乱入
リュウのマンションに連れ込まれた芽衣
意外と綺麗なたたずまいにほっとするものの・・・
「さぁ さっさとシャワー浴びて来い。」
もうちょっと見せてくれてもいいのに・・・とブツブツいう芽衣は
リュウのイメージからはまた随分かけ離れた 可愛いパステルカラーでコットン生地のルームウェアを手渡された。
「・・・これに着替えるの?」
「そうだ なにか不満でも?」
サングラスをはずして睨みつけ、くまさんアイマスクをチラチラさせるリュウ。
「わかったぁ」あわててシャワー室に入る。
けっこう贅沢なジャグジータイプで広かった。
(ここってアイツのプライベートなマンションなのかしら?)
フルーツやらミントなど入浴剤がいろいろあってひとつ選んで放ってみる。
たちまち 花園に迷い込んだような錯覚に襲われる。
「はぁ~気持ちいい。」
体のこわばりが取れてきて全身リラックスしてきた。
「おまっ 何やってるんだ!」
いきなり怒鳴り声が聞こえて思わず浴槽に沈み込む。
「いいじゃん 俺だって認証キーもってるもん。」
「おまえ!いつのまに・・・」
どうやら客が来ているようだった。
「だって最近忙しいって 全然会ってくれないじゃん。
今日は泊まっていくからね。」
キィと洗面所に誰かが入ってきた。
「おまえ!馬鹿 入るな・・・ 待てったら!」
「離せよ!シャワーくらい浴びらせろ!」
客とリュウがもつれ合って浴室のドアが解き放たれた。
「え?」
あまりのことに浴槽で固まって動けないでいる芽衣は
バスルームの入り口で 立ち尽くす室塚と目が合ってしまった。
室塚の視線がゆっくりと下に流れていくのを ボウッとして固まった思考で眺めるユウリ。
「バカやろう!いつまでも見てんな!」
リュウがレイの頬をパチンと叩いて引きずっていった。
その間の数秒を見届け
鍵をかけ忘れたことに気づきキチンとかけた後 鏡に映った自分を見て芽衣は
「キャー!!!」と叫んだ。
「反応おせえんだよ・・・」
リュウはあきれたようにつぶやき再度レイの頭をパコンと叩いた。
「いって~な 何だよ。あの子一緒に住むわけ?」
ヒリヒリする頬と 叩かれた頭を押さえて 涙目になったレイが毒づいた。
「まあな 家から通わせると絶対 まじめな優等生らしいから勉強ばかりで台本読まないと思ってね。」
「じゃあ 俺も一緒にここに住む!」
「馬鹿 何言ってんだよ!迷惑なの。遊びじゃないんだ。新人教育兼ねてんだからな。」
「だ~か~ら。先輩として俺も教育しちゃうって。」
甘えるように レイがリュウにしなだれかかったところを 浴室から出た芽衣は目撃する。
(やっぱりこいつら・・・)
軽蔑したように一瞥をくれると、リュウが近づき さっとこんどは うさちゃんアイマスクをかけてきた。
「え~!もうするの?」
一瞬で暗闇にもどって がっかりするユウリ。
「当たり前だ!もう明日までは外すなよ。」
興味深そうにレイがその様子を見て
「こんなことしてて台本覚えんのどうするのさ?」
「大丈夫 ユウリは優秀なんだ一日ありゃあ覚えるさ。」
(え~!何を勝手な事を・・・
まあ覚えらんなきゃ 見込み違いって事で開放してくれるかな?)
「ほらドライヤー 風邪引くぞ。」
胸にドライヤーを押し付けられる。
しかたなく手でたどって洗面所に戻る。
ドライヤーを持っているため右手だけを前にだしてソロソロと歩いた。
何かやわらかいものに触れた。
「もっと右だよ。」
レイの声が間近で聞こえ驚いたがなるべく平静を装ってまた歩き出した。
何とか洗面所にたどり着いたがコンセントを探すのも一苦労である。
それでも何とか指先でそれらしい感触を見つけほっとする。
ところがナカナカうまくプラグを刺せない。
せっかくお風呂に入ったのに汗がにじみ出てくる。
何度も根気よくコンセントを確かめてチャレンジした。
5分ほど経っただろうか やっとプラグがコンセントに収まった。
「はぁ やった!」
学校の試験とは違った達成感があり 思わずガッツポーズをする芽衣。
すぐ後ろで「ふぅ」と小さくため息をつく音が聞こえたが、それはリュウなのかレイだったのか・・・
かまわず ドライヤーのスィッチを入れて髪を乾かし始めた。
その脇を誰かが通り抜けた気配がして(ハッ)と芽衣はドライヤーを止めたが
それには気にもとめず何者かは衣服を脱いでシャワーを浴び始めた。
(もしかして私の目の前で脱いでたってこと?)
