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異世界無職


「おら!なにやってんだボケナス!いつまで皿洗ってんだ!」「え?皿洗えって言われた?いつの話してんだ!」「うるせー!さっさと手動かせ!口答えすんな!ゴミ!」「何回、言ったら理解できんだタコ!あ?教えて貰ってねぇだ?じゃあ今覚えろ!」「誰がこんな切り方にしろって言ったんだボケ!え?俺?んなわけねぇだろ!!」「いちいち言い訳すんな!もう勘弁ならねぇ!出てけ!二度とうちの敷居跨ぐな!異世界人!!」


 ……これらはボクがお城で『ジョブ鑑定』を終え、一緒にこの世界へ追放された最推しのアイドルである『ゆいすん』と離れることになったのち、偶然目に入った定食屋さんで声をかけ、働かせてもらえるようになったのち、わずか半日の間に言われた言葉の一部である。


 『一部』である。


『働かせて下さい』この言葉を絞り出すのに使った勇気を返して欲しい。ボクの言葉を聞いた時、定食屋のオジサンが浮かべた笑顔は今、思い出すと悪魔の微笑みだったのかもしれない。

 こうしてボクは異世界にて無職となった。


「そもそも元の世界で警備員の仕事しかした事ないボクが異世界とはいえ、飲食の世界に足を踏み入れたのが間違いだったんだ……」

 ハードすぎた。人付き合いも下手だし、苦手なボクでもできる仕事を選ぶべきだった。

 ……せっかく召喚術師だなんてジョブを持っているのだ、それを活かせる仕事を探そう。――――と考えるとやっぱり飲食系なんだよな……。

「まず召喚魔法とやらを使う暇すらなかったな……」

 手のひらに意識を集中させる、魔法陣が浮かび上がりサラサラと白い粒がそこから出てきて地面に落ちる。


「塩……。を、どう使うんだ?」


 行く当てもなく城下町を彷徨うボク。

 元の世界と違い日は落ちたのに明るい。月が、星が眩しい。

 

 わぁ……って感動してる場合じゃない、泊まれるところを探さないと。

 定食屋は、半日働いたにも関わらず給料をくれなかった。元の世界と違い、その辺の労働環境みたいなものは……仕方ない。当然のことながら、ボクには文句を言う度胸などないのだから受け入れるしかない。


 唯一の荷物である麻の袋を大切に握りしめ宿屋っぽいものを探す。見たことのない文字が書かれた看板、なぜかボクはそれを読める。恐らくカミサマのくれたボーナスなんだろう。ちょっとだけ感謝してる。恨みの方が100倍深いけど。


――――――

 

 いくらか散策したのち、ボクは《カスターニャ》と書かれた看板が目に入った。名前が可愛いのもあるが、その文字の上に小さく書かれた《冒険者ギルド》という文字が気になったからだ。


 《冒険者》……異世界転移、異世界転生ものにおいて主人公やその他転移者は、ほぼイコールこの職業といっても過言ではない気がする。詳しくないので違うかもしれないが、浅いボクの知識からするとそうなのだ。


「たいていは、命懸けでモンスターと戦ったり、市民の依頼?を受けたりする感じだよね……」

 勇者ランドールがボクらを救ってくれる形になった昨日の出来事も、たしか彼らがギルドで受けた依頼が『山賊退治』だったと言ってたし。ああいう仕事もする危険なものなんだろう。


「………………ボクには無理だな」

 考えただけで寒気がする。


「こんばんはー。なにか御用です――ってあれ?……アナタもしかして……異世界人ですか?」


 背後から唐突に声をかけられ振り返ると、肩まで揃えた栗色の髪に薄緑の眼をした可愛らしい女性が両手で荷物を抱えるように持って立っていた。

「あ、はい。す、すみません……」

 


「おお、本当にそうなんですね。噂では聞いたことあるけど実際に遭うのは初めてなのですが、んー?あまり見た目では違いが判らないものですね。あのーもしよかったら扉、開けてもらえませんか?今、両手が塞がって……」

「え?あっ、はい、すみません。気が利かなくて……」

「えぇ?いえいえ、ありがとうございます!」

 なんだか嫌味みたいになってしまって後悔する。喋る前に考える時間がないと……。


 言われた通り、ボクは扉を開ける。中からはアルコールの匂いがした。居酒屋も兼ねてるのか?

