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脱出


「オニキィィーーッス!!」

「あらぁ?アタシは無視?」


 ボクの大声をあげ、前に立ち塞がる女性の脇を抜けてボクはオニキス卿へ向けて飛びかかった。

 

 ――はずだった。


「うわっ!なんだっ?!」

 足元が緩い……泥?!なんだこれ?雨でぬかるんだ様な地面に足を取られて転んでしまう。


「無視なんて酷いわね。嫌だわぁ」

「うわっ、ぶっ……!なんだこれ?!」


「『イル』の魔法は厄介だろ?いくら君が《砂糖》で身体能力を強化しようが、足元がそうなっては踏ん張れまい」

 くそっ、こちらの能力も把握されてる。――当然か、オニキス卿と《情報屋》グラスマンは旧知の仲。全部知られてると考えるのが普通だ。


「一応、私なりに君たちを評価しているんだ。だから最適な相手を連れてきたよ」


 ……レオナは『ただ力強く立ち回る』オリーに苦戦している。アヤメも『跳ねる様に動き回る』ブーオを捉えられていない。

 そしてボクも、『ふんばりの効かない地面』に翻弄され、動けない。


『そもそもボクらは弱点を補う形で戦うパーティ』だ。それなのに、この1vs1な状態がそもそも不利なのだ。


「……どこから!どこから仕組んでいたんだ!オニキス卿!……アナタとその仲間たちならゴーンを排除することだって容易だったはずなのに!」


「いやだよ。そんなのはリスクしかないじゃないか?私がゴーンの悪意に気付いた時、すでに《遺物(レリック)》の研究は大詰めを迎えていた。もし、ゴーンを刺激して、遺物を使われ、コチラに被害が出たら……そんなの嫌だろ?」


 ボクは沼となった地面に捕われて、……沈んでいく。

「オニキスッ!!オニキスッ!!ボクと戦え!」


 何度その名を呼んでも無視される。

 


「……ぐすん……意味わかんない……。なんで……私たちが……殺されなきゃなんないの……?」

 ゆいすんが嗚咽混じりに呟く。

 

「《王》がこの国には必要だからね?分かるだろ?君たちがこの事件を解決し、《王》よりも人気になったらダメなんだ」

「……なにそれ……、じゃあ!私は黙ってるから!絶対誰にも今日のこと言わないから!」

「信じられない。特に君だね。絶対言うだろ?そういうタイプだ。数年後に脅しにくるのも想像できる。だったら――殺した方が安心だろ?」


 ……オニキス卿の中のゆいすんへの解像度が高い。

 グラスマンから情報を得ているのか。


「じゃあ!なんでアンタはいいのよっ!!」

「私はこの国、クレッセント王国国王《リーズベット=アンシャンテ=クレッセント》に心の底から忠誠を誓っている」


「――嘘つけ、愛してるんだろ?このペドフェリア」

「おいおいオリー、言葉を選んでくれ。彼女は既に成人してる立派な淑女だ。つまり私はペドフェリアではない」


 オリーはその肩にグッタリとした赤毛の少女を乗せていた。

「……っ、レオナッ!!」

 返事はない。

 ……すー、すー、と溢れる様な呼吸は聞こえた。

 まだ息はある。生きてる。


「だとしてもアンタがあの王様に惚れたのは彼女がまだ生まれたての頃だろ?アンタは立派な病気だよ」

「……なんとでも言えばいいさ」

「それに前王も殺して――」

「――オリー、死にたいのか?」

「……悪かった。……どうせコイツら全員この場で死ぬんだって思ったら教えてやりたくなっちまって……悪い」

「オリー、オリー、オリー、君の優しさは好きだが今のは良くない。全てを知る権利なんて誰にもないんだから――」


「――このグラスマンにはあるぞ?」


 ボクがなす術なく沼に腰近くまで沈んでいたのを、急に蠢いた木の根が救ってくれた。

 これは……エヴァさんの魔法?!


「グラスマン!お前が現場に出てくるのは珍しいな!」

「オニキス、お前こいつら同様このグラスマンも用済みとして消すつもりだったろう?」


 ……エヴァさんと共に現れたグラスマンがそう言ってオニキス卿へ食ってかかる。

「大丈夫ですか?」

「エヴァさん!ありがとうございます!助かりました!……でもどうしてここが?」

「ポートマンとか名乗る土人形(ゴーレム)が私の住処に来たんです。そして連れて行かれた先であのリザードマンから説明を受けました。遅れてすみません」

 ポートマンがゴーレム?

