連れ去り
-連れ去り-
「ただいま~」
芽衣はだるそうに 靴を脱ぐと
カバンを引きずるようにして、リビングに向かった。
「あら どうしたの? ずいぶん早いじゃない」
母親の紀子は遅い昼食のお茶漬けを食べながら テレビドラマを見ていた。
(僕は・・・玲子さんのことが!)
{けっこうなボリューム音で昼間から 恥かしいもの見てるな~}
ちらっと見ると バリバリのイケメンが臭~い台詞を吐いているところだ。
「今日はちょっと熱があって部活はパスしてきた・・・」
冷蔵庫からサプリメント飲料を出し ちょっと考えてからヨーグルトも手にとって テーブルにつく。
「大丈夫? あんたは子供のときからあんまり丈夫じゃないんだから。
あんな受験校選ばなきゃ いいのに・・・熱はそうでもないかしら?
でも薬は飲んどきなさいよ。」
母の隣に座り ヨーグルトを開ける。
(一緒に逃げましょう・・・)
相手の女優は安っぽい感じで
あんまり この男優とは釣り合わない。
「なかなかカッコいいでしょ?この人最近かなり売れてきてるのよ~。」
母はかなり入れ込んでいるらしい。
芽衣はやっとヨーグルトを食べ終わるとサプリのペットボトルを手に持って二階の自室に上がった。
ピンポ~ン
「は~ぃ ・・・もういいところなのにぃ。」
「どちら様?」
TVインターホンには サングラスをし 帽子を目深にかぶったガタイのいい男が写っている。
ちょっと見 堅気の商売をしているようには見えない。
「お宅のお嬢さんが弊社に来られた時に 忘れ物をなさいまして・・・」
「あら? うちの芽衣が?」
トタトタトタタッタッタタ・・・
「なんですか! まだ何か用なんですか!」
「芽衣・・・あなた」
階段を軽やかに降り立ち
第一声で 怒鳴り込んだわが娘に
唖然とする母。
「やあ また会えたね。」
男はサングラスを外して にやりと笑いかける。
(まあ ステキ・・・なかなかいい男ねぇ)
母の紀子がつぶやく・・・紀子はいい男に弱い
「ねぇ この方はどちら様? あなたこの方の会社で何か忘れ物してきたの?」
「忘れ物なんてしてないわよ! 白々しい。」
「契約は契約だよ ほらこれに着替えて・・・ お母さんですね 芽衣さんはこれから一週間ほどお預かりいたしますので。」
男はかぶさるように間近に顔を近づけて紀子に言った。
「はぁ? 預かるって・・・」
「何を勝手に決めてんのよ!
行くわけないでしょ!」
芽衣はもう顔を真っ赤にして怒っている。
(あの何事にもクールで顔色ひとつ動かさない娘が・・・)
「あの~ 契約ってなんでしょう?」
「お嬢さんはこの度 正式にわが{オレンジプロ}に契約されまして これからデビューしていただくつもりです。」
男は名刺を紀子に手渡して言った。
「ちがいます!契約なんてしてません。」
娘の懸命な否定に しかし母は
「え~~! オレプロ!!
本当ですか?
はっ! ではあなたはオレプロで有名な元アイドルの敏腕スカウト:刈谷 リュウさんでは?」
母の眼はハートや星が散らばっている。
(うげっ なんかヤバイ方向かも・・・)後ずさる 芽衣。
「逃げるな! そうなんです。
お嬢さんの学校で 番組の撮影がありましてね。
そこで偶然エキストラになっていただいたのがきっかけで・・・」
「は 離してよ!」
リュウの大きな手が芽衣の手首をがっしり握ると逃れようもなかった。
「昨日 ちゃんと契約したろう! お母さん お邪魔します。」
「は はぁ」
(オレプロといえば
あのアイドルのランちゃんとかシャンディーズなんかが排出された超人気プロじゃない!
なんであなたが?)
あわてて母が芽衣に小声で耳打ちする。
(そんなのしらないわ!)