「良かったら入ってみます?というか、冒険者希望だったりします?」

 ボクの横を通り抜け、店内へと入った女性からそう言われたボクは一瞬、断りそうになる。


「あ、あの、ボク……。ボクはこの世界に来たばかりで、その、なにもわからないんです」


 ちゃんと思考し、現状を伝えることに成功。

 やり尽くした感を隠すように建物の内側に眼を走らせる。

「あっ、なるほど、そうですよね。この国に異世界人が居るなんて聞いたことないし……。それじゃ、とりあえず荷物置いてくるからあっちのカウンターで待っててもらえますか?」

「え?」

 

 そう言って女性は荷物を持ってキッチンの中へと入って行ったのでボクは時間つぶしがてら店内?を見て回る。


「おう、オリヴィアちゃん。今日も可愛いね」

「ありがとうございます!ちなみに私は明日も明後日も可愛いです!」

「そりゃちげーねぇわ」「ガハハっ」

 女性は常連客っぽいオジサンたちとそんな軽口を交わしながら荷物を整理してる。……オリヴィアさんっていうのか。

 

 


「お待たせしましたー!」しばらくしないうちにオリヴィアさんは仕事をこなしたのか、カウンター席の向こう側から声をかけてくれた。

「何か飲みます?……って来たばっかりだったらお金もないですよね。まぁとりあえず座ってください」というオリヴィアさんの言葉に従いカウンター席に腰掛ける。

 

「あっ、お金、一応、少ないかもですけどあります。ちょっと色々あったので……」

 ボクは硬貨の入った麻袋を取り出してカウンターの上に置いて中身を出した。

「うーん、全財産ってことなら心許ない額ですね。銀貨が一枚あるから数日は食べるに困らないだろうけど……。ってそうか、泊まる場所もないんですよね?」

 オリヴィアさんがボクの出した硬貨を数えながら言った言葉にボクは頷く。

 

「じゃあウチに泊まります?」


 ………………えっ?


 顔面に血が集まり、紅潮していくのがわかる。

「ど、ど、ど、どういう意味ですか?」

 異世界の人って大胆すぎない?!ボクらはまだ出会って五分くらいしか経ってないのに?!

「ここの上って宿になってるんですよ。本来は冒険者ギルドに登録した冒険者さんしか泊まれないし、素泊まりなんですけど……」

 オリヴィアさんがコップに水を注いで出してくれた。ボクは知らぬ間に喉が渇いていたらしく、差し出されたその水を一瞬で飲み干す。


「……ふぅ」

「あらら?ずいぶん喉乾いてたんですね?」

「……す、すみません」

 完全に勘違いしていたが、水を飲んだことで落ち着きを取り戻した。

「……二階が宿になってるんですね」

「はい。正直、利用者はほぼいないですけど。ベッドは硬いしシーツは薄いし。ウチってほら、予算少ないので」

 言われてみると確かに、『ボロい』とまでは言わないが……店内はなかなかに趣のある雰囲気が漂っている。――店内という表現はあっているのか?


