『読者がリアリティを感じる条件は何か?』が分かれば、作品に真実味がでる。
読者がリアリティを感じるのはどんな時か?
まず、筆者が経験したことが書いてあれば、真実味を感じる。
なぜ?
・経験者だから知りえた詳細が書いてあるから。(例えば、「ホヤはほぼ海水の味!海水に歯ごたえがあるだけ!」とか)
・対話形式の場合、生じる疑問全てに答えてくれれば「ホントに経験したのねぇ!」と真実味が出る。(例えば「どこで知り合ったの?」「通ってる会員制ジムのxxだよ」「いつ」「毎週水曜日に会うからね」などなど数々の疑問に全て答えてくれれば真実と認定する)
→この手法は宗教の教祖が新しい信者を説得する時にも使うと聞いたことがある。(教義についてひたすら質問させてそれに全部答える)
つまり、リアリティに必要なのは詳細であること、一定である(不変である)こと。(同じ意味の質問をしたのに毎回答えが変わると嘘っぽい。)
他には?
・実物があり、読者が確かめることができる場合。(例えば、「体が半分以上浮かぶ海があるよ!」→ああそれ『死海』ね!知ってる!映像を見たことがある!)
・既知の真実から推測可能である場合。(例えば、「平らな面に水を浅く張れば鏡面になるよ!」→ああそれ「ウユニ塩湖」ってあったよね?そんな原理だったよね!)
このことから、読者の『真実』判定方法がわかる。
つまり、『真実』とは、『いつでも、何度でも、確認可能な、誰が解釈しても不変の・一貫性のある情報』ということかな?
では、架空の出来事に真実味を出したいときはどうすればいいのか?
物語中で架空の出来事を記述する際の方法には次のようなものがある。
・出来事の描写。「x月〇日、大阪の山中で、Aという人が、埋蔵金を、掘り当てた。」
・セリフ中の出来事。「x月〇日、大阪の山中で、Aという人が、埋蔵金を、掘り当てた、という噂を聞いたよ!」
・セリフ中の出来事とそれについての会話。「x月〇日、大阪の山中で、Aという人が、埋蔵金を、掘り当てた、という噂を聞いたよ!」「Aという人は、なぜ埋蔵金を探してたの?」「それはね、・・・・」
(余談だが、劇の最初に「xxを聞いたか?」「聞いた聞いた!」と噂を始める坊主を登場させることを「聞いたか坊主」というらしい。これ多用してる。確かに楽だし。)
セリフで出来事を語らせると、出来事の詳細を描写する手間が省けて、セリフの発言者をリアルに描写すれば、出来事もリアルになるという効果があり便利かと思ったけど、・・・・本当に効果があるのかな?
せっかく詳細さを出すために細かいアイテムを持ち出したとしても、ファクトチェック?というか読者内部の「これホントにありそうか?」チェックが行われてるので注意が必要。
例えば、「埋蔵金を小さいスコップ一つで掘り出した。」は「嘘っぽい」と判定される。園芸用のスコップを想像し、埋蔵金は深くに埋まってると想像するから。時間を何か月も費やしたとあれば納得できるが、その説明が無ければ「嘘っぽい」=「面白くない」と思ってしまう。
では結論をまとめる。
『出来事がリアルだと思わせるには?』
・描写を詳細に。読者が既知の真実またはそれから推測可能なアイテムがあること・出来事が起きること。
『セリフ中出来事がリアルだと思わせるには?』
・セリフ発言者が現場に居合わせた設定なら、質問と答えを繰り返すことでリアリティが出せる。
・多くの別人が同一のことについて同じことを言うとリアリティがでる。一貫性のある不変の情報と判断されるから。
・既知の真実またはそれから推測できる出来事ならリアルだと思える。
まだ他にもありそうだけどな~~~というモヤモヤはあるけど。今はこれくらいで。
*大前提として真実味を感じる作品が面白いと感じる読者についてである。




