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逃げるは勝ちだが膝にくる


 コチラへ向かって駆けてくるゴブリンたち。

 数は三体。その内、一体は大荷物のせいで遅れ、足並みは揃っていない。

 先行するゴブリン二体はボクではなく、レオナの方を見ている。コチラが武器を持たないことはバレている。なぜボクでなくレオナを狙う?どちらかと言えばレオナよりボクの方が弱そうに見えるはずだが……。


 ……毒か。

 ヤツら、レオナが未だ毒で弱ってると思ってるのか。ボクは先行のゴブリン二体へ足元に落ちてる小石を拾って投げた。直撃とはいかなかったが注意は引けた。

 

「やーいやーい!アホゴブリン!こっちにこーい!」


 ボクは多少わざとらしく大きな動きでゴブリンたちを挑発する。


「ゴブリンびびってる!へいへいへい!」

「…………なにやってんの?」

 ゴブリンたちにお尻を向けて、ぺんぺん叩いているボクにレオナは呆れた目を向ける。そんな目で、ボクを見るなッ!……これはキミの為にやってるんだぞ!


「……あのさ、あたしさ、先月、成人してすぐにジョブ鑑定受けたんだ。そこで、戦士【軽】ってジョブだって言われて……凄く、……嫌だったんだ」


 レオナが唐突に自分語りを始めたが、はっきり言ってボクはそれどころじゃない!お尻ぺんぺんが想像以上に刺さったらしく、ゴブリン二体は叫び声をあげ、手に持った武器を掲げながらボクのほうへ向かってきているからだ。


「あたし、憧れてる人がいてね!ティグレは……その人が昔使ってた武器でさ。もう、いらないって言うから無理矢理、あたしが貰ったんだ」


 少し離れた位置にいるボクに聞こえるよう、レオナは声を張り上げてくれているが、コチラは一切の余裕がなく、内容が入ってこない。 


「ぜぇ!はぁっ!はぁ!……っー!」

 逃げる逃げる、とにかく逃げる。グルグルと逃げ続けるボクとゴブリンたち。このままではお互い混ざってバターになりそうだ!


「あたし、あの人と同じ戦士【重】になりたかった。そしたら、あの人に少しでも近づける気がするから。でも……現実ってそんなに上手く行かなくてさっ!」


 レオナの戦斧をガムシャラに振り回すゴブリン。乱雑に放たれた攻撃を軽々避けるレオナ。

 対照的に、鼻水やヨダレを垂らしながら逃げ回り、何度も足がもつれているボク。

 


「でも今は、今だけは戦士【軽】ってジョブで良かったな。って思える――」


「……ぜぇ、ぜぇ…………ぜぇ…………」

『グゥー……グゥー……』『ゲヘェ……ゲヘェ……』

 レオナはコチラに聞こえるようずっと一人語りをしているが、コチラサイドはなかなかに満身創痍だ。

 ボクだけじゃなくゴブリンたちもスタミナが切れかけてる。さっきまで降っていた雨のせいで地面は泥濘(ぬかる)んでいるからだ。そんなところで鬼ごっこを続ければ膝にくるし、体力もみるみる奪われてしまう。

 

 頼むレオナ!ボクはもう限界が近い、自分語りは後に取っておいて、さっさと回収してください!

 と、言いたいが、喉が渇いて張り付き、声も出ない。


「――《影舞(シャドウステップ)》」


 偶然、逃走方向の関係でレオナが何をしたか見ることができた。……見ることはできたのに、そのあまりの素早さに、何が起きたか理解が及ばなかった。唯一わかったのは『ジョブスキル』と呼ばれるものを使っただろうということのみ。


「よっしゃ!取り返したよ!逃げるんでしょ!?どっちに行けばいいの!?」


 さっきまでゴブリンの手に握られていたはずの戦斧は、いつの間にか本来の持ち主の元へと戻っていた。

  

「……あ、うん!あ、あっち!……ボクの方向感覚が、た……正しければ……向こう!」

 

 ボクは指を刺し、そちらへ方向転換する。

 もう脚は限界に近いが、あと一踏ん張りだ。

 今は逃げて、逃げて、立て直そう。


 ――――――――


 ゴブリンたちは途中まで追ってきていたが、撒いたのか、諦めたのか、しばらくしないうちに気配が消えた。


「オエッ……、うぅ……はぁ……はぁ……」

「……ふぅ……、疲れた。もう無理……走れない」


 ボクらの脚に限界が近づいてきた頃、森の終わりが見え、来る時に立ち寄った農村も見えた。


「はぁ……はぁ……あぁあぁあ……疲れた……」

 ゴブリンに出会ってからこっち、走ってばっかりな気がする。

「もう無理!一歩も動けないっ!」

 ボクより走った距離は少ないが、見るからに重い武器、軽装備とはいえ、金属の防具。なぜ完治したかは分からないが、病み上がりの身体で全力疾走を続けたレオナは村を守るように設置されたの柵を見つけて、その場にへたり込んだ。

「……ふぅ……」

 ボクも同じように地面に腰を下ろす。一息ついたことで嫌なことを思い出した。


「ボクら、……またクエスト失敗してるんだよね」

「……今ソレ、言わなくて良くない?」

「そうだけど……、どんな顔して帰ればいいのか……」


 分からない。

 恥ずかしいという感情よりも、申し訳ないという思いが勝る。これは向こうの世界にいた時のボクには無かった感情だ。向こうにいた時は『自分』が常に最優先だったのに、ここ最近、少し自分の中で変化が起きたらしい。……自分なりに冒険者としての自覚や責任感が芽生えてきたのだろう。


