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赤毛のツインテール

「あら、おはようございます」

 埃にまみれた部屋から逃げるように抜け出し廊下へ出ると、すぐ横にある階段の下からそんな声が聞こえた。その聞きなれない声の向かう先がボクだとは思わず、返事をせずに階段を降りていくとギルド内には他に誰もおらず、「朝、早いんですね?」と同じ声で言われ先ほどの言葉が自分に向けられたものだったと気が付いた。


「あ、あの、ごめんなさい。ボクに言ってると思わなくて……」

 『おはようございます』と言い、微笑んだその人は昨夜の、……オリヴィアさんと違う人だった。声に聞き覚えがないわけだ。

 

 昨夜見たオリヴィアさんと同じ服、冒険者ギルドの制服であろう、ベージュ地に白のフリル。何故かメイド服っぽさを感じる。


「オリヴィアから聞いていたのですが……貴方様は本当に転移者なんですね」

「え?……あ、はい。こちらの世界に来たばかりで……右も左もわからないんですよ」

「あらあら?右も左も分からない?それは大変ですね。利き手にもよるんですがナイフを持つ方が右で――」

「――すみません。それはわかります。ボクのいた世界にはそういう慣用句があって思わず使ってしまいました……」

 

 女性は『あらあら……』なんて言いながら少し上品に笑う。

 

「えーっと……、オリヴィアさんは?」

「オリヴィアはまだ出勤の時間ではないので、寝ているか、家業の手伝いかと。待たれますか?それとも私から説明しましょうか?」

「……いえ、ありがたいんですけど、せっかく約束したのでオリヴィアさんから教えていただこうかと思います」

 ボクは女性の提案を断り、即断は失礼だったかな。と即座に後悔を始める。


「あらあら。では、オリヴィアが来るまでごゆっくりお過ごしください。何か御用があればいつでも声かけてくださいね?」

 ……特に気にしてなさそうでよかった。

 

「えーっと……あの、いくつか、オリヴィアさんに説明受けない範囲で教えてもらえることって可能ですか?……ここ、冒険者ギルドに関わらない部分の話なんですけど」

「ええ、もちろん構いませんよ。……作業しながらになりますけど、宜しいですか?」

 寝起きであまり頭が働いてないので気づかずにいたが、女性はなにやら書類仕事のようなものを手元で行っていた。

 

「あ、ごめんなさい……お邪魔ですよね?すみません」

「いえいえ、話しながらでも出来る仕事ですので本当にお気にならさずとも構いませんよ?わからないことだらけで不安でしょう。答えられる範囲であれば、なんでもお聞きください」


 女性はそう言って体をコチラへとわざわざ向けてくれる。


「……ではお言葉に甘えさせてもらいます」

「ええ、存分に甘えてください」



「……あの……トイレってどこにありますか?」


 ――――――――


「ふぅ……」

 ギルドのカウンター横から外へ出てすぐのほったて小屋にて、トイレを済ませたボク。

 ファンタジー世界におけるトイレというものに何の期待もしていなかったが、奇跡的にこの世界は水洗トイレを導入していたおかげで悪くなかった。どういう原理かは知らないが、街並みや道ゆく人の服装から想像していた時代のトイレとは大きく違い快適なものだったのだ。本音を言うとその辺でしてくるタイプやナイトソイルマン、いわゆる汲み取り屋がいるものを想像していたのでうれしい誤算だ。


 もし全部垂れ流してるボクの生まれた世界におけるガチ中世パターンだったら、ここみたいな人の多い街より地方の、人の少ない場所のほうが疫病とか異臭とかなくて安全なんだろう。

 歴史の教科書でしか知らないが、海外では昔、街中が……で溢れてたとか書いてあったし。そのせいで疫病とかも多かったみたいだし。

 ……この世界の田舎暮らしを勝手に想像してみたが、ボクはそんな環境で暮らせる自信がない。

 別に今、この環境で暮らしていく自信があるわけではないが。

 

「……ファンタジー世界バンザイだな」



 

