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オールドラット


 《地下水路》といえば、何となくゲームや物語に出てくるダンジョンのような響きで聞こえはいい。だが結局のところただの《下水道》であるわけで、当然ながら……。


「クッサ!最悪ぅ……」「うわっ、ほんとに酷いな……」「むぅ、ここまでの臭いは流石の拙者でもキツいでござる」

 

 例えすら浮かばない絶望的な悪臭が、まだ入り口に立っただけなのに臭ってくる。

 意を決して、そのまま進んでいこうとする2人を呼び止め、昨日買った布を渡す。

 これで口元、鼻を隠すように告げると2人は感心したようなそぶりを見せた。

「ずいぶんと準備がいいでござるな。あっ、……なるほど!昨日一日、準備に充てたのはこういうモノを買うためだったでござるか」「あー、サダオってそういうところあるよね。用意周到っていうかさ」


「まぁボクは、……忘れ物したら誰かに借りればいいってタイプじゃなかったからね」

「なにそれ、切ないなぁ」「切ないでござるな」

 うるせぇ。ボクだって切ないんだ。せめてキミらは笑ってくれ。


 アヤメは渡した布を慣れた手つきで目元以下を素早く丁寧に包んだ。狩りを終えた後、獲物を捌く際に毛や羽根などが入らないよう、今と同様に布を巻いていたらしい。ボクとレオナはアヤメに巻き方を習い、口元を隠す。

「全然臭い消えないんだけど?……無いよりはマシってくらいじゃん」

「軽減されただけイイでしょ。いらないなら返してよ」

「さぁ!張り切っていこー!」「応、でござる!」

 ……レオナってそういうところあるよね。


 ボクは昨日買った魔法使い/召喚術師用の杖を、これまた昨日買った背嚢と背中の間から取り出し、手に持って2人の後についていく。

 中に入ると真っ暗で何も見えない闇が一面に広がっていた。全員自前の松明を取り出し、火を起こし、松明に移す。ゴウゴウと音を立てて火が燃え上がる。想像の何倍も熱い。

 レオナもアヤメも慣れた様子だ。ボクは早くお金貯めてランタンを買えるようになりたいなと思った。……なんだか、子どもの作文みたいだな。


 ――――――――

 

「この布と松明、あとは杖以外には何を買ったでござるか?」

 迷路のように入り組んだ水路を、壁伝いに程よく進んだ辺りでアヤメが話しかけてきた。

「この背嚢と食料、ナイフに水入れ、あと一応――」

「――はぁ?わざわざこんなクエストにそんな色々買ってきたの?アンタ貯金とか考えてないの?え……、もしかしてギルドハウスから出る気ないの?」

 レオナが少し離れた場所を探索しながら、わざわざ大声を出して文句を言ってきた。地下なので反響がすごい。

「出る気はあるよ。でもなにが必要になるかまだ分からないし」

 足りないよりはマシだろ。

 

「それに塩を売った分、ボクはキミより多少、お金に余裕があるからね。稼いだ分ほぼ食費に消える誰かと違って」

「あ?それあたしのこと言ってる?言ってるよね?え?なに?文句あるの?あたし成長期なんですけど?」

 絡み方がガラ悪すぎる。暗いところにいるから黒目が大きくなり、普段よりさらに猫みたいな目になってるのに可愛げが微塵もない。


 

「あの!今……なにか物音がしたでござらぬか?」


 アヤメが発した言葉でレオナはボクの胸ぐらを掴むのを直前でキャンセルした。

「なに?!敵?!どこ?!」

 辺りをキョロキョロ見回すレオナ。ボクも松明を持った手を低く構え、足元に気をつけるが、見当たらない。

「近くには気配がしないでござるが、近くから反響して聞こえた可能性はあるでござる。皆の衆、武器の準備をするでござる」

 ……狩人の勘ってやつか?確かに、音の反響はさっきから凄い。音の方向がわからなくなるほどだ。

 

「こちらに聴こえたという事は、確実に向こうも聴こえてるでござる」

 そういうことだ。

 アヤメは腰の矢筒から矢を取り出し、ボクらと少し離れた。斥候役、つまりボクらより先に敵を見つける役を買ってくれた。

 ボクとレオナはアヤメの後をついて行く。……レオナは未だに戦斧を背負ったままだ。

「……え?なんで武器出さないの?」

 ボクは回り道せず訊ねる。

「…………松明、持ってるから――」

 え?

