欲望
「オニキス卿――」
グラスマンはわざとらしく強調してその名を出した。
「……まさか、オニキス卿が犯人なんですか?!」
ボクは驚きに身を任せ、勢いよく椅子から立ち上がったが、対面に座ったグラスマンは冷静なまま、『まぁ落ち着け』と言って座るよう促してくる。
「オニキス卿はこの王都に於ける数少ない善人だから安心しろ。まぁ、振り切った善人ほど狂気の沙汰はないのかもしれないがな」
「……?それってどういう意味ですか?」
「お前、《ボーダーランズ》を壊滅させただろ?」
……ボクが壊滅させたというと語弊がある。あれはドラゴンが、厳密に言えば《子龍の呼び笛》なんてイカれたものを渡した……。
「……オニキス卿のせい……?」
「繋がったな。先に言っておく、いちいち立つな!鬱陶しい!そうだ!座って黙ってこのグラスマンの言葉に耳に傾けろ!」
「……」なんか馬鹿にされてるみたいで嫌な感じだ。
ボクは不機嫌な気持ちが顔に出てるだろうがこの際気にしないことにした。
「仲間たちや周りの人の話を聞いてアレは《子龍の呼び笛》と凄くよく似た《土人形の呼び笛》を渡そうとして間違えた結果起きた事故ということで結論つけてます」
「あぁ、まさにヤツの狙い通りに思考したわけだ」
……今の物言いだと、まるでオニキス卿が、あの状況になるのを期待してボクにワザと……。
「ボーダーランズはこの国の端、国境付近とは言え、明らかな汚点。そして弱点だったからな、あそこが潰れてオニキス卿は大喜びしていたってわけさ。そうだろ?」
ボクたちが巻き込まれる可能性が……いや、助かったのが奇跡的だったのに……?
「人身売買組織の本拠地、ボスの1人である《マダム》のクビも惜しかったんだろ?あの女のクビを取れてたら今頃お前は『オニキス卿肝入り』の冒険者になれてたのにな?残念だろ?そうだろ?」
「……そんなもの、興味ないですよ」
「ヤツが聞いたらショックを受けるかもな」
「そんなのどうでもいいですよ!それより、ゆいすんの件は――」
「――《マダム》と《ゴーン》は兄妹だ。腹違いだから見た目は似てないが、奴らには深い結束がある」
……いったい、さっきから何の話をしてるんだ?
「《マダム》たち人身売買組織が《商品》を攫い、王都で貴族どもに売り、使えなくなったらボーダーランズに捨てる。だが、ボーダーランズのなくなった今、どうしてると思う?」
「……わからないです」
「ヒントをやろう。《ゴーン》の仕事は魔法研究員。ヤツの専門は『移動魔法』だ」
「…………?と、言うことは『どこかに転送してる』とかですか?」
「あぁ、流石にわかったか。その通り」
「……ゆいすんはどこに転送されたんですか!?」
「安心しろ、あの女はまだ『使えなくなってない』。この王都に、王宮にいるはずさ」
……っ、!
「まて!お前、本物のバカか?!お前1人で乗り込んで何ができる?!頭を使え!」
「…………いやです!まだ間に合うなら今すぐ向かいます!」
「ポートマン!ソイツを捕えろ!」
「なっ、いつのまに!?」
まったくの気配がないまま、帰ってきていたポートマンによってボクは身柄を拘束されてしまった。
「お前1人に暴れられるとコチラの計画が崩れるんだ。バカな真似はやめろ」
ポートマンによって羽交い締めで浮いてるボクの前に立ったグラスマンはそう言った。その言葉はまるで……なにか思惑があるような言い様だ。
「どんな、いったいどんな計画があるんですか!?ボクにも参加させてください!」
「はっ、簡単に言うな。命懸けになるぞ?」
「だとしても、だとしてもですッ!」
「あんな性悪女のどこが良いのか全くわからんな。命をかける価値があるとは思えん。なぁポートマン、そうだろ?」
ボクを抱いたままポートマンはなにも言わない、頷いてる気配もない。
「いっちょ前に拗ねてるのか?めんどくさいヤツだ。…………なんだその目は?くそッ!オタクダサダオ、お前まだ本気で1人、あんな場所へと向かうつもりなのか……はぁ……そうだな。計画も知らず、勝手に動かれるよりは伝えておいた方がいいか……」
グラスマンが頭を横に振ると、ポートマンは掴んでいた手を離し、ボクは地面に尻餅をつく。
「……鈍臭いヤツ」
とグラスマンが小さく罵倒したことをボクは忘れないだろう。
「さっさと席に戻れ。言っておくが、次勝手に立ったり、ここから出ようとした場合、このグラスマンの中でお前は無価値とする。2度とここへは来させないし、お前と関わりある奴らと取引もしない。それをよく胸に刻んで座るといい。そうだろ?」
「……わかりました」
ボクは頷き、席に戻る。
「はぁァァ……」
今日1番のため息を吐いた後、とても嫌そうな表情を浮かべたままグラスマンは口を開き、その『計画』とやらについて語り始めた。
のだが、……。
「それは作戦とは呼べないのでは?!」
「……うるさい……」
「今の話は要約すると、『バレないように頑張って《ゴーン》を捕まえる』だけじゃないですか!この国の問題はそれでは解決しないのでは?!」
「……」
なんだ?なんでだ?さっきまで饒舌だったグラスマンが黙りこんでいる。
「……仕方ないだろ。手札が少ないんだ。やれる事は限られている。そもそも貴族に手を出したらコトが大きくなりすぎる。故に《ゴーン》に的を絞ることで無駄な騒ぎにならないよう――」
「――だからそれじゃ、この国のっ」
「この国の問題を気にするほど気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ」
地下水路の暗がりの中から松明の灯りと共に現れたオニキス卿にボクは驚き、立ち上がってしまう。
「おまえ……」
グラスマンの呆れるような呟きが響いた。




