新しい仲間
ボクの拙い記憶に残るイメージでは、西ヨーロッパ、特に地中海付近では、その独特な気候のせいで小麦の生育に適していなかったはず……。だが、やはりここは異世界、ボクのいた世界とは勝手が違うのだ。冒険者ギルドの受付嬢であるオリヴィアさん曰く、召喚術師【飲み物】というジョブのおかげで小麦の大量生産が行われているらしい。
それ故に寂れた……、もといインフラの整っていない農村でさえ、小麦には困っていないという話だ。穀物が育てば人は食うには困らない。しかし、人はパンのみにて生くるにあらず。という言葉の間違った解釈でも言われている様に、パンだけで満足は出来ないのだ。
どうせなら色々食べたい。……わかる。
「早く、早く!」
少年は先程食べたビスケットを甚く気に入って催促してくる。有り合わせの材料に目分量の配合。決して良い出来ではなかったはずだが、喜んでもらえたようで良かった。
「ちょっと!次はあたしが食べる番って話じゃなかったの?!アンタねぇ!お子様だからって欲張りすぎ!あたしが頑張って戦ったからこの村は襲われなかったんだからね!」
次のビスケットを焼いているボクのすぐ傍に来てレオナは憤る。一応大声で抗議しない程度の倫理観はあるらしい。
「レオナ……、何度も言うようだけど相手は子どもなんだから、そんなに張り合わないで――」
「――張り合ってない!あたしは順番を守るって言う人として守るべきルールについて……」
「冒険者さんたちよぉ、ちょっといいかい?」
ボクらがお菓子つくりの間、間借りさせてもらっているお婆さんの家の玄関が開いたと思ったら村長の息子が入ってきた。はて?なんの用だろう。まさか砂糖も寄こせだなんて言わないよな。
「ほれ、アンタらの取り分だ」そう言って麻袋を差し出してくる。
「見りゃわかるだろうが、この村じゃ換金できないからな」
ボクは渡された袋の中をレオナと一緒に覗く。
「うわあああ!?」中身に驚き、袋を掴んでいた手を開いてしまうボク。レオナは慌てることなく、自由落下中のそれを冷静に掴み、「アンタねぇ、大事にしなさいよ。これがお金に替わるんだから!」
「なにがはいってるの?」少年が好奇心旺盛に近寄る。
「ダメだレオナ!子どもの見せるようなものじゃない!」
間に合わない。ボクの静止よりも早く、少年はレオナの腕を掴み、袋の中を覗く。
「あぁ、なーんだ、ゴブリンの耳か」
ええ?!そんな軽いリアクション?!
……異世界だなぁ。
その後、ボクらは(今度は納屋ではなく)村長のお宅に泊めていただけることとなり、一晩を明かした。
王都への帰路へつく際、お見送りみたいなものがあるのかとソワソワしていたが、村民の皆さんは案外ドライというか仕事熱心で、通りすがり様に『世話になったなぁ!』とか『ギルドには良いように報告しておくよ』などと言うだけだった。
「あたしたちってさ、コレ、クエスト成功扱いになるのかな?」
王都への道中、歩きながらレオナはそんな疑問を投げかけてくる。……たしかに、微妙なラインだ。
「残念ながら元々のクエスト内容とは逸脱したからね。……失敗扱いだとしても甘んじて受け入れよう」
『ゴブリンの巣穴の特定』という主目標は失敗したのは紛れもなく事実だ。レオナはゴネるだろうが……。
「まぁそうなるかぁ。仕方ないね」
「え!?」
スタスタと一定のリズムで歩き続けるレオナ。
対してボクは驚き、足が止まる。
「なに?お腹痛いの?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあなに?ゆっくりしたいの?さっさと帰ろうよ。ゴブリンの耳が腐って臭くなる前にさ」
オエッ……。
「いやいやいや、レオナこそどうしたの!?」
「はぁ?なにが?なんの話?」
ここでようやくレオナは足を止める。
「言いたいことがあるならハッキリ言ってよ!」
王都が近くなってきた事もあり、街道にはボクら以外の人もチラホラ歩いている。その衆目が集まる。
「ちょ、みんな見てるから大声は止めてくれよ。ボクが悪かったから……」
「はぁ……、何を気にしてるんだか。アンタが思うほど、他人はアンタに興味ないよ?」
「いや、……まぁその言い分はわかるけど、今回はそういう事じゃなくてさ。君が怒ったような声を出したから注目を集めてるって話なんだけど……」
みな、最初はこちらの動向を窺うような素振りだったが、『なんだ、喧嘩じゃなさそうだ』とか言いながら、つまらなそうに去っていった。喧嘩が娯楽になる時代だ。……争いごとが苦手なボクみたいな人間にはとことん生きにくい世界だなあ。
「で?」
レオナはそれ以上何も言わない。
「わかった!白状するよ。……怒らないで聞いてよ?」下手な前振りをしたせいでレオナは眉毛をピクッと動かし、不機嫌そうにする。
「……レオナがやけに素直だなって思ったんだよ。らしくないなぁって、『ゴブリン倒したんだからクエスト成功で良いでしょ!』みたいに言うと勝手にボクは思ってたから、……肩透かしくらったみたいな?」
「あーなるほどね。そんなことか」
……あれ?怒る可能性を危惧していたが、どうやら本当に調子がおかしいみたいだぞ?
