スラム 前
王都は広大な平原にあるちょうどいい丘を利用して造られた。と聞いたが、普段ボクが生活する区域が特に平坦なものだったので実感がなかった。
しかし、こうして普段通らない場所を歩いていると、その階段、坂の多さに驚かされる。
ギルドハウスのある通りを王城側へ進み、城を背負う形で進む途中、いかにも高級住宅街といった区画があり、そこの住民らしき高そうな服を着た人たちとすれ違うたび『転移者?』『ほら先月、話題になった《ハズレ》の異世界人でしょ?おーほっほ!』などと聞こえるよう言われた。
この街に来てすぐ、お城で行われた《ジョブ鑑定》の様子を知られていたらしい。笑い話として語られたのだろう。
「……ごめん、ボクのせいで」とついでに笑われたアヤメに謝罪の意を伝えると「サダオ殿のジョブはちょっと特殊でござる。それゆえに理解されないのは仕方ないでござるよ」と慰められた。
(嫌味な)高級住宅街を抜けると、見慣れた庶民派な街並みが現れる。さらに歩き続けると、これまた普段は来ることのない、何処となく暗い雰囲気の場所が見えてきた。
間違いなくこの先がスラムだろう。
《この先、不用意に立ち入るべからず》と書かれた看板があちこちに設置されてる。
『よほどの用がない限り王都南部へは行くな』とギルバートさんに言われたことを思い出した。今がそのよほどの用だ。
「……こんな場所にレオナが?」
「それを確かめに行くでござるよ!」
「……あのさ、一応聞いておきたいんだけど、アテはあったりする?」
「……とにかく探すしかないでござるな」
出たとこ勝負ってわけだ。他に選択肢があれば呆れたかもしれないが……。
看板の横を通り、建物と建物の間を抜けようと、一歩、たった一歩踏み出しただけで声をかけられた。
「へへっ!お嬢ちゃん、こんな場所になんの用だい?」「馬鹿お前、言わせてやんなよ!」「ウリだろ?いくらで買って欲しいんだ?」「ヤらせろ!ヤらせろぃ!」
……ハハッ、っと乾いた笑いが出そうになる。というか出た。ボクらはなんの油断もしていないハズだったが、物陰から出て来た浮浪者らしき集団によって取り囲まれる。
「コイツらっ、……下手なモンスターより連携が取れてるでござるよ!」
自然とアヤメと背中合わせになる。ボクらもボクらで連携はバッチリだ。……問題があるとしたら、ボクは決して戦力ではないということ!
「げへへ、オジサンのモンスター見せちゃおうかな?」「てめーのはモンスターなんてシロモンじゃねぇだろ!」「……あれ?このメガネ、なんか変だぞ?」「あ?顔が平たいな?」
……顔平たいってまた言われた。こっちに来てから、たまに言われるけどアンタらコーカソイド系が立体的なだけだろうが!と言いたい。
元々はそんな事言われても『事実だし』程度にしか思ってなかったけど、コチラの世界に馴染むほど言われる機会が増え、ゆいすんの怒ってた気持ちも今なら少しわかる気がする。
「とまぁ、この先へ進むとこんな感じの奴らが山のようにいて、君たちに絡んでくるわけだが、本当に行くのかい?どんな事情があるのか知らないが、あまり賢い選択とは言えないな」
スラムには合わない綺麗な装いに、程よく日焼けした肌が映える端正な顔立ちの男性が背後から声をかけて来た。
男性の登場をみるや、浮浪者風の人たちはボクらを取り囲むのをやめ、男性の少し後ろへ移動し、纏っていた汚いローブを脱ぐ。
中から現れたのは……およそこの場に相応しくない、浮浪者とは思えない整った髪に、高そうな服を着た男性達だった。
「サダオ殿!これはどういう状況でござるか?」
予期せぬ事態に戸惑うアヤメは腰の武器に手をかけたままの姿勢でボクに訊ねてくる。正解はわからない。唯一わかるのは、……ボクがこの男性を知っているということだけだ。