「あ、あの……良かったら今夜、使わせてもらえますか?」

「もちろん。銅貨二十枚ですが!特別に今夜はタダにしてあげます!」

「はい、……え?!いいんですか?」

「代わりと言ったらなんなんですけど、冒険者という職業についての説明、聞いてもらえます?」

 オリヴィアさんがカウンターに両手をついて乗り出してきた。少しメイドさんっぽいフリフリの服に目を向けて誤魔化すが、顔が近くてボクの顔面は再度紅潮していく。


「……冒険者、……ボクになれますかね?」


 

「え?どうだろ、なるのは登録だけだから簡単ですけど……。あっ、勘違いさせちゃいました?なれって言ってるんじゃなくて『説明聞いて欲しい』ってだけですよ!まぁなってもらえたらコチラとしては助かる限りなんですけどね」

「あっ、そうですよね。でも働き口もないし、冒険者っていう仕事はボクのいた世界にはなかったのでご説明していただけるとありがたいです」

「そう言ってもらえると嬉しいです。」


「じゃあその、冒険者についての説明、お願いできますか?ほかにも知りたいことたくさんあるし」

「はい!じゃあ……今日はもう遅いので明日でも大丈夫ですか?」

「あっ、はい。……すみません、もう遅い時間でしたね」

 気がついたらさっきまで居た客は帰っていた。

「私がもう上がりなだけでギルドハウスは二十四時間営業です!ね、マスター?」


 マスター?

 誰に声をかけたのだろう?特に見当たらない。


「こっちこっちっ!」

 オリヴィアさんが手招きする方を見ると三毛猫のような生き物が窓際で寝ていた。

「猫……?」

「異世界にはいないですか?」

 ……異世界。あぁボクのいた世界か。

「いえ、いましたよ」

「猫、可愛いですよねぇ」


 そう言って笑うオリヴィアさんの太陽みたいな笑顔にボクは正直クラッときた。この人むちゃくちゃモテそう。

「この子がギルドマスターってヤツなんですね」

「違いますよー?名前が『マスター』なだけです、ギルマスは別に――。って、長くなっちゃうからその辺りの話も明日しますねっ!はいっ!これカギです。上行って手前の部屋です!」

「あ、ありがとうございます。じゃあその……」

「はい!おやすみなさい!」

「あっ、はい。おやすみなさい。」

「……あー!ごめんなさい!名前!聞き忘れちゃってた、宿泊名簿に書かなきゃならないから教えてもらえます?ちなみに私は『オリヴィア』です!」

「すみません、ボクも気づきませんでした。ボクの名前はサダオです」

「『サダオ』さん、ね。……へー、本当に異世界の人なんですね。こっちだと聞いたことない名前です」


 異世界。やっぱりそうなんだ。

 もう一度挨拶をしたボクは一人階段を登る。

 

――――――


 階段を登り、手前の部屋って言ってたな。

 これか……。

 ギイぃぃぃっと扉をあけると軋んだ音がした。

 

 電気なんてものはないが窓から入る月明りで部屋の中が見える。何もない。

 ベッドと椅子、小さな机が一つずつ。


「……ベッドも枕も硬いし埃臭い…………」

 よく眠れなそうな予感しかしない。


 昨日の野宿よりはマシ、と自分に言い聞かせて眼を瞑る。


 こうしてボクの異世界生活、二日目が終わった。

 昨日は来たばかり、巻き込まれただけで終わったが、今日は違った。

 ある意味今日が異世界生活の一日目といっても良いかもしれない。


 完全な暗闇の中、眼を瞑っていると色々と考えてしまう。ボクは元の世界に帰れるのだろうか、明日からどう生活すればいいのだろうか、…………ボクは果たしてあちら側の世界に帰りたいのだろうか。こちらの世界が居心地よいわけではないが、向こうも別に……。

 ……とにかく、召喚術師っていうジョブをせっかく貰ったわけだし明日以降、色々試してみよう。

 人間ってのは不思議なもので『寝られない』って確信があったはずなのに色々と考えながら目をつむると意外と寝られちゃうもんだったりするんですね。




 


「はっくしょん!」

 埃の溜まった部屋とベッドで寝たせいか、クシャミをして目が覚める。

 窓の外から入ってくる朝日がボクの異世界生活三日目が始まったことを教えてくれた。


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