くだらない証明
ある狂人が自首をした。
曰く妻を殺したのだと言う。
彼は血走った目のままに叫んだ。
「私は最愛の妻を殺した! 殺人を犯したんだ! 人を殺したんだ!」
狂人はそう叫び続けたが、人々は彼をあっさりと解放した。
彼は解放されたが、その場に座り込み叫び続けた。
「俺は人を殺した! 妻を殺したんだ! 認めてくれ! 俺は人を殺したんだ!」
しかし、誰も相手をすることはなく、人々はむしろ憐憫の視線を向けるばかりだ。
やがて彼は諦めたように立ち上がり、そのままふらふらと歩き去った。
その後、何年も経つが彼がどこへ行ったのか、その足取りは未だに掴めていない。
時は遡り、彼が失踪してから一週間後。
失踪届を出されたことにより、彼の手掛かりを求めて警官が自宅の鍵を破壊して家へ侵入した。
当然ながら、そこに彼の姿はなかった。
「先輩。これですか、あの男が話していた妻って」
若い警官が先輩警官に問いかけると彼は頷いた。
「あぁ。それだ」
「ぼろぼろじゃないですか」
そう言って若い警官は狂人のベッドに置かれていたバラバラの人形に触れた。
何の変哲もないただのお手製の人形。
これを狂人は妻だと主張し、バラバラにして殺人を犯したと言ったのだ。
「意味が分からないです」
そんな若い警官の声に先輩警官は答えた。
「昔、あの男はこれを妻だと言って町の人に紹介したのさ。それを皆、気味悪がった」
「そりゃ、そうでしょう。これはどこからどう見てもただの人形じゃないですか」
「それが気に食わなかったんだろうよ。あの男はどうにかして、これを妻だと皆に認めさせようとしていたのさ」
「それってどういう……?」
若い警官はそこまで言って言葉を失った。
あの狂人が何故『殺人』を犯したのかを知ったのだ。
先輩警官はため息をついて呟いた。
「『妻を殺した』か」
狂人の行方は未だ掴めていない。




