Suger Yes Please
「えっ!失敗扱いってなんで?!おかしくない?!」
階下から聞こえたレオナの声。確認せずとも内容を察することができた。そうか《昇格クエスト》は失敗扱いになったのか。
「なんもおかしくないわい。そりゃ当然じゃろが、『正しい目標を達成』することが成功じゃ!ゴブリンの巣を見つけてないのなら失敗扱いは仕方なかろうて――」
「――でもあたし、ゴブリンの襲撃防いだんだよ!」
「それはそれとしてモチロン、加味はする。だが、失敗は失敗!何言われてもコレばかりは変わらん!」
レオナとギルバートさんが言い合ってるのを横目にボクはカウンター席に座っているティモシー――じゃなくてアヤメ、そしてその向かい、カウンター内で書類仕事をしているオリヴィアさんの2人に話しかけるべくボクもカウンター席に着席した。
「あの、えーと、ボクらは『お試し』ってカタチで、三人でクエストに行ってみようかなっ話になったんですけど、そういうのって問題ないですよね?」
「はい。なにも問題ないですよ。私個人も賛成です。パーティ内のことにギルド側は基本、関与致しませんので」
オリヴィアさんは書類をめくりながら答える。
「今、拙者たちに良さそうなクエストを見繕ってもらってるでござる」
アヤメはそう言うが、……正直言ってオリヴィアさんの手元にある書類の束は薄い。ここカスターニャが弱小零細ギルドだからだろう。依頼そのものが少ないのだから、選ぶほどの種類はなさそうだ。
「おう、にいちゃん。新しいパーティメンバーが増えたらしいじゃねぇか。良かったな!――オリヴィアちゃん、おかわりくれるか?」
よく見かける常連のオジサンがボクの肩に手を置き、アルコール臭い口を近づけながら話しかけてきた。
「はい!ありがとうございます!すぐ持っていきますね」
「いや、忙しそうだし自分で持ってくよ。なぁ、にいちゃん。邪魔して悪いな」
「い、いえ、そんなことないです!」
見た目に反してここの人たちは大概優しい。うまく適当な会話をできないボクにも話しかけてくれる。
「しかしアレだな。男1人に女2人か。……羨ましいなこのヤロウ!戦闘中に変なこと考えて怪我したりすんなよ?」
オリヴィアさんからエールを受け取ったオジサンは千鳥足でテーブル席で待つ仲間たちの元へ戻って行った。
やっぱり側から見るとアヤメは女性に見えるのか。アヤメは少し嬉しそうにしてる。……たぶん、彼女は女性に見られたいのかもな。
「で?どんなクエストにするの?」
ギルバートさんとの不毛なやり取りを終えたのか、レオナがこちらの席に寄ってきた。
「話し合いは済んだの?」
「……大ゴブリンの分、報酬に色つけてもらった」
急に不服そうだ。
……当然か、あれはボクらの成果じゃない。
「じゃあ、もし今度エヴァさんに会う機会があったら、その報酬は渡した方がいいかもね」というボクの提案にレオナは前を向いたまま小さく頷いた。
「ルーキークエスト且つ、……討伐系が良いんですよね?と、なると……コレなんてどうでしょう?」
《ルーキーランククエスト》
『王都外周部の地下水路で《オールドラット》を五体討伐』
……地下水路、オールドラット?