 どゆこと?

「――片手じゃ持てない。重いから」

 は?

 ……え?

「なにそれ、ウソでしょ?冗談でしょ?」

「……振り回すとかなら片手でも可能だけど、持って歩くなら片手じゃ無理、絶対引きずる。戦斧(ティグレ)をこんな汚い地面で引きずりたくない」

「はぁ?!何言って――いや、何考えてるのキミ?!地下水路って最初から分かってたじゃん!……軽めの武器とか用意してないの?」

 今更文句言っても始まらないので、言いたい事は無理矢理飲み込む。

 

「ない。……お金ないから」

「おまっ……。はぁ……ボクのナイフ貸すから、……これ、使って」ボクは買ったばかりのナイフをレオナに渡す。今度はきちんと切れるのを確かめて買ったから問題はないはずだ。

「えー、……ナイフかぁ」

「………………手ぶらよりはマシでしょ?」

 あぁ本当に色々言いたいことがある!でも我慢だ!今言っても絶対忘れるし意味ないから我慢!我慢!

「……2人共、黙って欲しいでござる」


「「ごめんなさい」」

 

 アヤメから真剣に怒られてから少しした頃、アヤメは何かを見つけ足を止めた。

「……アレ、見て欲しいでござる」

 手招きされて寄って行くと、アヤメの指差す先に汚い黒い塊があった。

「なにあれ?」「……なんだろう?」

 ボクとレオナはソレを確認するため、歩を進める。暗くてよく見えないな。


「アレはおそらくオールドラットの(フン)でござる」

「ふん?……キッモぉおっ!そんなもん見せなくていいじゃん!口で言えば伝わるんだからわざわざ見せつけるなよ!」レオナの大声が反響して耳が痛くなる。

「……まぁたしかに言ってる事はわかる」「うぅ、……すまんでござる」

 喋り方以外はマトモかと思ったが、なかなかどうして、アヤメも一癖あるな。……一癖じゃ無いか。


「杖貸してもらえるでござるか?」

 気を取り直したのかアヤメはボクの前に手を出してくる。

「ん?ボクの杖?何に使うの?」

「あのフンがいつ頃のモノか確かめるでござる」

「あぁなるほどね。柔らかったら最近のものだから近くにいるか分かるってわけか。……ってそれに杖貸せって絶対おかしいじゃん!これ新品だってさっき言ったよね?!弓矢で良いじゃん!さっき取り出した……あれ?」


 なんだ?見間違えか?今、フンが……。

「動いた!アレ今動いたよね!?」

 ボクの隣にいたレオナは松明を床に落とし、戦斧を取り出す。まさに一瞬の早技、どうやったんだろう?ボクじゃ見逃しちゃうね。


 シュッ、という風を切るような音響くとフンのある方向から『ギャスッ!』という聞いたことのない声が聞こえた。

(あた)ったでごさる!」


「え?」弓?え?今、弓構えた?あれ?ていうか弓は?なんで?なんでアヤメは()()()()()()()()んだ?


『ギュアッ!!』背後から音、いや声が、……ヤバい。急襲だ!避けられ――。


「おらあぁぁ!」『グュエッ!!』

 っ!レオナがボクのことなどお構いなしに戦斧を横薙ぎに振るう。危ないけど助かった!助かったけど危なかった!

「ごめっ、助かった!ありがと!」

「囲まれてるよ!どうすんの!?今のも()れてない!まだきっと生きてる!」

「くう、……鼻が効かないから接近に気づけなかったでござる!斥候でありながら……申し訳ない」

「反省は後だ!囲まれてたら何もできない!とにかく!背中合わせで死角を補い合うんだ!」

 3人で固まり、背中を預け合う、どこだ?どこから狙ってくる?……音の出どころが読めない。

 

 どうする?ボクらの前に選択肢は何がある?いくつある?


