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はじめてのクエスト


「……ここに手を乗せるだけでいいんですね?」

 ギルドハウスの受付嬢、オリヴィアさんがカウンターの下から出した謎の石板を指差しボクは再度確認すると、オリヴィアさんは笑顔で頷く。


 この石板に手を乗せるだけで『冒険者』として登録されるらしいのだが、原理とかその他諸々がボクの理解の範疇から外れすぎていてドキドキする。いきなり針とか出て、血とか取られるのかな……。とかホラー映画で観たような展開を考えて躊躇していると、「あー、もう!焦ったい!あたしが先やるから退いて!ほら!」と、レオナがボクを押しのけ、勢いよく自分の手を石板に乗せた。この赤毛の少女、思い切りが良過ぎる。


「はい。問題なく確認できました。次はサダオさんの番です。さぁ、ささっと」

 オリヴィアさんは手元の小さな石板を見ながら少し事務的にそう言った。

 ……タブレットかよ。って思ったけどタブレットって元々、平らな板とかそういう意味だったはずだから間違ってないな。


「じゃあ……。ふぅ……乗せます!!」

 …………。何も起きない。怖がって損した。

 レオナの時もそうだったから驚きはないが、もっとこう光ったり、魔法陣が浮き出したりしても良くない?地味すぎるにも程があるよ。


「はい。はい……え?……ええ?……どういうこと?」

 オリヴィアさんはタブレットを必死に触ってる。まるで元の世界でタブレットがフリーズした時みたいだ。なにか情報に不備が?あったとしてもボクはコチラの世界からしたら異世界なわけだし、仕方ないのでは?


「オリヴィアさん、どうかしたんですか?」「なにがおかしいの?」

 ボクとレオナが訊ねるがオリヴィアさんはタブレットの操作に夢中ですぐには返事が来ない。


 ………………。


「……サダオさんって、こちらの世界の字は読めますか?」

 タブレットに夢中なオリヴィアさんを放置してレオナと親睦を深めようと、好きな動物とか食べ物の話をしていたボクらにオリヴィアさんはタブレット片手に申し訳なさそうな声で話しかけてきた。


「理由はわからないけど、今のところ全部読めてますね。たぶん書く事はできないけど何故か意味は分かる感じです」

 ボクの言葉に安堵の表情を浮かべるオリヴィアさん。

「これを見て欲しいんです」

 そう言われて差し出されたタブレットにはボクの個人情報、いや、ステータスが書かれていた。


「……御宅田サダオ、二十歳、男。合ってますね」

「その下です」

「……転移者、召喚術師【調味料】、レベル6。はい、なにもおかしくないと思います」


「レベル6っ!?」


「あ……そこですか?そもそもジョブレベルって何なのか聞こうと思――」

「そこですよ!」「そこだろっ!」

 二人してボクに詰めてくる。近い!近い近い近い!


「ちょっと、そんな驚かなくても……」

「ごめんなさい、興奮しちゃって……」


 急に詰めてきた二人から逃げるようカウンターの下に隠れて小さく震えるボクにレオナは呆れ、オリヴィアさんは申し訳なさそうに謝罪する。


「ボ、ボクはそもそも他人が苦手なんです!引きこもりだったこともあるし、仕事は一人でやってました!」

 ……と、いうより押し付けられてたのだが、そこについては今は説明しないでもいいだろう。


「引きこもりってのが分からないけどさ。悪かったよ、ごめんなさい」レオナがきちんと姿勢を正し、頭を下げた。5つも歳下の女の子にここまで丁寧に謝罪されたら許すしかないじゃん。ボクを悪者にしないでくれ。


