三人
「レオナっ!そっち行ったよ!」
棒の横をすり抜けたモンスターはサイズから組みやすし、と判断したのかボクを無視してレオナのほうへ一直線に跳んだ。
「言われるまでもないって、ワケよッ!!!」
『バッゴーーンッ!』と、少し間の抜けた掛け声と共に、勢いよく振るった戦斧は敵へクリーンヒット。《ブリーフロッグ》と呼ばれる、ボクのいた世界でいうところのカエルによく似たモンスターをレオナは一撃で屠った。
ブリーフロッグは過去に交戦経験のある、ゴブリンやオールドラットよりも一段階上の敵、とギルバートさんから聞いていたが『砂糖バフ状態』のレオナならなんの問題もなく倒せてしまう。なんとも嬉しい誤算だ。
クエスト目標通り、これで三体目。
先に二体を運よく、一体ずつ見つけ、各個撃破できたおかげで聞いていたよりは苦戦せず終えられてよかった。
……唯一の問題が起きたのは今、倒した三体目の時だ。ボクらがブリーフロッグと戦ってると、何を思ったのか、ゴブリン二体が乱入してきたのだ。
アヤメにゴブリンの足止めを任せたのだが、いつの間にか二体とも倒れている。……アヤメの実力は見た目やジョブレベルからは計り知れないものがあるのだろう。
「ふぅ、ゴブリンどもが乱入してきたときはどうなることかと思ったけど、全員ほぼ無傷ですんで良かった。ね?」
レオナは戦斧を思いっきり空振りし、刃の部分についたブリーフロッグの体液を吹き飛ばしながら笑顔でそう言った。
この戦闘での負傷者は一名、……それはボクだ。
先の二体との戦闘中、攻撃を杖で受けた際に手首を痛め、その後の攻撃で脇腹を『舌』で殴られた。……カエルだから舌が長いのはわかるけど、舌で殴られるってどんな経験だよ。
とりあえず『召喚した塩』を舐めておく。『調理した方もののほうが、効果が大きくなる』とレオナは言っていたが、それはさっきレオナに渡し、かけらも残さず間食された。美味しかったなら良かったけどさ。
まぁこうして舐めただけでも、その内回復するだろう。
「相変わらず、流石でござるなぁ、レオナ殿」
「アンタの足止めも良かったよ。そのおかげでカエルに集中できたし。てゆーか倒してたんだ。スゴイじゃん!」
「いやいや、拙者はまだまだでござる。サダオ殿の用意してくれた『バフ効果のある食事』のお陰でござる。あれを食べると、運動能力向上のほかに、集中力が高まるのか普段よりも命中率が高くなるでござる」
「無理に褒めなくて大丈夫だよ。……それにしてもスゴイな。確かにボクがゴブリンの足止めは頼んだけど、時間稼ぎだけじゃなくて、倒しちゃうなんて、さすがに想定してなかったからビックリしたよ」
「2体だけでござるからな。相手はこちらが乱入に慌てるという前提だったのか、ずいぶん雑な連携でござったし。じゃあ拙者は解体してくるでござる」
アヤメはそういうと腰に付けたナイフを取り出し、小器用に回してみせる。スゴイより怖いが勝つ。
アヤメが正式にボクらのパーティに加入して2週間、つまりボクがこの世界に来てからひと月以上が経った。
前述の通り、レオナはバフによりスピードとパワーが上がった状態に慣れ、戦闘面での活躍が成長著しい。
アヤメはアヤメで、ボクらの中で定着している『ジョブによって得られるバフの量が変わる』という仮説のとおり、得たバフは少ないはずなのに戦闘において、欠かせないタスクを軽い調子でこなしている。
《蒼天一撃》アヤメ本人曰く、唯一使えるジョブスキルの名前がこれらしい。
矢が対象に当たると青い雷のようなモノが出てそれに当たった相手を痺れさせる。という代物で、ダメージ自体は中程度だが、一定の範囲に効果がある。
この一定範囲を痺れさせるという効果がとにかくウチにハマっている。我がパーティにおける最大火力のレオナはジョブ適性を無視して重い武器(戦斧)を使っているせいで、一撃は重いが連続攻撃には向かない。躱されたらなすすべがなくなる。そこでこの痺れさせるスキルがかみ合うわけだ。
