値段
「……高すぎるな」
なにか飲み物をポットからカップへと注ぎながらグラスマンはそう言うと、コチラが『何が?』と返す間もなく話を続ける。
とうぜんなのだろうが、グラスマンはボクが飲む分なんぞ淹れてくれない。……知ってたさ。
「お前の話、なかなかに興味深く、面白いものだった。あとで《醤油》もいただこう。しかし、やはりどう考えても《アシナコユイ》についての話のほうが上回るのだよ?そうだろ?」
それはボクにとって意外な話だった。
完全に新作の話、かつ表に出すつもりのない内容だったと言うのに、……いやきっとそれだけ――。
「……つまり、それだけ『根が深い問題』とやらってことですか?」
「あぁそうだ、わかるだろ?ここ王都は《人》がこれだけ集まってできた場所だ。この小さい国なのに、だ。光が増えれば闇も深くなる。それと同じさ、人が集まれば悪人もそれだけ大きく育つ。どこの世界でもそうだろ?」
――わからなくもない。
「……追加でいくら払えばいいんですか?」
「いや、金はいい。ハッキリ言ってこのグラスマン。金には困っていないからな」
こんな廃棄されて久しい地下水路に住まいを持っているのに何を言ってるんだと思わなくもない。が、彼はその……《亜人》、その見た目は……異形だ。
少なくともここ、クレッセント王都では他に《リザードマン》なんて呼ばれる人をボクは見た事がない。地上は生活しにくいのかも。なんて勝手に同情する。
「そうだな……いっそ、お前の過去の話でもしてくれ。異世界についてだ。それを代金にしてやろうどうだ?悪くない提案だろ?そうだろ?」
……過去の話、ボクにとっては面白くない、苦い思い出を語れというのか。
「……嫌なんだろ?思い出したくもないか?だからこそ価値がある。そうだろ?」
「……分かりました。話します」
ボクの過去、この世界に来るまでの経緯を話し始めるとグラスマンは『違う、そうじゃないお前の人生について聞かせろ』と凄んだ。
あぁこの男はボクを嫌な気持ちにさせたいのかとそこで理解した。
全てを語り終えるとグラスマンは再度飲み物を入れに行き、今度はボクの分もくれた。
「価値のある話だった。お前の払った代償はきちんと払う。特別にサービスもしてやるさ」
長い指に鋭い爪が生えた手でボクの肩を掴みながらグラスマンはそう言ってから自席に戻る。
優しくはないが、言うほど嫌な奴でもないなかも、なんてボクは簡単にほだされる。
「エルフが仲間になった今、この国の状況は理解しているというわけだな?」
「領土拡張を目指しているとか、そんな話は聞きました、けどそれがゆいすんの件と何の関係があるんですか!?もういい加減時間を無駄遣いしたくないんですが――」
グラスマンはずっと開けていた目を閉じ、息を深く吸ってから口を開いた。
「――《アシナコユイ》は今、人身売買組織に捕えられている。……彼女はランドールのパーティを追放されてからようやく、この世界で『何も知らない無能な異世界人が働ける場所は限られている』と気づいたのだ。愚かだな、よほど元の世界は楽だったのだろう。冒険者としては『無能を晒し、パーティを追放された者』という烙印が押されたも同然、言動はイカれてるがランドールたちの実力は本物だからな。他の冒険者たちが『アシナコユイ』を自らのパーティに入れないのもわかるだろ?追放した者を迎え入れるなんてしたら無駄にランドールの怒りを買う恐れがある。それに……あの女は性格的な問題も抱えているからな」
グラスマンは一息にそう言って再度息を深く吸う。
「いく当てもなく彷徨い、たどり着いたのが風俗街だ。あそこなら女というだけで一定の価値はあり、守ってくれる存在もいる。が、逆に言えば怪物もいる。それがあの男、名を《ゴーン》という。王城に寄生する魔法研究員の男で、うだつの上がらない年中揉み手をしているような男さ。お前も知ってるだろ?その男に見られてるとも知らず、《アシナコユイ》は何も考えずに風俗街を彷徨い、その身を拐かされたわけだ」
……ゴーン、だと?…………知ってる。いや、今言われて思い出した。
……コチラへ来てすぐ王城で《ジョブ鑑定》とやらをおこなった時に近寄ってきた男だ。
「あぁ、その顔をするということは思い出したか?そうだ、お前は会ったことがあるのさ。そうだろ?」
「はい。……今、しっかりと思い出しました」
「《オールドラット》を彷彿とさせる吐き気すら催すあの顔を忘れていたのか?まぁいい。お前らが偶然出会って殺した密輸業者の話をさっきしたな?」
「…………はい」
「その《マダム》傘下の密輸業者は王都からの帰りにからの馬車を走らせてた、そうだろ?」
「はい。でもそれが不思議なんです。王都から連れて行く、ならまだわかるんですけど――」
「――王都に貴族が集まる理由さ。おかしいとは思わんのか?お前王城は知ってるだろ?『ジョブ鑑定』のとき、山のような貴族を見なかったか?」
「…………?はい。たくさんの人が、ギャラリーがいたのを覚えています」
あーだこーだと言われた記憶はあるが、碌でもないことを言われたという程度にしか覚えてないが。
「なんてことない日に、あれほどの貴族がいたことに違和感を覚えんか?」
「……貴族、というものに覚えがないというか無縁な人生だったもので……」
「ほう、制度の違いか?ってそれは今はいいさ。知っておくといい。普通、貴族は自身の領土から出ない。だが、この国は違う。貴族どもは王都に集まるのさ、なぜなら『王都にはたくさんの商品が集まる』からな」
………………は?商……品?
「おおかた、お前らが殺した業者も、どこかから攫ってきた『商品』を納品した後だったのだろう」
『根の深い問題』という言葉の意味をボクはようやく理解した。……理解させられた。
胸の内側でキュッと何かが締まり、怒りと嫌悪感の混じったドス黒い感情が生まれた気がする。
「人の欲望が渦巻く肥溜め、それがここだ。そうだろ?」
そして、この後の話で更にそれは深く沈み、色を増していくことになる…………。




