『これは私の運命だ!』と思ったことがない理由が分かった。その2
DMNは鬱を引き起こすだけで悪者か?
というとそうでもない。
クリエイティブには脳の整理が必要らしい。(これよく書いてあるけど根拠が薄いと思う。)
普通に考えて、そりゃあ整理されてない=抽象化・一般化されてない具体的な出来事をいくら記憶してても、そこから法則や規則が導き出されてなければ、推測、予想、仮説、新解釈、というクリエイティブは生まれないから。
またDMNが無いと『脳の整理』ができないかどうかもわからない。
ただ、LSDの使用で見られる幻覚や、超越的な啓示=『神のお告げ』の正体が何か?は分かる。
答えは、既出だが『自己の洞察』である。と本には書いてあったが、もっと言うと、『自己の欲求』じゃないかな?
『洞察』だとすると、なぜ今まで思いつかなかったのか?の疑問が残る。
DMNが『利己的な欲求(xxしたい!)』と『社会規範的道徳(xxすべき!xxはダメ!)』との一致点を探って、すり合わせて、自分と外部状況とを上手いこと折り合いをつけさせようとしてるなら、『自己の洞察』が『社会規範的道徳』と反してない限り、意識に昇らせて表現してもいい、つまりもっと前に思いついてもおかしくない。
LSDでDMN機能が低下してはじめて意識に昇った『自己の洞察』なら、やっぱり反社会的なんじゃないかな?
これはその通りだと思う。
『私は神だ!他人の命を奪う権利がある』
という洞察はマトモな人には受け入れがたい。
では、そこまでではない
『私は作家になる運命だった!神様にそう告げられた!』
ぐらいの『超越的啓示』の場合は?
これもDMN機能が正常?のときはなかなか意識に昇らない。
よっぽど、具体的実績がある場合、(受賞などからの自己分析、周囲の賞賛、執筆の依頼)はDMNも『そうだよ!』となるから、こんな『超越的啓示』は必要ない。
ただ、自分内の空想が高まって、妄想が暴走した結果の『超越的啓示』は完全に『利己的な欲求』である。
『ブレインストーミングでDMN機能が低下するらしい』のもこの説を補強している。
『ブレインストーミング』は批判無しで思いついたことをドンドン書き出す!作業なので、自己否定無し!の空想をするだけで内省が弱まり、『都合のいい欲求』を『神のお告げ』とまで勘違いデキて、気持ちよくなれればいいことづくめだと思う。他人に害を与えない限りは。
かく言う私の場合、まぁ~~~そんな神のお告げは聞いた事は無いが、ブレインストーミング最中、『イイ感じ!上手くいってる!』ぐらいの天啓?はあった気がする。
『他人が悪口を言ってる』『命を狙われてる』などの被害妄想も、『こんなことでは他人は自分を責めるだろう』→『自分を責めたい、罰したい』という欲求に、DMN機能低下時に、その『島』にアクセスすることで生じるのだと思う。
これは『もしこんな行動を他人がしたら悪口を言いたい、殺したいと思う』という他罰欲求が同じことをする自分に向き、DMN機能低下のときその欲求が形を変えて噴出するのではないかと思う。諸刃の剣、ブーメラン、ともいう。
LSDが気持ちイイ仕組みもわかったし、それならブレインストーミングしてればいいことも分かった。
『自分に都合のいい妄想・空想』は『鬱病』予防になるし、聞こえる声は『超越的啓示』じゃなく『自己の欲求』だと思えばそれを操ってモチベーションに使おう!と次のことを考えられるので理解することって大事だなと思う。