それに、アヤメは物語上のキャラクター『疾風のアヤメ』とやらに悪い憧れ方をしているせいで、弓を使わずに矢を投げるという意味の分からない戦法を主としている。たぶん『クナイ』や『手裏剣』といったものがコチラの国でも分かりやすくなる様、改変されたのだろう。そのおかげで矢の利点である射程というものはほぼ無い。彼女は常に肉弾戦に近い距離で立ちまわっている。中遠距離系の防具でインファイト、傍から見たら中々に異常だろうな。
しかも弓で引くわけじゃないから威力が弱く致命傷には至りにくいというデメリットも内包しているのだ。……が、しかし、手投げなおかげで弓と違い連打は利く。それがまた彼女自身のスキルと相性が良いのだ。さすがに何十連発、とまではいかないが、三、四発連続で放られるソレ全てに痺れ効果付きの範囲攻撃というのだから、敵からしたらたまったもんじゃないだろう。
「ねぇレオナ、アヤメがボクらの仲間になってくれて良かったって思わない?」
「え?今それを言うってことは……解体役やってくれるからって事?まぁわかるけど」
解体作業に未だ慣れないボクらは戦闘終了後、付近の警戒、武器の手入れ。アヤメは一人、解体作業に従事するというのが現在のお決まりパターンだ。
「いやそれは、……まぁもちろん、それも心から感謝してるけどさ、そうじゃなくて!スキルとか含めた戦闘面の話のつもりだったんだけど」
「あー、うん。そりゃ助かるよ。何をいまさら?」
「今の戦闘、たとえ『ブリーフロッグ一体、ゴブリン二体』でもボクら二人だけだと苦労しただろうなって思ってさ」
「…………アンタがさっさと『魔法適正を付与する召喚』ってやつを身に着ければそんなことなんじゃない?」
……またその話か。
あれ以来レオナは事あるごとにその話題をあげてくるが、あの日以来、ボクの召喚した塩を摂取しただけで『水魔法が使えました』なんて話は聞いていないのだ。たしかに、あの日現れた水の壁は便利だし、ボクが属性魔法を使えたらな、とは思う。
しかし発動条件が未だ、何一つわからないのだ。……あまりに謎すぎてボクはアレを幻という事にしようとする始末。
「終わったでござるよ!」
アヤメが解体作業を終え、なんとも形容し難い液体に汚れた状態でコチラへと向かって歩いてくる。ブリーフロッグの体液だろう、見ようによってはウェット&メッシーなフェティシズムを刺激するかもしれない。
「臭そう……」
「それは言っちゃダメだよ」
ボクが汚れたり、臭くなるクエストから帰るとオリヴィアさんがギルドハウス前で門番をしているのは、こういう気持ちなのかな。
ボクは距離を置いて貰えるよう、手を前に出して『ごめん』と告げた。
瞬間、出した手のひらに周囲からなにか液体のようなものが集まり、アヤメを襲った。
「ちょ、っなにやってんのッ!?」
勢いよく飛ばされたアヤメに駆け寄りながら、レオナはボクに叱責を飛ばす。それを受けてから、ようやくボクは自身のせいで今の状況が生まれたのだと理解した。
「え?あっ、ごめん!大丈夫?!」
ボクは、必死に言い訳と謝罪の言葉を捻り出そうと脳をフル回転させながらレオナ同様、アヤメの元へと向かう。
「ぷっはー!スッキリした!……じゃなくてビックリしたでござる!臭いし、ベトベトだしで困ってたからちょうど良かったでござるよー」
アヤメは尻餅をついた状態で前髪を振り上げ、その女性にしか見えない可愛らしい顔を手で拭いている。見たところ、怪我はなかったらしく、安心した。
「本当にごめん!自分でも条件が分からなくて……、わざとじゃないんだ、でもごめんなさい!」
しっかり深々と頭を下げて謝罪する。
「怪我はないの?地面についた腰とか手とか平気?」
