした縞模様と化していた。
人の存在を示唆する干された洗濯物ですらも、むしろ人の不在を強調させていた。
――怖い、とか、美しい、とか、そういうことではない。
そういう、ポジティブと、ネガティブでものを語るべきではない。
目の前にある村は、ただ、私が親しんできたどんな村とも違っていて、単純に、興味深いものだった。
「誰もいないでしょ。昼間はみんな仕事で不在なのよ」
「むしろ静かで、ちょうどいいかな。」
「正直な感想を言ってくれて、助かるわ」
一拍の間が開いて、リリィは声を落とした。
「わび、さび、ね! 寂れた村を恥ずかしがる必要なんてないわ!」
静けさを破ったのは、アリアだった。
「ケイは旧日本圏出身よ、日本の人は伝統的に、静かで古びたものが好きなのよ」
「そんなこと、ある?それってホント?」
リリィに覗き込まれて、私は焦るとともに、静かな苛立ちを感じた。
――わび、さびはそういう意味じゃない。
私のような趣向がそう受け取られてしまえば、日本文化に失礼だと思った。
べつに質素が好きなわけでも、時の流れに風情を見出しているわけでもない。
でも、朽ちゆくもの、滅びゆくもの、そして物言わぬものには、心惹かれる。
「わび、さびに一般化できるかはともかく…私としては、好きだよ」