二人の戸惑いには構わずリュウは上がり込む。
「さぁ 急いでいるんだ!」
かつて 自分もアイドルを目指したことのある紀子は、ちょっと羨ましげに階段を上るリュウと自分の娘を見送った。
「この部屋か? わかりやすいな。」
くくっとドアノブにぶら下がるバンビを見て笑いながら リュウは芽衣の部屋を開けた。
「ちょっと勝手に人の部屋に入んないでよ!」
「じゃあ 全部ばらして警察に言ってもいいのか?」
リュウはちろりと冷ややかな流し目を芽衣に向けた。
「・・・」
くやしそうに歯軋りする 芽衣。
「わかったら さっさと着替えろ。」
リュウはおよそ普段の芽衣なら絶対着ないような 淡い女の子らしいドレスを差し出した。
「何これ・・。いやよ こんなの!」
ぴくっ! リュウの右眉がつり上がる。
「バカやろう! つべこべ言わずに 着やがれ!」
(こ こいつ~ 綺麗な顔なのになんて奴。)
「め 芽衣ちゃん 大丈夫?」
母の紀子が 今の怒声でさすがに心配したのか 一階から声をかけている。
「ほらほら お母さんに 娘が犯罪者だって ばらされてもいいのかぁ?」
嘲るようにリュウが見下ろす。
「ぐっ・・・」
悔しそうにリュウを見返して黙り込む芽衣。
「じゃあ・・・ 着替えるから 出てってよ。」
しぶしぶ芽衣が言うと リュウはバカしたように芽衣の髪をくしゃっと掴むと
「何言ってるんだ タレントは商品なんだ 製品チェックは毎日怠りなくやっとくのが一流プロなんだよぉ。」
驚愕に眼を見開いて 抗議しようとしたが どうやら冗談ではないらしい。
諦めて 芽衣は後ろ向きになって着替えだした。
背中から痛いほど視線が感じられて できるだけ手早く着替えなくてはと焦るものの ボタンやらリボンやらでナカナカてこずってしまった。
「ふむ・・・ あまり普段は外に出ないようだな 肌はそれなりに色白で荒れてはいないから ○と。」
ジロジロ一部始終眺めているのだろう リュウは勝手に言っている。
「着替えたわよ! これでいいんでしょ?」
挑むようにして睨みあげた芽衣の顎は 次の瞬間わしづかみにされた。
「な! 何よ!」
リュウの顔が迫ってきた。
「眼が充血してるぞ ちゃんと睡眠とっているのか?」
「それから 舌だしてみろ。」
どこまでチェックするんだろうとうんざりしながら舌をだす。
「!」
間髪いれず芽衣の出した舌をスッと口に含んで 味わうようにリュウが絡めている。
「うん? ヨーグルト食べたね
まあ 胃の調子はそんなに悪くはないようだけど 緑黄色野菜をもう少しとれ。」
「これも製品チェック?
ありえない!!」
「これが一番確実で正確だ。
俺の舌を信じろ。」
「はぁ!?」
リュウは、あきれて物も言えない芽衣の腕をまた鷲掴みにして部屋を出る。
階段下で見上げていた紀子にも
「では 失礼」と一言だけくれると さっさと芽衣をベンツの後部座席に乗せ発進した。
「ちょっと!・・・1週間って 明日だって学校あるんですからね。」
けっこうなスピードを出す運転にびびりながら 念を押してみた。
「それはもう手を打ってある。行かなくて良し。」
「手を打ってるって 何よ!」
あわてて運転席にかぶりつく芽衣の顔に分厚い冊子が突きつけられる。
「下らん心配するな これ覚えろ。」
-サイレントナイト-
表紙にはそう題名が書いてあった。どうやらテレビドラマの台本らしい。
-サイレントナイト-
兄の恭介 夜10時すぎ マンションに帰宅
恭介:ただいま。
妹のひばり 居間のソファでうたたねしているが すぐに起き上がる
ひばり:お帰りなさい。
恭介:なにか変わったことはなかったか?
