中庭の小屋
ボクは月明かりだけを頼りに、お城の中庭を囲う林の中を一直線で走り抜ける。道なき道を突き進むと、視界が開けて建物の目の前に出た。
「ここにゆいすんが……」
近くで見ると、安っぽく小さな建物だが、異様なほどに明るい。ボクは見つからないよう、林の中から様子を伺う。
今が真っ昼間だったら中庭や林の手入れ道具を入れておくような、何の変哲もない物置小屋にしか見えなかっただろう。……でも今は夜だ。
本当にただの物置だとしたら、これほどたくさんの明かりを灯すはずがない。
警備のための兵士が辺りに見当たらないことに、ボクは違和感を覚えつつも建物の扉へ手をかける――その瞬間。
「ふざッ……けんなッ!このバカ!」
「――ひっ?!ごめんなさい!」
唐突に怒鳴られたのでボクは反射的に謝る。
「……アンタは、……アンタはそんなにあたし達は役立たずだって、足手まといだって思ってんのッ?!」
「は?え?なん……で?……レオナ、それにアヤメも?!なんで2人がここに?!」
頭を上げると、そこには見慣れた2人がいた。2人とも怒り心頭の表情で腕を組んだままコチラを睨んでいた。
「なんでここに?それはこっちのセリフでござるよ!何がどうしたら勝手に王城へ忍び込むなんてイカれた行動をするでござるか!」
「そうだそうだ!アンタがウチのパーティの冷静担当でやってきたんだから!パーティのバランスがおかしくなっちゃうじゃん!説明してよ!」
やばい2人とも怒りで状況を忘れてるかの如く大声で喚き散らしてる。そんなに大声を出したら――。
「――なんだ?ずいぶんと外が騒がしいな」
「おい、誰か確認してこい」
「ちっ、ダメだ。もしものために全員でいくぞ」
案の定、建物内の誰かに気づかれたらしい声が聞こえた。聞こえたのはボクだけ。
「ヤバい、誰かこっちへ来るみたいだ!ここじゃマズイ!別のところへ隠れないと!」
「はぁ?!そんなの知ったこっちゃ――」
「――流石に隠れるべきでござる!……っ、あっちへ!」
アヤメは建物の上部を指差すと、先に屋根の上まで一息で跳んだ。
「……とりあえず、やり過ごしたら説明してよね!」
同じようにレオナも跳ぶ。
2人とも《金平糖》で運動能力を強化済みらしい。そうか、それでここまで来ることができたのか。
「……なにをしているでござる?!はやく!」
「さっさとアンタも……ってまさか、アンタっ!」
「おい!やっぱり声がするぞ!女の声だ!」
「なんだと?!って、まさか脱走しやがったのか!」
「悠長にしてる時間はねぇ!準備できたやつから表に出ろ!」
兵士たちはボクらの存在に確信し、それと同時になにやらガチャガチャした音がしたと思ったら扉が勢いよく開き、兵士たちが出てきた。
屋根の上でコチラを伺うレオナとアヤメに『ごめん』と小声でつぶやいた。きっと、いや間違いなく2人には聴こえていないだろう。
《醤油》の魔法により停止した時間の中、兵士たちの隙間を通り建物の内部へと侵入する。
「時間を止められるのは強力だけど、醤油をそれ単品で舐めるのは流石にキツイな……。次は砂糖醤油とか試してみるか?いやそれで効果が薄くなったりしたら意味ないし……」
レオナとアヤメは屋根の上に隠れているので兵士たちには見つからないはず、大丈夫だろう。……この戦いに彼女達を巻き込むわけにはいかない。……これはあくまでもボクの勝手な行動なのだから。
エヴァさんが見当たらなかったことに一抹の寂しさを覚えたけど、よく考えたらあの人は住処を転々としてるから見つけられなかったと考える。というかそうであってほしい。
――建物の中へ足を踏み入れてボクは驚愕した。
「……っ、なんだこれは」
外に出てきた兵士は5人。
間をすり抜けながら数えたから間違いない。
そして……建物の中には誰もいない。
「なんだこれ、ここはただの休憩所だったか?」
テーブルの上には食べかけと思しき肉やパン。ワインのようなものが入ったコップも人数分置いてある。
「くっ、ここじゃなかった…………か?」
……なんだろう、えも言えぬ違和感を覚える。
幸い、時間はたっぷりある。
…………ボクは室内をぐるぐる歩いて考える。
ここはなんだ?訓練施設?いや、それにしては何もない。休憩所だとしても簡易的すぎる?こんなもんなのか?……あれ?飲み物か!?この違和感の正体は、「……違う……ここは異世界だ。召喚術師【飲み物】がいればタルもビンもなくておかしくない……」。
ボクは外観から想像していた何倍も狭い室内を歩き続け……る。
「そうか!いくらなんでもこの建物、外観と比べて狭すぎる!……隠し部屋……こういう時は隠し部屋がどこかにあるってのが定石だ!」
……止まった時間の中は非日常的なほどに無音なので、ついついひとり言を口に出してしまう。
「……見つけた!」
テーブルの下に敷かれたラグ?毛皮?を捲ると木の扉。両手でその扉を開けると地下への階段が現れた。
……あまりにも《それらしい》造りだ。
そもそもバレる予定のものではなかったのだろう。
もしかしたら本来は王家の逃げ道的な役割のモノかもしれない。
だが、侵入者を恐れたのか、お貴族様の足元に気を使ったのかは分からないが……。アレほどバカみたいに明るくしていれば目立ってしまうだろうに。
ボクは今のうちに召喚しておけるものは召喚して、ポケットへと入れておく。
こういう小さな心がけが明暗を分け、命運を握ったりする。…………気がする。
階段に一歩踏み込み、上を見る。
屋根の上で止まったままであろうレオナとアヤメに伝わるわけない感謝の言葉を告げる為だ。
「ありがとう。ボクと仲間、……いやと、……友達になってくれて」
死亡フラグみたいだなって言ってから笑ったけど、ボーダーランズの闘技場で実際に死んだ事を思い出し、ちょっと怖くなった。
頭を振って恐怖心を頭から追い出し、階段を降りていく、真っ暗で足元がおぼつかない。
壁に手を当てながら下り続けると扉の隙間から漏れる光が見えた――。
――あとどれくらいボクは時間を止めていられるのだろうか。




