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異世界に転生したと思ったらオジサンと素手で殴り合いすることになった件について何か質問ある?


「ぶびぃっ?!」

 

 いきなり殴られ、ボクは人生で一度も発したことのない単語が口から出た。

「な、ひ、ひどい!」

 ……親父にも、って言いかけてやめる。

 権利的な話じゃなくて、ゴーンの膝が体勢を崩したボクの顔面を狙っているからだ!!


「ちぇあッ!」

「あっぶなっ!?」

 フライングニー?!ボクは必死に転がって避ける。今の技の正式名称はわからないが、この男、ただの研究員とは思えない身のこな……し?


「いてて……腰が……」

 ゴーンはボクが避けたことで、逆に自らのカラダを痛めたらしい。

 チャンスだ!と、今のうちに体勢を立て直し、ファイティングポーズを取るボク!

 

「生まれたての子牛か!腰が引けてるぞ!」

「両足が揃ってたら防御も攻撃もできないでござるよ!!」


 ――うちのセコンドは頼もしい。

 レオナたちのアドバイスに従いポーズを整える。……けどこの後はどうすれば?

 

「はっ!女子供にアドバイスされるとは、なんとも情けないなぁ異世界人!!」

「うるさい!あの2人はうちの戦闘要員だ!2人の方が強いんだから彼女たちからアドバイスを貰うのは当然だろうが!」


 ボクはそう言ってゴーンの元へ殴りかかり、途中で脚がもつれて体当たりするカタチになる。

「「うわぁ?!」」

 2人して同じようなリアクションでぶつかり、「「いてて……」」と同じように痛がる。


「こういうのなんだっけ?……泥試合?さっさと終わらせてよ」

「……笛の効果が切れたでござるな!よし!」


《ぷぴい〜!》

 レオナたちが動き出すと、ゴーンは大急ぎで笛を吹き、再度彼女たちの自由を奪った。


「くぅ……アヤメ!なんで言うの?!……言わなけりゃ、不意打ちできたのに……」

「……くっ、面目ない……、拙者の悪いところが出たでござる……」


「お前の仲間は……バカだな」

「なっ、……ふん!」

 ボクの放った渾身のパンチは空を切る。


「……サダオ……アンタ、今あたしたちがバカにされたこと、否定しなかった……の忘れないから……」


 レオナの方を見ると、彼女は地に臥したまま必死に手を伸ばし、拳よりも大きな石を必死に握りしめていた。

 

「怖いよ!こっちは頑張って戦ってるんだから、わざわざそんなこと言わないでよ!」

「はぁはぁ、……なぁ異世界人、どんな女の趣味してたら、あんな凶暴なお子様とつるむんだ?」


 ゴーンは肩で息をしながら雑談でもするように訊ねてくる。……ボクも息を戻す暇が欲しかったので会話に付き合うことにした。


「趣味……とかじゃないよ。お互い……、お互いがお互いを必要と思える。そんな関係なだけだよ」

「はぁはぁ、……ほう?欲情はしないと?」

「しないよ。可愛いとは思うけど、それは妹とか、ボクに妹はいないけど……なんか身内に感じるような感情だよ!」

「ふん、そうか、じゃあそっちの変な喋りの方はどうだ?ちっちゃい赤毛と違ってそっちの金髪は歳もお前と近いだろう?」

「……アヤメは!……いや……」


 ボクは言葉を濁す。

 これはボクが勝手に口にしていい話題じゃない。


「なんだ?まさかお前らできてるのか?!」

 ゴーンが急にテンションを上げる。

 まさかこの人、体力回復よりも目の前の恋バナに夢中になってるのか?!

「おいおい!勘弁してくれよ!お前ら冒険者のパーティだろ?そんなんありかよー!?よくないんじゃねぇの?オジサン冒険者のことは埒外だけどさぁ?一般的に?ほら、どうなの?って思うわけ、そういうのって」


「……キモい……、さっさと顔面変形するまで殴って欲しい!」

 

 バキッ!と何かが砕けるような音が聞こえた気がしたんだけど、もしかしてさっき握った石を握力だけで割ってやしないかい?もしそうなら恐ろしくて明日から『レオナさん』って呼んじゃうよ……。


「……拙者は……、男でござるよ……今は……」

「な、アヤメ……それは」

「いいでござる。……わざわざ、隠すことでもないでござる……。それにいつかは……」


 ……この戦いが終わったらアヤメの探す《セイテンの術》とやらを本格的に探す手伝いをしよう。

 レオナの探し人とやらも……嫌がるかもしれないけど、みんなで探そう。

 そしたらきっと、ボクやエヴァさんの生きる目的みたいなものも、その道中で見つかるかもしれない。


 ……なんか死亡フラグみたいになっちゃったな。


 さぁ、ゴーン。

 ボクはお前を今から倒すよ。


「見た目は、完全な女の子なのに……付いてる……ってこと?!」


 ……この人、まさか。

 


「最高じゃあないのっ!!」

 ダメだコイツ!早くなんとかしないとっ!