眼が不自由なため すこしずれたほうを向く妹の肩を抱き
やさしくささやく
ひばり:大丈夫 誰も来なかったよ。
ためらいなくひばりは食堂まで向かい
電磁調理台で夕食を温めなおす
******************
「おまえはその妹 ひばりの役だ」
いきなり ドラマに出されるらしい。
「眼の不自由な子の役 ふ~ん 随分 素人のあたしに演らせるにしては いきなり難しそうな役なのね・・・」
「これからドラマの初顔合わせなんだ。お前の芸名は{ユウリ}だから」
(ばかばかしい 芸名まで考えていたのか。
とりあえず 適当にやっておけば、素人がやっても無駄だといずれわかるだろう。)
芽衣はパラパラ台本を捲ってみた。
*******************
ひばり:兄さん ねぇどうしたの?ひばりはいつもと違う 兄の態度に怯えて聞いた。
恭介:ひばり!おまえ本当は俺のいない間に 角谷という男を家の中にひきいれているんだろう!
兄はひばりの頬をうった。
バシッとけっこう音が響く
ひばり:違うよ 角谷さんはボランティアで障害のある人たちの家をまわっているだけなんだよ!
頬を押さえ涙を浮かべて ひばりが訴える。
********************
「なに これ? わたしぶたれたりしなきゃならないの?」
仏頂面で文句をいう 芽衣。
「それくらいのこと当たり前だ。もう少し後半じゃ ベッドシーンもある。」
こともなげにリュウがいう。
「えー!! バカいわないでよ。 そんなのやるわけないでしょ!?」
「さあ 着いたぞ 降りろ」
都内のホテル駐車場に入り
待ち構えていたのか 小柄な女性と初老の男性が出迎えた。
「間に合いましたね。さぁ 急いで。わたしはメイク担当の柴崎です。よろしくね ユウリちゃん」
小柄な女性は20代後半だろうか エクボがあってなかなか可愛いひとだ。
「わたしはオレプロの横田です。よろしく
刈谷さん 皆様ほとんどおそろいです。」
「ああ わかった。」
初老の男性はリュウにたいして敬語使いである。
リュウの方が上司なのだろうか?
追い立てられるように ホテルの一室に入れられメイクをされる。
鏡の中の自分がどんどん塗り替えられていく・・・
「リュウさん 仕上がりました。」
メイクの柴崎さんがそっと「頑張ってね」と耳打ちした。
「よし ユウリついて来い。」
慣れない芸名で呼ばれると
少々緊張して来たのか 膝がガクガクしてきて歩きづらい。
ある扉の前に来たときにリュウが振り向いて呟いた。
「お前は一番下っ端だけど 主役だ。堂々としていろ。」
「そんなこと言ったって・・・・いきなりそんな場所に行かなきゃならないの?」少し涙目になってきた・・・
(やだもう・・・帰りたい)
全身が震えがきて止まらない
「ば~か 俺がついてるよ!」
とリュウは言うといきなり芽衣の両胸をギューッと 鷲掴みにした!
「な 何すんのよ!!」
バシッ!
「・・・よし 行くぞ!」
手の痛さ分 リュウの頬が赤くなったが 体の震えは止まった。
扉を開けると広い会場の中央に大きなテーブルがあり
半分ほど席が埋まっていた。
「リュウ ひさしぶり。」
奥に座っていた若い男がリュウに声をかける。
「おう。」
リュウも軽く手を上げる。
どこかで見かけたことがあると思ったら 先程母の紀子がみていたドラマのイケメン俳優である。
芽衣はその隣に座らせられる。
「この子? 昨日電話で言ってた子は。」
イケメン俳優はリュウの肩に手をまわすと 頬を近づけて話している。
(なんだか・・・随分親密そう)
「君が僕の妹役だね。室塚 レイです。よろしく」
室塚はリュウの肩に顎をのせて にっこり微笑みながら 芽衣に声をかけてきた。
「あ じゃあ 恭介役なんですね。新人のユウリです。よろしくお願いします。」
根が真面目なので 初対面の人にはどんな場合でもキチンと挨拶をしてしまう ユウリ。
メンバーがそろったところで挨拶となった。
「まず 主役ひばり役 ユウリさん」
(いきなりわたしから?!)
