ストーカー
北海道はレイとリュウの故郷でもあったことを知ったユウリ
母親のお墓参りをするため函館にとどまるレイを残して
名残惜しかったが 年末の仕事も控えていたユウリは先に帰った
北海道ロケが終わって二週間、年末に向けてバラエティ番組を何本も撮りだめするのにレイはかなり忙しくユウリに会えずにストレスがたまっていた。
「レイ君 この後は22時まで渋谷で ラストにラジオの深夜番組入ってるから。」
和久井が車を運転しながら説明するのもつい無言でうつむいてしまう。
「レイ君?疲れてる・・・よね。」
「ん?ああ ごめん。」
気遣わしそうに和久井がちらっとレイの様子を見て
「そういえば リュウさんから預かり物があるんだけど。」
「リュウ来てたの?」
ふいに顔を上げると和久井はあわてたように
「い いや・・・レイ君のスケジュールが結構込み合ってきてるんで打ち合わせにさっき抜けて行って来たんだ。」
そういえば此処はリュウの事務所にも近い。
「ふ~ん で柴ちゃんには会えたの?」
からかい半分にそういうと
「そ・・ そんな 打ち合わせだけだよ。やだなぁ レイ君。」
車内の窓が曇り始めるほど狼狽する和久井に苦笑して
「ごめん和久ちゃん わかってるよ。で何を預かってきたの?」
「これ。」
と渡されたのは一枚のDVDだった。
「なにこれ?」
「来月から放映される ユウリちゃんのCMのコピーらしいよ。
気にしてるだろうから渡してくれって・・・」
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深夜マンションに戻ってから早速パソコンで再生してみると
実際に放送されるCM部分ではなく それ以外の撮影の合間のユウリの様子が写されていた。
セットのなかで所在無げに座り込むユウリ。
白いニットワンピースに普段は 見ないゆるふわカールの髪が可愛かった。
「・・・ユウリ。」
ディスプレイの上に思わず指を這わせるレイ。
しかし次の瞬間画面が切り替わった時には 潤んだ目に頬もばら色染まっていて
まるでユウリのまわりだけ春が来た様に甘い空気が感じられた。
「メイクかな?」
そこへ ロバートが惹き寄せられるように近づき 薬指にリップを取ると
粘っこい手つきでユウリの唇に滑らせている。
そして執拗なキス。
短いCMには不必要と思われるほど 長く続けられるキスにカットが入る。
戸惑い気味のユウリの顔と興奮して口元を いやらしくユウリから移ったリップで光らせたロバートが対照的だ。
「なんだよ・・・これ!リュウの奴。」
たしかにユウリはロバートによって繰り返される粘っこいキスにも演じて応じるだけで
本番意外はつまらなそうにしている。
しかし比べてロバートのユウリを見つめる表情に
とてもじっとは座っていられないほど危険なものを感じた。
「なんの報告だよ・・・ったく くそっ。」
「実はなレイ。
最近ロバート側の事務所からユウリと一緒にまた仕事したいって依頼がしつこく来ててな・・・」
突然アップのリュウが現れて
「わっ!!」とビビるレイ。
「和久ちゃんに調整してもらってすこしドラマの宣伝も兼ねて
お前のバラエティ出演番組にユウリも一緒に何本か出させてもらう事にしている。
そういう方向でロバートの方は断る事にしたので、よろしくってか ありがたく思え!」
「な なに~~!」
「尚 このDVDは自動的に消滅する。」
「?!!」思わずのけぞるレイ。
一瞬後 パーン!!とクラッカーの弾ける様子が画面いっぱいにひろがり
「ジョークだ。ではまた会おう。」
思わず噴出すレイ。
なんだか疲れも吹っ飛んだように感じた。
翌日赤坂のスタジオに行くとユウリがリュウと先に来ていた。
「レイ!元気だった?」
「ああ ごめんよ。忙しくて全然連絡とれなくて・・・」
「しかたないよ。今日はよろしくね。」
すこし会わない間にユウリはやせたようだった。
「最近こいつ隙がなくってな~
初めてのバラエティーで緊張してるから何とかしてやろうって思ってんのに
胸も触らせてくれないんだ~。」
リュウが眉間にしわを寄せてさも困ったように頭を抱える。
「当たり前でしょ!!セクハラオヤジ。」
「とりあえず柴ちゃんが待ってるからメイクして来いユウリ。」
追い払うようにリュウが促す。
「後でね レイ。」
久しぶりにユウリに会えてじんわりと胸が温かく感じるレイに
「失敗したな~ ロバートとの仕事。アイツ思ったよりしつこいわ。」
とリュウが最近いかにロバートからの打診が多いかを説明。
