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斧と森とゴブリン 2


 人を抱えて走るということの難度と疲労をボクは読み違えていた。ぬかるんだ足元、慣れない森の中、投石により痛めた肩、という要素も重なりボクらの逃走劇はより困難を極めた。


 道なき道を進んできた結果、服や靴で覆われていない部分、……つまり顔は枝葉によって擦り傷だらけ。レオナを抱えているので足元が見えず、何度も転び掛けて、その度に脚の筋やら筋肉を痛めた。


「……はぁ……んっ!がはっ!ふぅ……」

 何も意識していないのに、声が漏れる。肩の痛みを脚腰の疲労が上回りそうだ。

 しかし、レオナはボクがどれだけ騒ごうと、揺らそうと目を覚さない。


 肩に乗せた彼女の顔に耳を近づけると「ひゅぅ……ひゅぅ……」と微かに呼吸する音が聞こえるので生きてはいるが、明らかに衰弱し続けている。  

 ……とにかく、レオナの腰に刺さったままの矢に塗られたであろう毒を早急にどうにかしない事には、彼女を連れて逃げ切れたとて、回復は絶望的かもしれない。


 ……と、まぁ二人とも満身創痍で絶望的な状況だが、一つだけ朗報がある。それはゴブリンの追ってきている気配がずっとしてない、ということだ。


 ボクはこの事にいくつか仮説をたてた。

 

 一つ目は、『レオナの戦斧を置いてきた』というものだ。

 重量的な意味も勿論あるが、それとは別に『ゴブリンは光り物に目がない』と防具屋の店員さんが言っていたからだ。もしそうなら、今頃ゴブリンどもはレオナの大切な戦斧を喜んで巣に運んでいるだろう。 


 それと、更に言うなら、『子ゴブリンの亡骸を確認した』というのもあるかもしれない。


 教育的なテレビ番組で偶に、『命懸けで子を守る動物』的な映像が流れているが、実際のところは知らないが、ボクはあれを()()()()()()()()()()だと考えている。

 

 大半の野生動物は『死んだ仲間』に興味を示さない気がする。

 

 故にボクの考えはこうだ。

『子ゴブリンを守ろうと親、もしくは仲間のゴブリンが弓を引く→ボクらが逃げる→子ゴブリンに近寄る→子ゴブリンは既に事切れていた→ぴかぴかの斧をゲット→わざわざ逃げたヤツを追わなくていいだろ』

 

「我ながら都合が良すぎる……。ギルバートさんに言ったら怒られそうだな……」

 

 実際のところはわからないが、死んだ仲間の仇討ちなんてのは人間だけの習慣だとボクは思ってる。『魔物』がどう考えるかは知らないけど、反撃のリスクを負ってまでやらない気がする。


 あとは……、レオナに毒矢を()てた。というのも理由になってるかもしれない。


 毒の種類にもよるが、もしも近いうちに毒が周り死に至るのが分かっているのなら、無理して追わずに痕跡を追いかけよう。みたいな可能性もあるのでは?

 ……まぁその場合、ボクが感知してないだけで、今も追われ続けている事になるのだけど。

 

「はぁ、はぁ、……なんだそれ……コモドドラゴンかよ……」……ボクも疲れてるな。思考が迷走してる気がする。……でもきっと、この考えのどれか最低でも一つ、もしくは複数が今の状況を作ったと思う。そうでなければ説明がつかない。

 

 理由はわからないが、とにかく今は『追われていない』という幸運を享受しよう。たとえそれが、ボクの思いすごしだとしても。


「……はぁ、……っはぁ……体は……疲れてるのに、頭は勝手に動くの……なんでだろう……」

 元々、無駄に考えて足が動かなくなるタイプの人間という自覚はあったが、体力を使い切ると思考が空回りし始めるとは我ながら変な性格だな……。今まさに無駄なカロリーを消費してる気がする。

 

 ポツリ……ポツリ、と音が聞こえた気がしたので上を見ると、雨が降り出していた。

「最悪だ。……一昨日、降ったばかりじゃないか……」


 大きな木々が鬱蒼としているくせに、それら天然の傘をすり抜けた雨たちがボクらを襲う。

 いざという時のために距離を取りたかったが仕方がない。どこか、一時的に避難できるところを見つけないと……。投石を受けた肩はもう、ろくすっぽ動かないし、レオナの呼吸音は雨でかき消されたのか、聴こえない。


 洞窟、もしくはちょうどいい木の陰なんかが見つかればいいのだけど……。


 ――――――

 

 ……ありがたい事に、目的の場所、雨風を凌げるような、いい場所がわりとすぐ見つけられた。

 大きな木の(うろ)だ。そこに入って溜まっている落ち葉の上にレオナをゆっくりと下ろし、ボクはようやく一安心した。

 

「……つ、つかれた……。もうダメだ、一歩も動けない……」

 

 もし今、座ったら二度と立ち上がれない気がしたのでボクは木に寄りかかるだけにしておく。


 ……さっき降り出した雨は思いのほか弱く、遠くの空には晴れ間も見えた。これではボクの残してきた痕跡を掻き消すには至らないかな。なんて考えていると……、「ゲホッ……ゲホッゲホッ……」と、雨で体温が奪われ体調が悪化したのか、レオナはさっきより苦しそうに咳をし始めた。

 

「……たぶん、逃げ切ったよ。たぶんだけど。……なにかして欲しいことはある?」


 とは言ったものの、レオナはボクの声がけに反応すらできていない。そして……今のボクは、彼女に何が出来るのだろう?持ってる知恵を総動員したところでそんなもの……。


 ダメだ。思考がネガティヴな方向に進み出した。身体中、あちこちが痛いのと、雨雲で太陽が隠れてしまったせいで、暗い思考に飲み込まれそうになった。

「うおおお!」

 パチンッ!ボクは自らの両頬を叩き、気合を入れる。元気担当のレオナがこうなったんだ、ボクが代わりに元気出さなきゃ!と思ったからだ。

 ……古い漫画でよくある描写を真似してみたけど、意外とこういうのって効果あるんだな。さっきまでよりも明らかに思考がクリアになった気がする。 

 