「何にバンザイするんですか?」

「うわっ?!」


 小屋の奥、柵の向こうから声をかけられてボクは驚き飛び跳ねる。声の主はこのギルドハウスと隣接した家の庭から現れた。

 

「ごめんなさい!そ、そんなに驚くなんて思わなくて……」

「オ、オ、オリヴィアさん……、な、なにをしてるんですか?」

 こちらこそバカみたいに驚きすぎて、すみません。と謝るべきだったかも。


「ここ、私の家なんですよ」

「家……大きいですね」

「私の父と母、兄と義姉が醸造業を生業にしていて、これは酒蔵なんです。」

 ……昨晩、運んでいた荷物はお酒だったのか。醸造ってことはビールなのかな?……お酒は苦手なのでわからない。

 


「それにしてもずいぶんと朝早いんですね?」

「あ……えっとその……」

「あっもしかして、ベッド硬かったからですか?だとしたらごめんなさい!ほとんど利用されないから二階に予算回せなくて……」

 硬いのもそうだが……正直埃の方がキツかった。が、それを言うと掃除しとけよって意味に捉えられそうなので黙っておく。

「枕が、……枕がかわると睡眠が浅くなっちゃうタイプなんですよ!だから早く起きちゃいました」

「……あー、そういう人いるって偶に聞きますね――ってすみません、私まだやらなきゃいけない事が……」

「あっ、こちらこそすみません、またあとで」

「はい!待っていてくださいね!」


 朝日に映える薄緑色の瞳に吸い込まれそうになる。……ボクって惚れっぽいんだなと自覚し、少し呆れた。


 ギルドハウス内へ戻るとさっきまで職員の女性しかいなかったのに、革の長靴に革の手袋をした人がカウンターに突っ伏して寝ていた。

 その人はフードを深く被り、腕を枕にしているので顔は見えない……が、ずいぶん小柄だ。もしかしたら子どもかも知れないな。

 そういえば、エルフと同じような架空の種族でドワーフとかって種族が出てくる本を読んだ記憶がある。

 エルフは実際にこの世界にいた。ならばドワーフがいる可能性も大いにある。

 

 失礼にならないよう、傍目で観察しているとカウンターに両刃斧が立て掛けてあるのに遅ばせながら気が付いた。机に突っ伏しているので概算にはなるが……寝てる人の身の丈ほどあるように見える。


 もしこの身体でコレを自在に操るとしたら、それはすごい筋力だな。ドワーフ疑惑が確信に近づいた気がする。

 

「おかえりなさい」とギルド職員の女性。

 この人は?と聞こうかと考えた、しかし寝ていない可能性や、ゆいすんがエヴァさんを『耳長』呼ばわりしてオニキス卿に怒られたように、なんらかの地雷を踏む抜く可能性を考慮し何も聞かないことに決めた。……ボクも多少は成長するのだ。

 

「お水をもらえますか?」

 カウンターの端、寝ている謎の斧使いと一番離れた席に座り女性へ注文する。

 出された水で喉を潤す間、ギルド職員の女性はボクを待つように目の前でにこやかにしていた。

「えっと……あ!水代ですよね?」

「いえ、ギルドハウス内はお水を無料で提供してますよ」

 じゃあ何をまっているのだろう?


「水のお値段、わかりますか?」



 …………なるほど。

 確かにボクはこの世界について何も知らないようだ。


 ――――――


 ギルドの夜勤を主に担当しているらしい、この女性の名前は『マーヤ』さんと言うらしい。

 本人曰く、吸血鬼の血が入っているから深夜でないと元気が出ないので夜勤担当のギルド職員とのことだった。


 ……多分、冗談だろう。

 …………多分。


 ボクがトイレへ行く前に話した通り、オリヴィアさんに聞かない部分の話、……この世界の貨幣価値や食事、生活の部分についてボクは訊ね、マーヤさんはそれに答えてくれた。


「……銅貨100枚で銀貨、銀貨50枚で金貨に両替ができる。となると……」

 100:50:1というわけか。銅貨1枚で約100円、銀貨が1万円、金貨が50万円。

 細かい話をすると150円くらいっぽいが、大体そんな感じで考えれば良さそうだ。……なぜ、もっと分かりやすくしてくれないのか、と不満に思ったが、元の世界でも分かりにくい単位を採用してる国とかあったし……。不満は飲み込む事にした。