「こ、これは、……寸劇ってことですか?オニキス卿」
ボクの言葉に乱入してきた男性、オニキス卿は目を丸くする。……どうやらボクのことを覚えていないらしいな。
「なぜ、あの少年はオニキス卿の名を?」「オニキス卿、お知り合いですか?」「卿は庶民の間で有名だから知っていただけだろう。もし知り合いなら今のスラムへ行くはずがない」「果たして異世界からの転移者が庶民なのかは甚だ疑問ではあるがな」
オニキス卿の少し後ろで、先ほどまで浮浪者を装っていた人たちが、まるで側近か近衛兵の様に振る舞う。というか多分、そうなんだろう。
オニキス卿は一人ボクの前に立ち、顔をジロジロと見る。
「ほう、私を知っているのか。……君、どこかで……?ん?……異世界人?…………そうか、君はあの時の!?」
「……サダオ殿の知り合いでござるか?」
どうやら危険な状況ではなくなったらしい、と気がついたアヤメは武器に手をかけるのを止める。
「……知り合い、かな?前に王城であったんだよ」
目の前のオニキス卿にボクのことを思い出させるべく、わざと少し大きな声でアヤメに返事をした。
「あー!そうだ、すまない!前に会った頃とずいぶんと雰囲気が変わったな!それに連れてる女性が前と違うから、すぐに気づけなかったよ!どうやら息災だったようじゃないか!良かったよかった!ずっと気にはしていたんだよ!」嘘つけ。
オニキス卿はそう言って力強くボクの両肩に手を乗せて前後に強く揺らしてくる。首が……っ、……ムチウチになっちゃう。
「……、オ、……オニ、オニオニオニキス卿もずいぶんと明るいというか、げげげん元気なご様子で……」この間もボクは揺らされてる事に留意して欲しい。意図してこんな話し方をしているのではないのだ。
「ん?そうか?私は常に元気だぞ!人間、元気が一番だからな!ハーハハハッ!」
「卿、あまり肩を振り過ぎるのは如何なものかと。このままですと少年の首を痛めてしまいますよ」
……オニキス卿の背後に控えた浮浪者風の人に咎められ、ようやく止まった。……力一杯肩を振られたせいで吐きそうだ。
「うむ、そうだな。そう言えば君と出会ったのは王城だったな。うむ、何と言えば伝わるか……」
オニキス卿は顎に手を当てて唸る。
「端的に言うなら、『王城にいたから』だな。我々はあの場で、あの場に合った立ち居振る舞い、言動を出来るか常に試されているのだよ」
「演じていた、ということですか……」
「憚らず言うと、そうなるな!」
前に会った時は丁寧な振る舞いの大人な男性だったのに、今は『頼れるアニキ分』って雰囲気だ。……こっちが素ってことなのか。
「演じると言えば、今の寸劇はいったいなんだったんですか?ボクらみたいな世間知らずをスラムに行かせないための一芝居、みたいな感じですか?」
「ほほう!よーくわかってるじゃないか!まさにその通り!最近この辺りの治安が今までの比にならない程に荒れていてね。被害者を増やさない為、こうして見回りをしているのだよ」
「芝居は卿の趣味です」「普通に声掛けるだけで良いと思ってます」「演じるのは恥ずかしいです」「そうか?俺は結構楽しいけどなー」
側近連中は一人を除いてあまり乗り気じゃないらしい。
「はっはー!いろんな意見があるな!屈託のない意見を交換できるのは良い組織という証だろう!な!」
「……」「……」「……」「はい!」
仲良さそうですね。
「で?えーと……、」
「サダオです」
「そうか、サダオ、君はなんの為にスラムへ?見たところ生活に困ってる様でもないし、裏の仕事で稼いでる様にも見えない。行く必要が本当にあるのかい?もし迷ってるなら住まいまで案内させるよ?」
どこまで話そうか、なんて疑問が浮かび、アヤメに助け舟を求める。が、……アヤメは直立したまま、まっすぐ前を見て微動だにしない。なんだこれ?固まってる?