席上の全ての視線が芽衣に集まってくる。
めまいを感じながらも立ち上がった。
「・・・」
うまく言葉が出てこない。
また足が震えてきてしまった。
が その足にリュウが手を伸ばし ぐっと震えを押さえつけるように掴んでくれた。
なぜか気持ちがすーっと落ち着いてくる。
「新人のユウリです。よろしくお願いします。」
-パチパチ・・・-
次にレイが立ち上がり
「恭介役の室塚です。妹のユウリちゃんがかわいくて リュウ先輩を独り占めされそうで怖いです。」
どっと会場に笑いがおこった。
リュウはそんな中 平然とした顔をして まだわたしの膝に右手をのせていたが
左手はレイが席に着いたとたんにレイに持って行かれて 顔見せの間中 ぎゅっと握られていた。
(な~にこいつら そういう関係?)
レイを見ると面白がっているのか、にやっと笑っている。
あまりテレビなど見ない芽衣にとっては 他の配役紹介でも知っている顔はなかった。
その後 ホテルで軽く他の出演者たちと会食をしてる間中
リュウは俳優やスタッフから次々声を掛けられている。
かなりこの世界において顔が広いようだ。
母はたしか元アイドルと言っていたし それなりに有名なのだろう。
レイはそんなリュウの側にべったりくっついていたが
そのうち一人の若い女優に(たしか配役は兄:恭介の幼馴染役で名前は井川 薫といったっけ)
声を掛けられて別の席に移っていった。
それからしばらくして、リュウに伴われた芽衣はホテルを出て
また車に乗ったところでくまちゃんのアイマスクを渡された。
「別に眠くないけど」
まだ午後6時過ぎくらいだ。
「全盲の少女の感覚つかむのに最適だろ? これからしばらくつけとけ。」
少しためらいはあったものの なるほどと思って ユウリは素直につける。
リュウには どこか人を安心させるものがあって
これから まだあまり知らないこの男に車でどこへ連れて行かれるかもわからないのにユウリは不思議と 落ち着いて暗闇に身を置いていった。
リュウは特に何を話しかけるでなく 運転している。
アイマスクをつけていると、体のかたむきでどちらに曲がったかまでしかわからない。
(いったい 今度はどこへ行くんだろう・・・?)
「着いたぞ。」
どのくらい時間が経ったのか
眼をふさがれている状態では判断が難しいが おそらく30分も走っただろうか・・・
「一人でアイマスクしたまま車から降りてみろ。」
先にリュウが車から降りて促した。
手探りでドアを開け一歩足を出す。
さっと風が芽衣の顔を撫でた。
「此処がどこだかわかるか?」
リュウの声がすぐ横から聞こえた。
「そんなの・・・わかるわけないじゃん。」
ちょっとムッときた。
「いいから 耳を済ませろ
鼻を利かせろ。」
恐々足を踏み出して 耳をすませてみた。
カモメの声
それに 波の音
いま足元は硬いざらざらしたコンクリート?の上にいるという感触がある。
それに 潮の香りが・・・
「海?」
リュウの「ふっ」ともらす笑い声が聞こえる。
「まあ 簡単だったな。
とりあえず 少し歩いてみな。」
乱暴な話だ。知らない場所にいきなり降ろされて 眼が見えない状態で歩けなんて。
それでも両手を前にだしてすこしずつ歩いてみた。
ズッと摺るように足を進めると一定の間隔で溝があった。
風が同じ方向から吹くのでおそらくまっすぐ進んでいるのかもしれない。
顔が温かいから太陽に向かっているのだ。
突然 腕をとられ立ち止まる。
「段差がある。一段20センチくらいだ。」
頷いて 恐々片足を前にすり出す。
つま先が何もない空間に出た。
がその足を降ろすのが怖い。
「どうした。普通の階段と変わらないぞ。」
リュウが横から声をかける。
もう一度 芽衣は片足を前に出す がやはり降ろせない。
しかたなくその場に座り込んでそろそろと足を降ろしてみるとたいした段差もなく
すぐ足は安定した硬いコンクリートに落ち着いた。
「だらしねぇな こんなの万引きするより 怖くないだろ?」
そうなのだ・・・
昨日テストが思ったように点数いかなくて イライラしていた。
思ったような点数といっても一応10番以内には入ってはいた。
が それまで常に学年で3番以内をキープしていた芽衣にとっては非常に気が滅入る事だったのだ。
書店でよいテキストなどないかと探していたのだが
そこで 同じクラスの鮎川を見かけた。
鮎川はクラスでは中くらいの成績であまり目立たない男だ。
しゃべったことはない。
興味もなかった。
しかし今日の鮎川は妙にキョドっており 目をひいた。
見るとバイク関連の雑誌を手にキョロキョロしている。
(なにやってんのアイツ?)
