ゴブリンだ!大ゴブリンだ!ゴブリンだ!
「男どもは武器を持てえ!森だ!森の方から来るぞ!」「オラたちの村は!オラたちで守護るんだ!」「武器は持ったか!?よし、いくぞぅ!」
ゴブリンの襲来を知らせる叫び声に続いて、の太い声が方々から聞こえてきた。当然と言えばそうなのだが、この村の住人は別に守られるだけの弱者ではないらしい。現代日本でぬくぬくと生きてきたボクなんかとは覚悟が違う。
女性陣やご老人、ボクに甘いものをねだってきた少年も見かけた。みな一様に一つの方向へ向けて全力で駆けていく。
ボクとは逆の方向。ゴブリン達のくる森とは真逆……恐らく村長のお宅にでも向かうのだろうか。
ボクは一人、それらの流れに逆らう様に走ってる。
「ボーケンシャのオジサン!頑張って!」走る少年と目が合うとすれ違いざまに応援された。……正直ボクに出来ることなど無いのだ。……一応強がり、握り拳を見せて返事する。
なぜボクが一人かって?そんなのは簡単な話だ。
レオナは『ゴブリンだぁ』という最初の叫び声に反応して飛んで行ったからだ。
……文字通り、空を飛んだ。否、空を跳んだ。
確かにボクらは少し小高い、丘のようになった場所に居たが、それにしても尋常じゃ無い飛距離を跳び、普段の何倍もの速さで駆けて行った。
まず間違いなく、彼女はすでに交戦状態だろう。
『運動能力の超強化』……あくまでまだ思いつきの仮説だが、ボクはそんなことを考えている。元々レオナは運動能力が優れていて、ボクなんかじゃ比較にもならないくらいだった。だがさっきのそれは人間の範疇の外、逸脱していた。……そんなレオナに遅れをとりつつ、ボクは必死にその後を追っていく。
少し年嵩を重ねた男性たちが武器を構え、辻ごとに立っている。
「頑張れよ冒険者!」「はよいけい!赤毛の嬢ちゃんはさっさと行ったぞ!」などと声をかけられ、駅伝の応援みたいでちょっと楽しい気持ちになる。
村外れからほぼ対角線に突き進み、村を横断。森が直接見えてきた頃、ボクは違和感を覚える。
「……静かすぎる」
見えてきた森の入り口あたりで体格のいい若い男衆が五人ほど農具や木剣、槍っぽいものなどを携え、立ち尽くしている。皆揃って森を見て、ボクに気づいていない。
「ゴブリンは、敵はどこにいるんですか!?」
見慣れた顔、村長の息子にボクは声をかけると、彼は肩をビクッとさせて振り向く。
「……ど、どうしたんですか?」
「あれ」と、村長の息子が指し示した先を見る、そこには一、二、……六体のゴブリンが倒れている。なんだコレは……?
ボクは恐る恐る近寄る。どうやらそれら全てが事切れていて、そのうち一体は胴の部分で切断されていた。ムゴい……。
「その五体とも、おたくのお嬢ちゃん……いや、あの女戦士がやったんだぜ?」「ナメてたわけじゃねぇけど……、アンタら凄かったんだな。……そいつは一振りで真っ二つになってたぜ」「お嬢ちゃんが跳んできたと思ったら、一瞬でコレもんだ。オラぁびびったわ」
村の男衆は堰を切ったように口々に言った。五体?……そうか、ボクは上半身と下半身を一体づつにカウントしてしまったのか。
「え?……コレを、レオナが?」
こんな芸当を本当に彼女が?という疑問が浮かび、すぐに立ち消える。ここへの道中考えていた『身体能力の超強化』という可能性を思い出したからだ。もしボクの仮説通り、ボクの召喚した砂糖にそんな効果があったのなら、この光景に納得できる。
そもそもレオナの身体能力は目を見張るものがあるのだから、……ってあれ?