「アヤメ、アヤメ!どうしたの?!」
「……卿ってことは……このお方は、お貴族様でござりますよね?拙者、お貴族様の前での振る舞いなんて知らないでござるよ……」
ものっすごい小声で震えるアヤメ。
「ふむ!間違ってはないが、私の前ではそんなに気にしないでも構わない。他の貴族の前では下手な事言わない方が良いのは確かだけどね!」
どうやら本人に聞こえたらしい。ずいぶんと耳が良い。
「そちらは君の恋人……いや、お友達かい?」
「いえ、仲間です。そして……実はもう一人仲間がいて、その一人がどうやら昨晩から帰ってないんですよ」
「……ほう、続けて」
側近の人たちにもボクの話を聞かせたいのか、オニキス卿は振り返り手招きをし、ボクらはまた囲まれる形となった。
「いなくなった仲間、彼女にはずっと『探してる人』がいて、ボクらは詳しく知らないんですけど、どうやらその人を見つけるのが至難らしく、ボクは勝手に諦めたか時期を待ってると思ってました。そしたら昨晩、ボクと歩いている時に、彼女が謎の老人に話しかけられて、いくらか言葉を交わした後、彼女はその人についていきました」
場の全員がボクの言葉を傾聴してる。
「そして今朝、……宿に彼女が帰っていませんでした。心配しすぎと思われるかもしれないんですけど、彼女はまだ成人したばかりでほとんど子どもだし、あの老人が……怪しくてスラムに探しに来ました」
「探し人か……」「表で情報が集まらなかったのなら裏へ行く、というのは道理だな。理解できる」「女性が一人でスラムへ?危険すぎるな」「え?じゃあこのメガネくん、男一人女二人で連んでるの?ズルくね?」
「なるほどなー。だからスラムで、その仲間の女性、もしくは連れて行った老人の情報を集めよう。というわけか」
オニキス卿はまたも唸る。止めるべきか行かせるべきか悩んでいるのだろう。
「サダオ殿、お貴族様との会話に割って入る形で申し訳ないでござるが、……その、拙者たちにはあまり時間的猶予があるとも思えないでござる……」
「うん。そうだね、ボクも同感。……そういうわけで皆さん、皆さんの活動は素晴らしいと思いますし、心配かけるようなことをしているのは心苦しく思います。でもボクらは行きます、失礼します!」
ボクは反論を待たず、勢い任せで頭を下げる。
アヤメもボクに倣い、頭を下げ、二人してスラムへと向かって歩き始めた。
その背後から「最後に一つ、聞いていいかい?」とオニキス卿。ボクらを止めるつもりはないらしい。
ボクは足を止めて振り返ると「今、君たちは仕事は何をしてるんだい?」と訊かれた。
「ボクたちは冒険者です」
そう、胸を張って言えた自分に驚いたんだよね。
「冒険者?」「強いのか?」「雑用係だろ」「あの女の子、ずっと変な喋りしてなかったか?」
側近連中は相変わらず好き勝手言ってる。
「なるほどな、見違えたのは自信がついたからか。よし、ここで逢えたのも何かの縁だろうし、コレを渡しておこう!」
オニキス卿はポイっとなにかを放り投げた。
「え、おっ……うげっ!」
空中でソレを取ろうと頑張ったけどうまく行かずボクは転んでしまった。
「大丈夫でござるか?!」
アヤメはすぐにボクの介抱をしてくれる。
「ウソ……」「鈍臭いにも程がある」「冗談にしては寒いぞ」「ほら!また言った!『ござる』って言ってる!」
「もし、自分たちだけではどうしようもない、助けが必要な状況に陥ったら、ソレを吹いてみるといい。確実に状況が好転する、とは言えないが、吹かないよりはマシな状況になるだろう」
……なんとも微妙な、不穏な言い回しで渡された《笛》をボクは転んだまま見つめる。
「じゃあ!生きて帰れたなら、また会おう!」
オニキス卿とその側近たちは振り返ることなく、その場を後にしたのを見送ってからボクは立ち上がる。
こうしてボクらは二人でスラムへと足を踏み入れた。本音を言うと、オニキス卿本人、もしくは側近のうち一人くらいはついて来て案内とか護衛してくれるかなって思ってたんだけど……現実はいつだって甘くないんだ。
そう、ボクの召喚する砂糖のようには……ドヤっ!
「なんかつまらないこと考えてるでござるな」
ボクのココロを読まないでほしい。
今年の目標を一月のうちに考えなきゃなって思ったんすけどちょうど達成できそうなのって思いつかないっすね。現実的に考えると届かなそうだけど『1万PV』もしくは『評価ポイント50』あたり目指します!




