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覚悟の準備


 「なぁ、あんた本気であれを止める気かよ」

 

 エヴァさんを見送った後、知らない人が話しかけてきた。

 よく見ると、その人は足を引きずり、剣を松葉杖代わりにしている。負傷兵ってやつだ。ボクがお城へ侵入した時、追ってきた人かもしれない。……逃げていなかった、いや、逃げることができなかったのか。


「頼む!!古龍(アレ)を斃してくれ!城下町には家族がいるんだ!ばあさんは足が悪くて逃げようがねぇ!俺はどうなっても構わねぇからっ……」 

「俺からも頼むよ!心臓の悪い弟が診療所にいるんだ!王都が潰されたら生きてけねぇんだ!!」

 

 負傷兵の声に呼応するように誰かが言った。

 声のした方を見ると、兵士とは違う服装。オニキスの私兵だろうか。彼もまた、深く傷を負っている。

 

 彼の言葉が呼び水となり、この場に残らざるを得なかった者たちが集まりだす。

 各々がみな、王都を救ってほしいとボクに懇願する。

 そして……そこに加わる透き通った声。


(わたくし)からもお願いします!!」


「なっ国王様!?」


 振り返るとそこには、本当にあの女性が立っていた。


「なぜ、なぜ貴方がここにまだいるんですか!?オニキス卿は何をしているんだ!」

 あの男はこの人の為に、この国の為にボクらを殺そうとしたハズなのに。

 まさか彼女を置いて逃げたのか!?ボクは声を荒げてしまった。


「オニキス卿ですか?あの人は来ましたよ。『ここは危険だから逃げましょう』と、従者を連れて私の寝室まで来ました」

「だったら!だったらなんで貴女はここにいるんだっ!」


「お前!いくら異世界人とはいえ、我らが国王に何たる口の利き方っ!」

「いいんです!」


 そう言ってボクの不敬を咎めた《オニキス兵》を王様は制した。

 ……正規兵であろう者たちでなく、オニキスの私兵がボクを咎めたことにボクは心を痛める。

 自身を《お飾り》と称した彼女の言葉を思い出した。


 「オニキス卿が来た時、私はすでに古龍を見つけていました。私の寝室はこの王都で最も高いところにありますからね?ほら貴方なら身をもって知ってるでしょ?」

 はい、そこから飛び降りましたんで。ボクがそう返すと王様はすこしだけ笑った。


「なのでオニキス卿にこう言いました。『ここを捨てるつもりはない』と」

「そんな言葉であの人が退きますか!?」

「――こうやって自らの首にナイフを当てながら言ったんですよ?」


 そう言って派手な意匠のナイフを取り出した王様に、この場にいた全員が焦る。


「私にできることはこの王都と共に()()()こと、それだけです。そう伝えたらオニキス卿は何も言わず去っていきましたよ?」


 彼女は今、《生きる》と言った。

 王都と共に滅びるでも、死ぬでもなく……生きると。

 その目は本気だ。

 

「貴方の能力も実力も私は知りません。しかし皆が貴方に託すのなら、きっとなにか理由があるのでしょう――」


 ……そんなことを言われても、一か八かの賭けに出るとは言い難い。


「――なので、私も貴方に託すことにします」


 そう言って王様はその細い腕を前に差し出す。

 ボクの目の前に出された手のひらには……「なんですか……これは?」、見てもよくわからないナニカが乗っていた。


「これは私たち王家の間で代々受け継がれてきた遺物(レリック)です。――その名も《握るととても強くなる棒》」


「………………はぁ?」

 思わずボクは呆れてしまう。

 そんなストレートな名前のものがあってたまるか。


「信じられないのは分かります。私も同感です。実際、私がこれを握っても強くなんてなりませんでした――」

「だったらなぜ今これを?!時間も差し迫ってる。ボクは集中して新しい召喚を試みないといけないのにっ」

「――でも私はコレを信じています。なぜならコレは私のご先祖さまが()()()()から渡されたものだからです」


 ……異世界人?