「あ、あの、……彼女は、レオナはいったいどこに行ったのですか?」
見当たらない。敵はすでに事切れて、あとは戦後の処理という段階なはず。なぜこの場の主役がいないのだ?
「そうだ!兄ちゃん、アンタぁ早く追ってあげた方がいいかもしれんぞ!」「そうだそうだ、いくらぁあの赤毛の嬢ちゃん、……じゃなくて、あの戦士が強くてもあんなの相手にこの森の中、一人で戦うのは無茶だからな!」「早く追ってやんな!後片付けはオラたちがやるからよ」
「あ、あんなの?ちょ、ちょっと待ってください、……レ、レオナは何を追って森に入って行ったんですか?」
「何ってそりゃ、大ゴブリンだよ!大ゴブリン!……あぁそうか、アンタは異世界人だからしらねぇのか。ようはゴブリンどもの親玉だな!部下たちが瞬殺されて逃げやがったんだ!」「その逃げる背中をあの嬢ちゃん、躊躇なく追っかけてよ!」「あんなのがこの村の近くにおったなんて考えるだけでタマが縮むぜ」「まったくだ、あの嬢ちゃんが居てくれなきゃ、どうなってたことか」
大ゴブリン?!なんて安直な……、しかし単純な名前ゆえにその恐ろしさ、厄介さを感じる。……え?そんな相手をレオナは一人で追って行ったのか!?
『あの、おてんば娘!』と、どこぞの財閥にでも仕えていそうな執事っぽいセリフを吐きたい気分になる。
「あっちの方だぞ!」「足跡を辿るんだ!」
村の男衆はレオナのおかげでボクの実力を見誤っているので、ボクにさっさと追え!という雰囲気を作り出してる。……『彼女に任せます』なんて言ったら非難轟々だろう。
「あ、ありがとうございます!」
「……なんでぇ、あの兄ちゃんは結構普通の速度で走るんだな」「きっと魔法使いとかなんだろ?」「あーなるほど、バランスってやつだな」
森へ向かって駆けるボクの背後からそんな声が聞こえて少しテンションが下がる。まぁ期待されすぎるよりは良いんだけどさ……。きっとあとで村長の息子が『アイツは塩の召喚術師だよ』とか言って笑いものにするんだろうな。はぁ……。
――――――――
レオナの小さな足跡、ではなく、大きく鋭い爪が特徴的な足跡を体感にして10分ほど辿ると、『うおおぉぉぉ!!』という叫び声や『ギィグワァ!』などといった声が聞こえた。恐らく後者は大ゴブリンのものだろう。……レオナだったらちょっと嫌だな。
声のする方へ足を運ぶと、木が少なく、少し広くなった場所でレオナと大型のゴブリンが戦っていた。
ボクは大きな木の陰に隠れ、声をかけるか逡巡する。
今がまさに瀬戸際、一瞬の判断が戦況を左右する状況だとしたら、ボクの声や姿がレオナにとってマイナスに働く可能性があるからだ。残念なことにボクは戦況が読めない。
……ボクはどうすべきだ?経験値が少なすぎて最適解がわからない!木の陰に隠れたまま、戦闘の行く末を見守ることしかできずにいる。
「くぅそおっ!砂糖の効果が切れてきたんだけど!」
レオナは悲痛な声色で吐き捨てる。
事実、ボクの素人目でも理解できるほどに、彼女の動きが減速している。それでもレオナは器用に戦斧を振るい、横薙ぎだけでなく、引っ掛けたり突いたり、敵の攻撃を受け流したりしている。見たことはないけど、まるで軽業師みたいだ!見たことないけど!
「あぁ!もう!いつになったら追いつくワケ?!あのバカは!」
……バカ?ってボクのこと?え?レオナってボクのことバカだと思ってたの?
