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第4首 猫のゆりかご

 あたしは遠野に告げた。


「悪魔憑きの初期の段階で比較的多く観測されている現象があってさ、それが『のうおんまい』だよ。『のうおんまい』の意味は諸説さまざまで、呪いの言葉だとか悪魔の自己顕示だとか逆さ言葉ではないかとかいろいろだよ」


「はっ!?」


 ぽかんとした遠野に分かるようにはっきりと説明した。


「黒い霞に憑りつかれているのは猫じゃなく赤ん坊の方だよ」


「マジか! じゃあキースは?」


「憑りつかれてないよ。おそらくキースは黒い霞に反応して怒ってただけだと思う」


「なんだって! キース、全然悪くねぇのかよ」


「うん。さっさと黒い霞を取り除いちゃお。あれは人にいい影響を及ぼさないからね」




 遠野に案内されて父親と義母と赤ん坊のいる奥の部屋に向かう。


芽依(メイ)さん、友達がきてんだ。ちょっと赤ん坊見せてもらってもいいか?」


 義母はあたしの顔を見て「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。


 いつものことなので無視して、


「どうも、北川祐莉(ユーリ)です。ちょっと赤ん坊に触らせてもらえますかね」


 と言って赤ん坊に近づいた。


 すると眠っていた赤ん坊がパチッと目を開いた。その目には赤ん坊らしからぬ狡猾な光が宿っていた。


「オオオオオオオオオオオッ」


 口を歪めたかと思うと赤ん坊は壊れたように泣き出した。


 それもただの泣き声じゃない。


 野太い男の声で泣き出した、いや、野太い男の声で吠えだしたのだ。


「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「なっ! 何事だ!」


 父親と義母はうろたえあわてふためいた。


「ヴオオッ! ヴオオッ! ヴオオオオオオオオッ! ヴオオオオオオオオッ!」


 まるで地獄の底から響いてくるような野太い男の声で赤ん坊は咆哮を続けた。


 ガタガタ! ガタガタ!


 家具が音をたてて動き出す。家中が振動している。


 灯りが点滅し電話のベルが鳴り響く。


「いったい何が……」


 お皿が宙を飛んで壁に激突。


 バリン! ガシャン!


 お皿は粉々に割れナイフとフォークが壁に突き刺さる。


 タンスが床の上を滑って移動し、椅子がガタンと倒れる。




 赤ん坊を抱き上げた義母は、何を血迷ったのか遠野を責め立て始めた。


紗菜(サナ)さん! こんな気持ち悪い友達を連れてくるから超常現象が起こるのよ! (アオイ)までおかしくなってどう責任を取るつもり!」


 ありゃりゃ……どう見ても超常現象の元凶は(アオイ)、赤ん坊だよね?


「違う! 赤ん坊は悪いモノに憑りつかれてんだ。だからリーガンに取り除いてもらおうと思って」


 遠野は反論するもその声は届かないどころか……。


「馬鹿も休み休み言え!」


 バシイッ!!


 父親の平手が遠野の頬を打った。


 ええぇぇーーっ!? この状況でなんで平手打ち?


 この人たちの思考回路が全く理解できないよ……。


「親の言う事もろくに聞かないバカ娘が! その金髪といい、いつまでたっても猫を処分しないことといい、あげくの果てに悪魔のような友達を連れて来てこの騒ぎだ! お前はどれだけ他人に迷惑をかければ気がすむんだ! 自分勝手も大概にしろ!」