「……いや、仮にもし――」

「――うおい!!異世界人!!いつまでゆっくりしてる!!もうすぐそこまできてるぞ!!」

「早くしろ!!間に合わないぞっ!!」

「お前にこの王都の、いーや、この国の命運がかかってるんだ!わかってんのかっ!?」


 兵士たちが怒鳴りつけてくる。

 勝手にボクの双肩に重荷を押し付けておいて、なんて言い様だ。


 ……でも、仕方ない。


「――一応、借りておきます」

「国宝ですので、ぜひ返してくださいね?」

「……善処します」



 ボクは中庭の真ん中に立ち、周りに離れるよう伝えた。この召喚がどんな影響を与えるか想像もつかないからだ。



「……ふぅ……。味噌……味噌汁、味噌カツ、味噌煮込みうどん、味噌田楽、味噌まんじゅう」

 連想できそうな単語をとにかく羅列していく。

 頭の中でイメージはできた。

 味を思い出して唾液すら出てくる。


「……おい、本当に大丈夫なのか?!もう近くまで来てるぞ!」

「くそっ、そうは言っても逃げることなんて出来ねぇだろ!」


 ギャラリーたちの言葉は無視する。

「……無視……、なんか蒸したヤツに味噌塗ってるヤツ。……甘いヤツ」

 この際、名前なんてどうでもいい。とにかく、思い出せ、本気で必要としろ。願え、求め、欲する。


「なんだアレ?アイツ、何さてんだ?!」

「なにかを食べてる、のか?」

「こんな時にエア食事だと?!」



 目を瞑り、手と口を動かす。

 決して幸せな幼少期ではなかったと思う。

 勉強以外のことに時間を使うことなんて許されなかった。100点以外の点数だと叩かれたし、罵倒された。

 それでも、夕飯は家族揃って食べていた。


 不幸だとは言わない。

 少し、幸せが足りなかっただけだ。


 ボクがわがままなだけ、幼いだけ。


「……おい、アレ……」

「魔法陣、それもなんてデカさだ」

「成功したってことか?!俺たち……助かるのか?!」



 もう、ギャラリーの言葉も耳に入らない。

 お茶碗を持つように構えた左手に熱を感じる。


 成功した。

 ボクはそう確信して、目を開ける。


 右手にはさっき王様からもらった《棒》。

 これのおかげで箸をもったような感覚を得られた。

 どう役立つかは懐疑的だが、今は少し役だった気がする。


 そして、……左手には………………。




 

「ウ⚫︎コだあああああ!!!!」

 

「うわぁあああ!?アイツ!ウ⚫︎コを召喚しやがった!!!?」

「イカれてる!イかれてやがるッ!ウ⚫︎コ召喚師なんて意味わかんネェ!!」



 ………………。

 ……味噌の召喚に成功した。


「見ろよ!アイツ、ウ⚫︎コみて微笑んでやがる!」

「変態だー!変態が笑ってる!!」

 


 ………………。

 ……ペロッ。

 うん、これこれ。味噌だ。


「ウ⚫︎コ食った?!」

「ウ⚫︎コ食った!!」

「ウ⚫︎コ食ったぞーー!!」


 ………………兵士たちがむちゃくちゃにうるさい。


「ウ⚫︎コマンだ!アイツ!ウ⚫︎コマンだったんだ!!」

 

「な、なにー?!」


 その呼び方はやめろ。子供の時のトラウマで泣きそうになるだ……ろ?

 アレ?!


「なんだ?!何が起きてる?!」

「嘘だろ?!まさか……」

「ウ⚫︎コマンが、ウ⚫︎コ食って大っきくなってるー?!!」

「な、なにー?!」

「貴方たちさっきから酷いですよ。少しお黙りなさい」




 王様の冷静なツッコミに、負傷兵たちは静かになった。……いや、ボクの体が大きくなり、声が遠くなっただけかもしれない。


 ズンズンぐんぐんと大きくなる身体についていけず服が弾け飛んだ。

 足元の兵士たちは王様を連れて逃げていく。

 


 ……《味噌》を食べたら大きくなる……か。


 意味わかんねーだろ! 

 どうしてこうなった!?

 

 

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