エンシェント
ボクたちはグラスマンによる案内で迷路のように入り組んだ地下から無事、迷うことなく脱出することができた。
地下への入り口となった小さな建物の外にはたくさんの兵士のような人たちがいて、皆傷つき休んだりパニックになったりしている。
一部兵士と違う格好の人もいて、彼らがオニキス卿の連れてきた仲間ってやつなのだろう。
――しかしここにまだいるという事は、見捨てられたのかもしれない。
彼らはボクらにとっても敵である。
しかし、誰もこちらを気にしていない。……そんなことよりもアレに夢中なのだ。
「……デカすぎんだろ」
誰が言ったかは定かではないが、それを見て出る感想としてはこの上ないものだと思う。他にどう形容すればいいのか悩むほどだ。
――古龍というものは、それほどに大きく、神秘的な見た目をしている。……視線の遠くに、まるで自身の庭先でも歩くかの如く気軽に、二足歩行の超大型ドラゴンが王都を蹂躙しながらコチラへ向かってくる。その一歩ごとに大地が揺れ、風が吹く。
「笛の音を目指しているんだ」
と、グラスマン。
ゴーンは笛を地下で吹いたのにそこを目指すのか。それが遺物というものなのだろう。
「オタクダサダオ、アレをどうにかできるのはお前だけだ」
…………グラスマンが何か言ったが良く聞こえなかったな。
あぁそうだ。一応、ゴーンの身柄もここにある。
だが……彼は今、人の見た目をしていない。
グラスマン曰く、『人工遺物の代償』らしい。使用者は魂を奪われたとのこと。
今はもう風船人形のように軽くなったゴーン。
「おい、無視するな、オタクダサダオ。聞こえてるんだろ?普段無視される側のお前なら無視される辛さがわかるだろ?無視したって状況は好転せんぞ」
「意味がわからないでござる。……この状況で何ができると言いたいでござるか?」
グラスマンの暴論にアヤメが突っ込む。
そうだ。
今ボクらにできることなんて、他の人たち同様、あの巨大な化け物に轢かれないよう逃げるくらいじゃないか。
兵士も貴族も商人も平民も関係なく逃げまどっているだろう。
「……まだ、召喚してないものがあるはずだ!」
グラスマンがボクの両肩を強く掴む。
「なっ?!なぜそれを!」
「ふっ、それはこのグラ――」
「――なに?まだなにか召喚出来るの?!」
グラスマンの決め台詞に被せて、元気を取り戻したレオナが食いつく。
「なに?なに?なんの話?」
ずっと古龍を見て顎が外れそうになるほど口を開けてたゆいすんも話に参加しようとする。
「後で説明しますので静かにしていてもらえますか?」
「うん!」
エヴァさんがゆいすんを軽くあしらうと元気よく返事をした。なんか懐いてる?エヴァさんが美人だから?
彼女はエヴァさんがランドールのパーティから追い出されたことなどまるで忘れているらしい。
「《塩》《砂糖》《お酢》《醤油》だけじゃない。東方の国に伝わる《料理のサシスセソ》とやらにはまだ最後の1つがあるのだ!!!」
先程から掴み続けている肩を揺らすグラスマン。
「「な、なんだってー?!」でござる!」
レオナとアヤメはお手本のようなリアクションをしてグラスマンを喜ばせる。
「……ふっ、なんで知ってるか気になるか?それはこの――」
「――でも、まだサダオって《醤油》までしか召喚出来ないんだよね?!」
「今いきなりやれって言われて出来るものなのでござるか?!」
……いや、無理だ。
《味噌》の召喚は常に試していた。
ボクが味噌汁を好きっていうのもあるが、なによりこの国に代用品がないからだ。
味噌さえあれば食事のクオリティが何段も上がるのに、と常に思っていた。だが、うまくいった試しがない。
「……たぶん、できる」
――なぜ今ボクは嘘をついた?!
自然と出た言葉に自分で驚く。
見栄を張った?