ラット……ネズミ?が地下水路に……臭そうだな。いく前から嫌な予感だ。
「うげぇ……」「くっ、辛いクエストでござるな」
レオナもアヤメもがっつり嫌がってる。誰だって嫌がる。ボクも嫌だ……でもボクらはクエストを選べる立場ではないし、この手の『誰かがやらなきゃいけないんだけど、誰もやりたがらない仕事』というのは実はボク、嫌いじゃない。
『やり甲斐』とまでは言わないが、……社会の役に立ってるという実感があるからだ。社会に貢献したいだなんて高尚な事を考えているわけではないが、社会から外れる覚悟もない。
「……分かりました。それで、お願いします」
「はぁ?なんでそんな乗り気なの?!意味わかんない!地下水路って絶対臭いしオールドラットはキモイよ?」「す、凄いでござる。地下水路でのクエストを断らないとは……。さすがはあの《疾風のアヤメ》と同じ転移者。拙者も見習わなくては……」
レオナとアヤメが戸惑うのは分かるが、オリヴィアさんまで目を丸くしてるのは何故だろう。……そんなに嫌な仕事なのかな。……怖くなってきた。
「偉い!即断即決。どんなクエストであれ冒険者たるもの選り好みせず受けるべきなのじゃ!」
話を聞いていたのか、ギルバートさんがボクの両肩を力強く掴む。
「そ、そうですよね。ボクらは選り好みする立場ではないですし」
「はぁ、まぁいっか。で?これクリアしたら昇格ってことになる?ならない?」
「……よし!メガネのに免じてコレも昇格クエスト扱いにしてやろうかの。油断は大敵、気を引き締めてかかるんじゃぞ!」
「しゃあ!これでもうルーキー卒業!雑用みたいなことからは今度こそオサラバってワケよ!」
ギルバートさんの確約にレオナが飛び跳ね喜びを表現する。
「……よし、じゃあ今日はもう遅いし解散。明日一日かけて準備。クエストに取り掛かるのは明後日でいいね?」
「え?明日すぐ行くのではないのでござるか?」「ええ、明日行こうよ!地下水路なんてすぐそこなんだから、なんの準備がいるの?」
2人ともいざ決まるとなると、乗り気になってる。
「……アヤメは知らなくて仕方ないけど、レオナは知ってるだろ?ボクは武器を失ったんだ。買い直さないと」森に杖を置いてきたままなのだ。ゴブリンたちが、レオナの戦斧みたいにボクの杖も拾ってくれてれば良かったが……、あんな安物、目にも入らなかっただろうな。
多分ボクが今、あそこに行っても枯れ枝と区別が付くかすら怪しいし。
「……あぁそんなの持ってたかも……。アレ必要?どうせ戦闘になったらアンタ、隠れてるか逃げてるだけなのに――」
「――え?そうなのでござるか?……え?……あ、でも確か召喚術師は戦闘中、後方に待機することが多いとか聞いたことがある気がするでござる……」
レオナの言葉にアヤメは少し幻滅したのか表情が暗くなる。どうせいつかバレるし、勝手に期待されるのも気持ち良くないから今のうちに全て伝えておこう。
「……いやボクは役立たずだよ。それについては何の弁解の余地がないね。純然たる事実です」
言ってて悲しくなる?いーや、ならないね。だって慣れてるし。……ぐすん。
「……あのぉ……、お話し中、申し訳ありません……」
なにやらキッチンの方でゴソゴソしていたオリヴィアさんが申し訳なさそうにしながら、ボクらの会話に割ってきた。
「……?どうしました?」
「…………本当に申し訳ないんですけど、その……塩が切れかかっていて……」そう言ってオリヴィアさんは小さなツボをカウンターの上に乗せた。中を覗くと確かに底が見えてる。
「あ、あぁ、なるほど。前にも言いましたけど――」
「――『市場価格の崩壊』じゃろ?もちろんわかっておるわ。相応の対価は支払う。前と同じ金額、それと情報もやろう」
情報?……前は自分の足で情報を集めろとか言ってたし、ボクもその考えに賛同してたのに、どうしたんだろ?
