そして始まる異世界生活。
「さてと、それじゃあ私は勇者様のところへ行ってパーティに入れてもらうから、アンタは一人で頑張ってね」
両手を広げて伸びをするゆいすん。
クレッセント城と城下町を繋ぐ橋を歩いて渡りながら、昨日今日の出来事について思い出していたボクに、彼女は突き放すようにそう言った。
「……え?」
なんとなく勝手にボクら二人で、異世界からの転移者同士二人三脚で頑張っていくのかと思っていたので、その言葉に驚き、足が止まる。
「悪いが足は止めないでもらえると助かるのだが……」
ボクらをここまで案内してくれたオニキス卿に注意される。が、オニキス卿はボクらの会話、置かれた状況、困惑し顔面蒼白になったボク、それらを慮り「まぁ、事情が事情だ。……多少は目をつぶるが、なるべく早く出て行ったほうが君らの為だと思うよ」と言ってくれた。彼は王城にいた誰よりも優しい。
ボクはゆいすんとこれからについて軽く協議しようと試みる。
「ま、待って下さい。ゆいすん、キミは昨日パーティへの参加を断られたのを忘れてるの?」
「……はぁ?昨日の今日だよ?忘れるわけないじゃん。もしかして私のこと馬鹿にしてる?」
「いえ、決してそんなつもりはないんですけど……。ではどうするつもりなんですか?」
思わず『大人しくボクと組みませんか』と言いそうになるが堪える。ボクが思わず言う言葉は大半が適していない言葉選びなことを今までの人生でさんざん身をもって知ってきたからだ。
「あの銀髪の耳長。いたでしょ?」
耳長?……エルフの『エヴァさん』のことか。彼女がどうしたのだろう。ゆいすんが超絶美人のエヴァさんに嫉妬の炎を燃やしていたのは知っているが……。
「んッ!んッ!」オニキス卿がボクらと少し離れたところから、わざとらしい咳ばらいをしてボクらにアピールしたのでボクとゆいすんは彼のほうへ目を向けた。
「なんなのよ。さっさと出て行ってほしいなら邪魔しないでよ!」
「こ、これはボクのこの先の人生に大きく関わるかもしれない大切な話し合いの最中なんです」
「話は聞こえているし、事情も分かっているつもりだが聞き捨てならない単語が聞こえたので注意させてもらうよ。そちらの少女の言った『耳長』という言葉はこの先、何があろうと誰にも言わないほうがいい。とても差別的かつ侮蔑的すぎる。歴史的背景もあり危険な言葉だからね。どこでだれが聞いているかわからないし」
オニキス卿はそう言うと片方の手のひらこちらに見せ、続けてくれとでも言いたげなジェスチャーをした。
「……そういうのがコチラの世界にもあるんですね」
当たり前と言えばそうなのだが、失念していた。
ここはあくまで異世界。こちらにはこちらの歴史や事情が数えきれないほどあるのだろう。やはり、こちら側から見た異世界人、転移者であるボクらは一緒にいたほうがいいとボクは思うが、ゆいすんは今の話を聞いてどう思うのだろう。
表情からは察することができない。
「あの……やっぱりボクらは一瞬にいた方が安全、というか色々と都合いい気がするんですけど、どうですか?」
オニキス卿の言葉を利用するわけじゃないが、事実そう思うから声をかけてみた。が、ゆいすんには響かなかったらしい。
「……あのエルフのジョブって知ってる?勇者様の話曰く、『便利ではあるが特化してないから微妙』なんだって。『どうせなら回復特化のジョブを持ったやつを回復役としてパーティに入れたい』って言ってたし私ピッタリだと思うんだけど、どう思う?」
ボクの話など微塵も届いていないかのように話すゆいすん。
たしか彼女は、『魔法使い【癒し】の『レベル2』』とか言われていたし、要項は満たしているのか。
初恋の相手、最推しのアイドル。とはいえ彼女の奔放さにボクは少し疲弊してしまったのかもしれない。
「じゃあ、いいかもしれませんね」
感情なんて一ミリも込めていない言葉が口をついた。
が、ゆいすんはそんな事気にも留めず「だよねぇ。どこにいるんだろ」なんて言いながら歩を進めだした。
「お節介かもしれないが、君の為に言おう。彼女とは離れたほうがいい。少なくともこの世界に慣れるまでは……」
ゆいすんに置いていかれる形になったボクの肩に手をかけながらオニキス卿はそう言った。
「そうかもしれませんね。慰めてくれるんですか?」
「いや早く城の敷地内から出て行ってほしいだけさ。私も暇な身ではないのでね」
真顔で言われたので胃がキュウってなった。怖い。
「ご、ごめんなさい。お世話になりました」
「あぁ構わないよ。君たちのこれからが素晴らしいものになることを祈っておくよ」
