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スラム 中

スラム 中

『グオゴオオオオオ!!』

 二足歩行で筋骨隆々の肉体に牛の頭、その手にはレオナの戦斧に少し似た武器を持った化け物がボクの目の前で雄叫びを上げる。

 

「ぶっ殺せー!」「はっ倒せー!」「食っちまえ!」

 観客は口々に汚らしい言葉を叫び、大盛り上がりの様相。ボクの股間が濡れてるって?バカ言うな。

『グゴオオオオオッ!』

 こんな目と鼻の先で化け物が牙を剥き出しで吠えてるんだ、誰だって漏らすだろ?何もおかしくない、むしろ《小》だけで済んだことを褒めてほしいね。

 

「サダオ殿ー!逃げるでござるー!」

「どこに逃げるってワケ?!こうなったら塩でも砂糖でも召喚して目潰しとか――」

 アヤメとレオナの声が罵声に紛れて聞こえた気がする。カクテルパーティ効果……は違ったかな。あゝ今際の際になってもっと勉強しておけばなんて思うとは……、こちらの世界来てから一度も――。


「――ていうか、なんで頭が牛なのに牙が生えてるの!?キミって草食――」

 コレがボクの末期の言葉だった。

 ガブっガブっ!ボクは死んだ。チーン!



 ――こんな事になった発端は昨日の昼頃、スラムの入り口でオニキス卿と別れた後に起きたのだった。


 ――――――――


「思ったより普通でござるな」

 アヤメは辺りを見渡しながら、ボクに同意を求めてくる。本音を言うと同感だ。だが、それを口にしたら足元を掬われる、そんな不穏な空気が漂っている。


 コレがスラム……。 

 ボクの生活圏では見かけない、地べたに寝てる人や座り込み、虚空を見つめてボーっとしてる人なんかが『スラムっぽさ』を演出しているが、それ以外は特に……。だめだ、油断しそうになる。


「家とか建物がボクらのところと同じ感じだから、あんまりスラムっぽく見えないのかもね。もっとツギハギだらけのほったて小屋(バラック)に住んでるのかと思ってた」

「……バラック?は知らないでござるが、確かに街並みそのものは向こうと変わらないでござるな」


「アンタら、この辺じゃ見ない顔だね。なにか探してんのけ?」

 ボクらは不意に、杖をついた年配の女性から声をかけられ振り返る。そこにいたのは至って普通のお婆さんだ。少なくともボクにはそう見え、アヤメも同じように認識したのか、相手を確認してすぐ腰の武器を取り出すのをやめた。


「なにか探してるのけ?」

 ボクらの探るような目を無視してお婆さんは会話を繰り返す、……ボクはアヤメに目配せをし、アヤメは無言で頷いた。

「はい。……人を探してます」

「たぶんでござるが、ここへ来てると思うでござる」

「…………?アンタぁ、ずいぶん変わった喋り方だねぇ?え?それによく見たらそっちのメガネはコッチの人間じゃないね?」


 いひっ、と僅かにだが、お婆さんの笑い声が聞こえた気がした。もしボクの聞き違いでないなら……ずいぶんと醜悪な笑い方だ。


「アンタら、ついてきな。人探しが得意な人んとこに連れてってやんよ。アテもなく探すよりは良いはずさ」

「ありがとうござい――」

「待つでござるよ!サダオ殿、いくらなんでも貴殿は人が良すぎでござる!」

 お婆さんの背中について行こうとしたボクの腕をアヤメが力強く引っ張り、ボクは足を止めた。

 案内する気まんまんで少し先へと進んだお婆さんは振り返らない。

「いくら要求する気でござるか?拙者たちは見ての通り、大した額を持ってないでござるよ」

 なるほど、後から金品を請求する感じのやつか!海外の観光地みたいだな。


「……なぁに、ほんの少しさ。銀貨2枚、それだけ貰えりゃここじゃ飯に困らないのさ。いひっ」

 銀貨2枚……、元の世界換算でおおよそ2万ってところかな。うーん、決して安くはない。けど……「払えない額じゃないね」ボクは小声ではアヤメに言う。

 

