冒険者について 1
「サダオさんは異世界からの転移者なのでレオナちゃんからすると『そんなの知ってるよ!』って思っちゃう話もあるかもしれませんが」
オリヴィア先生、……いや、オリヴィアさんが赤髪の少女に伝えると、『レオナ』と呼ばれた少女は「えー?……異世界?あっ本当だ。気づかなかったけどアンタ、転移者なのね!……あー!だからさっきの女の人と変な話してたんだ」と言った。
「変な話……?」オリヴィアさんがボクに怪訝な目を向けてくる。なんか変な誤解されそうだ。
「こ、この国の通貨や、貨幣制度について訊いてたんです。銅貨や銀貨などの価値がピンときていなくて……」
「あぁなるほど。……転移者だと気付いていなかったリオナちゃんからするとそれは確かに『変な話』に聞こえちゃいますね」とオリヴィアさんはボクを労うよう肩をすくめた。
「その、なぜか皆さんボクが転移者だってすぐ気づくんですけど、具体的にどこが違うんですか?人種的な違いがあるのはわかるんですけど……」というボクの質問に二人は天井を見つめながら『うーん……?』と唸った。
少し離れた場所で掃除をしていたマーヤさんが放った『雰囲気、としか言えませんね。あとは服装とかが』との言葉にオリヴィアさんとレオナさんが頷く。
そうか、服か。靴もそうだが、彼女たちや城下町で見かけた人らが着ていたモノはボクの着ている《安い大量生産品》よりも……。
もしかしてボクの着てるコレって売れたりするのかな。もしそうなら当面の生活資金を捻出できそうだし、あとでオリヴィアさんに聞いてみよう。
「……話が逸れちゃいましたね」
ごめんなさい、ボクのせいです。オリヴィアさんの話の腰を折ってしまったことについて心の中で反省するボク。
「まず!第一にココ、冒険者ギルドハウス《カスターニャ》は二十四時間開いています。たとえ深夜でもクエストの受注、報告は可能です。ですがアルコールを始めとした飲食を提供するのは原則、七時から二十四時までとなります。事前にご予約頂ければ、その限りではありませんので『打ち上げ』などで利用したい場合は、お気軽にお声掛けください!」
オリヴィアさんの《説明会》はギルドハウスの営業から始まった。……如才ないなぁ。
「この世界には《冒険者》と呼ばれる職業があり、冒険者とは《冒険者ギルド》に登録した人たちの事を指します。彼ら彼女らは、時に村や街を守り市民を助け、時に自らの力試しに強敵へ挑み、金銀財宝や貴重な物品を求めて危険な場所に飛び込むこともある仕事です。どんな目的の、どんな冒険者になるかは本人次第ですね」
ふむふむ、なんとなくイメージしていた通りだ。
「ふふん」と聞こえたので横を見ると、なぜか赤毛の少女がコチラを見ながら『どうだ凄いだろ』と言わんばかりの表情を浮かべていたが、キミはまだボクと同じでスタートラインにすら立っていない側の人間だろ。
「基本的にはギルドに依頼された『クエスト』を受けて、報酬として金品をいただきます。クエスト中に得た素材やその他金品は基本的にその冒険者さん個人のものになりますが、もし素材をギルドに持ち込んでもらえたら、こちらで買い取ることも可能です。もちろん武器、防具屋や素材屋さんと直接の取引をしていただいても構いません。……ただ、討伐クエストなんかの場合は『討伐対象の一部』が成果報告の証拠になるので持ち込んでもらう形になるんですけど。と、今までのところで何か質問が――?」
主にボクを見ながらオリヴィアさんが溜めるのでボクは首を横に振った。
「――ない、ですね。では次の説明に移ります。《冒険者》は全てではないですが危険を伴うこともある職業なので、全てが自己責任になります、そして戦闘が想定されることも多くなるので《ジョブ》をお持ちの方しか登録は推奨されていないです」
「え?」……?今の言い方だとまるで……。
「サダオさん、どうかしました?」
「あっ、いや、なんか今の言い方だと、ジョブ持ちでない人がいるかのように聞こえたので」
「何言ってるの?持ってる人の方が珍しいでしょ」
赤毛の少女は呆れた口調でそう言った。
「レオナちゃん。サダオさんは転移者ですよ?それもまだ、来たばかりの」怒る、とまでは言わないが少し真面目なテンションでオリヴィアさんに詰められた赤毛の少女は両手を上に軽く挙げて降参のポーズをとった。……外国っぽいジェスチャーだ。
