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シンリン教


『森林教』、レオナが生まれてすぐ捨てられた修道院の母体となる宗教集団の名前だ。

 そもそもこの世界は魔物(モンスター)、魔獣、魔族、魔王なんてものまで存在するし、エルフやら吸血鬼(ヴァンパイア)だのなんてのも存在するのだ、宗教というものが流行る下地があるとは思えない。

 その証拠という訳ではないが、森林教も別に某かを象徴として崇めるものでなく、森やら林なんかの自然を大切にしないと人類(エルフなどの亜人も含む)が生きにくい世界になるよー。という教えだったらしい。


 王都への帰路を足取り重く、借りてきた荷車に荷物を乗せ、それを押しながらアヤメは説明してくれた。


「そんな柔らかい感じの考えを持った人やエルフたちには思えなかったけどなぁ」

 というのがボクの率直な感想。ボクの言葉に荷車を後方で押すアヤメも「同感でござる!」と強めに同調した。

 

「……大婆様っていたでしょ?あの方が教祖様なんだけど、1000歳を超えてるんだって――」

「……はぁ」思わずため息混じりの相槌を打つ。あまりにも突拍子もない数字すぎて……。

「エルフとはいえ、ずいぶんと長生きでござるな」


「――あの方は『助言師(コメンター)』っていう古のジョブらしいんだけど、長年の研鑽で《未來視》っていう能力を得たらしいの」

「……《未來視》でござるか?」

 1000歳、つまり1000年も生きたのか。

 途方もない歳月だ。想像もつかない。

 ボクは未來視とかいう飛んでも能力よりも、1000歳以上というワードに頭が支配されていた。


「サダオ殿ー?聞こえてるでござるか?」 

「え?!あぁうん、もちろん。えーと未來視だっけ?言葉の響きから想像すると、予言予知とかその辺のチカラなのかな?」

 凄いな、……ボクなんかよりよっぽど異世界チートスキルみたいだ。


「もし本当に未来が見えるのなら今日、拙者達がくるのも分かってたでござるか?だとしたらサダオ殿に質問する意味も、謁見させる意味もないではござらぬか?」

 なるほど。アヤメの言う通りだ。

 ……まぁきっとそんな都合よく未来が見えないとかいう話なんだろう。


「大婆様の《未來視》は『崩壊の未来』だけを見ることができる、らしいんだよね」

 ほら来た。怪しい話――。

「――え?崩壊……?」


「信じられないのは分かるけど、過去に何度も魔王の復活場所やモンスターの侵攻。国家の暴走なんかも未來視で予言して防いだ過去があるんだって。だから大婆様の未來視は森林教徒の中では疑うような理由がなくて――」

「崩壊って……?」

「そんな危険が今あるでござるか?……まさか復活したと言われてる魔王が!」


 復活した魔王、『魔王アスペルギウス』だったか?ボクのような一介の底辺冒険者には逆立ちしても関係のない相手だからとたかを括って、大して調べてないんだよな。


「いや、……崩壊の原因は『クレッセント王国』って言われてるんだよね」


 ……クレッ……ってそれはボクらの生活する王国の名前じゃないか!?

「そんなバカな!なぜクレッセント王国がそんなことを!?ただの小国に過ぎないはず!…………でござろう?」

 テンパって語尾を忘れかけるアヤメ。

 彼女からしたら生まれ育った故郷なわけだし、この反応は当然か。そういう意味では淡々と告げたレオナの方が少し違和感があるかもな。


「予言についての詳しい話は……正直言うと、あたしはちゃんとは聞けてないんだけど、そういう理由で大婆様はあたし達と会ったんだと思う」

「……話はわかった、けど、それって繋がってる?なんか飛んでない?あの、大婆様とやらがボクに会う理由が結局よく分からないんだけど……」

 ボクは急に重くなった荷車を引く腕に力を入れる。

 背後を振り向き確認するとアヤメが少し離れた位置で立ち止まっていた。きっと動揺し、そのまま固まっているのだろう。


「アヤメ!大丈夫!?」

「…………大丈夫でござる!」


 戻ってきたアヤメが荷車を押してくれてまた進み出した。

「大婆様たちは《予言の時》がきたとき、王国に対抗できるだけの戦力が欲しいんだと思う。あのエルフ様、えーとエヴァさんだっけ?あの人がランディなんたらって冒険者のパーティにいたのも同様の理由じゃないかな」


『まぁあくまで推測だけどね』とレオナは小さく付け足した。

 (自称)勇者ランドールとその仲間をスカウトするためってことか。それがエヴァさんに課せられていた『役割』?


