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どうしてこうなったのか 1

 話を先に進めるべきなのは分かっているが自分の気持ちを整理する意味を込めてここで、これまで何があって今に至ったかを思い出したいと思う。そもそも()()はボクにとって生まれて初めてのライブ参戦という記念の日になるはず……だった。



 ――四月某日――


 今日はボクの最推しである《ゆいすん》が所属する地下アイドルグループ《チギュラブズ》のライブ当日(本命はその後のチェキ会)。そして今ボクはそのライブが行われる建物の目の前に立っている。

 一年前、ボクはゆいすんと運命的な出会いをし、それから一年間、彼女に相応しい《漢》に成るべく仕事と運動に勤しみ、ダイエットにも成功、美容院にも初めて行って身嗜みも整えた。コミュ力を鍛えるためにネット配信を見ながらチャットで挨拶を繰り返したりもした。


 だがボクの脚は意思に反し、ここまで来て動かなくなる。地に根を張り、頑なに進もうとしない。理由は分かる。……怖いからだ。


 今の自分が一年前のそれとは大きく違う自信はある。実際、体重は二十キロ以上落ちたし、服も今日のために買い揃えた。しかし相手は地下といえどアイドル。本来ボクなんかと釣り合いの取れる相手ではないのだ。

 

 他の人からすれば『ただライブに行くだけで何言ってんだコイツ』と思われるだろう。だが、中学受験に失敗し、そのせいで家庭崩壊にまで発展した過去を持つボクの肥大化した自意識、被害妄想は、当然のようにこう考えてしまうのだ。


 『ボクはここにふさわしいのだろうか』……と。


 こうなるともうダメだ、思い出す必要のない、脈絡のない過去の失敗やトラウマの様な嫌な過去を大小構わず思い出してしまい……自己嫌悪に陥る。


 一年間、必死に過去の自分を振り切るために頑張って来たけど……帰ってしまおうか。とすら考える。


 何もない部屋に、趣味のない自分に、何もかもが中途半端な生活に。


 そもそもの始まりは先ほども触れたが中学受験の失敗から始まっている。受験当日、過去類を見ない緊張感に襲われた、あの時のボクは普段の実力を出し切れず、本命だった有名進学校に落ちた。その後滑り止めに受かりはしたが……父親は満足せず、それ以来ボクに目を向けなくなった。

 第一志望ではない学校ながらもそれなりに楽しく過ごしていたある日、家に帰ると珍しく父がボクよりも早く帰宅していた。

 

 リビングには父と母、そして知らないスーツ姿の賢そうな男性。

 その人は弁護士だと紹介され、大切な話があるから座るよう言われた。

 そして面と向かって()()()()()()()()()()()()()()男性はボクに『俺の息子がこんな出来損ないなハズない』そう思って勝手にDNA検査をした。と告げた。


 結果は……。


 意外かもしれないが、その話をされた時、ボクはあまり驚かないどころか少しだけ納得した。その態度が()()を刺激したのか、彼はその日以降、一度もボクと言葉を交わしていない。


 その後、両親は離婚、年の離れた兄は元々別に暮らしていたが籍を父に、ボクは母と暮らすことになった。

 母は荒れた、理由はわからないが彼女の中ではいつの間にか自身が被害者ということに記憶がすげ変わっていたらしいのだ。

 そして学費の問題でボクは私立中学に通い続けることが困難になり……公立へと転校、イジメられ不登校に。

 何度も思った、『どうしてこうなった』、思うたび最後は自己嫌悪。


 中学卒業直前、母の友人?が引きこもっていたボクを無理やり、文字通り家から追い出し『二度と帰るな』と告げてきて、ボクは十五歳にして住む家を無くした。


 幸い、兄と連絡を取る手段は残っていたので『この世を去る前に最後に一度、話しておこう』くらいに考えたボクは公衆電話から兄に連絡をした。


 事情を知った兄は決して高い給料ではないが住む所と働く所を知ってるから、卒業する日までうちに来い。と言ってくれた。


 そしてボクは兄と兄の彼女が住むマンションに一月ほど居候させてもらい、今の会社に雇ってもらえることとなった。


 優秀な父と兄の後を追うことを義務付けられ、勉強しかしてこなかった幼少期、イジメから引きこもった中学生活、そして突如として一人暮らし。

 決して多くはない給料、人付き合いをしなくて良い職場。


 どんな人間が育つと思いますか?

 ボクみたいな人間ですよ。

『とにかく失敗を恐れ、他人を避け、何にも執着できない』典型的な無キャラ。

 ただ生きてるだけの日々。


 そこに舞い降りたのが、彼女だった。


 大した出会いじゃない。そもそも出会いとは言えない。多くの人はそう言うだろう。ボクも別にその意見を否定はしない。ボクのこの思いは別に『付き合いたい』とか、下世話な言い方をすれば『ヤリたい』とか、そういう感情ではないと断言できる。ただ、ボクの人生に彩りをくれた彼女の人生にボクも存在させて欲しい。それだけなんだ。



 本当にそれだけなのに……。脚が進まないんだ。

 怖い、怖い。

 もしキモいと思われたら、もしダサいと思われたら……そんな被害妄想に近い思考が脳内を埋め尽くし、何もできないまま時間だけが過ぎて開演の時間がすぐそこに迫ってる。

 何人もボクの横を抜けて会場へと入っていくのを見送った、「あのぉ……」と背後から聞きなれない声で話しかけられたのは、ちょうどそんな時だった。

 

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