ルーキー卒業試験 2
「……」「そんなことが……」
ボクがコチラへ来てから、ここ冒険者ギルド《カスターニャ》へたどり着くまでの間に起きた事を話し終えるとレオナは長話に疲れたのか頬杖をつき黙りこみ、オリヴィアさんはショックを受けている。
「……なるほどのぅ……。そういった過去から『自分で選び、失敗すること』を過剰に恐れるようになったんじゃな」
そう、……なのかな。自分のことながら、それはただの言い訳にしか聞こえない気がして頷けない。
「…………つーか、アンタはさ!そのアイドル?に捨てられたわけじゃん!?二人でこっちきて、なんもわかんないまま『これからどうしよー』ってタイミングで、弱いから、なんも知らないから要らない!って捨てられたんでしょ!?」
レオナはボクの話を咀嚼し飲み込み、自身の怒りへと変換したらしく、バンッと机を叩き、その勢いで立ち上がり拳を強く握る。
「ムカつかないのっ!?見返してやろうとか!自称勇者の……ランパ――」
「ランドールさんです」ランドールの名前を間違えそうになったレオナにオリヴィアさんが小声で訂正する。……全員に聞こえてるけど。
「……そのランドールたちを超えてやる!みたいになるんじゃないの普通!?好きだったんじゃないの?そのアイドル?とかいうコのこと!」
レオナの熱量はボクの凍った部分を溶かすほどのものではない。
「……ならない、かな。あぁ……ボクはまた選ばれなかったんだ。くらいにしか思わなかった気がする」
思い返せば、その瞬間は確かにショックだった。でも引きずるほどではなかったと思う。コチラの生活に慣れることに忙しかったのもあるけど、それ以上に『捨てられ慣れてた』のかもしれないな。と自分で言ってて気づいた。
「父親だと思っていた男が自分を置いて、兄だけを連れて出て行ったから?」
レオナはまだ怒り心頭と言ったところか、座らず身体をテーブルの上に乗り出している。
……それもある。……それもあるし、……母親が『十数年の付き合いのある実の息子』であるボクよりも『数年、下手したら数ヶ月の付き合い程度しかない男』を選んだことも、ボクに捨てられることを慣れさせるには十分な理由だと思う。
「メガネのは、もう選ばれないこと、捨てられることに慣れすぎてしまったんじゃのう」「そんなのって、あんまりですよ……」ギルバートさんとオリヴィアさんはボク以上に、ボクの代わりに落ち込んでくれてしまう。ボクは当事者意識が低いのかもしれない。
今更だけど……ボクはずっと、誰かの言われた通りに生きてただけだった気がする。
「……でも――」
ボクは生まれて初めて他人に身の上話をした。したことで少しだけ楽になったし、わかったことがある。
「――いや、だからこそ、レオナに冒険者にならないかって誘われた時、嬉しかった気がします」
気恥ずかしくて表には出さなかったけど、今思うとボクはあの時、心の中で笑っていたと思う。
立ったままのレオナにギルバートさんとオリヴィアさんが優しく微笑み、レオナは……意外なことに赤面し、ボクと目が合うと顔を逸らした。
「ふーむ。……命をかける理由としては正直、弱いのう。この先ランクを上げていけば、危険が付きものじゃ。いざという時に踏ん張れる気概があるかと言われると難しいと言わざるを得んじゃろう――」
ギルバートさんは今までの話を聞いた上で総評する。言われてることに納得できる。できてしまう。
他の冒険者がどんな理由を持って冒険者という職業に従事しているのか知らないが、ボクはその中でもかなり理由が希薄な方なのだろう。
その自覚があるからこそ、もし今、ギルバートさんから冒険者失格と烙印を押されてもボクは否定しないだろう。
「――が、ワシは気に入った!」
ばんっ、と勢いよくテーブルにビールの入っていた木製ジョッキを置いたギルバートさんからの言葉はボクの想像と真逆。意外すぎるものだった。
「え?!それってつまり!?」
ボクよりも前にレオナが反応する。
「うむ、ワシが認める。昇格クエストなしでカッパーに上げてくれよう!」
「「おおっ」」「えぇ……」
ボクとオリヴィアさんは素直に感嘆したがレオナは違ったらしく、露骨に不満げな声をあげる。
「今の流れなら普通『カッパーも飛び級してブロンズじゃ!』とかなると思っちゃうじゃん!あー騙された気分!」
「おおぉ……赤毛の、おぬしちょっと都合よく物事を……、うむ!そんなおぬしらにはコレがちょうどいい難易度かもしれんのう……」
ギルバートさんが吠えるレオナへの説教を途中で止めて手元の冊子をじっくりと黙読し始めた。
「ドラゴン倒してこいとか言われるかな?」
「いや、ありえないでしょ。そんなクエストに行かされたらボク完全に足手纏いだよ。っていうかドラゴンってこの世界にいるの?!」ファンタジーの定番ではあるけど正直、いて欲しくないんだけど。