とりあえず 興味はないので参考書の棚もざっと見て 何冊か手に取ってみたが
どれも似たり寄ったりで既に持っているものと変わらない気がする。
あんまり気分ものらないため、諦めて今日は帰ることにした。
外に出るともう薄暗くなっている。
(はぁ 疲れた。帰って勉強しよ。)
芽衣はあまり体力がある方ではなく 書店で立ちっぱなしはつらいのである。
どん!!
ぼーっと歩いていたところいきなり誰かがぶつかってきて前のめりに倒れる。
「な なに!」
カバンの中の答案用紙もばら撒いてしまった。
「さ 佐々木さん・・・」
ぶつかってきたのは鮎川だった。
ものすごく青い顔をしている。
普段からナヨッとしており女っぽい奴だが ますます怯え顔で女っぽい。
「ひかり君!」
後からかなりガタイの大きな男が呼びかけるとビクッと肩を震わせた後
鮎川は芽衣にバイク雑誌を胸に押し付けて走り去ってしまった。
「ちっ また逃げられちまったか・・・」
(もしかして万引き?)
「さぁ 君は逃げ遅れたようだね。立って」
男はむんずと芽衣の腕を掴むと立ち上がらせた。
「逃げ遅れたって どういうことですか? わたしは関係ありませんけど!」
ふん と男は鼻で笑ってサングラスごしに芽衣の顔を覗き込んだ。
「別に僕は万引き捜査官ではないけどね
彼のこと 以前から気になってて 今日も何とか説得しようと声を掛けたところがタイミングが最悪だったようで
彼雑誌を握ったまま逃げ出してしまったようなんだよ。」
「だったら あたしは関係ないってわかるでしょ!」
「いや君は彼から雑誌を受け取っているじゃないか グルだったんだろ?」
「違います! 無理やり押し付けられたんです。」
気がつくと人だかりが出来ていた。
「まあ 彼について話を聞きたいんだ 一緒に来てくれないか?
佐々木 芽衣さん」
男は散らばった答案用紙にチラッと眼をくれて さっさとカバンに荷物をかきいれると
有無を言わさず 芽衣の両肩を押し出すようにして とある近くのカラオケボックスに入った。
「鮎川 ひかりのことについては随分前からマークしててね。
何度か打診してたんだが どうも嫌われているようだな。」
「何のことだか全然わかりません。 わたし帰りたいんですけど。」
カラオケボックスに連れ込まれて 見知らぬ男と二人でいるという状況 ありえない・・・
(あんの鮎川 むかつく)
「君は共犯でしょ? ほら彼の盗んだもの以外でも 参考書ちゃっかり持ってきてるじゃない?」
「はぁ!?」
勝手にカバンに手を突っ込み
男は芽衣が手に取っていた参考書を持ち上げた。
「そんなの盗った記憶ないわ!鮎川が勝手にバイク雑誌を万引きして押し付けていっただけでしょ そんな参考書なんてしらないわ!」
「僕はちゃぁんと見ていたんだよ。
君がじっと問題集や参考書の棚から動かず また鮎川くんの方もチラチラ見てたよね。」
カァっと怒りで顔が熱くなった。
ではテストの成績が悪かったショックでいつのまにか無意識に参考書をカバンに入れてしまったのだろうか?