「……っ、食べるから!時間稼いで!」

 コチラの返事を待たず、ボクの背嚢に手を突っ込むレオナ。

「な、なにをし始めたでござる!こんな時に食事なんて頭どうにかしたでござるか?」

「ふぃふぃはぁら!ふぉっふぉうぃふぇ!」

 いいから!ほっといて、かな。口いっぱいにビスケットを放り込み、バリボリ大きな音を立てて咀嚼するレオナは見てはいけない顔をしている。

 というか、そんなものを見てる余裕がない。というのが正解だ。


「おおおお!!」慣れない雄叫びを上げながら、ボクは接近してきた灰色の大ネズミに松明を振るう。《オールドラット》はギルドマスターから聞いていたよりも一回り以上大きく、コチラに恐怖を与えるに十分な存在感を放っていた。

 

「大丈夫でござるか?!」「大丈夫!こっちは気にしないで!」

 ボクと違いアヤメはこちらを気にする余裕があるらしい。……さっきから背後からは『グィッ!』とか『ブビッ!』とか変な声ばかり聞こえてくるんだけど、もしかして情けなく松明を振るうボクの背後ではアヤメが一方的に勝ってたりする?弓なしで?投げ矢?なにそれ?


「んっ、……んん!!……コほッ……げほ……ぷはぁッ!はぁ死ぬかと思った……」

 ビスケットに口内の水分を全て盗まれ、涙目になったレオナがボクの背後から顔を出した。


「あとはあたしが片付けるから明かりをお願い」

 カッコいい。

 戦斧を軽く片手で持ち、暗闇の中へとレオナは駆けていった。

「な、何が起きてるでござる?!さっき持てないって言ってた斧を軽々と担いでるでござるよ?!」

 レオナが闇に紛れてから、明らかにネズミたちの注目はボクらから逸れ、手の空いたアヤメはボクに訊ねてくる。

「ボクの召喚した砂糖を食べたんだよ。正確には()()砂糖を材料にしたビスケットを食べたんだけどね」

「……?どういう意味でござるか?」

「えっと、ボクの――」


「――終わったよ。たぶん、もう周りにはいないね。隠れてたり、逃げてたら知らないけど」

「お疲れ様。カッコよかったよ」

 ボクが労いの言葉をかけるとレオナは親指をグッと出し応えた。いやはや本当にカッコいい。普段の子どもっぽさとの温度差がすごいや。


「なっ何が起きたでござるか!まさか今の一瞬で囲んでいたオールドラットを全て切り伏せたというのでござるか?!」

「なに?疑ってるの?じゃあ自分の目で確かめてきてよ。ついでに……あれ?尻尾だっけ?耳?」

「耳はゴブリン、オールドラットは尻尾って言ってたね。5頭分あるかな?」


 言われた通り、尻尾を切って集めるアヤメ。

 先程落とした松明をレオナに渡し、ボクの松明をかざす。が、だめ。濡れしまったらしく火が移らない。

 

「……おお、ほんとに皆、息絶えてるでござるよ!レオナ殿、こんなに強かったでござるな」

 アヤメは尻尾の束を片手に戻ってきた。狩人という仕事柄なのか、早い手際がいい。

「アンタも時間稼ぎ良かったよ。うん。……サダオ一人じゃ瞬殺されてただろうし、あたしが暴れる前から致命傷のネズミが数体いたからね。アレ、アンタの矢のおかげでしょ?」

 意外と二人はいい感じに打ち解けたらしい。ボクは無能を晒しただけっぽいので疎外感を感じてるけど。いいんだ、別に。

 ボクはバフ役だし。戦闘は空気でも。…………本当だよ。


「よし、じゃあ帰ろうか」こんな所には一秒でも長くいたくない。

「やった!この臭いからの解放だー!言っとくけどあたし、二度とここんなところ来ないから!」

「同感でござるな。それより、さっきのビスケットの件、教えてもらってもいいでござるか?」

「うん。もちろん、それはね――」


 こうしてボクら三人で挑んだ初めてのクエストは順風満帆。危なげなく終えることが出来た。

 意気揚々と帰り、その道すがらアヤメにボクの『塩』と『砂糖』に秘められた効果を説明した。


 アヤメは黙って真面目に話を聞き、説明が終わると「それってもの凄く強いジョブなのではないでござるか!」と声を大にして驚いたのでボクは上機嫌で足取りが軽くなった。

 レオナは自身の活躍。アヤメはパーティへの加入が決まりそうで。

 三者三様、それぞれが気分良かった。


 ギルドハウスの前で待つオリヴィアさんが悪臭に顔を背け、ギルバートさんから『臭いにもほどがある』と混じりけなしの事実を突きつけられるまでは……。




 ちなみにいうと、次の日朝起きても臭かった。

 地下水道には二度と行かない。


 絶対にだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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