「ドラゴンはいますよ。ここ王都付近は常に兵士や冒険者さん達がいらっしゃるので姿を表しませんが、地方では未だにドラゴンによる被害が報告されています。ですが、シルバー以上のランクにならないと受注できませんので、シルバー以上の冒険者さんがいないウチみたいな弱小ギルドにはそのような依頼は来ないんですけど……」
「うむ。コレに決めた!」
ボクらがオリヴィアさんからドラゴンの説明を受けてる間にギルバートさんはボクらの昇格クエストを選んでくれたらしい。
《昇格クエスト》
『農村付近で発見されたゴブリンの巣穴の特定』
「農村っ!?ってことは王都の外だ!やったぁ!」
レオナは飛び跳ねて喜んでいる。そう言えば彼女は王都から出た事がないと言ってた。が、ボクはそれよりも別の単語が耳に残った。
「……ゴブリン」ってなんだっけ、聞いたことある気がする。たしか元の世界では緑っぽい色の小鬼?だったかな。小学校のクラスメイトがそういうモンスターの出るカードゲームで遊んでいた記憶があるのだけど、確信が持てない。
オリヴィアさんの方を見ると、彼女は何か言いたげにしている。しかし、ギルバートさんが自身の指に手を当て『しーっ!』としたのでオリヴィアさんは口を閉じてしまい、代わりにギルバートさんが口を開いた。
「初めて街の外へ行くクエストじゃ。危険な相手もいる。情報は自分で集めてみるべきとワシは思うのう。オリヴィアに訊くのは最後の手段じゃ。いつでも頼れるわけではないからの」
……なるほど、一理ある。
自分の足で頑張れと、服屋の店員さんに話しかけるのに三十分はゆうに要するボクになんて難題を吹っ掛けるんだ、このご老人は。
「ついにきたぁ!ついにきたワケね!あたしの戦斧が火を吹く時がっ!」ブルブルと震えていたと思ったら喜びをチャージしていたらしいレオナが今日一番のジャンプを見せつける。
「……はぁ赤毛の……、人の話をちゃんと聞けと教わらんかったか?」しかし、ギルバートさんはノーリアクションで普通の説教を始めた。
レオナは冷や水を浴びせられ意気消沈する。ちょっとだけ可哀想だ。
「……『巣穴の特定』と言ってたということは、つまり戦闘を想定せず、隠密に徹しろってことですね?」
「そうだ。赤毛のと違ってメガネのは利口じゃのう。伊達にメガネかけとらんわ」
コチラの世界にも『メガネ=賢い』という謎の偏見があるらしい。また一つこの世界に詳しくなった。
「と言え、相手は魔物。たとえサダオさんたちに交戦の意思がなくても、見つかれば間違いなく襲ってくるはずです。油断は禁物ですよ?」
……たしかに。オリヴィアさんのいうとおりだ。
戦闘を想定せず、というのは間違いだったな。全力で回避するよう努める。とでも言えばよかったかな。
「なんかなぁ……つまんなそー!あたしはさ、もっとさ!こう、暴れまくって、この城下町で名を売りたいわけよ!そしたらさ……」
『そしたら』のあとは聞き取れなかった。
多分、この場の誰も。
「まぁいいや。とりあえずコレ受ければ良いんでしょ?そしたらルーキーだなんて情けないあだ名で呼ばれずに済むって話でしょ?」
「……『受けて、成功したら』だけどね」
「うるさいなぁ。わかってるって。ねぇサダオ、アンタさ……あたしのことバカだと思ってるでしょ」
「……明日以降忙しくなりそうだし、ボクはもう部屋に戻って英気を養いますね。ギルバートさん、オリヴィアさん、お先に失礼します」
ボクはレオナを無視して二人に挨拶する。
「うむ。万が一に備えて装備を整えたり、薬草を買っておいたり、準備はしすぎて困るという事ないからの。財布と相談してよく考えることじゃ」
「そうですね。職人街の奥に行けば《革製の防具》や《魔法使い用の防具》を扱っているお店があるので是非、見に行ってみてください」
良いことを聞いた。何度か将来を見据えて職人街に足を運んで見てみたが、どの店も重そうな金属製の防具ばかりで『魔法使い系』はどこで買っているのかと悩んでいたがオリヴィアさんの言葉で理解できた。
「職人街の奥ですね。ありがとうございます。早速明日行ってみます。では、おやすみなさい」
「面と向かって無視すんなダサオ!」
「ボ、ボクはダサオじゃない!サダオだ!」
借りてる部屋に行くため階段を登るボクにレオナがしたから吠えてくる。猫みたいな顔して小型犬みたいに吠えるヤツだな。
ゴブリンの追跡中に興奮して飛びかかったりしなきゃいいけど……。
ボクは一人、部屋に戻り寝床につく。
……ビール半分くらいしか飲んでないのに、すでに頭が痛い。明日、は職人街に行って装備を買ってみよう。武器なんてものを見繕ってもいいかも。
正直に言うと、ちょっと怖い。
ウソ、かなり怖い。
でも少しだけワクワクしてる自分もいる。
「……とにかく、怪我なく無事に帰れるよう明日以降準備と情報集めだな」
そして、ボクは眠りにつき、太陽が昇る。