ユウリについては結構ネット上でも簡単に調べられるため学校や自宅まで
時々ロバートは顔を出しているようなのである。
ユウリは取り合わずに普通どおりの生活をしているのだが、
ストーカーのごとく出没するロバートに少しノイローゼ気味になっているというのである。
「来週から放映されるCMに向けてポスターが貼られているんだけど結構もう剥がされていてな・・・。
ロバート効果ばかりじゃなく 最近はユウリファンが原因でって事も多くなってきてるらしいんだ。」
めずらしくリュウが深刻そうな顔をして話している。
「この分じゃまた同じ組み合わせでってCM依頼も来る可能性も高くなってくるから・・・
ユウリにとって一番の相手役はレイだ!って認識を世間にもたらせたいのさ。」
「リュウ!! 今日ほどリュウのこと頼りになる兄貴だって感じたことはないよ・・・」
レイはリュウの手を両手でがっしりと握るとぶんぶん振った。
「あたりまえだろ お前は可愛い弟だもんな・・・
いやユウリの為でもあるしな。頼むよレイ 正直参ってるんだユウリの奴は かなり・・・」
「これ なんだか臭い・・・どうしよう・・・? レイ。」
ユウリが黒い小さな塊を鼻に近づけて 困ったようにレイに顔を向ける。
「ユウリちゃん それにしちゃいなさいよ~。大丈夫よ。」
女装したコメディアン達がけしかける。
「ユウリ やっぱり それ怪しいからこっちの人形の方がいいんじゃないか?」
レイが小さな野暮ったい人形をつまむ。
「ちょっと~~あんた達なに見つめ合ってんのよ。ドラマの撮影じゃないのよ~。」
「えへへ じゃ これでいいです。」
ユウリが小さな人形をそっとレジのトレイに置く
女性コメディアンがバーコードリーダーを当て「ピッ!」読ませる。
「100円です!」
「キャー良かった~~ ありがとうレイ!」
二人で手を取り合って喜ぶ姿がほほえましく画面に広がる。
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「お疲れ様でした~~」
撮影が終わった後
(今日はユウリ 撮影で外泊することにしてるから な)
とリュウが思わせぶりにレイに向けて片目をつぶって
「じゃ和久ちゃん 頼んだよ。」と去っていく。
「あれ?リュウは・・・」
着替えたユウリが柴ちゃんと一緒に控え室から出てきた。
「あの ユウリちゃんの送迎は僕が刈谷さんから頼まれてますので・・・
良かったら柴崎さんもどうぞ・・・。」
和久井が遠慮がちにそういうと
「あら いいんですか?よかった。ありがとうございます。」
柴崎がエクボをつくって微笑むととたんにポーッと口をだらしなく開く和久井。
「すみません 和久井さん。」
(レイすこし一緒にいられるね!)
と嬉しそうに囁くユウリに
(いや一晩一緒に居られそうだよ)
とにっこりと笑いかけて耳打ちした。
「?」
どういうことかわからないまま
ユウリはレイと和久井の運転する車の後部座席に座る。
助手席には柴崎が座り いつもより緊張した和久井のハンドル捌きでちょっとレイはヒヤヒヤしたが
隣にユウリがいるので あんまり気にならない。
「和久井さんはおいくつなんですか?」
「は はあ 26です。」
「じゃあ わたしよりひとつ下なんですね~ もっと上かと思ってたわ あら失礼。」
と柴崎がいうと
「いや~周りからもよくそう言われます。」
と柴崎に話しかけられて 嬉しそうに顔を赤らめて 汗までかいている。
(ヤレヤレ リュウに交換条件で丸め込まれたな 和久ちゃん。
でも・・・お陰で久しぶりに ユウリと過ごせるよ。ありがとう 和久ちゃん。)
ユウリはずっとレイの肩に頭を乗せていたため その心地よい重みにレイはやっとユウリを取り戻せた喜びで満たされる。
二人は左手と右手の指を絡ませて 静かに言葉を交わさず お互いのぬくもりだけを味わった。
「それじゃあ 送ってくださってありがとうございます。」
柴崎を先に送って後しばらく車内に沈黙がつづき
「レイ君 ユウリちゃんは明日昼くらいに刈谷さんが迎えに来るそうですから。」
ふいに和久井が伝えた。
「今日はありがとう 和久ちゃん。」
「いえ 僕も得しちゃいましたから・・・」
恥ずかしそうに和久井は答えた。
マンションに入ってもしばらくユウリは一言も声を発しなかった。
スタジオではしゃいでいたのが嘘のように静かだ。
「ユウリ?疲れたろう お風呂入るよね。」
まだ立ち尽くしているユウリの肩をそっと抱いた。
