なんでこうなるの?
「誰だ、テメーっ?!」
突如として現れた金髪の剣士に邪魔された山賊のお頭が怒りを露わにする。
「オレ様に言ったのか?……やれやれ、名乗らないと分からないとはな……」と言って両手を空に向けて呆れたように首を振る金髪の剣士。その様は少し古臭く、演技くさいものだった。
「《オレ様》?!アイツまさか、自分のことオレ様って言ったのか!?」「ヤバい!頭のおかしなやつだ!」「しかも呆れたポーズするだけで何も答えてねぇ!イカれてる!」「会話の成り立つ気がしねぇ!」
山賊たちは乱入して来た男性に向けて抜き身の刃の如く鋭い言葉を投げつける。実はボクも同意見なのだが黙っておこう。
「うっさい!ゲロブス共!オレ様系イケメンの良さが分からない山猿は黙ってろ!」
「ゆいすんさん!?」
ゆいすんが山賊たちにキレた後、何事もなかったように『きゃーっ!』と奇声を上げながらイケメン剣士に手を振ってる姿を見てボクは涙腺が熱くなるのを感じた。
「ふっ、少し顔が平たいのが気になるが……、ふっ、どうやらまたオレ様のファンが増えてしまったらしいな。、……もう一度問おう、キサマらがこの辺りで最近、行商人や旅人などを襲い、討伐依頼を出されたシケた山賊か?」
「んだこら?!んなもん知らんわ!」「文句あんならかかってこい!」「誰の顔がなんだって?!」「お頭!コイツ、今の言いよう冒険者かもしれねぇですぜ?」「おいおい、ギルドから目ぇつけられるほどオレらは恐れられてるのかよ。まいったぜ」
冒険者、ギルド、元いた世界では物語のものでしかなかった単語が普通に出てきた。
ボク以外の全員が臨戦態勢に入ろうとしてる。そう言えば今、山賊たちに紛れてゆいさんの怒号も聞こえた気がする……。
「……イケメンでも許しがたい」ゆいすんがボクの隣で小さく震えながら歯を噛み締めて拳を強く握る。
「アイドルとは……?」思わず深い疑問が浮かんで口をついた。
「テメーの推しが罵倒されてるよにアンタはなんで怒んないの?!」ゆいすんの怒りの矛先がボクに向く。
それとほぼ同時に《ガシャン!ガシャン!》と金属が触れ合う様な音が近づいてきたのを全員の耳が捉えた。
「なんだ?!」「何の音だ?」「っ!あっちだ!変なのが向かってきてるぞ!」
山賊の一人が指差した方をボクも見る。
「おぉい!遅いぞ?!」金髪の剣士がそちらへ手を振る。
「むぅ、見つけたらすぐに合図を出せと言っただろ」
どうやら金髪の剣士と仲間らしい、……つまりボクらの敵ではない。……はずだ。
全身鎧姿の……声や体格的に男性かな?が向こうからこちらへと寄って来た。……鎧姿、本当に異世界って感じだ。山賊より先にこの人たちに会って異世界を実感したかった。
「仲間か!オメーら、奴らが合流する前に叩け!」
山賊のお頭が山賊たちに指示を出すとボクらの周りを囲んでいたヤツらが金髪の剣士に向かって一斉に走り出す。
「ピエトロっ!」
「うむ、いちいち言われなくともわかってる。『敵視上昇』」
《ピエトロ》と呼ばれた鎧の男性がそう叫ぶと走り出していた山賊たちの何人かは目標だったはずの金髪の剣士……ではなく、その横を抜けて、奥からこちらへと向かってる最中の鎧の男性がいる方へと進路を変えた。
「クソっ!やられた!」「やばい!戦士のジョブスキルだ」「身体がいうこと気がねぇよぉ〜」
「……え?なにあれ?」とゆいすん。困惑するのも当然だ、明らかに異常な動きで進路を変えた。
「あれがスキルってヤツなんでしょうね」
「……スキル。私たちも使えるかな?」
「……」わからない。
……仮に使えたとしてボクらはこの世界で、どう生きるんだ?