どうせ芽衣には見えてないのであるから気にする必要はないのだが、あらためて男性二人の部屋に女子高生が一人でいるという状態に少し不安になった。
細い髪の毛の芽衣はあんまり強くドライヤーを当てるとすぐ傷むため ある程度乾かした後は自然乾燥をさせている。
「もう疲れたんで休みたいんですけど。」
「そうだな もう11時か
女優は肌が命だからな。
お前の歩幅で5歩前に進んでから 左に10歩位に寝室がある。」
リュウの声だった。
とすると先程 芽衣の横を通り過ぎ 堂々と裸になってシャワーを浴びているのは レイであったのだ。
言われたとおり進むと左手にツルッとしたガラス面がぶつかった。
手を下ろしていくとドアノブらしきものに触れる。
(これ曇りガラスだよね・・・)
ちょっとその辺が気になったが先程一瞬しかリビングの状態を見ていない。
夜景に眼を奪われて確かめておかなかったことを後悔する。
「おやすみなさい。」とだけ言って ドアを開け足を踏み入れる。
清潔な香りがする。
足元にしなやかなラグマットの感触がした。
ラグマットの感触を楽しみながらすり足で進むとふんわりやわらかな弾力が膝に当たる。
ベッドに突き当たったようだ。
ほっとして芽衣はベッドに腰掛け、枕の位置を確かめながら横たわった。
(疲れた・・・ いくら試験が終わったとはいえ一週間もこんな事やってたら成績落ちちゃうかな・・・)
ちらっと頭に学校の事が掠めたがあまりにも疲れていたためまもなく芽衣は深い眠りについた。
(う・・うん ぁあ・・・)
何時頃なのだろう くぐもった声に眼が覚めた。
しかし起きているはずなのに視界が真っ暗である。
(まだ夢の中?いや違う アイマスクしてたんだったわ)
「あっ・・・くぅ」
ごく近くで押し殺した声が聞こえてくる。
(これってもしかして・・・)
ギシッときしむような音まで聞こえてくる。
(あきれた 私の寝ている横でなんて・・・
どういう神経してるんだろ? しかも男同士で・・・)
「あぁ リュウ!痛い・・・」
「馬鹿声がでかいよ。」
とたんにふぐぅと口をふさがれたのかひそやかな息遣いとベッドのきしむ音だけが響き渡る。
(やだもう 勘弁してほしい。)
一人がベッドから立ち上がり バスルームに入る気配があった。
もう一人はまだベッドでまどろんでいるのだろうか?
(いい気なもんだわ・・・まったく。)
ふいにベッドに横たわっていたものが起き上がり歩き出した。
(良かった もう一人も出て行くわ。)
ほっと芽衣が気を抜いたとたん
頬をさっと撫でられた。
「気づいてるんでしょ?ユウリちゃん」
レイの声が真上から降ってきた。
びくぅっ! 思わず全身でビクついてしまったのでバレバレであった。
クスクス
レイが面白がって笑う声が聞こえる。
「何を勘違いしてるか 想像つくけど 整体マッサージして貰っていただけだよ。」
「ま マッサージ?」
思わず声が裏返る。
「そっ 心配しないで優等生ちゃんは眠てな。
俳優は忙しくて心身共にボロボロになるわけ
時々こうしてリュウに癒してもらってるんだ。
あの人 変な免許いっぱい持ってて柔道整体師の免許持ってるんだよね。
元アイドル時代に番組でいろんな資格を取るって企画があったらしい。」
いきなりレイがユウリのベッドの横に座ったため ベッドが沈んだ。
「そういえば、お前 ひかりの通う有名進学校でかなりな成績とってるんだって? 余裕だな~」
「余裕なわけないです。昨日突然無理やり 拉致でしたから。」
「へぇ 珍しいな。リュウはその辺じっくり選んでからじゃないとデビューさせないのに・・・。
最初に打診してた劇団の子も断ったみたいだし・・・」
(なんだ他にもあてがあったんじゃない。
それなら私の能力が劣ると判断して降ろしてくれるかもしれない。よしっ!)
