なぜ楽しい気分はすぐに消え失せ、苦痛は長く続くのか?~結果、快楽を供給する市場は潤う~
『楽しい気分』といえば、脳内麻薬が出た時の気分。
代表的な脳内麻薬にはドーパミンがある。
これは、恋愛、ギャンブル、覚醒剤によって刺激される脳の部位・腹側被蓋野にドーパミン作動性神経が分布しており、その神経へ刺激が伝わることで、放出され快楽が得られる。
快楽を得るためには、ドーパミン作動性神経を刺激すればいいが、覚醒剤が違法で人体に有害であるから、これを使うことはできない。
しかも、ドーパミン作動性神経を刺激して『楽しい気分』を得ても、ドーパミンはすぐに代謝され分解されて『楽しい気分』はすぐに消え失せるから、何度も快楽刺激を入力する必要があり、賭け事なり、恋愛なり、買い物なり、の依存症になる。
それに引き換え、『苦痛』は例えば、満員電車で痴漢に遭ったという、肉体的損傷を被ったわけでもない出来事にすら、その後の一生を左右されるぐらい精神的苦痛を受け、それを思い出し続けてしまう。
『苦痛』は『快楽』より、明らかに長引き、継続する。
それはなぜか?
進化論と意味的な答えは、
『苦痛を記憶し続ける個体の方が、危険への対処が速く、生き延びるのに有利で、快楽を記憶し続ける個体は生存に不利だった』
ということだろうが、確かに、原始時代では性行為後の快楽を長く楽しめても、逃走や闘争や獲物獲得という行動が阻まれるだけで害しかない。
楽しい気分はできるだけ早く消え失せ、危機に備え、食物獲得行動に移ったほうが、生き延びる確率が上がる。
だが、現在の、原始時代と違う、危険が少なくなった状況で、苦痛が長引くのは不利益じゃないのか?
しかも苦痛を予想する状態である『不安』はもっと無意味。
例えば、『あの人を怒らせたかも』という不安は、この世で最も無駄な『不安』なのになぜクヨクヨ考えてしまうのか?
答えとして『原始時代から現代へ適応するための人類の脳機能の更新が間に合ってないから』とよく説明される。
あと『人間は社会的動物で、集団から放り出されることは死亡宣告だから』と。
でも、合理的に考えれば誰かを怒らせたぐらいで殺されるワケはないし、社会的に抹殺されるといっても、今の人間関係を失うだけで、新天地で新たに作ればいいっちゃいい。
不安に押しつぶされて死んでしまうよりは、合理的に判断して、捨てるべきものは捨てればいいし、都合よい未来を考え出すという人類特有の能力を使えばいいと思う。
つまり不合理な苦痛は捨て、快楽を合法的に追求すればいい。
『苦痛』を消すには不合理な不安を捨てるだけで、何の技術も道具も必要ない。
しかし『快楽』を得るには、外部から刺激を入力する必要があり、物品を購入する必要がある。
食べ物を食べても、数時間後には空腹になるように、満腹が続かないせいで、食物の市場は人類がいる限り続く。
『楽しい気分』もすぐ消失するので、『快楽』への需要は高まり続け、快楽は供給し続ける必要があり、その製造・販売という職業は衰退しないと思う。