「サダオ殿……」「アンタ、ホントに言ってんの?」
「本気だよ。うまく言えないけど予感がある。きっとうまくいくんだろうなって予感が」
「サダオさん、ハッキリ言いますけど、……それは自殺行為ですよ」
エヴァさんは語気を強める。
見た目じゃわからないが、かなりご立腹な様子。
「エルフはいつも空気をよどませるから嫌いだ。本人が出来ると言ったんだ、任せるのが仲間ってもんだろ?じゃあこの場は任せたぞ?あぁそうだ赤毛の、お前のその《戦斧ティグレ》もここに置いていけ。全員逃げるぞ!」
「はぁ?!なにそれ!?意味わかんないんだけど!なんであたしの武器を置いてくの?!」
「嫌でござる!サダオ殿は仲間!仲間を置いて逃げるなんて拙者は嫌でござる!」
「ありがとう。でもボク1人でいい。あのグラスマンが自信を持って言うんだから、きっと……理由があるんですよね?」
「ふん!その通り、このグラスマンは情報屋だ!全てを知っている。たとえばその戦斧、《ティグレ》が『持ち主のチカラに合わせた大きさとなる』遺物だということも!」
「……え?」
レオナが驚いたような、戸惑うような複雑な表情を浮かべた。
「知らなかったでござるか?」
「……うん。元々の所有者はあたしじゃないから」
所有者よりもグラスマンは詳しいのか。……そんな彼が言うんだ。きっとボクが古龍に勝てるというのも確固たる勝算があるんだろう。
「とにかく!その異世界人が最後の召喚を済ませる以外、あの怪獣を止める方法はここにない!!最後の召喚がどんなもんかは知らないが、奇跡にかけるしかないだろ!そもそも今から逃げて間に合うかもわからんのに!!」
………………は?
「え?今なんて言ったでござるか?」
逃げ惑う兵士たちの声に混ざって、ボクも聞き逃した気がする。
「うるさい!ここで時間を無駄にするだけ生存率が下がるんだぞ!このグラスマンはもう行く!死にたきゃ勝手に死んどけ!!」
「はああああ!?なにあのクソトカゲ!?って脚早?!……次見かけたらぶん殴る!ぜってー泣くまでぶん殴る!」
「じゃあ、この場からなんとしても生き残らないとですね?」
「エヴァさん、二人……いや、ゆいすんもいれた三人をこの場から逃がしてください」
「はい」
「は!?アンタ、ホントに一人で残る気?あのトカゲが言ったこと、ホントに聞こえてなかったワケっ!?」
「意味がわからないでござる!それは本当にエヴァ殿の言う通り、自殺行為でござるよ!拙者は嫌でござる!ここを離れたくないでござる!」
「エヴァさん……」
ボクが絞り出したか細い声にエヴァさんは無言で頷いた。
そして、地面から生えてきた木の根がレオナとアヤメを縛る。
「ちょっ!?」「なんっ、なんで?!」
外傷こそ治ったが、二人にはもう抵抗する体力も残っていない。
「こうでもしないと動いてくれないでしょう?」
バケツリレーみたいに、木の根が順々に現れ二人を運んで遠くへ連れていく。
「え?なに?逃げるの?」
「はい。全力で走りましょう」
「私アイドルやってたから体力には自信があるんだよね!負けないよ!」
ゆいすんは本気でエヴァさんに懐いたらしい。
とても純粋で純真な笑顔を見せた彼女を見て『あぁボクは彼女のこの笑顔に惚れたんだ』という事を今更ながらに思い出して、頬が緩む。
「では、失礼します。……また、会いましょうね?」
「全力で皆さんが逃げる時間を稼ぎます。とにかく一人でも多くの人を逃がしてください」
「また一緒に、冒険者として旅をすると約束できますか?できないのなら、たとえこの王都が滅びようと私は貴方をこの場から逃します」
「約束はしません。でも――ボクを信じてください」
生まれて初めてかもしれない。
自分を信じろなんて強い言葉を吐いたのは。
もしかしたら自分に酔ってるだけかもなんて考えてる自分もいる。
受験すらうまくいかず、学生生活すら失敗し、家族ともうまくいかなかったボクに何ができる?
心の中で悪魔が囁く。
でも、もう賽は投げられたんだ。
ちがう。
これだけは違う。
ボクが賽を投げたんだ。
出目はボクが決める。




