脈動
『ドクンドクンッ!』
心臓が血液を送り出そうと力強く動いているのを地に付したまま感じる。地鳴りが起きてると錯覚するほどだ。傷口から溢れ出た漆黒の血溜まりに倒れ込みながらボクはそんな事を考える。
レオナやアヤメ、エヴァさんもきっと馬車の奴らと戦っているのだろう。誰も寄って来てはくれない。
《最期の時》も1人だなんて実にボクらしいじゃないか。……自虐的すぎるな。
――それにしても、どれだけ深く切られたらこんな風に…………。
………………。
「いや!出過ぎだろ!!」
思わず大声を出して、地面に寝転んだまま上空へ向けてツッコミをいれる。
「なんだコイツぅ?!」
「生きてたのか?!」
「コレほどの出血で?!」
馬車の男達が驚きの声をあげる。それに関しては全くの同感でございます。
こんなもん、絶対生きていられない量の出血ですもんね。
「サダオっ、アンタ……」
「『塩』の回復が間に合ったでござるか?!」
「そうでしょうか?私にはカケラも動けないほどのダメージに見えたのだけれど……」
『ドクンッドクンッ!』
脈動がさらに加速するのを感じる。
ドス黒く地面を染め上げた血溜まりの中、ボクは1人冷静に状況を理解し始めた。
このバカみたいな量の血溜まりは血じゃない。
「……《醤油》だ」
そう。これは《醤油》。いくら切られたとはいえ、ここまでの量の出血はおかしい。まぁ切られた瞬間に今まで召喚できなかった《醤油》を召喚できる様になるのもおかしいし、なんだったら切られて醤油が出てくるってことがまずおかしいんだけど。
……《醤油》はそもそも大豆と小麦、それに《塩》を使って出来てる。だからボクは、レオナを庇う形で思いっきり切られたにも関わらず今こうしてピンピンしているのだろう。
……ボク以外の全員が止まってる。
「『時を止める魔法』か。嘘みたいだな。まるで某奇妙な冒険だよコレは」
原理は知らない。多分、考えても辿り着けないだろう。
でもなんとなく理解できた。
《塩》や《砂糖》《お酢》のような『食べるだけで発動する能力』が《醤油》には殆どないんだ。あっても《塩》の下位互換程度。
「かわりにこうして『時を止める魔法』、言うなれば時魔法とかそういう類のものが使えるわけか」
ボクを切った十字傷の男、その仲間達。
目と鼻の先まで近づいても何も反応してくれない。
……今のうちに武器を預かっておこう。
レオナ、アヤメ、エヴァさん。
動けない女性陣に近寄るのは良くないな。うん。
「それにしても随分と冷静に状況を判断できてるな、どうにもボクっぽくないぞ」
情けない話だが、普段のボクならもっと慌てて状況把握に東奔西走してるだろうに。
……まさかこれが《醤油》のチカラだったりする?『《醤油》にはリラックス効果、ストレス軽減、集中力を高める効果があり――』ってたいていの食べ物にあるやろそんなもん!!!
…………慣れない関西弁が出た。
「……落ち着こう。新しいチカラの目覚めでハイになってる。すー、ふぅー。よし!」
深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
はてさて、いったいどうしたものか?
「……とりあえず殴ってみるか?」
瞬きひとつせず、微動だにしない十字傷の男の前に再度立つ。
「顔怖すぎるだろ!」
ボクは大声でそう怒鳴りながら強く拳を握る。
「んー……ダメだ、殴れない!」
先ほどボクを切って来た相手とはいえ流石に人の顔面を殴れる胆力はボクに備わっていないらしい。……果たしてそれは胆力なのか?――という疑問は置いておこう。
…………。
とりあえず男達を必死に動かし、向かい合わせに設置する。これで上手くいけば洋画のワンシーンみたいに三者三様まっすぐ進んでぶつかり合うはずだ。
「……どうやって解除するんだ?」
……念じてみる?
「『解除』」
人目がないにも関わらず、一抹の恥じらいを感じたボクは囁く様に呟いてみた。
「うおっ!?」「ぐはっ?!」「いってーっ!!」
こちらへ向かってこようとしていたはずの3人が、綺麗にぶつかり合い尻餅をついた。
「はぁ?!」「なんで?!」
レオナとアヤメが驚愕の声をあげる。
エヴァさんの目が『これはあなたが?』とでも言いたげにボクをみてる。……気がする。
「詳しいことは後で聞くことにして、今のうちに縛りましょう」
恐ろしいほど冷静に状況を読み取ったエヴァさんが地面に両手を付くと地面から木の根が生えてきて、「オメーのせいだろ」とか言いながら喧嘩している男達を捕えた。
「なんだコレは?どうなってる!」
「くそっ!木の根か?ちっ、エルフの魔法か!」
「ちけーよ!顔がちけぇ!捕まえるにしても、もっと離してくれ!オッサンの顏がちけぇんだ!」
「拙者達からすると全員オッサンに見えるでござるよ」とアヤメが血も涙もない言葉を放った。
「これで憲兵に引き渡せるね。……誰か馬車の運転はできる?」
「……?サダオさん何を言ってるのですか?私は城下町生まれではないですがそれくらい分かりますよ?」となぜかエヴァさんが煽るような態度。
「……えーと、なにがです?」
「憲兵が捕えるのは『犯罪者』でござるよ?この者たちがそうだとは証明しかねるでござる」
「?いやいや、だってボクは切られて……」
「その証拠がないじゃないですか」
服には切られた跡、血もついてる。しかし傷口は触れてみたところで何もない。
「回復魔法で完治したと言ったところで信じてもらえませんよ。普通そこまで治りませんから」
『……ちっ、思いっきり踏み込んで切ったってのに、もう治ってやがるのか!?忌々しい異世界人め』
十字傷の男が恨みったらしくボクを睨みつける。
「回復力の強さが仇となりましたね」
「……おい!憲兵に渡せねぇのは理解してんだろ?さっさと解けよ」「そーだそーだ!」
「うーん。なにがあったかは分からないでござるが、何もできずに捕えられたにも関わらずこの態度。下っ端感がすごいでござるよ」
「『マダム』という単語に貴女たちが反応してたように見えたのですが、知り合いなんですか?」
「あぁ、それはでござるね。――」
アヤメがエヴァさんに『マダム』との因縁について説明を始めた、その横でレオナがまるで親の仇かのように木の根に絡み取られた男達を睨みつけていた。
「……そう言えば、レオナが言ったんだよね?憲兵に突き出すって。でもさ、ダメみたいだよ?証拠がないんだって」
「………………」
「……えー?無視するようなタイミングじゃなくない?…………え?本気のやつ?どうしたの?」
ボクの言葉は無視されたのではなく、届いていない様子。……マダムに騙され、戦斧ティグレを奪われかけた過去から来る怒りにしては……強すぎる。
「コイツらはここで殺すべきだ、とあたしは思う」
レオナの冷たく、重い一言に、全員が口を閉ざして息を呑んだ。口汚くコチラを罵っていた男達さえも……。