 アヤメ加入以降、ボクらはほぼ毎日クエストを受け、問題なく成功してきた。討伐系のクエストもやって討伐報酬もあるし、何よりボクには調味料召喚で稼いだ副収入がある。


「……前払いで。あとから増やすのは無しでござるよ」

「はっ、お嬢ちゃん。頭が回るみたいだけど、いつか足元掬われるけ、調子に乗らない方がええよ」

 お婆さんは先程までと雰囲気が豹変し、どことなく嫌味な老婆に見えてきた。


「……ふん、たしかに銀貨2枚。これ以上()()()がアンタらに請求することはないよ」

 そう言って老婆はどこかへ歩き始める。

「……別の人が請求するってことかな?」

「まぁ間違いなく、そうでござるな」

 不安は消えないが、とりあえずでボクらは老婆の後を追う。


 老婆は見た目よりも足腰強く、どんどん奥へと進んでいく。街並みそのものは見慣れたものと遜色ないのだが、奥に行くにつれ、何年も補修されてないであろうボロボロの建物が増えていった。

 最終的に、どこをどう曲がったか分からなくなるほど曲がり、廃墟感漂う建物に囲まれた場所で老婆は足を止めた。


「ここに入りな」

 老婆は行き止まりを作っている建物の壁に近寄り、傍目からは目立ちにくく加工された布のようなものを外すと、扉が現れた。

 

「隠し扉か……ちょっとワクワクしちゃうな」

 不謹慎だが、スラムの突き当たりに布で隠された隠し扉だなんて、なんとも言えない趣がある。

「異世界人はキモがすわっとるの、いひっ」


 ボクらは暗がりの階段を降るが、老婆は入り口から動かず、そう言った。

「罠としか思えないでござる。こんなリスク本当に負う必要があるでござるか?」

「ボクもそう思う。でも、行くアテもなく彷徨うよりは前進してると思わない?」

 老婆が扉を閉めたのか、灯りが消え、足元が見えなくなる。

「……松明――」

「――必要ない」

 背嚢から光源を出そうとした瞬間、階段の下で扉が開いた。

「こい」

 ランタンをもった大柄な男が端的にそう言って歩き始め、そのあとをボクらは無言でついていくと、洞窟のような作りの道を進んだ向こう側から明かりが漏れてきた。


「地下にこんな空間があるなんて想像してなかったでござるよ」

 アヤメが言うとおり、ボクも想像してなかった。でも、どこかで見たような……。

「……地下水路?」

 

「あぁそうだ。よく分かったな!使われなくなった、古の時代に作られた置き土産をこうして我らが再利用してるのさ!賢いだろう!?そうだろ?」

 

 髪を後ろ手に結んだ三十路そこそこくらいの男性が、歓迎する!とでも言いたげに座りながら両手を大きく広げたポーズをとっていた。

 ここは他よりも少し広くなった場所に、こじんまりとした、だが、まとまりのある生活空間。机に椅子、食器棚にカマド、ダイニングキッチンかと見紛うほどだ。

 

「ポートマン、チェダーにご褒美をやれ」

「はい」

 ポートマンと呼ばれた、ボクらをここまで案内してくれた無口な、大柄の男性は棚からチーズを取り出し座り込んだ。

「ネズミ?」

「チェダーはただのネズミじゃない。あの子がお前らの来訪を知らせてくれたんだ。な?そうだろ?」

  

 座った男はスラムらしからぬ高そうな服に、片方だけのメガネ。モノクルとか言ったか?をかけて、これまた高そうな杖でボクを指した。

「お前、異世界人だな?転移者って言うんだっけ?ふん、どちらでもいいさ。で?お前らは何の用があって、この『グラスマン』に会いにきた?」


「グラスマン、どこかで聞いた名前でござる。……たしか、《情報屋》だとか誰かが――」

「――《情報屋》?そんな職業がこの世界に?」

 情報の価値なんて近代、とくに世界大戦以後になってから評価されたものだと勝手に思っていたが、どうやらボクの勘違いだったらしい。


「で?何が知りたい?金さえ貰えれば、知ってることなら教えてやる。どうだ?」


 グラスマンは指を擦りながら立ち上がり、こちらに詰め寄る。

「い、いくらですか?」

「……あ?なんだその質問は!まさかこのグラスマンの元へ来るのに、充分な金を持ってきてないとでも……、いや待てよ」

 杖を片手に辺りをぐるぐると回り始めるグラスマン。無口な大男はネズミを撫でてる。

「……この時間はなんなんでござるか?」

「わからない。とにかく待とう」


 ……ぶつぶつ、と独り言を言いながらおそらく、考えをまとめようとしているグラスマンは『そうか』と閃き、立ち止まった。

「お前がいっとき話題になっていた『塩の召喚術師』か。なるほどそうかそうか。()、この国に転移者は1人だったな。お前は確か冒険者で、まだブロンズなんだよな?そりゃ金がないわけだ!」


