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ルーキー卒業試験 1


「ルーキーランクも慣れてきたようですし、そろそろ昇級クエストに挑戦してみても良い頃合いかもしれませんね。何か程よい難易度のクエストがあればいいんですけど……」

 ルーキークエストという名の雑用を複数回クリアした大雨の降るある日、その日のクエスト成功の報告を行った後、オリヴィアさんは目の前のボクらでなく一人言の様にそう言った。


《昇級クエスト》名前の響きからして、おそらくボクらが今、ボクらが受けているランクより上位のものに挑めるか試すものだろう。

 

「やったーっ!これでようやくブロンズに上がれるってわけね!長かったぁー!」とレオナはまだ昇格クエストの内容を聞いていないのに両手をあげてぴょこぴょこ跳ね、真っ赤なツインテールの端がボクの顔を掠めている。

 

「……ボクがこの世界に来てもうすぐ二週間。つまりボクらは半月もの間ルーキーランクだったわけか、……長かったなぁ」

 ランクが上がれば受けられるクエストの種類が増え、報酬も危険度が上がると聞いている。……どのくらい上がるのか分からないが、ようやくギルドハウスの2階から棲家を移せるかもしれない。

 ホコリは掃除したからマシになったが、ベッドは硬いし夜寒いし、そして……なにより狭い。


「……あの、もしかしたらお二人とも勘違いしているかもしれないので一応言っておくと、まだブロンズには上がれませんよ?」

「えぇ……?」「そうなんですか?」

 ボクとレオナはお互いの顔を見て首を傾げる。たしかカッパーの上はすぐブロンズだったはずだが?


「はい。ルーキーは(カッパー)ランクの下のランクですから。まずはカッパーに上が――」

「「ええ?!」」

 オリヴィアさんから伝えられた衝撃の事実。

「ルーキーってカッパーの通称とかじゃないんですか?!」「あたしもそう思ってたんだけどっ!なにそれ!あたしたちってまさか、カッパーですら無かったの?!」ギルドハウスにレオナの絶叫がこだまする。他のお客さんいなくて良かったー。


「かーっ!わけぇ連中は元気じゃのう!外まで声が聞こえてきたわい。」

「ギルバートさん!お疲れ様です」


 スキンヘッドに髭を蓄え、海賊みたいなアイパッチを付けた、筋骨隆々のご老人が水浸しのまま入ってくる。

 

「おっすぅ!」「お疲れ様です」

「おうルーキーども。元気なのは良いが、さっさと昇格してワシらを稼がせてくれよ」

 オリヴィアさんが丁寧に挨拶をした大柄のご老人は《隻眼のギルバート》、この冒険者ギルド《カスターニャ》の最高責任者(ギルドマスター)だ。……まぁオーナーとか店長とかその辺の仕事をしてるって事みたいだけど、ギルドマスターという響きはかっこいい。


 オリヴィアさんに渡されたタオルで濡れた頭を雑に拭いてるギルバートさんにレオナが馴れ馴れしく話しかける。

「ギル爺、あたしらまだブロンズどころかカッパーですらないらナイって言われたんだけど?おかしくない?もう半月も経つのに!」

「なーんもおかしくないわい!冒険者っつーのは先ず忍耐。つまんねぇクエストでもしっかり逃げずにやれるか、我慢できるモンか試すためにルーキーってランクがあるんだわい。半月程度で飽きて逃げる奴に()()()()()()クエストは任せられないからのぅ」


 ギルバートさんの言葉にオリヴィアさんが無言で頷き、レオナはしかめっ面を浮かべていた。

 ……つまりちゃんとしてないクエストをやらされてたわけか。まぁ受けてきたクエストが全て『冒険者である必要がない』ものだったから、なんとなくは予想してたけど。


「そう言った意味では、お二人は十分すぎるほどの素質があるかと、お二人がこなしてきたクエストは多くないですが、どの依頼人さんも後日、話を聞くと『赤毛の子がハキハキしていて良かった』『赤毛の嬢ちゃんにまたお願いしたい』などと言った感想を頂けましたし」


 ふふん。と鼻を鳴らし渾身のドヤ顔を決め込むレオナ。おかしいな、聞き違いかな?……今、ボクについての感想が……。


「あとは、飲食店のスタッタラッタさんから『異世界人の兄ちゃんにいつでもいいから冒険者引退したらウチにきてください』という意見ももらってます。よほど気に入られたみたいですね」

 ……それはもう、ボクじゃなくてボクの召喚した塩が目当てなだけだろ……。え?ボクに対する意見はそれだけ?!