 よし!先ず、するべきことは失った体温を戻すことだ。身体が冷えたままだと体力を失い続けるっていうし、毒の抵抗力的にも最優先だろう。


 だが、火は起こせないし、起こさない方が良さそうなので、とりあえずボクの外套を掛けておくことにしよう。「新品だから……たぶん臭くないよ」と保険をかけながらソッと寝ているレオナに掛けた。

 

「……あり……がとう」

 と小さくレオナが言った。

「無理に話さなくていいよ」

 ボクは急激な冷えに耐えながら返事をした。外套がないだけでこんなに寒くなるとはナメてたな……。

 

 火を起こしたい……。がそれはダメだ。

 枯葉や、枝が雨で濡れたのもそうだが、それ以上に問題がある。それはケムリが目立つということだ。仮に今、ボクの仮説通りゴブリンが追ってきていないとしても、ケムリを見つければやってくる可能性がある。

 それにそもそもこの森にいる外敵がゴブリンだけじゃない可能性もある。……ボクらがここに居るとできるだけ知られたくない。交戦出来る準備は何一つできていないのだから。

 

 次にできる事を考える、……レオナの腰付近に刺さったままの毒矢を外してあげたいな。


 ……しかし(やじり)の大きさ、形状次第では抜く事で大量の出血を伴うかもしれないし、最悪の場合、鏃が体内に残るかも……。

 

 ボクは元いた世界のドラマなんかで見た知識を必死に思い返す。海外ドラマで観たのはたしか……。

 

「うん。まず綺麗な水と清潔な布がいるな」

 革製の水筒に入った水は残り僅か、雨水を利用しよう。

 布は……外套は革製だから無理。中に着ているシャツを裂いて雨水で洗えば……()()()()に清潔な布も手に入る。


 問題は解毒だ。考えた通りに上手くいき、出血を抑えられたとしても毒はどうにもできない。

 

 とにかく、手持ちのアイテムを確認しよう。

 

 ……革製の水筒、黒く固いパン、干した謎肉。切れないナイフに火打石、杖は……。「……置いてきたんだったな」まぁ今はなくても問題ないか。……買ったばかりなんだけど……レオナの戦斧と同じ場所に捨て置いてしまった。

 

「……あとはボク自身のジョブ……」


 召喚術師【調味料】……なんの役にも立ちそうにな――……いや、今なら生理食塩水が作れるか……。

 

「いや!そんなもん作ったとてっ!」なんの役に立つのか。

「……うる、さい……」

 一人絶叫したボクの声にレオナが反応した。

「レオナ!大丈夫?大丈夫なわけないよね、今それ抜くから!」

 ボクは大急ぎで服を脱ぎ切れないナイフで服を裂こうとするが、案の定切れないので諦めて歯で噛み、力尽くで引き裂く。

 大きな葉を拾い、その上に塩を召喚。

 ひと摘みして舐めてみる。……当たり前だがしょっぱい。………………もうひと摘み。

 身体が塩分を求めていたらしく、とても美味しい。知らぬ間にかいた汗で体内の塩分を排出していたのかも。


「ぺろぺろ……って、そんな場合じゃないだろ!」

 虚しい一人ツッコミ。


 召喚した塩を乗せた葉に水筒の水をかける。……生理食塩水って何%だっけ?受験生の時に覚えたはずなのに、七、八年も前のことだから思い出せない。

「ペロッ……。濃いな……。……でももしかしたら濃いと、解毒作用あったり……?」しないだろうな。

 もっとちゃんと勉強しておけばよかった。


「……ねぇ、なに……してんの……?」

「腰に刺さってる矢を抜いた後、患部を押さえつける布を作ってるんだよ。傷の深さはわからないけど、出血する可能性が高いからね」

 圧迫して出血を抑えるつもりだが、素人のボクにできるか……。いや、やるしかない。

 

「そんなの……手で押さえとけば……」

 なるほど、こちらの衛生観念だとそうなるか……。

 

「手はほら雑菌とかあるし、敗血症って言うんだっけ?あれも怖いし、……まぁいいからレオナは休んでてよ」

 


『ゴホッ……』と小さく咳をしながら、向こうを向いて寝転びレオナは静かになった。

「……行くよ……」

 背中に手を当て空いた手で矢を掴む。

 生まれて初めて見る矢傷にボクは躊躇う。こんなもの、現代日本で生きてたら普通見る事ないから……。

 

「……っ!ぐぅーーぅ!痛いんだけど!」

「ご、ごめん!」刺さった矢に軽く触れただけで痛みが走ったらしく、レオナは悶絶する。

 そりゃそうだ。傷口を触られるようなものなのだから。

「痛いっ!……痛いから!一回で終わらせてっ!!」

「あっ、そうだよね。ごめん。ガッと……いくよ!」

 ボクは深呼吸をして……、一気に引き抜くっ!


「いっ……ったぁぁああああいいい!!」

 レオナの絶叫を無視して矢の抜けた傷口にさっき塩水で洗った布を強く押し付ける。

「やった!上手く抜けた!思ったよりも深くなかったし、鏃も取れ――」


 ボコっ!!!!!




 

 

『傷口に塩を塗る』という(ことわざ)をボクが思い出したのは、勢いよく振り向いたレオナに殴られた後のことだった。


来年も頑張って書くのでよろしくお願いします!


一月一日から三日までお休みします。

仕事なので。

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