「うくっ」


 遠野の表情が歪んでいく。


 だめだこりゃ。これ以上は見てられないな。




「おじさん、おばさん、こっちこっち」


 二人の目の前で指をぐるぐる回した。


「ドルミ、ドルミ、ヴォイ・ドルミ~」


「なんなんだおまえは……」 


「ドルミータ、ドルミータ、ベッラ・ドルミータ!!」


 プツンと糸が切れたように父親と義母はその場で眠り込んだ。


 この呪文、はずかしいしすごく疲れるからやりたくなかったんだよなあ。


「親父と芽依さんどうしちまったんだ?」


 突然倒れた二人を呆然と見つめる遠野。


「ちょっと眠ってもらっただけだよ。この人たちがいると邪魔だからね。じゃあ、サクッとヤっちゃおうか」


 赤ん坊はいつのまにか泣き止んでおり、瞳に恐怖の色をたたえてこちらを見ていた。


「さーて、碧ちゃーん。お仕置きの時間でちゅよーっ」


 赤ん坊に触れてサクッと黒い霞を除去した。




「終わったよ」


 黒い霞は消え、赤ん坊はゆりかごですやすやと眠っている。


「あ、キース!」


 キースが部屋のドアを開けてやってきた。


 最初は警戒していたキースだったけど、すぐに警戒を解いてぴょんとゆりかごに飛び乗った。クンクン匂いを嗅いだあと、ペロペロと赤ん坊の顔を舐めた。


「最初から何もかも分かっていたんだよキースは、おりこうさんだねえ」


「そうか……」


 とだけ言って遠野はしばらく下を向いて黙っていた。床に落ちたしずくは見なかったことにしておこう。


 手を伸ばして顎の下を撫でると、キースはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。



 * * *



「リーガン、どうしたんだ?」


「あ、風間部長……。今家に帰るところで……」


「フラフラじゃねえか。おいしっかりしろ!」


「あれ? どうしたんだろう。急に目の前が真っ暗に……」


「リーガン!」


「……」



 * * *



 目が覚めると、自宅のベッドで眠っていた。


「MEはどうしてここに? 赤ん坊の黒い霞を取り除いて、それからどうなった?」


 記憶が……ほとんど……ない!


 赤ん坊とキースと遠野、それから……部長? なんで部長が出てくるんだろう。


 起き上がって部屋の外に出ると、妹の真莉(マーリ)とバッタリでくわした。


 真莉は非難するような目でこちらを見た。


「すごく大変だったんだからね!」


「へ?」


 何が大変だったんかな。


「覚えてないの? すっごいイケメンがお姉ちゃんをお姫様だっこで運んできて、家中が大騒ぎだったんだから」


「すっごいイケメン? あ、風間部長か」


 どうやら道端で倒れていたところを家まで運んでくれたらしい。


「お医者さんにも来てもらって診てもらったら寝てるだけだって! 人騒がせもいいかげんにしてよ!」


「はあ……面目ない」


「ふんっ!」


 怒り冷めやらぬ様子の真莉はドアをバタンと閉じて部屋の中に消えた。




 自室に戻りベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。


 遠野家の黒い霞は取り除いた。


「あたしにできるのはここまで」


 あとは遠野の家族の問題。冷たい言い方だけど、遠野たちが自分たちの力て解決するしかない。


 それと風間部長に感謝を。家まで運んでくれてありがとう。




 ガチャリ、キイイィィ……。


 ドアが開く音がしてブルーが入って来た。


 この家のドアはブルーには無力だ。どのドアも器用に開けて入ってくる。


 ぴょんとベッドに飛び乗り、背中の上にでーんと陣取った。


 ほどなく背中の上でふみふみが始まった。


 一定のリズムで行われる猫のやわらかい肉球による疲れきった体へのマッサージはとても心地のよいものだった。




 ああ、気持ちいい。


 まるでゆりかごに揺られているみたい。




 その夜、夢を見た。


 遠い遠い遥かな未来で、年老いて寝たきりになったあたしの体の上にブルーが乗って、ふみふみして癒してくれる夢だ。


 それはけっして実現することのない未来。夢から覚めて隣で眠っているブルーを確認する。白いお腹を天に向けたあられもない寝姿を見ると笑いとともに目からひとしずく涙が零れ落ちた。


読んで頂きありがとうございました

全四話という短い作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです

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