「レイさんは鮎川 ひかりと面識あるんですか?」
「別に仕事以外では俺に敬語使う必要ないよ。
ひかり君はもう長いことリュウが声をかけてる子でね。
君の通う学校にもよく行ってるんだ。
そこでユウリの事もマークしてたのかな?」
「いえ 偶然だと思います。
もともと 鮎川くんに声かけそびれて私がかわりにみたいな感じだったもの。」
「それでいきなりドラマデビュー?」
「そうみたい・・・ですね。」
「ふ~ん まあいいか。とにかく明日からまたハードだから寝ときな。
なんなら添い寝してやるけど。クスッ」
「わっ 結構です!」
いきなりレイが無理やり ユウリの布団の中に入ってきた。
「こら!何をやっとる。油断も隙もない!!」
ゴツッと派手な音がして レイのうめき声が離れていく。
「お前も寝ろ レイ! せっかく汗だくでマッサージしてやったのに 金取るぞ!」
リュウの罵声が続く中 隣のベッドに
「チェッ。わかったよ。」とレイが寝転ぶ音が聞こえた。
「あの・・・ 一応わたし女だし 別部屋に寝せてもらうことは出来ないんでしょうか?」
「そうか そういうの気になるかな やっぱり一般人は・・・
俺は劇団出身だから男女は大部屋で雑魚寝って 状態に慣れてるから 気づかなかったな~。
久しぶりに 一般人からスカウトしたからな・・・
でも悪いけどここ1LDKでね。 寝室はここしかない。」
「そ・・ですか。」
(しかたない どうやらさっきのもあたしの早合点だったみたいだし。)
「ねぇ リュウさん 本当はどうして私をスカウトしたか聞いていいですか? やっぱり納得がいかないんだけど・・・」
「ふん さっきの説明じゃあ 納得いかないのか・・・
まあ そうだな おまえなら弱み握られてて 断らないと思ったからかな。」
とリュウが含み笑いしながら答えた。
「え~っ なになに? ユウリ!リュウにどんな弱み握られちゃったの?」
「いいから。 お前は寝ろ!ほら そっちへずれろ。」
どうやら男二人はひとつのベッドらしい。
翌朝 芳しいコーヒーの香りで目覚めた。
「おはよう ユウリ 朝ごはん食べな。」
レイの声が聞こえる。
「おはよう レイさんがご飯用意してくれたの?ありがとう」
「そだよ。レイでいいから チュッ」
いつのまに目の前にいたのだろう 唇に軽いキスをされてしまう。
「あれ?リュウからどうせもう例の製品チェック受けてんだろ。これくらいで赤くなんなよ。クスッ
リュウは一度事務所に寄ってから迎えに来るみたいだから、朝飯食べて俺らも出かける準備しよう。」
目隠ししてるから鏡で確かめられないが 頬が熱いので真っ赤になっていることを レイにからかわれているのはわかった。
(なんだかこういう世界の人種のすることって やっぱり違うのかも・・・)
とりあえず ベッドから足を降ろし手探りでリビングに向かってみた。
昨日一度 距離感を掴んではいるため 慎重にではあるがスムーズに歩く事ができた。
「慣れてきたね。おそらくドラマの中のひばりも家の中にほぼ監禁された状態だから、家の中は 自由自在に歩けるだろうし。」
「もう台本すべて眼を通してる・・の?」
普通そうだろう すでに台本はできているんだから・・・
「一応ね。今日は衣装合わせだからまだいいけど 明日からは数シーン録るからね。 もう少し左斜め前に進んで・・・」
レイは思ったより面倒見が良いようである。
食べやすいようにサンドイッチと少し冷ましたコーヒー(おそらく手元にこぼしても火傷しないようにとの気遣いだろう。)
良く冷やしたブドウもユウリの手元に置いてくれた。
「ちゃんと眼をつぶっているという条件でアイマスクはずして顔洗っていいとリュウが言ってたよ。」
かなり徹底している・・・
「それから 役を降ろして貰おうと企んで 中途半端にやってたら リュウにすぐ気づかれてキツイおしおきされちゃうからね。真剣に精一杯取り組まなきゃ。
ユウリは お嫁に行けなくされちゃうかもよ?クスッ。」
思わずサンドイッチが口からこぼれ落ちる。
「え~~ どういうこと?なにされるの?」
「リュウは仕事に関してかなり厳しいからね。 まあ お嫁にいけなくなっちゃうってのはジョークだから。(笑)とりあえず<モグモグ> 諦めて頑張れよ。」
こぼした筈のサンドイッチはレイに拾われて食べられてしまったようだ・・・
「あの 今落としたの食べた?」
「うん。」
やがて激しくベッドが跳ねるように戦慄いたかと思うと
ふいに静かなため息が聞こえてきた。
(あっさり認めるし・・・<再度赤面
それにしても 凄く美味しい 何このサンド?)