「あの、……レベルって結局なんなんですか?」ボクはカウンターの下から這い出ながら訊ねる。

「それが……どこにも載ってないんですよね。召喚術師【調味料】なんて聞いたこともありませんし――」

 オリヴィアさんはいつの間にかカウンターの向こう側に戻り、ジョブについて書かれてるであろう冊子を必死にめくっている。

「――レベルというのは()()()には『ダメージを上昇』や『ダメージを軽減』などの発動確率に関係があるもので、レベルが1違うだけで大きく変わるらしいです。私みたいに普通の人生を歩む分にはなんの影響もないんですけど、冒険者さんたちはその差が明暗を分けると言われていて」


 あれ?……レベルが上がるとスキルとか魔法を覚えるって感じじゃないのか。

 もしかしたらレベル6のボクって凄いんじゃないかって期待してただけに裏切られた気分だ。

 

「……ならあまり考えても仕方がないものなんですね」

「そうとも言えますね。上を目指すなら絶対に高い方がいいので、そう言った意味だとサダオさんは冒険者に向いているのかも……。……うーん……でもレベルは確か5、が最大だったはずなんですけど……」


 ん?なんか最後、気になることを言ってた気がするな……?上手く聞き取れなかった。

「あの、今なんて言いま――」

「――とにかく!あたしたちはルーキーだ!ごちゃごちゃ考える前にクエストを受けて!こなして!ランクを上げよう!」

 レオナが元気よく片手を上に挙げる。


「応援してます!」オリヴィアさんも真似して手を挙げた。

「…………おー」ボクは恥ずかしくて小さく挙げた。


「では、クエストを選んでもらいます!まぁ、お二人はルーキーなので選べるほど種類はないんですけどね」

 オリヴィアさんの笑顔がちょっと怪しく見えた。

 


 ――――――


 《ルーキーランククエスト》

 『ダーティスライムの駆除』


 《ジョブ》《冒険者》《クエスト》《ランク》別段、ライトノベルやゲームが好きなわけではないボクでも思わず心躍る響きの言葉が並び、態度には出さないがこの世界にきてからここ数日、ボクはずっと年甲斐もなくワクワクしていた。



 

「……なのにこんなっ、こんな超現実的なものがクエストなんて認めないぞっ!」

「くおら!喋る暇あるなら手を動かさんかぁ!まだまだ仕事はあんだぞ!」

 

 大きなスコップを持ったスキンヘッドのおじさんが頭ごなしに怒鳴りつけてくる。

「はい!親方、すみません!頑張ります!」

「おう!イイ返事だ!でも手ぇ動かすのを忘れるなよ!」

 スキンヘッド親方は満足そうな顔で持ち場に戻る。

 一人親方で人を使うのになれてないだからなのかいちいち怒鳴りつけてくるのがちょっと苦手だ。…………ウソ、かなり苦手。


 でも選択肢がないのでボクは言われた通り黙々と仕事に取り掛かる。何時間やったか分からないが終わりが見えない。……考えないようにしないとダメかもしれない。

 

 ……『ダーティスライムの駆除』なんて仰々しい名前が付けられてるからどんなものかと思ったら、まさかのナイトソイルマン。下水を吸ったスライムを専用の道具(ただのスコップ)で掬い上げて街の外へ運ぶ。ただそれを一日中くりかえす仕事だとは想像が足りなかった。『スライムかぁ。序盤の敵としてはありがちだけど、王道って感じがしていいね』なんて今朝、レオナと楽しく話していたのに。

 

「……くさーい!鼻がとれちゃう!もはや取ってほしい!鼻がいらない!」レオナは頑張ってくれているが身体が小さいのもあり、ボクが掬い荷車(リアカー)に乗せたダーティスライムを荷馬車へ運ぶ役だ。……決して身体が大きいわけでも、筋肉があるわけでもないのにボクは男というだけでダーティスライムを捕まえる役に任命された。時代だなぁ。

 

