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斧と森とゴブリン 3


 ボゴッ!と鈍い音がしたと思うと同時に「やばっ!?ごめん!ホントにごめん!あたし、そんなつもりじゃなくて……」というレオナの言葉が聞こえた。

 

 しかし、実のところ、ボクは顔面を襲った謎の痛みで一瞬、気が遠くなってしまっていたので彼女が何に向けて謝っているのか分かっていない。

 しかし、レオナ申し訳なさそうな顔を浮かべボクを見ている。……なるほど、とりあえず謝罪を受け入れよう。

「ごめんなさい!ホントにごめんなさい!」

「……あ、あ……うん。――いたっ……」

 衝撃から少し遅れてやってきた痛みの走る鼻に触れると、手に少量の血がついた。どうやら鼻血が出ているみたいだ。ボクはここでようやく自分が『殴られた』のだと気がついた。

 殴られた側が気づかないほどの速さ、これが戦士【軽】のスピードか。なんてテキトーな感想が思い浮かんだ。

 

 除菌のつもりで塩水で布を洗ってからレオナの傷口へと当てたのだが、それは文字通り『傷口に塩を塗る』になったわけだ。うーん、殴られて当然だな、と納得。……生理食塩水ってもっと薄かったっけ?

 

「ほんとごめんってー……」レオナは悲壮感の漂う表情を浮かべたまま謝罪し続けている。もう少し見ていたい気持ちもあるが、ボクも悪い部分はあったし、やめておこう。

 

「……いや、いいよ。こっちこそ荒っぽいやり方しか知らなくてごめんなさい。……これ、この布で腰のところ押さえて。ちょっと強めにね」

「うん。ホントごめん。あと……ありがとう。ってさっきの布じゃないのそれ!?」

 キシャーッ!と猫みたいな威嚇をするレオナ。テンションの乱高下が激しいなぁ。

 

「違うよ。塩水で洗ったのはこれ、こっちは違うやつだから安……心して……?」

 あれ?なんだ?なんでだ?ボクは今、不穏()()()()違和感を覚えた。なんなんだ?ボクは今、何に引っかかっているんだ……?まるで魚の小骨が刺さったような……。

 

「くっ……!いったぁ……。これでほんとに血止まるの?」レオナは顔を顰めながら傷跡に布をあてる。

「え?あぁ……うん。……たぶん」ボクは枝木についた雨水で鼻血の付いた手を洗いながら今覚えた違和感の正体について考える。

 

「たぶん?………………だーかーらー、ごめんって!矢を抜く時の痛みが想像の何倍も痛くて、思わず身体が動いちゃったの!殴りたく殴ったワケじゃなくて、……ホントごめん!…… …ってなに変な顔してるの?え?もしかして、あたしの顔に何かついてる?」


 …………ボクが考え事に集中し、何も言わずにいたことでレオナは怒っていると勘違いしたらしい。

 もう少しで小骨が取れる……じゃなくて、違和感の正体が掴める気がするから少しだけ静かにしてくれないかな。


「ちょっと!いつまで黙ってんの?ってあれ?雨やんでるじゃん!……そういえばアンタ私の斧(ティグレ)、置いて来たでしょ?……ってなんなのさっきから!もう!いい加減なにか言いなさいよっ!」



「………………レ、レオナ」

 ボクは雨を確認するよう、木陰から出て空を眺めるレオナを見た時、違和感の正体に今更ながら気がついた。

「はぁ……。さっきまで詰まらずに言えてたから『ようやく慣れたんだな』って一安心してたのに……。いつになったら普通に呼べるようになるワケ?」


「レオナ……。キミ、なんで……、……なんでそんなに元気なの?」

「え?なんでって、刺さってた矢、抜いて、……言われた通り布で傷口押さえて……、……あれ?」

「そ、そうだよね。……さっきまで毒で弱ってたよね?間違いなく、毒矢で弱ってたよね?」

「……うん。うん?あれ?……なんでだろ?」


 呼吸するので精一杯といった様子だったはずのレオナが今やピンピンしてる。毒矢なんて最初から受けてないかのように。

「んん?」「……どういうことなんだろう?」

 ボクもレオナも二人して顎に手を当てて首を傾げる。レオナはもう矢傷に当ててた布を持つ手も外してる。にも関わらず出血はしていなそうだ。


「……もしかしえ解毒草持ってた?」「いや、買おうと思ったけど……」買ってない。値段的な問題もあったけど、それ以上に《解毒草》という言葉をボクが信じられなかったからだ。