洗面所を使って用意されてあった相変わらずの乙女チック衣装へ着替えも済ませたところでリュウが戻った。
「レイ・・・お前世話焼きすぎだから。アイマスクのままでコーヒー入れたり 料理したりもさせたかったんだぞ。」
「まだ無理だよ。かわいそうじゃんか。入ったばかりなのに・・・そこまでいきなり 完璧求めんなって。」
レイに諌められて ちょっとリュウも引いたようだ。
今ひとつ二人の関係が掴めない。
それから三人でテレビ局に向かった。
レイとユウリはそれぞれ別室に入れられ他の俳優達と一緒に衣装合わせにはいった。
スタイリストが忙しく靴やらブラウスやらを持って 走り回っている。
衣装合わせの際はさすがにアイマスクを外していたので、着せ替え人形のように主役であるユウリは沢山の服や靴をあわせてみた。
普段地味な私服の芽衣だがユウリとしてさまざまなタイプの衣装を着るのはナカナカ楽しい事だった。
(なんだか あたしじゃないみたい・・・)
午後からはユウリ一人をマンションまで送り 台本を2話分暗記しとけとポンと渡した後 リュウは忙しいらしくまた事務所に行ってしまった。
レイは他にも仕事があるのか一緒には戻らなかった。
あらためて台本を開くと勉強とは違った新鮮さでスイスイ読み込める。
(試験勉強もこの調子で頭に入ればいいのに・・・)
ひととおり覚えたところで眼をつぶり ひばりの気分になってみる。
ソファに寝転び横になる。
兄が戻った足音が聞こえる。
いつも話し相手はほとんど兄だけだ。
ひばりは兄から開放されたいとは思いつつ 実際は兄が戻るのを心待ちにしている。
「ただいま。」
タイミング良く レイが戻ってきた。
ユウリはすぐにうれしそうな表情になって起き上がる。
「お帰りなさい。」
ユウリの雰囲気が微妙に違うのを察して レイは一瞬躊躇したが すぐに察してにやりと笑う。
恭介:なにか変わったことはなかったか?
すこしずれたほうを向くユウリの肩を抱き
やさしく耳元でレイはささやく。
ひばり:大丈夫 誰も来なかったよ。
視線をずらしていても 慈しみの眼で見つめる恭介になりきったレイの表情が視界にはいった。
そのまま気づくと二人は通しで1話を演じ続けていた。
「すごいな!ユウリ ビックリだよ」
レイに抱き上げられてまたキスされそうになったため あわてて掌で制す。
「棒読みの私なんかより レイの方がすごいよ もう完璧なんだね。」
「いや その辺の劇団員なんかより ずっと自然におまえは演じていたよ。」
なんだか楽しくなってその後1話をニ度 2話も一度通しで合わせてみた。
「じゃあ 今度は実際見えない状態でやってみるか。」
いつのまにかリュウが帰っていて そういうとアイマスクをユウリにつけていく。
眼が見えないフリで演じるのと実際見えない状態で演じるのではかなり違っている事がわかった。
実際に視線を外していても 視界の隅で相手の様子を捕らえることができるのと 声音や雰囲気で探りとるのでは全然違う。
耳を音のする方に向けてしゃべるようになり 兄の体温をたよりに手を伸ばすようになる。
(勉強よりよほど面白いかも。)
一瞬思った考えを芽衣はあわてて 振り払う。
「じゃあ アイマスクしたまんま ご飯炊いてもらおうかな。今日のところはそのくらいでいいだろ?レイおまえはおかず頼むな。」
リュウにそんな風に命令されても 普通の女子高生であった今朝までの芽衣は、絶対「冗談じゃない!」と怒ってやらなかったであろうことも
今 新人女優のユウリとしては ちょっとやってみても面白いかも・・・と思えてしまった。
「ほ~ぃ カレーでいいな。」レイが気安く引き受ける。
まず玄米をいちいち食べるたびに精米してるとのことで玄米用の一合升で指ですりきり 精米機へ 結構な音で慄く・・・。
