どうしてこうなった 2
「チ、チ、チ、チギュラブズのっ!ボクの大好きなゆいすんはそんな田舎の不良みたいな喋り方しないですよ!」
自身をゆいすんだと自認している女性にボクは目線を合わせず反論する。
「はぁ?うっざ……テメーに私の何がわかんだよ!」
「テメーっ?!……ぼ、ボクは一年前の今日、本物のゆいすんと運命的な出会いをしました!そして一年間、叶わぬ恋と知りながら、ずっと彼女を応援し続けました」
ボクは目線を下げたままギュッと拳を握りしめ、声を張る。こんな事言っても何も意味ないと理解しつつ、口が止まらない。止められない。
「あの日、信号でボクに声をかけてくれた、ゆいすんがいたからボクは今こうして変われました。アナタが誰か知りませんが、勝手にゆいすんを名乗るのをボクは許せません!」
「……運命的な出会い?信号?なんだっけそれ……」
「……桜間市の駅前通りを抜けたところにある、国道を横断するための信号です!偽物のアナタには分からないでしょうね!」
ボクはそう言って顔を上げると……確かにゆいすんに瓜二つの女性が顎に指を当て、空を見上げながら思い出す様な仕草をしているので緊張がぶり返した。
「あっ、えと……ボクにとってはアレが真実で、あの日見たゆいすんが本物です」
「…………あー!なるほど……。そうか一年前か、もうそんな経つんだ。うん、確かにあの頃SNSでバズるために早朝ビラ配りしてたわ。そっかそっか、ごめんね。アレを信じちゃった系か」
「…………は?」
「たしか朝の五時に夕方五時と間違えましたぁー!ってやつでしょ?……あの頃さぁ、売れたくて必死で試行錯誤してバズるかなってやったヤツの中の一つだわ。うん、別にキミだけにしたわけじゃないよ?……桐ヶ谷だっけ?あのオッサンも確かそんな話してたし、地味だけど効果あるんだなぁ」
うんうん、と一人納得した様子で頷くゆいすん。
……その遠く背後、遠くに見える山の方からこちらに向かって、なにやらガラの悪い、見るからに正義とは程遠そうな荒くれた男たちが武器を片手に歩いてくるを見つけたボクは一気に血の気が下がった。
こんな話をしてる場合じゃなくなった!
「ヤ、ヤ、ヤ、ヤバい!ヤバいです!ゆいすん!あれ見てください!」
「つーかさ、その呼び方やめてくんね?好きじゃないんだよね。ステージ立つときとかアイドルとして活動してる時なら我慢するけど……」
「そんな話してる場合じゃないです!逃げなきゃ!」
「は?何言って――」
ボクの指差しを見て背後を振り返るゆいすん、その視線の先にいる荒くれた男たちは手に持った武器を振り上げ、一斉に走り出した。
……まだ距離はある。
「――っべーな」
ゆいすんは一目散に走りだしボクも続く。
「ど、どこに向かえば!?」
「知るか!でも、とにかく遠くに行くしかないでしょ!」
目標も目印もないままただ真っ直ぐ、荒くれたちの来た方と逆にボクらは走り出す。そしてそれを見た荒くれたちも追従して走り出した。
「オメーら!追え!」「おら!待てこら!何で逃げるんだ!」「痛いことしないから逃げないでよー」「ガハハ!ちょっと遊んだ後、身包み剥いで捨てるだけだから安心しろ!」「俺たち悪い山賊じゃないよ?」
っ!?
ヤバい、まじでヤバい。
山賊って自称した?さっきまで『見た目は悪人だけど本当は善人』パターンってのを期待してたけど、山賊を自称するってもう完全に『ない』じゃん!
というか、詳しく無いけど異世界転移っていったら普通、最初にエンカウントするのは雑魚モンスターとかその後、仲間になる相手なのがテンプレじゃないの!?