「サダオさん、レオナちゃんの言う通り、この世界ではジョブ持ちってそんなに多くないんです。ちなみに私の家族もジョブ持ちは私だけです」
「そうだったですね」
オリヴィアさんのジョブってなんなんだろ?と本筋を逸れる疑問が浮かんだが、説明が滞るので黙っておく。
「ていうか、そもそもジョブってなんなのか、どこまで理解してるの?アンタのいた世界にもジョブってあったの?」
赤毛の少女が目の前に置かれたコップのフチをなぞりながら素晴らしいパスを出してくれた。
ボクはなんとなく姿勢を正し、襟首を整える。
「実はボク《ジョブ》について何も知らないんです」
「え?あ、……そうだったんですね!ってそれはそうか。すみません、失念してました……」
オリヴィアさんがわざわざ頭を下げて謝るが、ボクがもっと前に伝えるべきだった。
「いえいえ、ボ、ボクが悪いんです。最初に言うべきでした」
「そういうのいいから早く進めようよー。あたしお腹空いてきちゃったし!」
赤毛の少女の言葉にオリヴィアさんは反応し、何やら調理を始めた。
「なにか作りますね。あっ、説明はお料理しながらでも平気ですか?」
「え?!やったー!あたしは全然気にしない!」「ボクも気にしません」
正直に言うと、ボクもおなかが鳴りそうだったので有難い。
「ではこのまま失礼しますね。《ジョブ》というのは基本的に『補正値』に関わるものです」
補正……?なんだろう、どういうことなんだ?
「ジョブには数え切るのが大変なくらい種類があり、えっと……有名なところだと、剣士、戦士、魔法使いなどがありますね」
「はい!あたし戦士!」
赤毛の少女が元気よく手を挙げた。
「あんまり他人に教えるものでもないのですけど……。せっかくなので例に使わせてもらいますね」
オリヴィアさんは少しだけ呆れた雰囲気を出したが赤毛の少女は気にも留めていない。強い。
「その前に……簡単ですが、どうぞ」
ハムっぽい焼いた謎の肉にスクランブルエッグ、炒めた謎の野菜。謎の部分を無視すれば海外の朝食っぽいものがボクらの前に提供された。
「ありがとうございます。あの、これってお値段は……」
赤毛の少女は無言で食べ始めた。
「銅貨三枚になります!」
あっ、ちゃんと取るんですね。と言いそうになるのを我慢しつつ、麻袋を取り出すと「冗談ですよ!これはサービスします」とオリヴィアさんは笑った。
タダで泊まらせてもらった挙句、朝食までご馳走になってしまった。……て、あれ?これ、冒険者になるしか選択肢ない感じじゃないか?
「いただきます」ボクは手を合わせてから食べ始め……、オリヴィアさんと赤毛の少女が物珍しそうにコチラを見てくる。
「……今のはボクのいた世界の、ボクのいた国の文化です」と一人言のように説明すると二人は「へぇー」と興味あるんだか、ないんだかわからないリアクションをした。
…………まぁ異文化に対する興味って割とそんなもんだよね。
「では、食べながら聞いてください」
オリヴィアさんが、そう前置きして話を戻す。
「戦士には、【軽】と【重】の二種類が基本的に存在します。……えっと、……戦士【重】を例にあげましょうか」
オリヴィアさんは何故か少し気まずそうな顔をしている。「……【軽】のほうが嬉しいです」
赤毛の少女が先程と違い静かにそう言った。
食事中は静かになるのか。なんか犬っぽいな。
などと考えているとオリヴィアさんがカウンターの端、受付と書かれたプレートの置いてある場所から何やら冊子を持ってきて読み始めた。
「……いいんですか?では、戦士【軽】を例にしますね。――『戦士【軽】は敵の攻撃を回避する時、本来よりも速く動ける《回避状態》の発動することがある。《回避状態》が発動すると、その際に受けたダメージを無効化することもある。レベルによって発動率が変動。片手斧、槍装備時、それらの重量が軽くなり、両手斧、剣類が重く扱いにくくなる。防具は皮、および軽量のものに防御力補正がかかりダメージ軽減、重装備、鎧系の防具を装備時、機動力低下』とあります」
「え?………………え?」
なんだ今の……?
ジョブについての情報をまとめた資料を読み上げたんだろうけど、その内容はさすがにゲーム的すぎるような……。あれ?もしかしてココって、異世界は異世界だけど、ゲームの世界?