 というか、これはクエストと言うよりは『お手伝い』なのでは?と思ったが、飲み込む。……飲み込むしかないのだ。

 なぜなら、このクエストはボクらの受けられる()()()()()のクエスト中で()()()1()()なのだから。


「我慢、我慢、我慢」呪いの呪文かのように繰り返しながらボクの捕まえた『下水をたっぷり吸った激臭のダーティスライム』を荷馬車まで運ぶべく、荷車を引くレオナの表情は完全に何かを悟っているようで……切ない。


 ……重くないのがせめてもの救いだ。ダーティスライムは下水を……どうしてるんだ?もし吸収して、彼らの生きる栄養に変えているのだとしたらこのまま放置しても良いはず。もしかして濾過してるのか?だとしたらフィルター役のダーティスライムが弱ってきたので取り替えてるということになる。

 仮説とは言え、この考えだと合点がいくな。……ちょっと現代的な考え方をすると、動物愛護団体的なのが黙っていなそうだが。……もしかしてこの世界にもモンスター愛護団体とかいるのかな?

 

「くおら!ボウズ!最低ランクのクエストだからって手ェ止めて何考えてやがる!一緒に来た()()()()コの方が働いとるぞ!?」

「はい!すみません親方!考え事をしてました!すぐに仕事に戻ります!」

「返事はイイな!だけど返事だけだと困るんだからな!仕事もしっかりこなせよ!」

「はい!」


『とにかく返事と挨拶だけは声を張れ』と十五で就職する時、兄に言われた。『それだけでも生きやすくなる』と何度も言われた意味が今になってわかった気がする。


「よし、イイ返事に免じて答えてやる。言ってみろ!」

「……?はい!親方!……何を言えばいいのでしょう?」

「くおら!ルーキー冒険者!お前が『考え事』だって言ったんだろ!その手伝いをしてやるって言ってんだ!オラの知ってることならなんでも教えてやる!」

 スキンヘッド親方は手で胸を強く叩く。……手を怪我していて今日の納期に間に合わないから冒険者ギルドに依頼を出したと言っていたが大丈夫なのか?……あ、やっぱり痛そうにしている。


「えと、ダーティスライムって軽いし小さいけど蓄えた汚水や汚物はどこに消えてるんですか?あとボクらは何故コレらを回収――」

「――くおら!おら!くっちゃべってねぇで働けって言ったろうがっ!ワケわかんねぇ話は終わりだ!終わりだ終わり!あと数件!さっと終わらせろ!」

「!?はい!親方!すみません!はい!」

 


 …………こうしてボクらは初めてのクエストをなんとか終えることができた。

 

「……二度とやりたくない」

 帰りしな小さくこぼしたレオナの一人言にボクは無言で頷きギルドハウスへと戻る。風呂に入りたい。せめて暖かいシャワーが浴びたい。鼻が臭い。未だに目が痛い。

 3つしかない最低ランクのクエストを二連続で失敗したボクらが悪いのは分かっているが……つらい。


 ギルドハウスが見えてきたら、その扉の前に人が立っているのが見えた。「オリヴィアさんだ」レオナは目が良く、気づいてすぐにそう言って駆け出した。

「また走ってる……」彼女はすぐに走る。とにかく走る。まさに元気印って感じ。


 ボクもそれについて少し早歩きになり、ギルドハウスへと近づくとオリヴィアさんの顔がはっきりと見えた。……いつもの笑顔は消え、申し訳なさそうな表情を浮かべてる。……まさかなにかあったのか……。

 先に行ったレオナも暗い顔をしたまま、黙ってギルドハウスの裏口へと向かってしまった。


「その……本当に申し訳ないんですけど……、臭いが凄いので裏庭で……」とオリヴィアさんに言われる。

 

 ……そりゃそうだ。ギルドハウス内は飲食も提供しているのだから、この汚れたままで入るわけにはいかない。すでに鼻に臭いが染み付いてるボクには分からないが()()()()()()()()()()服は作りが煩雑だ。臭いが染み込んでるかも……。


 あぁ、次のクエストはもう少し臭くないものがいいな。

 

 

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