「レイ・・・会いたかった。」
堰を切ったように泣き出してユウリはレイに抱きつく。
「ごめんよ・・・。ユウリ」
うっうう うっう・・・ユウリが漏らす嗚咽が次第に小さくなっていく。
ユウリの心がどんなに悲鳴をあげていたのかを知ってレイも胸が苦しくなっていた。
涙が止らないユウリから服をそっと脱がしてみると 冷たい肌が青白く震えている
「体が冷えているよ 温まろう ユウリ。」
もうお湯が溢れるほど溜まっており あやすようにユウリを抱き上げてそのまま湯船に入った。
二人一緒に入ったのでザーッと勢いよく お湯があふれ出る。
そのまましっかりとユウリの体を抱きしめて
「大丈夫だ 側にいるよ・・・ユウリ。」と囁く。
「レイ・・・」ユウリはレイの首に腕をまわすといきなり深くえぐるようなキスをはじめた。
「ユウリ・・・」
ユウリの方からこんな風に積極的な態度に出られるのは初めてのことではだったが
たちまちレイの体は正直に反応して夢中で応え始めた。
「もっと・・・してユウリ。」
レイがユウリの手を掴みそっと下げていった。
「・・・どうすればいいの。」
震える熱っぽい声で訊ねるユウリに
「こうして・・・」と右手で誘導する。
ぎこちないが徐々にコツを掴むユウリに
(やっぱり 勘のいい子だな・・・)と変なところで関心してしまうレイ。
レイの表情を読み取り 巧みに動くユウリの手。
「あっぁ ユウリ 気持ちよすぎっ!」
細くてやわらかいユウリの指で刺激されて たまらず お湯の中で開放させてしまうレイ。
「ありがとう ユウリ・・・」
こつんとおでこを当てて見つめると やっとユウリはにっこり笑った。
「じゃあ 逆襲しようかな・・・」とユウリを後ろ向きに抱っこして 口付けを交わしながら 指先に神経を集中した。
ユウリの身体のうねりに耳をそばだてるように繰り返し愛撫する。
胸の突起も固く立ち ユウリも興奮してきているのを感じる。
レイの指の動きが複雑になって ユウリの中を出入りしている速度も速くなってくる。
「ああ・・・レイ」
ブルッと小刻みに震えがおこりユウリの身体が弛緩した。
「洗ってあげるよ。」
レイの先程までユウリの身体をうごめいていた指先が 今優しく髪を泡立てている。
目を閉じて すっかり心も身体も寛いで ユウリはウトウトしてきた。
二人で浴槽に浸かる。
「なんだか あたし 赤ちゃんみたい・・・」
「たまにいいだろ 赤ちゃんになってみても。」
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ドッドッドッ・・・
「ハッ!」
いきなり 先程寝付いたばかりのユウリが飛び起きる。
「ユウリ どうした?」
「また・・・来たよ。 ヤダ ヤダ・・・わたし 怖い。」
ガタガタ震えだすユウリ。
「大丈夫だよ・・・俺がいるじゃないか。 ユウリ?」
ギューッときつく抱きしめて 耳元で囁きながら 溢れる涙を唇で抑える・・・
「・・・あのバイクの音。きっとロバートだよ。」
「ロバート?」
すぐにレイが窓辺に寄ってカーテンを開けると たしかにバイクがマンション脇に止まっていて
一人の男がこちらを見上げていたがレイの部屋は33階なのでロバートかどうかは深夜でもあるので分からなかった。
「ユウリ たとえロバートだとしても セキュリティのしっかりしたマンションだもの何にも出来ないよ。」
落ち着かせるように頬にキスして言い聞かせるように話した。
「うん・・・うん そうだよね・・・。」
こくんとうなずいてレイに抱きついてくる。
「何があったか話せる? 無理じいはしないけど・・・」
「・・・・・。」
とりあえずカーテンを閉め まだ震えるユウリをベッドに戻し すっぽりくるむように抱きしめた。
「あのね・・・ 北海道から戻ってから 翌日学校にまたロバートが来たの・・・
またあのレーシング用みたいな赤いバイクに乗って・・・
・・・あの音 大嫌い。
ひかりちゃん ロバートが最初に学校に来たときに 何かされたらしいんだけど
実際何をされたか教えてくれなくて気になってたんだ。
一応仕事を一緒にした訳だから私は「こんにちは」と 挨拶したの。
そしたら「後ろに乗って。」と言われて・・・
ちゃんと「ごめんなさい。バイクは怖いから遠慮します。」と断って歩いて家に向かっていたんだけど・・・
ずっと付いてくるの ヘルメット被ったままで。
特に何もしゃべらないんだけど無言で・・・ゆっくり
このまま あたしの家まで付いてくるのかな?