そんなはずはない!
きっとこの男に謀られたのだ・・・
うろたえた芽衣は男の頬にバシッと一発お見舞いをした。
「ちゃんと見てたの?あたしは結局なにも買わずに参考書は棚に戻して出てきたのよ!
あなた何たくらんでいるの・・・」
「まあ さっきのすばらしい成績の答案用紙で
君の名前も学校もこちらはもうすでにわかっているからね。証拠も揃っちゃってるし・・・」
男はサングラスをはずすと芽衣をあらためてまじまじと上から下まで見た。
「鮎川くんのことはまあじっくり腰を据えて 取り組むからいいけどさ・・・
芽衣くん ものは相談だけど・・・」
男は胸から数枚の書類を出した。
「うちは芸能プロダクションをやっているんだ。
鮎川くんはもう3ヶ月も前から声をかけてるんだけど なかなか色よい返事を貰えなくてね。
できれば君がかわりに契約してくれないかな~?」
「はぁ?なに言っちゃってるんですか?」
「君だって 万引きしたって学校に知られるのは損だろう。
こんなにいい点数取っているんだから あんな進学校でこの成績なら かなり上のランクを狙っているはずだ。
万引きとはいえそうとう進学に響くはずだよ」
(脅し? わたし脅迫されているの?)
思わずブルッと震えた芽衣を冷たく見つめて スッと男はペンを突き出した。
「さあ。 サインして」
とりあえず 書類の内容を見ると たしかに芸能プロの契約書であった。
1年更新と書いてある
「芸能プロなんかに 入りたくありません。 そんな暇ないわ。」
芽衣は男にペンを投げつけてそういってやった。
「あ そう じゃあ 君の学校に電話しようか?」
男はおもむろに携帯をだすとアドレスに入っているのか すぐにコールしているようだった。
「あ~ 生活指導の高田先生?」
思わず飛びついて芽衣が携帯を切る。
「なんでうちの学校の生活指導の連絡先まで知ってるの?」
「いやぁ 鮎川くんを釣りだすのにもいろいろ都合がいいからね」
「わかったわよ そのかわり鮎川が契約したら わたしは降りるわよ!」
「話が早いな。さすが頭がいいね」
とにかくざっと契約を読んだがたいした制約はないようだ。
サインをして立ち上がる。
「明日鮎川にわたしから 話してみるんで!」
「それはありがたい よろしく頼むよ。これ僕の名刺」
男から渡された名刺には{オレンジプロダクション 刈谷 リュウ}とだけ書いてあった。
(役職名も書いてないなんて・・・胡散臭い名刺!)
------------------------
翌日 登校した芽衣は真っ先に鮎川を探したが 休んでいるようだった。
(逃げられた!)
もう爆発しそうなくらい むかついたままに授業が終わり
普段しゃべったことのない 鮎川といつもつるんでいる男子に声をかけ
驚かれながらも 鮎川の住所を聞きだした。
学校からほぼ20分位の静かな住宅地を歩いてまもなく鮎川の家についた。二階建ての一軒家の鮎川家
放課後英検クラブをサボって訪ねたのに 留守であった。
ぐったり疲れて帰ったのだが
まさかこんなに早く刈谷が現れるとは思わなかった。
*******************
目隠ししたまま 階段に座り潮風に当たっていると 隣にリュウが座る気配がした。
「ねぇ 鮎川くんってそんなにスター性ある?