そんな途方もないことを考えそうになっている間に戦闘が始まった。生まれて初めて見る、本当の『命の奪い合い』が。
「ふむ、三人……か、思ったより釣れたな。このピエトロ、山賊如きに遅れはとらんぞ!」
鎧の男性は手を背後に回すと背負っていた大槌を雑に構え、「《ぶん回し》」と叫びながら振り回す。
遠く離れたこちらまで風が届きそうなほどの大振りであったが、その一振りで山賊は吹っ飛び、動かなくなった。
「はんっ!一撃か、口ほどにもないな!」
「テメーは何もしてねぇだろ!」
ボクらのすぐ近くでは金髪の剣士が両手で大きな剣を握り、ピエトロさんの方へ行かなかった山賊たちと切り結びあっていた。
「……コイツ!速いっ」「避けんな!」
金髪の剣士は、その剣の大きさからは想像できないスピードで山賊からの攻撃をいなしながら戦っている。
「落ち着けオメーら!恐らくコイツのジョブは剣士【攻】だ、守備力はそんなに高くねぇはずだから一撃与えりゃヤりやすくなるはず!」
「その一撃が遠いっすよ〜お頭ぁ!」
「カッコいい〜!」
ゆいすんは金髪の剣士に黄色い声援を送る。さっきの暴言は忘れたのだろうか。
……それにしても自分の推しのこんな姿見たくなかったなぁ。
「あっ!」ゆいすんが驚きの声をあげたのでボクは下を見るのをやめて顔を上げる、すると金髪の剣士が持っていた大きな剣が地面に落ちて刺さっているのが目に入った。
「ガハハハハ!これでヤツはお終いだ!ツラが良くても弱けりゃ負ける、弱肉強食ってやつだな。あとはやっとけ!オレはあの鎧野郎にお礼参りしてくらぁ」
部下たちにそう言った山賊のお頭は斧を肩に乗せ、一仕事終えた雰囲気で歩き出した。
「ふむ、一対一を望むか。蛮勇だな、野盗のカシラよ」鎧姿の男性は受けて経つ様子だ。
「……ふーむ、やはり両手剣は適正でない、か」
一方、こちらでは金髪の剣士は落とした両手剣を拾うでもなく自らの手を握ったり、開いたりして何かを確かめている。
「あん?!なーに強がってやがる!剣のないお前に何ができる?さっさと拾いに行けよ!」「おいおい、まさか腰の短剣でやる気か?!」「冒険者がナンボのもんじゃい!俺たちのが強えってこと教えてやるよ!」
相変わらず、よく口の回るやつらだ。拾いに行った隙を狙うだろうに。
と、山賊をナメたボクの考えを裏切るように完璧なコンビネーションで同時、かつ多角的な攻撃を仕掛ける山賊たち。
金髪の剣士は未だ、腰に携えた短剣には手を出さず、背中に背負った『盾』を取り出し、持つだけ。地に落ちたままの大きな両手剣を拾う素振りすらみせない。
盾を構え、山賊の攻撃を防ぐでもなく、金髪の剣士は攻撃を避けていく。だが、なぜか避けるだけだ。
「はぁはぁ……からかってんのか!」「いつまで回避に……専念してやがる!」「逃げんなっ!」
金髪の剣士は何も言わず、反撃もしない。
なんだ?なにか待っているのか?
「おらああっ!《ぶん回し》」
荒々しい掛け声と共に山賊の一人が斧を振り回す。
「あっ!」「マズい……」ボクとゆいすんが同時に声を上げる。
その後、目の前で起きたことについてボクは目が追い付かなかった。本当に見えなかった。
「剣技『盾の狼』」
息絶え絶えの山賊たちと対照的に息を乱す事なく、すましたままの金髪の剣士がそんな言葉をかすかに聞き取れる程度の声量で放ったあと、斧を振り回していた山賊と金髪の剣士は立ち位置が逆転し、山賊は地に付し動かなくなった。
「おいっ大丈夫か!?」「テメー、何しやがった!」「お頭!マズいですよ!コイツのジョブは剣士【攻】じゃない!剣士【盾】だ!お頭!アンタぁ敵のジョブを見誤ったんだ!」
「……ジョブって?」
「仕事って意味ですね。ゲームとかだとそれに応じたステータスが上がったり下がったり、補正がかかる。とかだったと思います」
ゆいすんの質問に答えたが、ボクはそれが正しいかあまり自信を持てない。小学校時代はずっと勉強付け、中学も引きこもるまでは同じ、引きこもってからも……ゲームは買ってもらえなかったから平日の昼間に母親が外へ出た時を見計らって図書館に行って色々な本を借りてそれを読んでた。一人で暮らすようになってから、いくつかの有名作は遊んだがボクには楽しむ下地がないのか肌に合わなかった。
だからボクの《ジョブ》に対する知見は正しいか分からない。……誰か教えてくれるといいんだけど。