「つまり、ボクはそのお眼鏡に叶わなかったってわけか……。だとしても酷い態度だったなぁ」

 某店員の言葉を思い出したよ。

「そうでござる!いくらなんでも横暴にもほどがあるでござる!別室に拙者たちを連れて行った時の扱いも酷かったし、2度と会いたくないでござるよ!」

「それについては何の擁護もできない。でも多分あそこにいたエルフ様や人は大婆様の予言を信じきってるから――」


 なんとなくレオナの言い回しからは『信じきれていない』という曖昧な感じが伝わった。

「――あの場でなにか反論したり、文句を言ったらどうなってたか……」

 確かにそうだ。あの時はよく知らなかったけど、今色々聞いて思うのは、何もしなくてよかったってこと。ムカつくはムカつくけど、我慢できて良かったってことだ。


 まぁボクはああ言う時になにか言い返したりできるタイプの人間じゃないんだけどさ。


 ……はぁ……。

 忘れよう。今日のことは忘れて、また頑張ろう。《ハズレ》扱いなんて、もう誰にもされないくらいの人間に成長しよう。

 落ち始めた陽を見ながらボクはなんとなくそんなことを考えた。


 ――――――


 火が落ちきる直前、王都まで残り三割か四割といったところでボクらは野営の準備を始める。

 残念ながらエルフの村では補給の一切が認められなかったので、川から汲んだ水を煮沸。道中集めた木の実で空腹に泣く腹を誤魔化すしかできない。


「そういえば……こっちにくる前、なんかこの辺は危険だと話してたけどアレってなんだったの?思ってた以上に平和なんだけど……」

 (道中は)という一文は隠しておく。しかし、まさか道中よりも村に着いてからの方が大変だなんて思いもしなかったなぁ。


「『バイソンパイソン』のこと?」

「『バイソンパイソン』のことでござる?」

 焚き火に当たりながら暖をとる2人が殆ど同時に答えた。

「……バイソンパイソン?」

 なんだその(バイソン)(パイソン)をただただ足したような頭の悪い名前は。

 どっちだ?果たして牛と蛇、どっちにどっちが吸収されてるカタチになるんだ?


「こう、毛が凄い、モワッとしてる毛むくじゃらで――」

 バイソンが主体か。

「カラダがこう、うねってる感じでござるな」

 ん?蛇のカラダ?毛の生えた蛇?

「羽が生えるよね」

 ん?……んん?!キマイラ的なものか?

「ツノもあるでござるな」

 顔はバイソンか。

「結構小さいよね」

 んん??大きさはパイソン系?

「そうでござるな。脚が多くて……」


「脚?!脚が多いってどういうこと?!」

「何急に騒いでんの?もう暗いんだから静かにしてよ。目立つとモンスターがやってくるじゃん!」

「ご、ごめん」

 レオナの優等生モードは未だ完全には解けていないらしく、真っ当な注意を受けた。


「そりゃ脚が多いでござるよ。バイソンパイソン小型の虫系モンスターでござる」


「虫?!え?牛と蛇の間じゃないの?!」

「うるさい!」

「うるさいでござる!」


「……いや騒いだの悪いけど、そのバイソンパイソンとやらも悪いよ!どう考えても『尻尾が蛇でコカトリスの牛バージョン』か『頭が牛で下半身が蛇のナーガっぼいの』を想像しちゃうもん!」

 まぁそのどちらも羽が生えてるってところから候補落ちしてたんだけどね。


「夏になる前に繁殖期を迎えて農作物なんかを食い荒らす悪いモンスターでござるよ。この辺りには大量に湧いて、それを倒すだけのクエストが農家の方から大量に出されるのが例年のことでござる。拙者も猟師時代に何度も助太刀にいったものでござる」

「唯一の救いが結構美味しいことだよね。地域によっては食べないらしいけど」


 ……イナゴかな?