「どこも問題ないでござるよ。いきなりのことで驚いて尻餅ついただけでござる」
水も滴るイイ男の娘。アヤメは今度こそ、本物のウェット&メッシーな需要を満たせそうな姿になってしまった。
「で?、なんで今になって発動したの?条件は?自分だけなの?あたしたちにも効果はあるの?」
アヤメの無事を確かめたレオナは、コチラに意識を移し、矢継ぎ早に質問してきた。
「そんなこと言われても答えられないよ。なにも分からない、本当にそんなつもりなかったんだから――」
「――え、てことはさ、前に『水の壁』出したのって、もしかしてあたしじゃなくてアンタだったの?」
「……召喚したものを食べることで『属性魔法が使えるようになるのは自分だけ』、だとしたら、その能力の強力さに説明がつく気がするでござるな」
ならば、納得。とでも言いたげな仕草をするアヤメ。この手の話になるたび、ボクは1人、一足もふた足も理解に出遅れるのだ。その都度、生まれながらに魔法やらジョブスキルだなんてものが当たり前にある彼女たちと、異世界人であるボクの間に大きな隔たりがあると実感する。
「あー……たしかに、解毒&回復と身体能力強化があって、さらに『属性魔法を使えるようになる』なんてトンデモ効果を他人に付与できたらバランスブレイカー過ぎるもんねー」
普段は見た目と同じく、幼い振る舞いの目立つレオナですらこうだ。ボクは黙って聞き役に徹するしかできない。
「拙者もそう思います。いくらレベル6とはいえ、他人に付与できるなんてのは、あまり現実的には思えないでござる……くっしゅん」
アヤメは真面目な顔で議論姿勢を構えたと思ったら、急に可愛らしくクシャミをした。ボクが水をぶっかけたせいで冷えたのだろう。
「とりあえず帰ろうか、ボクのジョブについて考えるのは帰ってからでもいいでしょ」
「……アンタ今ホントに考えてた?あたしらに任せっきりにしてなかった?」
たまーーーにレオナの勘が冴えるのはなんなんだろう。
「申し訳ないでござる。拙者、先にお暇してもよろしいでござるか?」
「うん、早く帰って身体、温めた方がいいよ。本当にごめんね、せっかく順調にクエスト終わらせたのに」
「ねー!最後の最後に文字通り『水を……』ね」
なんて言ったんだろう。たまにコチラの世界の標語的表現が聞き取れない。コチラの世界にも『水を差す』的な言葉があってレオナはそれを口にしたはずなのに、翻訳ミスなのか理解できなかった。
「おっ、うまいでござるな、レオナ殿。では拙者はこれにてドロンするでござる」
古い、なんともまぁ古い表現でアヤメはひと足先に王都へと走り出した。ここから王都まではほんの一時間ほど、……アヤメの『ニンジャ走り』なら半分くらいの時間で着くだろう。
こうして、ボクはレオナと二人で王都へと帰ることとなった。帰り道ではそろそろギルドハウスを出てもいい頃、もし出るならどんな所に住みたいか。なんて話をした。
そして、王都へ着くやいなや、……なにやら怪しげな見窄らしい格好の人が話しかけてきた。
「もし、……大きな斧を持った赤毛の女性が『人を探している』と聞いたのですが、貴女がそのお方では……?」
腰の曲がり方や、被った古衣から出た手で老齢ということはわかったが、その人が男性か女性かも定かではなかった。『物乞いか……?』と一瞬ボクは警戒したのだが、レオナは何故か立ち止まり、その人と小声でなにか話し込んだ。
その際、コチラの様子を何度かチラチラ見ているのがとても印象的だった。
『先帰ってて……』
そう言ってボクに討伐の証拠を集めた皮袋を渡し、レオナは謎の人物とどこかへと向かってしまった。
ボクはなぜ、理由を訊かなかったのだろう。
なぜ、止めなかった。ついて行かなかった。
事態の深刻さに気がついたのは日が、跨いでからのことだった。