そんなことを考えていると、山賊の一人が倒された仲間の所へ近寄ろうとした、その時。
「うをおおっ!?」「なんだこりゃ!?」「う、動けねぇぞ!?」
「なにあれ!?何が起きてるの!?」
「ボ、ボクもわかりません!」
金髪の剣士たちと相対していた山賊たちが阿鼻叫喚の騒ぎになり、ゆいすんはボクに現状の説明を求めるが、ボクには何の説明もできない。
ボクはただ目の前で、山賊たちが急に現れた木の根に巻き込まれ動けなくなっていく姿を見ることしかできない。
「ようやく来たか」
この場で唯一、落ち着いた様子の金髪の剣士。
向こうで山賊のお頭も拘束されたのか、鎧の男性がこちらに向かってきた。そして、その斜め後ろを追うように女性が歩いている。
女性は銀よりも、白に近い長くサラサラとした髪に花のような髪飾りをつけ、白を基調とした……まるで魔法使いのようなローブを羽織り……。
「え?何あれ?本物……?」
ゆいすんが驚くのも無理はない。
ボクも同じリアクションをしかけたくらいだ。
「なんだ平面兄妹お前らエルフを見るのは初めてか?」
金髪の剣士の言葉にボクらは一瞬、言葉を失う。
「……エルフ、はぁ……本当にここは異世界なんだ」
ゆいすんはため息混じりに呟き、「てゆーか、私たち別に兄妹じゃないんですけどっ!?」とツッコんだが、金髪の剣士はそれを当然のように無視して仲間たちに手を振る。
「……私なんか全然、眼中にない感じ、真正のオレ様キャラって感じで熱いかも……」
ゆいすんの言葉はボクに毒なのでボクは聞こえないフリでやり過ごす。
「エヴァ!さすがに遅すぎる。鎧を着こんだピエトロよりも遅れるとは、やる気ないのか?キサマは最近、このオレ様『勇者ランドール』のパーティに相応しくない言動が目立つぞ」
「「勇者?!」」
ボクとゆいすんはお互いの顔を見合わせる。勇者って……あの勇者?
「むぅ、ランディ言いすぎだ。そもそもお前も先行しすぎだ――」
鎧の男性が勇者をたしなめる。
どうやら、勇者を自称する金髪の男性の名前が『ランドール』で鎧の男性、ピエトロさんは勇者を『ランディ』と短縮形で呼ぶほど親しい仲みたいだ。
「――いえ、遅れた私が悪いのです。申し訳ありませんでした」
エヴァ、と呼ばれたエルフが頭を下げるのを見て勇者は偉そうに鼻を鳴らす。
「……あら?あなたたちは『異世界からの転移者』ですね?この国では現在転移者がいなかった事から考えると……コチラへは来たばかりですか?怪我とかは大丈夫ですか?」
お、恐ろしく話が早い。
「まだこっちに来てから一時間も経ってない……はず。来てすぐ、あの変なおじさん集団に襲われたから。怪我は平気」
え?なんかゆいすん、冷たくない?ぶっきらぼう過ぎるというか……。
なんか変な感じだ。こちらを気にかけてくれたエルフの女性に対してゆいすんは何やら冷ややかな目を向けてる。
「脚、怪我してますよ?」
「……転んだだけだからほっといて!」
間違いない。
理由か分からないが、ゆいすんはあのエルフにワザと嫌な態度を取ってる。
エルフの女性はゆいすんに邪険に扱われたことを責めることなく、『……そうですか。では、もし痛むようでしたら伝えてくださいね?』といって勇者とピエトロさんの元へと向かった。
「……チッ!何がエルフよ。顔が良いからって偉そうに……」
…………嫉妬?
イケメン勇者とパーティを組んで旅をしてるっぽいから?それとも物語で語られているように美形だから?ゆいすんの態度の真意はわからないが、なんにせよロクなさそうだ。
「ん?転移者?」
「なんだ。気づいてなかったのか」
「うるせぇ。っほら、さっさとコレら縛り上げて王都へ運ぶぞ」「……うむ」そう言うと勇者とピエトロさんはボクたちの事など眼中にないようで、さっさと山賊たちを縄で縛り始めた。
「よし!行くか!」「うむ」「はい。……彼らはどうするんですか?」「あー、そうだな。……なぁ異世界兄妹」
勇者がボクらに話しかけてくる。
「オレ様たちについて王都まで行くか?」
「王都へ行けばジョブ鑑定士にアナタたちのジョブを調べてもらえますよ。希少職なら雇い口もすぐに見つかるでしょうし、この国、この世界について知るのにも王都なら便利かと思います」
「うむ」
「ご迷惑でなければ同行させてください」
「勇者様!私をパーティに入れて下さい!」
…………?
……………………。
…………………………なんでこうなるの?