 

 なに解毒って!?どんな毒に効果があるの?全部?全部の毒に効果があるってどういうこと!?って思って店員さんに聞いてみたら『だいたいの毒に効果がありますよ』と返ってきた。いやいや、現代日本で生きてきたボクはそんなの信じられないでしょ。


「じゃあその辺で拾った?」「塩と水を混ぜるのに大きめの葉を使ったけど……、それが解毒草だったとか?」……そんな奇跡あるかな?

 でも状況的にそれくらいしか可能性は……。


「じゃあさ、その、アンタの()()()()()に解毒効果があるとか……?」

 …………何を言ってるのだ、この脳筋少女は。


「きっとそうだよ!だってアンタ《レベル6》なんでしょ!?普通の召喚術にはない『召喚したものに特殊な効果が付与される』みたいな能力(チカラ)があってもおかしくなくない?」……なくなくない?

「……『召喚したものに特殊効果』……?それは流石に――」


 確かに、カミサマが《褒賞(ボーナス)》とか言ってたことを思い出す。『調味料を召喚できる』()()なんて冗談みたいだなって……。けどレオナの言う通りだときたら……流石に「――都合良すぎじゃない?そ、それに、出血が止まってる方の説明がそれだとつかないじゃないか……」

「……でも、それ以外に考え――、危ないッ!」


 レオナがボクを突き飛ばす。

 

 急に押されたボクはそのまま後方に倒れ込み、尻餅をついた。「いてて……」なんて言いながら腰に手を当てる。レオナはこういう事を冗談でもしないタイプだと、短い付き合いながらボクはもう十分に知っている。「敵!?」とボクは端的に訊く。


 レオナは明後日の方向を見たまま動かないので、ボクもその方向を見る。


「………………なんだこれっ?!」

「……わかんないッ!」


 ボクとレオナの視線の先、本来ならこの森を形成する木々が生えているだけ、のはずが、そこには異質で異様な壁がいつのまにか生成されていた。

 半透明、向こう側が見える。

 少しだけ波打ってる。個体じゃない?

 液体?だとしたら何故、あんな壁みたいに建っていられるのだ?物理法則はどこに消えた?


「……水属性の魔法?」

 レオナが確信なさげに小さく呟く。魔法、そうかこの世界にはソレがあった。自分と関係ないせいですぐにその選択肢が浮かばなかったが……、それ以上に「誰の……?」と疑問が浮かび、口に出た。

「知らない!」レオナは少しイラッとした様子。

 ボクらはみじろぎ一つせず水壁(それ)を観察する。

 

 滝とも違う。水壁(それ)は地面に向かって降ってるわけでなく、ただ水が壁のように存在している。……まるでそこに巨大な水槽でもあるかのように。


 向こう側人影のようなものが見えた。

「なんだろう……向こう側に、誰かいる?」この魔法を使った人か?

「あー!そうだ、違うッ!アレはゴブリン!アイツらがさっきチラッと見えたからあたしはアンタのこと押して、アイツらの弓矢から逃がそうと……」

 思って押したら、謎の水壁が現れた。ということだろう。……正直、ボクもゴブリンの存在を忘れていた。目の前の光景がそれほど強烈なものだからだ。

 

「あっ!アレッ!あたしのティグレ!」

 水でぼやけてよく見えないが、水壁の向こうにいるゴブリンのうち一体がなにやら、その体格に似合わない大ぶりの武器を持っているように見える。

 あれは……ボクが置いていった、レオナの戦斧か。

 やはりゴブリン。アレを拾っていたらしい。

 