「……ふーむ。好評なようじゃのう。……ならもうさっさと認定クエスト受けさせて、カッパーにあげた方がワシらも得しそうじゃの!どれ、せっかくじゃワシが見繕ってやろう」そう言ってギルバートさんはオリヴィアさんの手元にあった冊子をめくる。

「ギル爺!」レオナが飛び跳ねて喜ぶ。


「ふむ、ふむぅ……どのクエストも甲乙つけがたいのう。……時に赤毛の、おぬしは確か『強い冒険者になりたい』んじゃったな?」

「……まぁ、そういう認識で間違いないわね。厳密には違うけど……」

 

 レオナの目的。

 彼女とパーティを組んで二週間経つがボクも依然、聞けていない。

 そもそもの問題はボクに目的も目標もないから彼女に対し払う対価がないことだ。『ボクの目的はコレだ』というものを持っていれば、聞き出せないまでも話題にはできた。だが現状、ボクが一方的に聞き出すカタチしかとれないという課題がある。

「そしてメガネの」これはボクの事だ。ギルバートさんはボクをそう呼ぶ。

「おぬしは未だに目標なしか?」

「はい、そうですね。『生きるために生きる』ただそれだけです」

「前と変わらんか。……これも前話したが、それなら別のもっと安全な仕事も存在するのに何故冒険者を選ぶのじゃ?」

「……」ボクは返答に詰まる。


 今はまだ、危険のキの字も見えていないが、このまま順調にいけば、いつかそういったクエストを受けることもあるだろう。ギルバートさんはおそらく、その時になってボクが頑張れるか、逃げ出さないか、を気にしているのだろう。

 ボク自身、わかっていない。最初は楽しそうだとか、『異世界転移といえば冒険者』みたいな安易な考えだったかもしれない。今こうして半月だけとはいえ、続けて思うのは『人の為になり、ダイレクトにその相手と関われるのはいいな』ということだ。

 でも、きっとそれだけで命を懸けられる人は少ないだろう。ギルバートさんはそれをわかっているはずだ。ボクよりもずっと多くの冒険者を見てきたであろう、この人なら……。


「理由は、……ないのか?」

 ギルバートさんの言葉は……詰める、とは違う。中学受験に失敗したときの『父だと思っていたあの人』から向けられた感情に近い気がする。『諦め』、もしくは『失望』とでも呼べるあの感情に。

「サダオ、あたしもアンタの本心が知りたい。そしたら、もしアンタが話してくれたら、あたしも……」

 レオナは少し表情に影を落とす。ボクとは違い、彼女にはしっかりとした理由と話したくない理由があるのだろう。


「そもそもワシはおぬしのことをあまり知らん。良い機会じゃし、その辺話してみないか?無理にとは言わんがの」

「いえ、その……できれば聞いて欲しいです」

 ボクは間髪入れず、返事をした。

 それを聞くと同時にギルバートさんはボクらの座るカウンター席でなく、テーブル席へと腰を下ろしたので、ボクは立ち上がりそちらへと向かう。


「よければ、何か飲みますか?」

「ワシはビール」「あたしはあのリンゴジュースをお願いします!」「……ボクもビールで」

 レオナもテーブル席へとついてきた。

「え?!」「珍しっ、ていうかアンタってアルコール飲めたの?」

 オリヴィアさんは驚きの声を上げたまま固まる。

「ガハハハッ!メガネの!おぬし成人しておるんじゃな?」「これでも二十歳ですよ」

 アルコールは好きじゃないし苦手だ、でもボクが過去の話を口にするのにはアルコールの助けが必要な気がする。……誰にも話したことがないから、もしかしたらアルコールのチカラがあっても上手く話せないかもしれないけど。

 

 固まったままのオリヴィアさんを放置してボクとレオナはギルバートさんの横へ座り、ボクは対面に座った。

 しばらくもしないうちに飲み物が運ばれてきた。

「さぁ!話してもらおうかの」「まずは乾杯でしょ」「今日は他のお客様もいないですし、そろそろ飲食の方は店じまいなので私もご一緒していいですか?……もうじき、マーヤさんもいらっしゃる時間ですし」


 オリヴィアさんがそう言ったあとすぐ、タイミングよくカランカランカランと音が鳴って、マーヤさんが出勤してきた。

「こんばん……はっ?!」

 いつも無表情のマーヤさんが、仲良く卓を囲むボクらを見て困惑の表情を一瞬だけ浮かべ、すぐにいつもの調子に戻る。


「おう、マーヤあとは頼んだぞ」

「はい」

 全員でマーヤさんに軽く挨拶をしたあと、ギルバートさんはギルドマスターらしく振舞った。

 そして席に戻り、乾杯をしたあとボクの目をまっすぐに見て「どこから話せばおぬしの人となりが見えてくるんじゃろうな」と言った。


「……長くなっても良いのなら、ボクの人生を掻い摘んで話したいと思います」恥ずかしい過去、情けない部分、全てを曝け出す覚悟はできた。なんでいうと大袈裟だ。そんなもの実際は前からいつか話そうと思ってた。ボクはきっと知ってもらいたいんだ。

 異世界からの転移者ではなく《御宅田サダオ》という一人の人間のことを。



「ワシは付き合う」

「私も付き合いますよ」

「あたしはずっと知りたいと思ってた」


「……ボクのいた世界は――」


 ギルドハウスの外では大雨が降り続けている。

 聞いているのはここに居るたった三人。いや、マーヤさんも……、猫のマスターも居るから四人と一匹だが、自信を曝け出すということがこんなに怖く、難しいとは思わなかった。



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