次にボールで指や手の平の感覚だけでお米をとぎ すすいだ。
慎重にしていても 時々パラっと 米粒が落ちた音がする。
その都度 摘み取るのもナカナカ難しい。
なんだろう この自分の熱中振りは・・・
子供がはじめてキャンプに来たような、何でもチャレンジできそうな気がしてきた。
横でレイの軽快な包丁の音が聞こえる。
(今朝もびっくりするくらいに美味しいサンドイッチだったけど 料理得意なんだな~)
水加減は手の平を沈めて 8割ほど水につかればOK!とのことで眼が見えなくても 多くの家事が出来る事を知った。
出来上がったカレーは予想以上に美味しかった。
ご飯も初めてにしては程よいやわらかさで炊けていて ほっとする。
「ユウリは普段料理作ったりしてるのか?」 おかわり要求しながらリュウが鋭い質問をしてくる。
「あんま・・・ 作んないかな」
正直 ほとんど母の紀子任せだ。
「丁度いいな レイに習っておけ こいつは小学生の時からやってるから。」
「へへ 何でも聞いて。」テレながら言う レイ。
「本当にすっごく上手だよね。尊敬しちゃうよ。
今朝のサンドイッチもびっくりするくらい 美味しかった。」
実物を眼で確かめられないのが残念である。
「それから 今日ユウリの家に寄ったら 紀子さんから着替え貰ってきたぞ。それから これ 鮎川が置いていったらしい。」
(鮎川 ひかりが?何だろう・・・)
「授業を休んでいる分のノートだそうだ。自分の身代わりになって もうしわけないと謝っていたそうだよ。
申し訳ないと思ってるんなら契約してほしいんだよな~。」
リュウがぼやく。
「あの 学校へは実際どういう名目で休んでる事になっているんですか?」
コホンと咳をひとつして、しばらくためらっているのか スプーンをカチャカチャ鳴らしてカレーを口に運ぶ音が響く。
「正直に言えよ。リュウ。学生だものやっぱり気になるだろ?」レイが促す。
「そうだな。 いつまでも黙っていても いずればれるからな。
実は・・・ 君はこの度{芸能特待生}と認められて、芸能中心に高校生活を送れるようになったんだ。」
「芸能特待生?! なんですかそれ?」
いつのまに手続き取ったのだろう。
進学に影響しないのだろうか?
「実は今日君の実家に寄ったのはその手続きの了解もあってのことだったんだ。君の学校はこの県でも有数の進学校だが 特殊な能力をもった生徒に特待生として
さまざまな面でサポートをしている学校なんだよ。」
(はじめて聞いた・・・)
「いや 去年から出来た制度なんだけどね。
実は鮎川 ひかりをうちの芸能プロダクションに引き入れたいがために学校に日参して 新設してもらった制度なんだよ。
まさか君が最初に使う事になるとは思わなかったけどね。
とりあえず 1週間は課外学習扱いだから欠席にはなってないよ。
年間60日間は課外学習として芸能活動できるから。
そのかわりレポート出したり、期末テストとかも一般授業参加してなくても受けなきゃならないけど
君の場合は優秀だから大丈夫でしょ?協力者もいるようだし。」
鮎川と教室内で会話をかわしたことは一度もない。
お互いどちらかというと地味で目立たない方だ。
日参するほど鮎川に声をかけていたというが 芽衣に無理やり契約させることといい どういった基準でリュウが選んでいるのか図りかねた。
「せっかく ひかりが寄こしてくれたんだから 今そのノートありがたく写させてもらえ。
俺が後で返しに行ってくる。」そういってリュウがアイマスクを外してくれた。
「あれ?リュウ それってひかりのとこへ行く いい口実にしてね?」
「この馬鹿!そんな訳ねぇだろがっ!」 ガツッ!!