「あっ、やばっ」
ズザーっ、という音が聞こえて振り返ると、少し離れた場所でゆいすんが倒れている。どこか痛めたのか、足を押さえる彼女の元へボクは急ぎ戻った。
「大丈夫ですか!?少し急ぎすぎました」
「……ぅ、ごめん、ありがと。……つーか私なんて置いて逃げればいいのに」
「え?な、なに言ってるんですですか!置いてくなんて出来ないですよ」
「なんで?私はアンタの望む姿の『ゆいすん』じゃないんだよ?アンタの推してる『ゆいすん』は私だけど私じゃない。あれはステージとカメラの前にしかいないんだから……」
「……今はそんな話してる場合じゃないですよ、走れます?早くしないと――」
「――早くしないとイケないってか?」
追いつかれた。
まだ距離はあったはずなのに。
……根本的な運動能力が違いすぎる。山賊たちは皆、ボクらより大きく、逞しい。
「いあやぁ素晴らしい友情、いや愛情かぁ?羨ましいねぇ」「俺らには無い感情だな」「生き残ってナンボの世界だからな」「へっへ、もう逃げられないねぇ」
この一瞬で追いついて来た山賊たちはわざとらしくパチパチと手を叩きながらボクらの周りを囲んだ。
「ん~?……あれ?コイツらなんか違和感あるな」「そうかぁ?」「コイツら転移者ってやつじゃね?」
一人の男が放った言葉に山賊たちは騒ぎだす。
転移者という呼び方が定着していて尚且つ彼らには、この世界の人間とボクら異世界からの転移者の違いが何らかの形でわかるのか?ボクには彼らがただ、日本人じゃないなって事くらいしか分からないけど。
「んなわけねぇだろ。転移者って言えば普通……どうなんだ?こんな所にいるものなのか?」「わからん、でも雰囲気がなんか俺らとは違うだろ?」「髪が黒いし、目も黒い」「……顔もなんか平べったいぜ?」「お頭はどう思います?」
……いや、わかってないのか?少なくとも何らかの違和感は感じているらしいが。
「……誰の顔が平べったいって?!」
ゆいすんが肩を震わせている。さっき一瞬、しおらしい感じになってたはずなのに、その面影は完全に消え、青スジ立てて地面に落ちた石を拾った。
もしかして投石で戦おうとしてる?原始的すぎるだろ、このアイドル。
「ちょっ、ダメですよ!この人数相手にボクらは何もできません、大人しくしましょうよ!」
「大人しくしてる!?……何言ってんのアンタ?私は可愛いから殺されないだろうけどアンタはアイツらからしたら何の価値もないんだから、すぐ殺されるわよ?」
ゆいすんの凍る様に冷たい表情と言葉がボクに突き刺さる。
「ほう、お嬢ちゃんにしては良く理解できてるじゃねぇか。見た目より楽しい人生だったみてぇだな」
他の山賊たちより一回り体格の大きい男が顎髭を触りながら舐め回す様にボクらを見ている。コイツがリーダーか。
「お頭!コイツらなんか違和感が……」
「ん?あぁ異世界からの転移者ってヤツだろ。前に一度、別の国で見た事があるからわかるぜ」
「すげー!」「さすがお頭!」「転移者か、上手く売りつけりゃ高値で売れるかもな!」
山賊たちが盛り上がる。
「だが、この国に転移者がいるなんて聞いた事ねぇぞ?」
お頭と呼ばれた大男の言葉で盛り上がりは急激に冷める。「……そうなんすか?」「この国が小さくて弱いのは『異世界からの転移してきた冒険者がいないから』って話っすよね?お頭?」「……え?だとしたらコイツらはなんなんすか?この国に転移者はいないんすよね?」
うーん、と山賊たちはボクらの周りを囲んだまま、思い思いのポーズで悩み始める。
「……オメーら……本当にバカなのな」
「ちょっと!何言ってんすかお頭!」「言うに事欠いてバカ?!」「何てこと言うんすか!」
山賊がお頭に詰め寄るのを見て、今なら逃げれるか?と思ったボクがゆいすんに『立てる?』と小声で聞いた瞬間、山賊たちの血走った目がボクを捉える。
『逃げたら殺す』、目だけで威圧され、ボクは動けなくなる。
「おいおい、お前ら、誰に詰め寄ってんだ?」
お頭は手に持った斧を強く握る。
「しめた!内部分裂しろ!殺し合え!」
ゆいすんがおよそアイドルらしくない最低な掛け声をかけてる。
「お頭!俺らはバカっすよ!バカにバカってどういうことっすか!?」「そうっすよ!俺らは自覚してんすよ!」「りんご食ってりんご味だなって言うんすか?!おかしいっすよ!」
「……なんだそんな話か」
「んだよ。ヤんないのか、殺し合えよ……」
ゆいすんにツッコミたいけど、さっき向けられた目線が怖すぎて今のボクにそんな余裕はない。
「で、お頭、そろそろ教えてくださいよ」「そうっすよ、なんでいるはずのない転移者がいるんすか?」「俺らっていつ国、越えたんすか?」
「……はぁ、ちげーよ。居るはずねぇのに居るだろ?つまりコイツらは観測されてねぇ存在。つまり『こっちに来たばっかりの転移者』ってこと」
「ちっ、最悪だ……全員バカであれよ」
「……同意見ですね」
ボクはゆいすんと同じ感想を抱いた。
彼らが全員バカなら良かったのに。
「……なるほど」「……ははぁん」「……」「……」
「お前らまさか……、今のでわからねぇのか?!」
「バカで良かった!」ゆいすんさん?!ボクもそう思ったけど口に出すのは違くない?!