わたしもだけどさ なんでこんな行き当たりばったりでスカウトするの?」
「別に行き当たりばったりじゃないさ。 お前は匂いでいけると判断したんだ。」
ニオイ?思わず 芽衣は自分の腕をくんとかんでみる。
「凡人にはわからん。<笑
おい お前今俺がどういう表情してるかわかるか?」
わかるわけないでしょ!と心で毒づいたが 声のトーンでわからないでもないかもと思い直した。
まずゆったり話しているが鼻息は荒い。
横から熱が伝わるので
妙にわたしに近い位置に座っている。
目隠ししたわたしを気遣っている風でもないし・・・
「お前はいま 俺に再度品定めされているんだ。目隠しした状態で無防備なお前は見られ放題だぞ。」
「え!」と思わず スカートが潮風に捲れ上がっているのに気がつき あわてて両手で抑える。
「ハハハ」可笑しそうにリュウが笑う。
「いいか いまちょっと俺は欲情した顔だったんだ。」
「いいかげんにしてよ!」
芽衣はバカらしくなって アイマスクをはずそうとした。
「まだ駄目だ!」
後頭部にまわした手をリュウに抑えられ 自然と頭を抱えられた状態になった。
リュウの息が頬に触れる。
「明日から盲目の少女役をやるんだから 勘をつかんでおけ。」
耳元に吹きかけるように囁かれて 背中に電気が走るような心地がする。
何だか憎たらしい奴だけど ドキドキする自分にも腹が立ってきた。
そんな芽衣の肩をポンと叩くとリュウはすっと離れていった。
「ユウリ こっちへ来い。」
少したって リュウの声が前方数メートル先に聞こえてきた。
芽衣は思い切って立ち上がり
だがやはりすり足で階段を時間をかけて降りて 砂浜に立ったことを知った。
靴を脱ぎたかったけれど 見えない眼では何を踏むか わからない。
芽衣は靴に砂が入り込むのを我慢しながら リュウの叩く手の方へと導かれていった。
波の音が徐々に大きくなっていく
踏みしめる砂も足にまとわりつかなくなってきた。
パシャ と水しぶきが芽衣のくるぶしにあたる。
次の瞬間 波が芽衣の靴をざぁっと洗っていった。
ズッと砂にわずかに沈み込む両足
いつのまにかリュウの声も手を打つ音も聞こえない。
不安になって「リュウ?」と呼んでみる。
しかし波の音とカモメの鳴き声が聞こえてくるだけだ。
芽衣は手を大きく伸ばしてリュウを探す
「ねぇ ふざけないで。」
また波が今度は芽衣の膝までぬらしていく。
思わずバランスを崩して倒れかかったが いつのまに側にいたのだろう リュウの胸に抱きすくめられた。
「心細かっただろ?」
リュウの声が優しく響く。
「あたりまえでしょ!こわいのは!!」
男性に抱きしめられるのは 初めてだったので ちょっとうろたえてしまった気持ちを隠すようにリュウの胸を叩いた。
「そうだよ。 実際すごく怖いものなんだ。眼が見えないってのは・・・」
静かに諭すようにリュウは続けた。
「相手の表情を知ることが難しいから 目の前の奴が何を企んでいても気づけないし 愛されていても、逆に憎まれていたとしても なかなか容易に知ることはできないんだ。」
リュウが芽衣の頬を撫でるのを感じる。
「いいか眼の不自由なものは全身で気配を察知して 周りの状況や相手の事を知るんだよ。
お前ももっと全身敏感にならなきゃ駄目だ。」
なるほど そういうものかと芽衣は思ったが神経を張り詰めていたせいか リュウに抱きとめられて 安心したのか もうクタクタだった。
「疲れたか? そろそろ戻ろう。」
リュウの手がユウリの頭をクシャッと撫でた。
しかし その後も
リュウはアイマスクをはずさせてはくれなかった。
帰りには何か手に棒のようなものを持たされる。
「これは眼が不自由な人のための杖だ。」
先の方が細くなっていて 先端が何に触れているか手に伝わり易くなっているようだ。
ふたたび リュウの手拍子に導かれながらも杖を左右に振りながら芽衣はやがて先程降りた階段にたどりついた。
降りるよりは容易にのぼることができ わりとスムーズに車に乗る。
「なかなか勘がいいな。」