と思ったら気味が悪くてもう一度
「何か用ですか?」と聞いてみたの。
でもやっぱり何にも言わないの。
このまま まっすぐ帰れないと思って 遠回りして図書館に寄ったわ。
一時間くらい時間を潰して 表に出たら居なくてホッとして やっと家に向かったのよ。」
そこまで話して ユウリがゴクっとつばを飲みこんだ音が聞こえた。
「家に着いたら 門の前にヘルメットを外したロバートが居たの。
遅かったね。って先回りしてたのよ。」
また思い出したのか ユウリの肩が小さく震えた。
「何か用があるんだったら いってください!っておもわず 私 怒鳴っていたの・・・
でも ただ一緒に居たいだけなんだって。
私が「迷惑です。」というと
君はレイ君とは一緒に温泉にも入るくせに随分僕にはガードが固いんだねって・・・。
あんなに熱いキスを交わしたのにって・・・」
ユウリの目からまた涙がひとつ零れる。
「ユウリ・・・」
レイがそっとユウリの肩を抱いたが 耳元でうわ言のようにユウリの独白は続いていった。
「私 そんなことを玄関先で言われて困っちゃって・・・
とにかく帰ってと言ったのよ・・・
そしたら 僕のバイクの後ろに乗ってくれるまでは帰らないって言い張るの。」
「なんて図々しい奴だろう! くそっ ユウリ 怖かっただろう・・・」
レイはユウリの背中を撫でさする。
「それだけじゃないの・・・とりあえず 無理ですって脇をすり抜けて家に入ろうとしたら
腕を捕まれて・・・無理やり 門の影まで押し付けられて キスされたの。」
ブルッとまた大きくユウリが震える。
オコリのようにガタガタ身体が鳴って止らない・・・
「ひどい キス。
タバコ臭い舌で犯されたみたいにしつこくて・・・
捕まれた腕も痛くって。
やめて!って何度も叫ぼうとしたんだけど顎を押さえつけられて 逃げられなかったの。
気持ち悪い彼の唾液がドンドン入ってきて
気を失ってしまった・・・」
あまりのロバートの非道さに言葉を失う レイ。
「気がついたらね・・・私は自分の部屋のベッドの中にいて
ママがロバートさんにバイクで送ってもらったそうね お礼を言っておいたわよ。
って とんでもない!
とママにどんな事されたか説明したんだけど
よっぽどアイツ 外面がいいのか あんなステキな人が・・・ってキスくらい 仕事で一日中してたじゃないのって言うのよ。」
ユウリはどんどん憑かれた様に説明を続けた。
「翌日も その翌日も学校に現れるから
わたし裏口を通ったり
とにかくあちこちまわり道したり
友達の恵理子の家に寄ったりして帰るんだけど、
どういうわけか 家に帰ってみると すぐ 電話が鳴るの・・・
ママがまたロバートさんよって すっかりママはロバートにだまされて私の恋人だと思い込んでいるのよ。
いやよ出ない!
って言っても 失礼でしょうって・・・
おかしいのよ 最近うちのママ。」
「たしかに 君のママはそんな人には見えないよね。
少なくとも娘のことを一番信用してるんじゃないか?」
「そうよ。だからリュウのところに一週間も居たときも無条件で許してくれたんだわ・・・
なのに この間は学校に来なくて安心して家に帰ると
今度はロバート・・・中に上がりこんでいたの・・・」
思わずレイもぞっとする。
当事者のユウリはどんなにか怖いだろう・・・
「ママとすごく楽しそうにおしゃべりしてて・・・
呆然としてたら リュウから電話があったの
なんだかリュウの声を聞いたら力が抜けて泣き出しちゃった・・・。
で すぐリュウが迎えに来てくれたのよ。」
「そうだったのか・・・。」
「ここ3日間はリュウの家から学校に通ってたの。
リュウって催眠術の方も詳しいらしくって、
どうやらママはロバートに軽い暗示をかけられているんじゃないかって・・・。」
「ママにかかった暗示はきっと解いてあげるから 安心しろってリュウは言ってくれて すぐママも正気に戻ったらしいのよ。
でも家の中に盗聴器がしかけられていて
私が帰ってすぐに電話があったのもそのせいだろうって・・・。」
「警察には言わなかったのかい?」
「リュウが警察沙汰になると私も傷つくことになるから 自分に任せておけって 昨日言ってたけど・・・。」
「そうか・・・大変だったな。
ごめんよ。肝心なときに側にいなくて・・・」
あらためて ユウリを固く抱きしめて 涙に塗れた瞼にキスをすると レイはそっとユウリの耳に囁いた。
「ユウリ・・・ 結婚しよう。ここで一緒に暮らそう。」
「え・・・えっ 結婚?」
突然のプロポーズにあっけにとられるユウリ。