「なにか気になる点がありましたか?」
「いや、あの、……割と全部分からなくて、びっくりしました」
「ぜ、全部ですか?!」「はぁ?」
オリヴィアさんは驚き、赤毛の少女は呆れてため息をもらす。二人をガッカリさせてしまったが、そうはいっても分からないのだから仕方がない。
「その、まず、回避状態ってなんなんでしょうか?当たった攻撃が当たってないことになるなんて現実でそんなこと……あり得るんですか?」
「……?」「……」二人とも何も言わない。
「じゃあ、あの……、武器や防具が軽くなるとか重くなるって重量が本当に変わるんですか?そんなことありえなくないですか?」
言って思ったが……なんかこれ禁忌に触れてる気がしてきた。
「……そういうもんだからなぁ」「……そういうものですよね」
『そういうもの』か……便利な言葉だ。
と、いうかそもそもボクがこの世界に飛ばされてきたという事もよく考えたら説明がつかない……。
…………よし!考えるのらやめておこう。
とにかく今は情報を仕入れて記憶し、うまく利用しないと話にならない。その奥にある、この世界の真実みたいなものは『いつか使う気がする』という考えで取って置いた微妙なサイズの空箱みたいに記憶の片隅に隠して忘れよう。
「わかりました。そういうものなんですね」
「ええ、そういうものです」「そうそう、あまり考えても仕方ない事もあるよ」
その辺の仕様っぽいところは忘れて受け入れる道を選んだボクは、そうではない疑問についても確認することにした。
「なんか、ボクの中でのイメージの話で申し訳ないんですけど、ボクはジョブっていうと『専用スキル』とか『専用魔法』とセットってイメージを持ってるんです。でも、今の話だと……なんか《補正》の面しか語られてないっていうか。専用スキルについて触れてないのは何故ですか?……それにここまでメリット、デメリット両方知られるのってリスクが……って……。す、すみません、一人で勝手にペラペラと……」
……喋りすぎた。こういう細かい話が好きだからっていきなり饒舌になりすぎだろ。我ながら嫌になる。もしかしたら引かれたかも知れない。というか引かれただろう。
「……その通りなんですよ!《ジョブスキル》というものはあるんですけど、実はそれって《ジョブ》とは別に紐付いていなくて、本人の努力次第である程度は使えるようになるものなんです。よく気がつきましたね!」
オリヴィアさんは特に引いた感じを見せず、逆に嬉しそうにしてくれた。
赤毛の少女は何も言わず、野菜以外が空になったプレートを見つめている。野菜嫌いなのかな?
「じゃあ、今の話を踏まえると……、この世界では誰でも魔法が使えるようになるって事ですか?」
なんという事だ。もしもボクにも魔法が使えたら――。
「元から才能ある人間が努力すれば、ね?」
――なんてね。そんな事だろうと思った。
赤毛の少女のやさぐれた言葉で一気に現実に引き戻された気がする。
「……まぁ正直に言うと、レオナちゃんの言う通りですね。紐付いていない、というのは理想論とも言われています。ジョブ毎に『習得しやすいスキル』『魔法』はある程度決まってるみたいなので」
そう言ってオリヴィアさんは空のグラスの上に片手を塞ぐように掲げた。
「でも簡単なものなら……ほら、こうして私みたいな一般人でも使えるようになるんですよ」
小さな魔法陣が浮かび上がり、グラスの中へ黄色っぽい液体が注がれた。
匂いが充満する。
「リンゴジュースだっ!飲んでいいの?」
赤毛の少女の前にオリヴィアさんがコップを置き、『どうぞ』と言い終わる前に少女は口をつける。
「美味しいー!」
……他人の握ったおにぎり的なイメージが湧いてきて、ボクの前にも同じように置かれたソレに手を出す勇気が出ない。
……二人の頭にハテナが浮かんでいるのが分かる。
ここで手を出さないのはきっと感じが悪いだろう。…………ボクは意を決してコップを掴み、口をつける。
…………。
「あっ、すごい美味しい……。すごく、滑らかで甘くて、でも後に残らないスッキリとした……」って何を食レポごっこしてるのだ、ボクは。
「ふふっ、ありがとうございます」
オリヴィアさんから生まれたリンゴジュース。……凄いな、魔法っていうか手品みたいだったな。
まぁマジックという意味では同じか。
…………同じではないな。
メリークリスマス