リュウがすべるように車を出したが もうくたくたに疲れアイマスクで真っ暗なこともあり いつのまにか芽衣は眠ってしまった。
「ユウリ 起きろ。」
いくらも経たないうちに起こされたが 排気ガスのにおいと
声が響くので考えると屋内駐車場のようである。
「今日からお前の住むマンションだ。
これからまだしばらく ほとんど目隠ししたまま ここで生活してもらう。」
「ええ! まだ目隠しとっちゃいけないの?」
泣きそうになりながら声を張り上げる。
「じきに慣れるさ。さあこっちだよ。」
しかたなく芽衣は杖を前に突き出してリュウの声の方へと歩き出す。
ふいに右横から 車が近づく音がして立ち止まり 思わず体をこわばらせる。
車はすぐ横を通りすぎたが 駐車場内であるためそんなにスピードは出してないだろう。
しかし芽衣は震えがくるほど緊張した。
「さあ 来い。」 なお呼びかけるリュウの声に我に返ってまた歩き出す。
20歩ほど歩いたであろうか、やがて杖は壁に当たった。
「手を伸ばしてごらん エレベーターがあるんだ。」
恐る恐る手を伸ばすとやがてひんやりしたタイル張りの壁に触れた。
横にスライドしていくと いくつかの突起にさしかかる。
「いいか 二つある内、上のボタンを押すんだ。」
頷いて芽衣は一番上のボタンをそろそろと手繰り 押した。
ウィーンとモーターの音が聞こえ まもなく間近でドアが開く音がする。
「さあ乗って。」
リュウが後ろから声をかけてきた。
芽衣は杖で扉の両端を確かめながら 前に進む 5歩ほどでまた壁に当たった。
「じゃあ 次はまたボタンを探して 上から3つ目のボタンを押して。」
手探りすると腰の辺りにバーがあり 身障者用らしい位置にボタンが並んでいた。
「そっちで操作するなら左から3番目だ。」
頷いて一番左まで探り 三つ目のボタンを押す。
「ドアが閉まります。」
ガイダンスが流れて ドアがシュっと閉まった音がする。
「12階です。」
と再度ガイダンスが流れてドアが開く。
「降りるぞ。」
あわてて続こうと杖を握りなおす しかし身障者用を押したためかドアの開閉について時間の余裕があり
そんなに急がなくても 降りる事ができるようだった。
降りてまもなくリュウが立ち止まり 認証カードキーでも持っているのだろうファンという音と共にロックが解除されたようだ。
「さあ 此処だ入りなさい。」
玄関に入ると まだ新しい木のにおいがして 新築なのだと思わせた。
気がついて 靴を脱いだ後、足についた砂を十分に払い落とす。
「玄関を 砂だらけにしちゃったわ・・・」
「気にするな 週に3回 ハウスキーパーがくるから それより 早く入れ。腹減ってないか?」
「大丈夫 さっきのパーティで結構 食べたもの。」
「そうだな あんなに緊張してた割には食べてたよな。 案外度胸のいい奴だと思ったよ。 <笑」
「別にいいじゃない。おなか空いてたんだもの。
知ってる人もいないし 食べてるしか時間持たないでしょ?」
玄関に杖を立てかけて中に進み、両手を広げてやっと届くような、幅広い廊下を過ぎると
そのまま段差のないフローリング敷きの場所に出た。
「まずシャワー浴びた方がいいな そのまま右手奥にドアがあるから。」
「シャワーまで目隠しで入れって言うの!」
「そうだな・・・くまちゃんアイマスク 濡れちゃうしな。」
心配なのはそっち?
「ねぇ お願い 今日はもう疲れてるんだから シャワーだけははずしてもいいでしょ?」
(だいたい 知らない男性と二人きりなのに 目隠ししたまま シャワー浴びれるわけないじゃない!!!)しばらくリュウは考え込んでいたが やがて「今日だけだぞ。ちょっと待ってろ。」
と言って しばらくしてからアイマスクをはずしてくれた。
暗闇にいた芽衣を考えてくれてだろう 室内は小さな照明だけにされていて 静かに目を上げると夜景が広がっていた。
「わぁ 綺麗・・・!」
その部屋は一面をガラス張りにして下界には美しい夜景とその向こうに海があるのか灯台が見下ろせた。
(割といい感じの部屋・・・)
幾分 気分が上向きになって来た芽衣 だが それも ここまでだった・・・