「オメーがバカって言うな!」「お頭と俺らの関係や信頼があるからバカって言ってもいいんだからな!」「そうだぞ!赤の他人のお前に言われる筋合いねぇんだからな!」
「……あっ、そっすね。はい、すみません」
ゆいすんがなんか普通に説教されて普通に謝ってる。
……なんだこれ?
「はぁ、お前ら、もうお遊びは終わりだ。いいか?コイツらは来たばかりの転移者、つまり『ジョブ鑑定』もしてねぇんだから『スキル』も使えねぇだろ?」
「あ!」「そういうことか!」「なるほど」「ってーことはコイツらは……」
「「「雑魚!」」」
「……くっ」バレた。
いや、おそらく最初からバレてはいたが、確定された。
「なんか手はないの?!アンタ、オタクなんだから異世界転生?とか詳しいんじゃないの?!普通こういう時どうやって切り抜けるか分かるでしょ!?」
「……す、すみません。ボクはオタクってほど好きなものも詳しいものとかも無いんですよ」
言うなれば……ゆいすん、アナタくらいなものです。なんて言えるはずないし、言ったところでボクらにはもう時間がない。
「へへっ、楽な仕事だぜ」「ジョブ無しの相手なら何のリスクもねぇしな」「まるでボーナスだな」「無駄に追っかけた分、楽しませてもらうぜ?」
山賊たちは武器を舐めたり舌を出したりと言った、よくありがちなパフォーマンスでボクの不安を煽って楽しんでる。
「……ボーナス?」
……?ゆいすんが何か言った。
「……ボーナス!ボーナスって言ってた!ほらほら、あの変な光の球が言ってたじゃない!ボーナスをあげるだとかなんとか!アレの出番でしょ!いつ使うの?今でしょ!」
…………言ってた。
何でそんな大切っぽい事を忘れていたんだろう。
あぁ、あの変な親子喧嘩みたいなの聞かされたからか。
「なんだぁ?何の話してやがる?」「ボーナスだぁ?」「んだそれ?異世界の魔法みたいなもんか?」「……だとしたらヤバくねぇか?」「お頭!どうします?!」
「オメーら!今更こんなガキにビビんなボケ共!数の優位があるんだぞ?」「でも、お頭!鑑定してないからって、ジョブ無しとは限らないのでは?!」「そ、そうだ!自覚してないだけで戦闘系のジョブだったら……」
山賊たちは勝手にザワザワし始める。
……今のうちに思いついたモノを試すだけやってみよう。どうせ何もしなかったら……ボクらは……。
「すぅ、……ステータスオープン!スキル発動!鑑定!魔法発動!ファイア!ウォーター!ウィンド!サンダー!……ブック!……トリガーオン!……卍か――」
「――何も起きねぇじゃねぇか!」
山賊のお頭が叫ぶ。
「「「ガハハハハっ!!」」」
「何してんのアンタ……」
山賊たちは揃って腹を抱えて笑い、ゆいすんは頭を抱える。……ボクはただ恥をかいた。
「笑わせてもらったよ。……んじゃ、もう終わりでいいな?捕まえろ、できるだけ怪我なく、な」
ボクらを威嚇する様に指を鳴らす山賊たち。
「……クソクソ!なんなよ……私が何したってのよ……」
「ボーナス!ボーナス出ろ!ボーナス!」
だめ、出ない、なにもない。
捕まった後ボクらはどうなるんだろう。人売り?奴隷?考えるだけで気が滅入り、吐き気を催した瞬間だった。
「キサマらが討伐目標の山賊か?」
山賊のものでも、当然ボクらのものでもない、爽やかで艶やかな声が急に聞こえてボクらは辺りを見回す。するとサラサラとした長い金色の髪に泣きぼくろが特徴的な青い眼の男性が大きな剣を携え仁王立ちをしていた。
「イケメン剣士?!」
今日一の大声かつ何トーンも上がったゆいすんの声に反応し、横を見ると両手を握り、祈る様なポーズをとるゆいすん。
その目は、その声は、まさに恋する乙女のようで……。
どうしてこうなった。とボクは叫びたくなった。