「サダオ!いい加減に決めろ!」

「わかってるよレオナ!……うおおお!」

 真っ直ぐいって右ストレートで……「ぐわっ!!」

「当たった!」

 不格好ではあるが、ボクの攻撃が当たった!

 

「いいから!……っいちいちこっち見んな!」


 もし、……この戦いに効果音をつけるならこうなるだろう。


 《ポカポカ、ポカポカ》


 恥ずかしい話だが、お互いにクリーンなアタリがなく微量なHPの削りあい。

 互いに暴力というものと遠く離れた世界に生きていたことが分かる。


 ……ほんの一瞬頭に浮かんだそんな親近感を振り払う。

 こいつは、こいつらは最も卑劣な暴力の化身だということを思い出したからだ。


「もう……終わらせます。最後に訊きたいことがあるので答えてください」

「はぁはぁ……、なんだ今更?……別に答える義理もないし、コロシアムの舞台に立ったらあまりの泥仕合に怒れる観客から殺されそうなほど私たちの間には実力差がない、なのに何を言い出した?終わらせる権利を持っているなど幻想だぞ!」

 

 ゴーンの言い分は分かる。

 確かにボクらの間に実力差は皆無だ。


 《砂糖》も《醤油》も、今日はもう効果がないだろう。

「《お酢》を召喚します」

 ――これはあくまで防御用。

 今の状況を一変できるものじゃない。


 

「はっ?あぁそうか!完全に思い出した!そうだお前は『召喚術師【調味料】』だなんて冗談みたいなハズレジョブを与えられたんだったな!……はは、本当に同情するよ!数あるジョブの中で最も無用で無価値で無能だろうジョブを授かってしまったな!」

 

 なにがそんなに面白いのかしらないが、ゴーンは腹を抱えて笑う。

「まるでお前と同じだな!無用で無価値、でも安心しろ!私はお前らみたいな貧民、庶民を再利用する天才だからな!」

「な、なんの話だ……?」

 なにを言い出したんだ?


「訊きたいことがあるとか言ってたな。はっ、その面白召喚術を見せてくれたお礼に答えてやる。おおかた訊きたいのは『貧民どもを集めてなにをしていたんだ?』とかそんな話だろ?」

「そうだ!彼女たちを……利用して貴族どもに差し出していたのは実際に見たからわかる!だけどそれだけじゃないはずだ!」

「『ここにいる被害者の数も少ない、亜人どもも見かけなかった』とでも言いたいか?」


 こちらの事など、お見通しとでも言いたげな表情を浮かべるゴーン。


「この笛はこの世に一つしかない!私の手作り遺物(レリック)だ!さぁ?材料は何だと思う?」

 

「は?……え、……は?お、()()、まさか……」

「話が早くて助かる。まったく、勘のいいガキは大好きだ」


 嘘だろ?人を?亜人を?


 「特別にもっといいものを見せてやる。オニキス卿が動いたとなれば、もうこの国には居られないみたいだしな」

 ……ゴーンはそう言って別の笛を取り出した。


「《古龍の呼び笛》すばらしいだろ?ボーダーランズに現れたドラゴンの遺骸と数百人規模の貧民と亜人の命を使って作り上げた遺物だ!!これを今ここで吹いてやる!古龍(エンシェントドラゴン)に殺される栄誉をくれてやる!」


  

「ひとの……命で……?もう無理!絶対許さない……!」

 怒りに満ちた雰囲気で包まれたレオナが無理やり身体を起こそうと戦斧を杖代わりにしている。

「同感……でござる!こいつは許してはいけない存在でござるよ……」

 アヤメも、今まで見せたことのない形相だ。


 ゴーンは2人の必死そうな姿を見て、さらに笑いながら笛を口元に運ぶ。


 ボクはそれを防ごうと手を伸ばす、が、ダメ。

 反射神経も運動能力も、こういう時に役立つものなんて、ボクにはないんだ。


 ――時間が遅く感じる。

 《醤油》のチカラじゃない。

 

 これはきっと後悔に近いんだと思う。

 もっとボクが強ければ、そんな後悔による感覚の鋭敏化。

 『あぁこれからボクは失敗するんだ』そう確信したときに世界がスローモーションに感じる。いうなれば《逆ゾーン状態》。


 視界の中心で情けなく伸ばした手が、力なく空を掴む。

 指の隙間から笛を咥えたゴーンが笑っているのが見える。


「クソっ!クソおおおおお!!!!!!」

 


 ――あと手のひらに溜めてた《お酢》もボクの視界に映った。


 

 もし奇跡があるなら、どうかこの《お酢》がゴーンの眼に入って……。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」




 ――奇跡も魔法もあるみたいっすね。

 

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