 

 ……アメフトのフィールドがそれで作ってるからってどんな理由だよ。って思ったことを無駄に思い出した。


「皆さん、日常生活においては基本的に銅貨と銀貨で生活されてますね、国境寄りの場所では物々交換や、他国の通貨とのやりくりなどで価値は変動するでしょうけど」

 ……為替ってやつか?もっと向こうの世界にいる時勉強しておけば良かったな。などとマーヤさんの説明を聞きながら思った。勉強なんて、子どもの頃は強制的に机へと向かわされ嫌がっていたというのに。


「……一日は二十四時間なんですよね?」

「ええ。一週間は七日で、一月は三十日、十二の月最後に五日間の余り日があります。サダオさんの生まれた世界も同じでございますか?」

「余り日……。ボクのいた世界では聞いたことないですね」

 

 と、このようにベースの部分はほとんど同じだが多少、違う部分があるみたいだ。食べ物や飲み物もほぼ同じ。向こうにいない生物がいるのでそれらを食材とすると、別の食べ物っぽくなるだけであくまでも、基本は同じだなという印象を受けた。


「……なんなのアンタ?なんでさっきから、その辺のガキンチョでも知ってるようなコトばかり訊いてるの?」

「え?」カウンター席の端で寝ていた謎の人物が急に声を上げたのでボクは驚く。

「あらあら、ごめんなさい。うるさかったかしら?」

「あ、いや、別に……そういうわけじゃ……」


 謎の人物は身体を起こし、椅子から降りた。

 やはり小さい、女子中学生かそれくらいの背丈しかない。羽織っていた上着を脱ぎ、あらわれたのは……燃えるように赤く、長めのツインテール。……女の子だったのか!?いや、声でわかっていたけど、この見た目は想像してなかった!歳は十五、六といったところか。


 ……危ない。ドワーフですか?なんて聞いてたら本当に死活問題になっていた可能性があったぞ。と、ボクは胸を撫で下ろす。


「ふぅー、……で、『冒険者ギルド』についての説明っていつ始まるの?あたしはさっさとクエストを受けたいんだけど?」

 運動前のストレッチみたいな動きをしながら少女はマーヤさんに訊ねる。


 ……冒険者ギルドについての説明?……もしかしてボクはこの子と一緒に説明される感じなのかな?

 もしボクが冒険者になったらこの子が同期ってことになるのか。……こんな子どもが冒険者?


 ガチャっと扉の開く音がして振り返ると先程と違い、ギルドの制服に着替えたオリヴィアさんが現れた。


「おはようございます。お二人ともお待たせしちゃったみたいですね?ではこれより、冒険者ギルド、もとい冒険者について説明させていただきます」

「……え?この冴えない男も冒険者志望なの?……ねぇアンタ、やめといた方がいいんじゃない?危険な仕事だよ?」

 赤髪の少女は嫌味でなく、気遣いといった感じでボクに辞退を進めてきた。

「……そ、そうなのかも知れないけど、何も知らないよりは知った上で決めたいから、話は聞かせてもらおうと思いますよ」

「ふーん。まぁ確かにね、アンタの言うことにも一理ある。か?じゃあ早速で悪いけど、お願いします!」

 少し勝気な口調から一転、オリヴィアさんへ向かって丁寧に頭を下げた少女に倣いボクも頭を下げる。


「えへへ、なんか私、先生みたいですね?」

 オリヴィア先生、やめてください、惚れてしまいます。

 そんなくだらないコトをボクが考えている間にオリヴィアさんは説明を始めたのでボクらは学生のように黙って彼女の話に耳を傾けた。

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