「――あっ、」
ヤバい!レオナが斧で大ゴブリンの棍棒を防ごうとしたが身体ごと弾かれ、体勢を崩した。戦斧はレオナのはるか後方へ飛んでいく。
「うおおお!!!」
後先考えず、ボクは大声を出し、隠れていた大木の陰からその身を投げ出した。
「はっ!?何やってんのアンタ!」
レオナが気付き、大ゴブリンは振り返る。
ボクより背が高い、2メートルはありそうだ。
「アンタが出てきて、何ができんの!隠れてればいいのに……」
レオナの言う通りだ。ボクにできることなんて今は何一つない。あるとしたら……。
「うおお!こい!ボクは強いぞ!ボクは強いんだ!」
両手を広げて体を大きく見せる。声を張り上げ、ボクだけに集中させる。
レオナが、体勢を立て直し、戦斧を拾うその瞬間まで。
『グゲェエエ!!』
大ゴブリンはボクを一瞥し、……無視した。
レオナに向けて棍棒を振り下ろそうと大きく振りかぶり、「やめろー!!」ボクはその背中に向けて駆け寄る。
間に合うはずなんてない。けど、……脚は止まらない。
「はぁ?……なにこれ?」レオナは斧を拾ったままの体勢で固まる。
「……これは」……ボクはこの光景に見覚えがある。
この世界に来たあの日、山賊たちが現れた後に見たものだ。
大ゴブリンがボクらの目の前で地面から生えた木の根に囚われ、身じろぎ一つできずに断末魔の様なものをあげている。
森の中からローブを着た女性が現れ「……このまま絞め殺しても宜しいですか?」と冷淡な声色で訊ねてきた。
銀、いや白髪に近い透明感のある長い髪に大きく尖った耳。花の形をした髪飾りにも見覚えがある。なぜ彼女がここに居るのかは分からないが、ボクらはどうやら助けられたようだ。
「あ、あなたは……その、エヴァさん……ですよね。勇者ランドールのパーティにいた……」ボクは目の前の美人に声をかける。しまった、……ランドールの名前は出すべきではなかったか。
「……異世界人?……あぁ、あの時の。どうもお久しぶりです。冒険者になられたのですね。……それで、これはどうしたらいいですか?もしかして捕獲対象だったりします?」
エヴァさんはボクに興味がない様で一度視線だけを向けた後、すぐに大ゴブリンの方へと目を戻した。
「……エルフ……エヴァ……?……え?本物?」
レオナは何か、ボクとは違う驚き方をしている。
「え?もしかしてエヴァさんって有名人なの?」
ボクはレオナの方へ近寄り、訊ねる。
「有名ってアンタ、……あぁそっか、転移者なんだった。知らなくて突然か……。彼女は、……あの人は終末の《預言者》なんだよ。未来が――」
「――預言者?!」
なにそれ?そんな重要っぽい人を『勇者ランドール』は追放して、代わりに『ゆいすん』をパーティに?え?どういうこと?
「預言者、ですか。……厳密に言うと違いますけど、陽が落ちてきたので、その説明はまたの機会にでも話しましょう」
エヴァさんはそう言って手のひらをグッと握った。
それと同時にプシュッ!と嫌な音が鳴り響き、木の根が絞まり血がその隙間から流れてくる。
「「うげぇっ」」
ボクとレオナは同時に同じリアクションをした。たぶん誰がここにいても同じことをするだろう。
「では」エヴァさんはそれだけ言い残し、こちらの返事も待たずに森の中へと消えていった。
「なんだったんだ……」
「まぁ……助かった。ってだけでいいんじゃない?あーもう疲れた。お腹も減ったし帰ろ」
ボクらはエヴァさんと逆方向、村の方へと戻ることにした。
このまま王都へ帰ると、夜闇の中移動しなくてはならなくなる。それは危険だし避けたい。
「もう一泊させてもらえるかな?」
「砂糖もあげれば余裕でしょ?」
帰り道、村が見えてから思い出したが、あの少年との約束を果たさないとだな。
森を抜けると、森と村の間にあったはずの亡骸は消え失せ、ただ血の跡だけが残っていた。