な、なんとも海外っぽい別れの挨拶なのだろう。ボクの辞書にそれらしい返答は載っていないので何も言わず頭を深く下げ、歩き始めた僕の背中にオニキス卿が小さく独り言のような言葉を投げかけた。
「調味料、料理関係の仕事などでは役にたつかもな」
ボクが振り返るとオニキス卿は元来た道、橋を戻りお城へと戻っていた。
……確かに、彼の言うとおりだ。ボクは何故か『異世界転移してジョブもあるから命がけで冒険者をするもの』考えていた。
でも今までの人生で一度も『命の奪い合い』なんて恐ろしいことしたことないし、喧嘩すらしたことがない。それどころか暴力はいつも振るわれる側だった。
そんなボクが冒険などできるはずがないだろう。
「……料理関係か」
幸い、料理は嫌いじゃない。というか数少ない好きな部類。十五で家を追い出された後、一人で生きてきた中で自炊は何度も何年も行ってきたからだ。
召喚術師【調味料】だなんて冗談みたいなジョブをボーナスとして貰った意味も多少は見出せそうだし、それらしい求人、できたら住み込みだとありがたい。が見つかると良いな。
などと考えて歩いていると橋を渡り切った先に、勇者パーティとゆいすんがいた。
……なにやら不穏、嫌な雰囲気の一団に見える。
「つまり、私に出て行けと?」エヴァさんが勇者ランドールに詰め寄っている。
「ま、そうなるな。役職被りも悪くはないが……、キサマのよく言う《陰謀論》。アレ、つまんないし嫌いなんだよな」
「むぅ。ランディ、お前多少は言葉を選べ。たった一月とは言え、寝食を共にしたパーティメンバーだぞ」
ピエトロさんが勇者を窘める。
「はぁ?何度誘っても同衾したがらなかったのはその女だろ?減るもんじゃないし」
……最低だ。なぜゆいすんはあんな男に。
「……それはアナタの下心がっ!……わかりました。もういいです。私が抜ける。それでこの話は終わりでいいです」
エヴァさんは一瞬、感情を露わにしたがすぐに元の冷たい表情へ戻ると『お世話になりました』と頭を軽く下げて歩き出した。
「ギルドに『パーティ離脱申請』しといてくれよ?」
勇者はエヴァさんの背中に声をかけるが彼女は止まらないし、返事もしなかった。
「ふんっ、最後まで愛想のない女だ」
「むぅ、ランディの態度も原因ではあるだろうがな」
「これで正式に私、勇者様のパーティ入りって事ですよね?!やったー!」
こちらに気がついたゆいすんは笑顔で手を振ってくる。……ボクはもう何も思わない。なんて強くないが、強がり、手を振りかえす。
きっとゆいすんはエヴァさんを押し出す形でパーティ入りを果たしたのだろう。
昨晩、勇者パーティとここ、クレッセント城下町へ向かう最中行った野営時に聞いた話によると、この世界は《モンスター》と呼ばれる怪獣、怪物が闊歩し、《魔王》《魔族》《魔獣》なんかもいるらしい。
色々ごちゃまぜファンタジーな世界観だ。
きっと元の世界の何倍も生きていくのが大変だろう。そう考えるとゆいすんの、強いパーティに入りたい。という一点は理解できるし、その言動をボクは否定できない。ボクも誰かに守ってもらいたい。
…………多分、それだけが理由じゃないんだろうけど。
「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないか」
さっさと仕事を見つけないと話にならない。
寝る場所も食べるものも、なにも無いのだから。
「おい!……名前なんだっけ?」
「オタクダサオですよ」
「むぅ、ダサオ?変な名だな」
「そうか?この上なくピッタリだろ。おいダサオ!これやるよ、とっとけ!」
勇者に声をかけられ、渡された袋には銀色の硬貨が一枚と茶色い硬貨が二十数枚入っていた。
「わざわざ硬貨にしてきてやったぞ。ありがたく受け取っておけ」
「さすが勇者様!優しい!」
ゆいすんがなんか太鼓持ちみたいになってるのが気になるが、切ないので触れないでおこう。
「……これは?」
「うむ、この国の通貨だ。今晩の宿と明日の夜までの食事代程度はあるはずだ」
ピエトロはざっくりと説明してくれる。が問題はそれだけじゃ無い。そもそもなぜボクにこんなものをくれたのだ?まさか、ゆいすんが…………?
「お前らが騒いでくれたおかげで山賊の馬鹿どもを一網打尽に出来たからな。小遣い程度だがくれてやる。感謝の気持ちがあるならオレ様の武勇伝を広めろ、そしてオレ様を崇めろ。この《勇者ランドール》様をな!」
ハッハッー!!と高笑いをしながら勇者は歩き出し、ゆいすんとピエトロさんもそれに続いた。
『ありがとうございます!』とボクは彼らに声をかけたが、三人とも振り返ってくれなかった。
こうしてボクは異世界で一人になった。
持っているものは小銭?の入った麻っぽい袋。
着ていた服。
それだけだ。