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姫王


 ゴーンの部屋だと思った部屋はどうやら全然違う人の、女性の寝室だったらしい。

 ボクは恥ずかしさで顔が熱くなる。あぁきっと今、側から見たらボクの顔は耳まで真っ赤なのだろう。


「あの、アナタは『ゴーン氏』に用があるだけで、『(わたくし)』を拐かしに来たとか、クーデターでその……命を狙っている。とかではないのですよね?」


 ……いと雅な立ち振る舞いの女性はひどく怯えた様子だ。ボクは恥ずかしさに気を取られていて、この状況を飲み込めていなかったが、彼女の様子を見て一気に悟った。


「ご、ご、ご、ごめんなさい!」

 勢いよく床に頭を擦り付けて全力で謝る。

 そう!今ボクは『寝ている婦女子の寝室に侵入した変質者になりかけている』のだ!

 ――いや、違う!正確には既になっている!

 


「ご、ご、ご、ごめんなさい!違うんですよ!本当に違うんです!知らなかっただけなんです!女性の寝室に押し入るような人間じゃないんです、ボクはっ!」

 100%中の100%、全力の土下座。

 もっとも、この世界で土下座なんて概念が通用するかは知らないけど、とにかく頭を地面に擦り続ける。


「……頭を上げてください。……もういいです。貴方がこの部屋に入って叫んだ言葉でなんとなく事情は分かっていますので、今は不問にします」

「おぉ、あ、ありがとうございます!」

 ……助かった?土下座ってすごい。


「それに、ゴーン氏の悪行は……耳に入っていました。それを知っていて止められなかった私たち《王族》の罪ですから、……貴方が扉を壊し、私の部屋へ侵入したことは許します。罪に問いません」


 ……王族。

 高級そうな部屋からして偉い人だとは思ったが、まさか王族だったなんて。

 

「お、お、お姫様?ありがとうございます!ありがとうございます!2度とこのような無礼なことは――」


「――私は姫ではございませんよ?」

 ピキッ、と空気の張り詰めた。……気がした。

「……お姫様、じゃない??」

「――私はこの国、クレッセント王国国王《リーズベット=アンシャンテ=クレッセント》ですがなにか?」


 ……リーズベット、アンシャンテ、クレッセント?

 

「あ、あの、はじめまして……」

 ボクは上げた頭を再度床に擦り付けることで視線を逸らす。


「ご機嫌麗しゅう、異世界人さん。先程貴方がつらつらと並べ、捲し立てた口上から察するに、……貴方が噂の《調味料》の召喚術師さん?いつだったか、この城へ来ていたわね?」

「は、はい!はい!そうです!それはボクです!ボクはそれです!」


 いつの間にか目の前の女性、国王さまは怯えた様子が消え去り、気高さすら漂う雰囲気に変わっていた。

 

「……いくつだったか数字は忘れたけど……貴方、確かジョブレベルが高いのよね?ジョブ自体は珍しいだけらしいけど」

「いや、はい!まぁ、……その、はいー!」

「……なにそれ?煮えきらないわね?というかなんなのですか?さっきまでとずいぶん態度が違うのですが?」

「すみませんすみません!ま、ま、ま、まさかこんなにも美しいお方がこの国の王様だとは思いませんでございましてございます!」

 しまった、また余計なことを口走った。


「ほう、美しい?ふふっ、ふふっ……」

 あれ?喜んでる?おかしいな……言われ慣れてるだろうに、なんか新鮮な反応だぞ?


「……私を国王だと知らなかったと言っていましたが、それはなぜですか?」

「……っえ?いや、そのぅ……ボクが異世界人だからですかね?」

「?……おかしいですね。もしそうなら普通、この世界のこと、特に自分の住んでる国のことについて調べたり聞いたりするのが普通では?」


 …………ど正論だ。

 いきなりど正論で殴られた。

「……すみません、その……あまり興味を持って行動してませんでした」

「ふーん。……じゃあ、私がどういう扱いなのかも知らないわけね?」

「はい!全く存じてございません!誠に申し訳ございません!」

 ひらにひらにご容赦をと言わんばかりに頭を下げ続けるボク。


「貴方がこの城へ来た時、私はそれを知りませんでした。侍女たちが後日、ウワサ話をしているのを偶然聞いて知ったくらいです」

「……えーと、何の話でしょうか」

「……私の父、前国王が病死して以降、私は王冠と玉座を与えられただけの、言わば《お飾り》なんですよ。お分かりですか?」

「い、いえ、じゃなくて、はい……そうなんですか?」

 傀儡政権?的な奴ってことか?実権は別の者が握ってる……とか?


「ハッキリ言います。私は今の状況にムカっ腹が立ってなりません!我が一族が統治し続けたこの国を、好き勝手しようとしてる不埒者どもも、それに抗う力のない私自身も許せないのです!」

 ……い、意外とアツい人なんだな。

「父は私に『この国を託す』と言って逝きました。まだ、ただの小娘だった私にです!私は父の思いに応えられていません……」


 ……簡単なことじゃないだろう。どれだけの覚悟や思いがあろうが、国を治めるっていうのは……。

 

「ですが、今!この瞬間!私に一筋の光が見えました!そう、それは貴方です、異世界人。貴方が《ゴーン》を倒し、この城に……いや、この国に巣食う悪逆の徒を成敗するのです!」

「……え、ええ……。そんな大役、いきなり……」

「そして、それらを成し遂げた暁には、私がこの国を良くするべく貴方に依頼を出したという事にします!」

 つ、都合いいなぁ……この人。


「もちろん、非公式にはなりますが、報酬は弾みます。だから、お願いします」

 姫……じゃなくて王様がボクに、ボクなんかに頭を下げた。


「………………分かりました。この際、なんでもいいですよ。ボクは、ボクの目的はゆいすんの奪還です。それ以上は求めません」

「本当ですかっ!ありがとうございます!……《ゆいすん》とやらが『貴方の救いたい人』の名前なんですか?ずいぶん変わってますね。その人が少し、羨ましいです。私も誰かにそんな風に助けてもらいたかった……」


 切ない目で遠くを見つめる王様は、普通の、年相応の女性にしか見えない。だけど彼女には、ボクなんかじゃ想像もつかない重荷や責任、重圧やしがらみがあるのだろう。


 まぁ……触れたら長くなりそうなので触れないでおこう。


「ゴーンを始めとしたイヤらしい目つきの男どもは夜な夜な中庭の先にある建物へ集まっています。なにをしているか、までは知らないですが今もそこにいるはずです。貴方の救いたい女性もきっと、あそこに……」

「っ、はい。了解です!すぐに――」


「おい!こっちだ!全員集めろ!」

「くそっ!やっぱり国王様が目的かっ!」


 ――しまった!兵士たちに居場所がバレた。

「もう行きますね!」

「武運を祈ります」

「……武……、いや、戦うかはわからないですけどっ!」


 廊下から逃げるのは無理と判断し、王様の寝室を突っ切って窓から飛び降りる。

「国王陛下!ご無事ですか?!」


 窓を開けた瞬間、背後から声。危なかった、すぐそこまで来ていたみたいだな。


 

 強化された肉体は着地の衝撃を簡単に耐え、ボクは目の前の林へ突っ込む。

 

 飛び降りた際、林の先に灯りのついた建物が見えた。

 王様の話からすると、たぶん……そこが……。


 道を行くと無駄に見つかる可能性を考慮して、月明りだけを頼りに真夜中の林をボクは走り続けた。

 

 


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