その②
「ソフィーさん。いままで本当にお世話になりました!」
「サラちゃん……うんっ」
「わたし、ソフィーさんの弟子になれて良かったです」
「私もだよ。サラちゃんが弟子になってくれて良かった」
こんなどうしようもない師匠でごめんね。そんな謝罪の意味も込めてギュッとサラちゃんを抱きしめる私。最初はこんな私に指導役が務まるのかすごく不安でした。けれどこの子はそんな私の不安を見事に吹き飛ばし、いまこうして旅立とうとしています。
「いつでも戻って来て良いんだからね」
「――はい。ありがとうございます」
「患者さんを診る時は情に流されないようね」
「はい」
「精密薬はちゃんと鍵が掛かる場所で保管するんだよ」
「わかってますよ」
「それから――」
「ソフィーさん」
「?」
抱きしめる私を突き放すように一歩後ろへ下がるサラちゃんは「心配し過ぎです」と口を尖らせます。ですがすぐにニコッと自信に満ちた笑顔を見せてくれました。
「大丈夫ですよ。わたしはソフィーさんの一番弟子なんですよ。自分の弟子を少しは信じて下さい。師匠?」
「師匠……え、サラちゃん。いま私のこと師匠って言った⁉」
「なんのことですか。ソフィーさんはソフィーさんですよ」
サラちゃんは恥ずかしそうにそっぽを向き、なんとか誤魔化そうとしますが私にはしっかり聞こえました。まさか私が師匠と呼ばれる日が来るとは思ってもいませんでした。
「――ソフィーさん?」
「なに?」
「わたし――」
――そろそろ出るぞ~
タイミングを見計らっていたのかバートさんが出発の合図を出し、その声で現実に引き戻された私は「いってらっしゃい」と弟子を送り出しまず。
「落ち着いたら手紙くらい送ってね」
「はい。お世話になりました!」
「うん。頑張ってね」
「はい。いってきます!」
元気よく挨拶するサラちゃんはバートさんの手を借りて馬車へ乗り込み、それからすぐバートさんも御者台へ上がります。
「サラちゃんをお願いします」
「任せろ。それじゃ行ってくる」
力強く頷くバートさんが手綱を引くとゆっくりと馬車が動き出します。店の前に集まった村の人たちは遠ざかる馬車に向かって手を振り、サラちゃんも荷台から身を乗り出しそれに応えます。私はそんな彼らを静かに見守り、大事な一番弟子の未来に幸多からんことを祈りました。
「……行ったな」
「うん」
「なぁ、ソフィー」
「なに?」
「最後、サラとなに話してたんだ」
「エドの愚痴」
「はぁ⁉」
「なんてウソ。私とサラちゃんの秘密だよ」
サラちゃんは私にある約束をしてくれました。それは私とサラちゃん、師匠と弟子だけの秘密です。
――楽しみにしてるからね
遠くに見える馬車を見つめ呟く私は心にぽっかりと穴が開いたような感じがしました。けれど悲しくはありません。だってサラちゃんの旅立ちは彼女の夢が叶った瞬間でもあるのですから。