「オールドラットについてじゃ。……正直にいうとのう、大ゴブリンの《討伐報酬》の分や他の仕入れを考えると今すぐ払えそうにないのでのう、情報を利子代わりにして欲しいんじゃよ。……どうじゃ?」
「……」ボク1人で決めるのも何だ。と思い、レオナたちの顔を見る。
「なに?言っとくけど、あたしはラットのことなんて詳しくないから。修道院にいた時見たことはあるけど。……狩人なら詳しいんじゃない?」
「拙者も詳しくないでござるよ。狩人はあくまで食用、もしくは皮のために狩るだけで、ラットは肉はマズイし、皮も少ないでござる。……だって地下水路で暮らしてるやつでござるよ?」
「……なるほど、では利子ということでお願いします」
ボクはギルバートさんと約束を交わし、目の前に置かれた小さなツボの上に手を置く。
農村でやったように『海をイメージ』。
魔法陣が浮かび上がり、サラサラと塩が手のひらからツボの中へと落ちていく。
「凄い、本当に《塩》を召喚してるわ……、……でござる」
今ちょっと語尾忘れてたな。もうずっと忘れておけばいいのに。
「舐めてみな、飛ぶぞ?」
レオナに唆されたアヤメが手を出してきたので少量だけ手のひらに乗せる。アヤメはそれを舐め『おお……』と感嘆した。
まぁそんなもんだろうな。特に飛ばなかったらしい。
「ありがとうございます♪」
オリヴィアさんは激烈かわいい笑顔を残してキッチンの方へ戻っていく。お金も笑顔も貰えるこのジョブ、マジ最強なのでは?
と、思わなくもないが実際のところ、ボクが乱雑にこのチカラを使うと、この世界にいる塩を作る仕事をしてる人たちから仕事を奪う事になるので自重しないといけない。
難儀な話だ。ボク以外に召喚術師【調味料】というジョブの人がいれば、そんなこと考えなくて済んだろうに。
「あー、そういえばさ、村の時より慣れたんだね。召喚分けるの」レオナは知らぬ間に注文していたジュースを飲みながらカウンターに突っ伏してる。行儀が悪い。修道院育ちとか嘘だろ。
「うん。たしかに、前よりも早くなった気がする」
これなら戦闘中も問題なく召喚できそうだぞ!
…………問題は戦闘中に召喚したところで特に意味がないということなんだけど…………。
「『召喚分け』とは何のことでござるか?召喚できるのは塩だけではござらぬのですか?」
「んー?あぁ知らないのか。サダオはさ、昨日から塩のほかに砂糖も召喚でき――」
「「「「「砂糖っ?!!!!」」」」」
「――え?」「レオナ……キミさぁ、口軽すぎるよ」
レオナの気だるげな言葉に、ボクとレオナ以外。あと窓際で寝てるマスター(猫)を除いたすべての人間が声をあげた。
『にゃー』
マスターも声をあげた。可愛い。
え?何で皆んな、こんなリアクションを?ボクまだなんかしちゃいました?なんて鈍感なふりをボクは好まない。コレはアレだ。
「塩よりも砂糖は高級品なんですよね?」
「そうですよ!値段もですが、ここ数ヶ月、一部の『認められた』お店でしか取引できないんですよ!お金があっても買えない!それくらいの代物ですよ!」「砂糖を求めるクエストはいくつもあるが、どれも銀クラス以上のものじゃ!つまり、それだけ得難いものということ!それをお前さん、召喚できると?!」
オリヴィアさんとギルバートさんが握り拳を作りながら力説してくる。うーん、予想通りの展開。
問題は背後から近寄ってくるゾンビのようなオジサンたちだ。飲んだくれの彼らが甘いものに興味を持つとは思わなかった。
「少し分けてくれー今度、孫の誕生日なんだぁ」「ちょっとでいいからおくれヨォ、かあちゃんが最近不機嫌でヨォ……」「売ったら大金になるぞ!オラァこないだ賭けで負けちまってよぉ、金に困ってんだ……頼むよぉ」
まさにウォーキングデッドよろしく、このまま齧られてしまいそうな勢いでオジサンが群がり、絡みつかれるボク。
ゾンビオジサンたちの向こう側でレオナが軽い調子で『申し訳ねぇ』って表情を浮かべた。ノリが軽い!
「……わ、わかりました!少しです!少しだけですよ!今回だけは出しますけど、絶対!ボクが召喚したとか言いふらさないでくださいよ!あと次回からはキチンとお金も取りますからね!」
砂糖を幾らか召喚して配るとゾンビたちは満足したのか、千鳥足で自席へと戻って行った。
「……いやぁ、人って欲望に侵されるとあんな風になるんだね。こわいこわい」
「……キミのせいだろうが!」