 あっはっはっーと高々に笑い、グラスマンの声が反響する。

「……嫌な感じでござるな」「同感」

 このままだとボクとアヤメは嫌悪感を隠しきれそうにない。――さっさと帰るか……、いや、おそらく我慢してでもここに残るべきだろう。


「お前、塩と砂糖が召喚できるんだろ?それ以外だと何が出せる?レパートリーは増えたか?」

「っ、なぜそれを……」

「このグラスマンは情報屋だ。たいていのことは知られてると思えよ?そう、お前が本来は三人パーティなのも知ってるさ。……あぁ、それがお前らの知りたいことか。そうだろ?」


 ――蛇だ。

 ここは光源があちこちに置かれているから暗くはないが、近寄るまで気づかなかった。このグラスマンという男の瞳がまるで蛇のようなものだということに……。


「ん?リザードマンを見るのは初めてか?エルフとは会ったんだろ?あぁ、吸血鬼も会ってるはずだ。アイツらと同じさ。お前らの言葉で言うなら《亜人》。そうだろ?」

「……」突如、グラスマンはアヤメに向かって首を傾け、アヤメは無言で目を逸らす。

「な、なにを……」

 アヤメを睨みつけるグラスマンに向かってボクが手を伸ばすと、今度はボクの眼前に顔を近づけた。

「差別と偏見の話を今するつもりはない。……で?どうだ?新しい、別の《調味料》は召喚できるようになったのか?」

「……まだ、できない……」

「………………」

 グラスマンは無言でボクの全身を舐め回すように観察する。これも今更気がついたが、グラスマンは時折、唇の隙間から細く長い舌を覗かせている。先が小さく枝分かれした舌。一部爬虫類のそれを連想させる。……リザードマンって……そう言う……。


「ウソと本当が混じってるな。理由はなんだ?まぁいい、塩と砂糖をツボいっぱいに入れろ。そしたら話してやるよ。お前らの大事なお仲間のことを、な」


 ――――なぜ知ってる。なぜ気づいた。

 誰にも話していないのに。

 見られていないはずなのに。

 ボクが今、実は3()()()()召喚をほぼ成功してる事実に。


「……召喚」

 ボクはポートマンの運んできた中型のツボ二つに、それぞれ塩と砂糖を目一杯召喚した。今までで最も多い量を召喚したので多少疲れたが、グラスマンは目を丸くして『素晴らしいな。さすがレベル6と言ったところか』と褒めてくれた。……たぶん褒め言葉だよね?


 2人はツボから塩と砂糖を少しつまみ、口へ運んだ。 

「ふむ。問題ない、いや素晴らしい、完璧だな。ポートマン、お前も食べてみろ……どうだ?完璧だろ?そうだろ?」

「うす」

「ほう、味にうるさいポートマンをここまで唸らせるとはお前やるな異世界人!…………ふん、分かってる。対価を払えと言うのだろ?そうだろ?」


 グラスマンは1人で勝手にテンションを右往左往させている。

「お前らのお仲間は『ボーダーランズ』で()()()()()に出ようとしてる。出たかどうかはまだ知ら――」

「――コロシアム?!そんなッ!……死ぬ気なのかレオナはッ!?」

 グラスマンから語られた内容に、珍しく感情を露わにしたアヤメが、普段の語尾を忘れて机を両手で叩く。


「コロシアム、……そこにレオナが……」

「あぁ間違いない。このグラスマンの情報は『知らない』か『正しい』かの常に二択だ。そうだろ?」


 コロシアム、ボクの知ってる言葉と同じような場所を指すなら、なぜそんなところに?そして『ボーダーランズ』とは……?


 

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