 昆虫食かー。ボクはどうだろ……、試したことないや。

「今の時期はもう大人しいから――」

  


『グルルルルッ!』

 そんなことを話しながら野営の準備を終わらせ、3人で仲良く焚き火を囲みながら煮沸した水にボクの召喚した《塩》を入れて飲んでいた、その時。


 まるで怪物が威嚇するかのような音が夜の闇の中から聞こえてきた。


「敵襲っ!?」ボクは反射的にその言葉を口に出し、金平糖を手に取った。

「ウソっ?!こんな見通しのいい場所で?!」

 レオナは戦斧を構える。

「何の気配もしないでござるよ!?」

 アヤメも一応、腰につけた矢筒に手を当て短矢(クナイ)を取り出せる状態で周りを見回す。


「いやー恥ずかしいですね。もしよかったら食料分けてもらえたりしますか?今、聞いてもらった通り空腹で倒れそうなんですよ」


「「「は?」」」

 引いてきた荷車に置いた、荷物を濡れないようカバーしていた大きな布の下から現れた人物が頭を掻きながらそんなことを言った。


「なんか頭が痒いのですが、もしかして……この布、ノミとか付いてます?最後にいつ洗いました?天日干しはしてますか?」


「…………エヴァさん、貴女なにしてるんですか?」

「いや、お恥ずかしい」

「質問の答えになってないでござるよ!」

「……なぜ、エルフ様がそんな汚いところに?!」


「……話せば長いのです。ですが……もう、空腹が……限……界……」

 そう言ってエヴァさんは立ち尽くしたまま微動だにしなくなる。

「まさか気絶!?」

 レオナが悩む間もなく近くへと駆け寄る。

「食べ物はっ?!」

 目をカッと見開いたエヴァさんが荷車から上半身を投げ出しレオナの眼前に迫る。

「あ、あたし達もなにも食べるものがなくて……」

「な、な、な、……なんという……」


 絶望。

 こんなにコロコロ表情が変わる人だとは思っても見なかった。役割とやらから解放されたとはいえ、ここまで短期間で変わるものなのか?というかコチラが素なのか?


「……いつから乗ってたでござるか?」

 というアヤメの至極真っ当な質問をエヴァさんは無視して固まる。

「…………まさか食べ物渡すまでこのままってつもりなんじゃないですよね?」

 ボクの質問も当然無視される。

 仲間達以外からの無視は少し堪える。


「……どうするでござる?」

「どうもこうもないでしょ……こんな暗闇の中、土地勘もない場所で食料なんて探さないよ」

 危険だし、そもそも不可能だ。


「あたしはやる!」

 レオナはなぜか鼻息荒く、やる気満々と言った面持ちだ。

「危険でござるよ。土地勘もないし、そもそも手頃な相手に出会えるよりも危険な相手の方が多いでござる!」

 アヤメも概ねボクと同意見だった様子。


「……こういう聞き方が正しいかわかんないんだけど――」

 ボクはボクなりに言葉を選びながら慎重に訊ねる。


「――レオナはどうして、そんなにエヴァさん、じゃないのか……エルフの人たちに尽くそうと思うの?」


 森林教がエルフの人たちによって作られたものってのは聞いたけど、その教義については詳しく知らない。知ろうとしなかった。

 その中にもし『エルフに尽くすべき』みたいなものがあるのなら、ボクはそれを健全とは思えない。

 

 でも、かといってコチラの世界での価値観に意を唱えたいわけではない。コチラにはコチラの歴史と文化があって、よそ者のボクに口出す権利があるとは思えないからだ。

 なので慎重に言葉を選んだ。

 ――つもりだった。


「信徒だから。森林教に救われたから。修道院がなかったらあたしは今生きてなかったから。それだけ」


 ……正直、ボクの育った環境からすると理解しきれない返答ではあった。

 でもそう言ったレオナの目は強く輝いていたのでボクは思わず口を吐きかけた言葉を全て飲み込む。


「わかった。ボクも手伝うよ」

「ええっ!?今の流れでそうなるでござるか?!」

 宗教にてんで興味の薄そうなアヤメは驚いた様子。いや、レオナも目を丸くしていた。


「くだらない説教とかするのかと思った。この国は……宗教嫌いな人多いから」

「ボクは異世界人だよ?」


「……あぁ、忘れてた」


 そう言って斧を肩に担いだレオナ。

 小言を言いながらも短矢を取り出したアヤメ。


 ……とくに何も武器のないボク。

 3人で夜の狩り(ハント)が始まった。


 

「なんか無駄にカッコつけてない?」

 ……人の心を読むな!


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