ぼんやりした視界に入ったのはまた思いっきり脳天に拳骨はられているレイの姿と顔を赤らめているリュウの珍しい顔だった。
「スカウトのいい口実って意味で言ったの! いって~なぁ。」
ふんと火照った顔を隠したいのかリュウがサングラスをかけ「事務所行ってくる。」とまた出て行ってしまった。
「リュウはあれで鮎川にぞっこんなんだ。でもぞっこん過ぎて いつもの調子でねぇみたい。
普段なら強引に契約させて スパルタで仕込むくせに どうも鮎川にだけは初恋相手にラブレター渡すみたいに緊張しまくるみたいなんだよね。」
可笑しそうに レイが教えてくれた。
「へぇ リュウがね~」
なんだか想像できない。
では私に対しては緊張しないでいつもどおりに強引に引き入れたってことなのね。
何だか ガックリしてしまうユウリ。
「さぁ リュウは鮎川のところにすぐ行きたいだろうから 早くノート書き写しちゃいなよ。
そこのパソコン使ってもいいから。」
そういうとレイはさっさと食器をかたずけ すばやく洗い出している。 さすがだ・・・
遠慮なく パソコンを開いて
ワードで打ち込ませてもらった。
鮎川の字はなんだか繊細で読みやすい字だった。無論 芽衣のために丁寧に書いている部分もあったかもしれないが 手前のページもよくまとめて美しく意識して書かれてある。
どちらかというと走り書きな自分のノートを思い浮かべて
(私のほうが男らしいノートかも)
とすこし反省するのだった。
また一番下の段に
{こないだはごめん 君を身代わりにしちゃったね。
ノートは毎日 刈谷さんに届けてもらうから 安心してください。 無理しないで 辞めたいと言えば そんな無茶な事は言わない人だと思います。}
(どこが!)と思わず頭の中でつっこんだ。
パソコン借りたので手早く写し終えて プリントアウトできたので、毎回家事やらせているレイに申し訳ないとお茶でもいれようと立ち上がった。
「あれもう終わったの?
いまお茶差し入れようと思ってたのに どうぞ。」
甲斐甲斐しくもレイは使い込んだと見えるMYマグカップとユウリ用にかわいいチューリップの形をしたデザインのカップで紅茶を入れてくれて 運んできた。
「あぁ レイってどうしてそんなに気が利くのかしら。もう絶対いいお嫁さんになれるよね。」
自分の気の利かなさを呪いながら、ユウリがいうと
「いや リュウに仕込まれただけだから、なんてことないよ。体がつい動いちゃうんだよね。
だから彼女とか出来ても あんまり女の子より、てきぱき動きすぎて、逆に引かれちゃうんだよな~」
こんないい人に引いちゃうなんて・・・思いつつ、普通の女の子より綺麗で いま売り出し中の人気若手俳優で 料理もうまく よく気がつくときたら
劣等感を感じる子も少なくないのだろうと納得した。
「じゃあさ リュウが戻ってまた目隠しされちゃう前に もう一度さらっと2話やらない?」
「それも そうね。あ でも今使ったカップは私に洗わせてください。」
ユウリはすばやく立ち上がりレイのカップと自分のカップを洗い場に運んだ。
2話目は恭介が風邪気味で会社を早退したときに偶然やってきたボランティアの角谷がマンションに入るのを見て逆上し ひばりを追い詰めていく場面である。
「レイ わたし角谷の部分もやってあげるよ。」
悪りぃと言いながらもうれしそうにレイが役に入っていった。
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恭介:「お前 なんで俺んちに勝手に入っていってんだよ!」
(かなり怒気を含んだ声で迫るレイ)
角谷:「勝手にではないです。
僕は市の福祉団体で視覚障害のある方達のために本の読み聞かせを行っているボランティアのものです。」
(うろたえたようにユウリが台詞をいうと・・・)
恭介:「はぁ? わけわかんねぇ。
嘘 バレバレだから うろたえんな っこら!」
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恭介の気迫に飲まれ 思わず台詞読みを忘れ後ずさりするユウリ
くすっと 恭介そのものだったレイは 元のレイの顔に戻り
ユウリのほっぺをチョンとつついた。
「あっ ごめん。」
気を取り直して ユウリが角谷の台詞をまた読み始める。
レイと何度も繰り返し合わせているうちに だんだん恭介という実在の人物といるような錯覚に襲われる。
主人公のひばりは、たったひとりの身内である兄を慕いながらも 盲目の妹を保護する名目で半ば強引に監禁している恭介を怖がっている。
真に迫ったレイの演技で
時々見せる恭介の凶暴性や妹に見せる狂った濃い愛情がじわりと肌から感じ取れ、
怯えきっているひばりの今すぐにでも兄から 逃れたいという気持ちがリアルに染み込んでくるのだった。
・・・・・ブーブー
フイにレイが我にかえって 携帯を取り出し メールを確認すると
「今日はこれくらいにしよか俺ちょっと出かけてくるけど リュウはもう少ししたら戻ると思うから。」
売れっ子俳優だもの忙しいよねでも やっぱりプロはすごいなとレイの演技を思い出してユウリはふぅっとため息をついた。