「ギルドハウスに戻って、失敗しました!って報告するまでは失敗じゃないんだから、やり直せばいいワケ。わかる?」

 地面に肢体を投げ出したままのレオナはなにやら急に名言っぽいものを言い放った。


 ……らしくない。ボクは失礼ながらにそう感じ、「それはさっき、ジョブスキル?を使う前に話していた人の言葉?」と訊ねた。

「まぁ……うん。……はぁ、もう遅いし、どっかの納屋でも借りよう?脚痛いし」

 レオナはあまりその話をしたくなさそうにしている。……なんでわざわざあんなタイミングで話し始めたのかと疑問に思っていたが、……なるほど。ちゃんと聞かれるのが嫌なのか。

 

「そ、そうだね。うん……」ボクはレオナの気持ちを慮り、それ以上の追求はしない。

 

「……いいよ。あたしがお願いするから、アンタは後ろで深妙な顔でもしてて」

「ご、……ごめん」


 今の短いやりとり、レオナの中でボクに対する解像度が上がってるのを感じた。……知らない人に話しかけるのに勇気がいるタイプのボクに気を遣ってくれたレオナに心の中で盛大に感謝した。


 が、ボクはその後、物事ってのは思った通りにいかないほうが多いと知ることとなる。


 ――――――――


「じゃあ、そういうことだから!」

「くっ……、……わかった。……また明日」

「うん!おやすみぃ〜!」


 ボクは一人、ヤギに似ているが何処か違う謎の生き物たちが眠る納屋の一角へと向かい、レオナ満面の笑みで村長の家へと入って行った。

 

『こんな小さな子が納屋で寝るなんて良くないわ!』

『それも男となんてダメよ!ウチに泊まりなさい』

『お前は男だから何処でもいいだろ?納屋の端の方を貸してやる。火は使うなよ』

『転移者か……、特別なチカラを持ってるんだろ?……え?塩を召喚できる……?なんだそれ。冗談か?……まぁ貰えるもんは貰ったか、……宿代だな』

 

 と、まぁこんなやりとりがあり、今に至るのだ。

 

 ボクも家の中で寝たかった気持ちはあるが、彼らからしたらボクは素性の知れない他国民、……どころか異世界人だ。王都から離れた農村の人たちからしたら奇妙で、異質で、異様な存在だろう。冒険者という身分、レオナという小さく可愛らしい見た目の仲間、この二つがなければボクはきっと納屋すら貸してもらえなかったかもしれない。

 そもそもコミュニケーションすら怪しいんだから……。


 ……納屋を貸してもらえただけ有難いと思わないとダメだな。うん。

 それに……平気そうにしていたが、レオナはまだ一応、病み上がりだ。大量の体力を失った今、毒の効果が再発する可能性もあるし、矢傷にばい菌が入る可能性もある。こんな……糞尿の香りが充満した清潔とは程遠い場所より家の中の方が安心だ。


 今日は間違いなく、人生で最も長く、必死に走った日だ。泥のように眠るだろう。……明日、朝起きたら絶対筋肉痛だ……。レオナの言葉を信じてみよう。


「塩、召喚」


 右手で塩を召喚し、左手のひらに落とす。

 それを数粒、指先でつまみ舐める。

 ……当然しょっぱい。ただ、やはりモノがいいらしく口に残らない。

「これで明日の朝、疲労が取れてたら……」

 まだボクは半信半疑だ。


 もし、……本当にレオナの言った通り、ボクの召喚する調味料になんらかの副次効果があるなら……。


「きちんとこのジョブ(チカラ)と向き合うべき……かもな……」


 横になり、どうすれば自身がこの世界で活躍できるかなんて浅ましいことを考えようと思っていたら、いつのまにか寝ていたらしく、気がついたら朝になっていた。



『ンゲェェェ』『ンゲェェ!』

 ヤギのような生き物は地獄のような鳴き声でボクを起こしてくれる。


「……可愛くないにも程がある」


 恐らく餌用に置かれていた(ワラ)から這い出るボク。寝ている間に沈んでいたらしい。


 今日はいい天気だ。


 

 さて、………………どうしたものか。

 レオナが昨日言っていた『クエスト失敗と報告するまでは失敗していない』という言葉。

 あれはこの昇格のかかったクエストを続けるということだろう。それ自体はボクも賛成なのだが、問題は難易度が格段に上がったであろうということ。


「……ゴブリンたちはボクらを()()()()()()()

 昨日までは、……ヤツらに出会うまではコチラが一方的にその存在を知ってるというアドバンテージがあった。だが、今はそれがない。


「……ボクらを準備万端で待ってる可能性や逃げた可能性もある。……もし仲間が多くいるなら、こちらへ大軍を率いてやってくる可能性も……」

 この村の人たちのことを思えば素直に失敗を報告すべきだ……。


 とにかくレオナに今の考えを伝え、二人で話し合うべきだろうな。

『ンゲェ!ンゲェェェ!』

 ヤギのような生き物は納屋の中を彷徨いながら思案にくれるボクを見て騒ぎ立てる。


「朝からごめんね、もう出て行くよ」

 ボクは一晩を共にした彼らに別れを告げ、レオナの泊まった家へと歩を進めた。

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