『……!』『……!』

 水壁の向こう側でゴブリン共が騒いでいるような姿が見える、しかし水壁で遮られて声は聞こえない。


「とにかく、水壁(あれ)について何もわからないけど、あれのおかげでゴブリンはこっちにこ、れな……ええ?!」

 ボクの喋ってる真っ只中に、水壁がなんの前触れもなく崩れ、一瞬で辺り一面に水溜りを作る。ボクらは流れてきた水に押されて、体勢を崩す。

 反対側にいたゴブリンは背が低いからボクらよりも抵抗ができず、向こう側に流され距離が空いた。


「――レオナ!ゴブリンと距離ができた、今ならきっと逃げきれる!逃げよう!」

「――はぁ?何言ってんの?あたしには逃げるなんて選択肢はない!今ここで取り返すの!あたしの戦斧(大切なもの)を!」

「レオナ?!なにを言ってるんだ!今は()()()平気そうだけど、キミはさっきまで矢傷と毒で満身創痍だったし、ボクは今も脚と肩が……」


 自分で言ってて気がついた。さっきまで確かにあった痛みや疲労が弱まってる。……完全に消えたわけではないが、さっきまでのそれと比べると段違いに身体の調子がいい。……レオナの言った通り、ボクの召喚した塩に特殊な効果が付与され、回復効果があったとでも?たとえ仮にそうだとしても、それがゴブリンとの戦闘に役立つとは思えない。相手のゴブリンは見えてるだけで三体。武器もないボクらの敵う相手じゃない。


「違う可能性もあるんだけどさ。あの水、あたしが操ってた。…………っぽいかも」

「……ん?…………え?どういうこと?」

 こんな時になんの冗談だ?

 

「さっきあたしがゴブリン見つけて『ヤバいっ』って思ったら水の壁が現れて。そのあと、ティグレを取り返すためにはこの水、邪魔だなって思ったら急に水壁が壊れて……。これってあたしが操ってたってことにならない?」


「……い、いや。それはきっと偶然が――」

「――くるよ!」

 水で流されたゴブリンたちが体勢を立て直してコチラへ向かってくる。戦斧を担いだゴブリンだけはソレが重いのか足取りが遅れてる。


「レオナ!行くな!素手でどう戦うつもりなんだ!」

「あっ!?つーーーっ!」

 ゴブリンに向けて走り出していたレオナは急ブレーキをかけて立ち止まる。なにか勝算があると期待していたが、ただ忘れていたのか。命懸けのおっちょこちょいはやめて欲しい。


「一回農村に戻って立て直そう!準備を整えたらすぐまた来ればいい!」

「……やだ!ティグレをどこかに隠されたり、アイツらバカだから失くしちゃう可能性もあるでしょ!目の前にある今!あたしはアレを取り返したいの!」

 レオナはそう叫ぶと手を前に出したままのポーズで固まった。なにか出そうとしてるのか。


「なんで?!なんで出ないの?!さっきは出たのに!」

「キミは戦士だろ!魔法の才能がないって自分で言ってたじゃないか!」

「……っ!じゃあどうんすの?!あたしは逃げない!だから作戦はアンタが考えて!」


 つーっ!…………無茶言うなよ!

 レオナは未だに未だに手を下げず、唸っている。


 

 ……ボクは逃げたい。レオナは戦斧を取り返したい。……二律背反。

 とは言えないのか……?……一応最低限の、策と言える程ではない愚策のようなものが思いついた。


「あー……もう、わかった!キミは戦斧を持ったゴブリン担当!あとの二体はボクが引きつける!」

「はぁ……?アンタが戦うって?なんの冗談?」


「違う!……ボクは戦わない。全力で逃げ回る!だからキミも戦斧を取り返すこと()()に集中して!そして回収ができ次第、全力で逃げる!反論は聞かない!二人の意見の折衷案だ!」


「……よくわかんないけど、時間はなさそうだし乗った!……ゴブリン相手に死なないでよ!!」

「……頑張るっ!」


 

 …………いつからボクは他人の想いの為に命を張るような事できる人間になったんだ。そんな、後悔が脳内を駆け巡りながらも、生まれて初めて、ちょっとだけ自分で自分を誇らしく思えた。


 本当は今すぐにでも泣きそうなくらい怖いけど、なんて考えてるうちに……ゴブリンはもう目の前だ。

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