「……失敗は失敗でしょ。それに倒したとはいえ、アレはあたしだけのチカラじゃないし」
レオナは少し遠くを見た。
……彼女なりに思うところがあるのだろう。
このクエストを受ける前より彼女は成長したのかもしれない。じゃあボクはどうだ?……『砂糖』という新しい武器、選択肢が増えたのは事実ではある。だが、果たしてそれはボク自身の成長と言えるのだろうか。
「……はぁ、いつまで突っ立ってるの?王都はすぐそこなんだから悩みたいなら帰ってからにしようよ。そもそもさ、あたしたちは冒険者とは言え『ルーキー』、出来ないことの方が多くて当たり前なんだから」
「出来ないことが多くて当たり前。……うん、うん。良いね、良い言葉だ。ボクも同感」
レオナが思いつきのように発した言葉にボクは少し肩の荷が降りた気がした。
「さぁ!ホームスイートホーム!宿代わりのギルドハウスへとさっさと戻って報告!報告!」
「……そんな明るい調子でする内容でもないけどね」
ボクらはそうして王都へと戻り、そのままギルドハウスへと直行した。
――――――――
「あれ?オリヴィアさんは?」
いつもなら、この時間まだ勤務中のはずの彼女が見当たらない。と言うか、ギルドハウス内に誰もいない。普段なら近所のご老人たちがサロン代わりに社交的集会を行っているのに、今日は彼らすらいない。
「休みなんじゃない?」
レオナはあまり興味がないのか、軽い口調でそう言うと『あたし先シャワーね、見たら……』と、告げて裏庭に続く扉の方へと向かった。
裏庭には、トイレとは別の掘っ建て小屋があり、ボクらはそこで水浴びをさせてもらってる。……今はまだ耐えることが出来るが、冬になったら……どうするんだろ?
そんな事を考えていると背後で扉の開く音がして、オリヴィアさんの姿が現れる。相変わらず可愛らしい、その後ろを続くようにギルドマスターのギルバートさん。スキンヘッドが今日も眩しい。
そして、さらにその背後には……怪しさに包まれた黒いローブの……男性?女性?服の上からでは体格がわからないので判断つかない……。が、三人並んで順に入って来た。
「あら、お帰りなさい!どうやら無事みたいで良かったです!心配していたんですよ。あれ?もしかして見えないところに怪我があったりします?」最初に入って来たオリヴィアさんがボクに気づき声をかけてくる。
「おうメガネの、ん?なんじゃ、メガネのひとりか?赤毛のはどうしたんじゃ?……しかし、ずいぶんと早く帰って来たもんじゃのう。ワシは五日ほどかかると踏んどったんじゃが」ギルドマスターのギルバートさんはツルツルの頭に手を当てながら笑ってる。
最後に入って来た……ヒトは何も言わない。
オリヴィアさんとギルバートさんは二人とも両手に荷物を持ってる。ネギみたいなモノがはみ出てる……買い出しに行ってただけか。……二人とも背後の男性については何も言わない。
「……えっと、レオナは今、水浴びしてるんですけど……、そちらの、背後にいる方はどなたですか?」
ボクは恐る恐る訊ねてみる。まさかボクにしか見えてないとかそういうのはやめてくれよー……。と願いながら。
「え?なんですかそれー?うわっ!?」「ん?なんのこと……じゃっ?!」
二人はボクの言葉で振り返り、驚き、荷物を落としそうになる。いや、正確にいうと落とした。
落としたが、地面につく前に背後にいた謎の人物が素早い動きで全てを空中キャッチ。
その際に頭を覆っていたフードが外れ、……短く切り揃えられ、少しウェーブがかったブロンドの髪が現れる。女性だったのか。
「……だ、誰ですかあなたは?!」
オリヴィアさんが少し声を張り、訊ねる。
「たはぁ……」
ギルバートさんは何故か頭を抱え、呆れたような表情を浮かべている。なにか知っている様子だ。
「拙者、《疾風のアヤメ》と申します!」
ブロンドの女性はそう言ってボクの前に出て来て大仰に片膝をつく。今この人、『拙者』って言った?……?え?なにこれ?時代劇?
「問おう、貴殿が異世界からの転移者、塩の召喚術師殿で相違はござらぬか?」時代劇めいた謎の口調を続ける『アヤメ』と名乗った女性は強く鋭い眼差しでボクを見つめる。
「え、え?、ええ?!」
どこからどう見ても白人女性、『アヤメ』よりも『キャメロン』とか『カレン』とか、そう言う名前の方が似合う気がする!なんて関係ないことをボクは現実逃避がてら考えてしまう。
「拙者を貴殿のパーティにいれて頂きたいでござる!」
「ええ……?ええ…………ええ?!」