 いや、今はそんな話をしてる場合じゃない。

 

「そんなことが……遅くないですよ、助かりました」


「おいおいグラスマン。私たちは昔からの友人じゃないか?何を言い出す――」

「――ウソつくなオニキス!このグラスマンは情報屋だ!全て証拠は揃えた!お前がこの国を良くするためと言うから手伝ってきたが、その実、ただ国王に気に入られたいだけと知って幻滅したぞ!」

「……言葉が雑すぎるな、グラスマン」

「卿、どうします?殺しますか?」

「ブーオ、君は短気すぎる。少し待て、グラスマンは昔馴染みだ。最期に話がしたい」 


 アヤメと戦っていたはずのウサ耳、《ブーオ》がグラスマンに向けて吹き矢を構えた。

 ……アヤメは地面に俯けに倒れている。

 

「私が回復魔法を……」

「あら?なんで勝手なことするの?」

 アヤメの元へ行こうとしたエヴァさんを遮る様に《イル》が立ちはだかる。


 状況が……好転しない。


「愛に生きるのが悪いとでも言いたいのかグラスマン?」

「そのために多くの犠牲を伴わない姿勢を責めているのだ!都合のいい解釈に逃げるな!」

「……わけがわからん。グラスマン、お前の話は昔からずっと良くわからなかったよ。だからもういい、オリー、ブーオ、イル、まとめて殺せ。もう終わらせよう」


「「「はい!」」」


 オニキス卿の連れてきた3人がそれぞれ小さく準備運動の様なポーズをとり、臨戦態勢に入る。

「くる……」


 

『ピィヨォ〜〜』



「「「「「「あ」」」」」」



 この場にいた全員が唖然とした。

 気の抜けるような、間の抜けるような音が地下室を反響する。


「……おわりだ、……お前ら全員終わりだよおお!!!」

 気絶していたので放っておいたゴーンが《古龍の呼び笛》片手に叫んだ。


「まさかっ!?古龍を呼んだのか?!」

 グラスマンが最初に気づいた。


 その直後、まず動いたのはオニキス卿。

 出口に向かって一直線だ。

 オリー、ブーオもそれに続く。

 イオはいつの間にか展開したエヴァさんの魔法で木の根に捕らえられている。

 

「火の魔法さえ使えば抜けられるんだけどねぇ……。こんな閉鎖された地下空間じゃ自分も巻き込んじゃうから使えないわね……」

「水分を多量に含んだ木の根を焼けると?」

「…………。あぁ貴女、エルフだもんね。ってことは木属性魔法じゃなくて生命魔法なのねコレ。……まぁ私の負け。逃がしてもらえる?古龍に殺されるなんて嫌だわ……」

「……サダオさん、どうしましょう」

「逃がしていいと思います。それよりもレオナとアヤメを――」


 ボクはレオナの元へ向かい、《塩》による回復を試みるが、どうにも効果がないみたいだ。……気絶していて飲み込んでくれないからか?

 気を失ったレオナとアヤメ、この2人を担いでここから逃げるのは現実的ではない。でも、このままでは生き埋めになるかも……。

 

「――そうですね。わかりました」

「あらぁ?悪いわね」

 イルはそう言って木の根から抜けると走り出口へと向かった。


「あはっ!あはっ!あはっ!全て終わりだ!全部終わりなんだー!」

 正気を失ったゴーンが叫ぶ声がする。

 心なしか痩せたように見えるけど気のせいか?

 

「気絶してる相手だと私の回復魔法も効果が薄いです。どうにかして自力で起きるまで回復させないと……」

『生命力を補佐する』というエヴァさんの魔法じゃ今のレオナとアヤメは……。


「おい、異世界人の女、『アシナコユイ』とか言ったか?お前なら治せるだろ」

 グラスマンは何故か逃げずにこの場に残っていた。


 


「……私がやる」

 グラスマンの言葉に涙を拭い、ゆいすんがエヴァさんの肩を掴んで退かせた。

 

「私のジョブは【癒し】……レベルは正直低いけど、ここで役に立たないと……私は……」

 傷だらけのまま寝転んで動かないレオナにゆいすんが手を添えた。

 そして、その手の上にエヴァさんも優しく手を重ねる。

「大丈夫ですよ。貴女のことは良く知らないけど、貴女のジョブが魔法使い【癒し】なら私と違って貴女のジョブは回復専門。きっと平気です」


 エヴァさんの言葉にゆいすんは弱々しく頷き、目を瞑った。

 地面に魔法陣が現れ、優しい緑色のオーラがレオナを包んでいく。

 きっと上手くいく。ボクはそう期待しながらアヤメの体を抱えてレオナの隣に並べた。




 ――――――


「……うっ……いったぁ」

「どう……なったでご、……ござるか?」


 少しして2人は上体を起こす。

「やった!うまくいった!」

 ゆいすんがぴょんぴょん跳ねながら喜ぶと天井から土がポロポロと落ちてきた。


「ちょっ……アンタ……どんだけ重かったら……地下ぎ壊れるの?」

「はぁ?!赤毛!アンタ、ガキだからって言っていいことと悪いことがあるだろうが!助けてあげたのは私だぞ!」


 起きて早々にレオナはゆいすんへ喧嘩売ってる。元気でよかった。


「……どういう状況でござるか?」

 アヤメは冷静に、ボクとエヴァさんを見て訊ねた、それにエヴァさんが答える。


 

古龍(エンシェントドラゴン)が復活しました。今、地上で暴れています」


 ――そう。既に状況は逼迫しきっているのだ。

  

 

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