その③
◇ ◇ ◇
その日の夜。夕食の席にはアリサさんたちの姿もあり、上座に当たる席にはサラちゃんが恥ずかしそうに座っています。今夜はサラちゃんの合格祝い。無事に私の挑戦状を攻略した後輩を労うパーティーです。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「ありがとうございます。別に薬師試験に受かった訳でもないのにお祝いなんかしてもらって……」
「そんな遠慮しなくて良いぞ。そこの意地悪な師匠のせいで大変だったな」
「ちょっと! そんな言い方しなくて良いでしょ⁉」
「だってなぁ~」
同意を求めようとサラちゃんの方を見るエド。そんな彼に苦笑いを見せるサラちゃんは問診票にヒントがありましたと言います。
「問診票の中にヘビ毒用の解毒薬を飲んだって書いてありました」
「解毒薬を飲んだ?」
「はい。誰が処方したのかわかりませんが、この人は持っていたヘビ毒用の解毒薬を自己判断で薬を飲みました」
「それで中毒を起こした?」
「わたしはそう判断しました」
エドの問い掛けに頷くサラちゃんは普通ならあり得ない話ですと付け加え、同意を求めるように私を見ました。
「解毒薬や麻酔薬は使い方を誤ると命に関わる場合があるので患者さんへ渡すことはありません。そうですよね?」
「その通り。でもなぜか男性は解毒薬を持っていた。薬があれば使っちゃうよね……って、2人ともどうしたの?」
「ソフィー、おまえ……」
「え?」
「結局のところ、サラ殿を不合格にする気はなかったのだな」
エドたちがジト目で私を見ています。どうやら試験課題にちりばめた“ヒント”に不満があるみたいです。
「必要のない薬を飲めば中毒になるって、サラならすぐわかるだろ」
「そ、それはそうだけど――」
「そもそも『行商人が解毒薬を持っていた』というのは少し無理がないか」
「アリサさんの言う通りだな」
「で、でも試験だとしてもヒントは必要だし……ね?」
エドたちの追求に気を吞まれる私はニコッと笑顔を見せて誤魔化します。まぁ、課題を作った私もちょっと無理があるかなとは思っていたので仕方ない部分はあります。それでもサラちゃんがヘビに噛まれた事実に惑わされず、正しい答えを導き出したのは事実です。
サラちゃんが下した診断は『解毒薬の誤用による中毒』。高熱と呼吸障害はあるけど経過観察で十分と判断した彼女は症状を緩和させる目的で『風邪薬』を処方する選択をしました。対症療法が主となる中で選択する薬としては最善と言えます。
「薬の誤用による中毒は症状に応じた薬を処方しつつ、安静にして症状が落ち着くのを待つしかないの」
「解毒薬は作らないのか?」
「一応レシピはあるけど、解毒薬に使う薬草は組み合わせを間違えたら毒になるものもあるから止めた方が良いかな」
「だからサラは風邪薬を作ったのか」
「はい。レシピ通りに作れば『風邪薬』なら解毒薬に使う薬草は入っていないので」
頷くサラちゃんは念のために“ブラッドマリー”を使わなかったと言い、その理由もしっかり説明してくれます。
「毒の回りを早くしてしまうのでヘビ毒に“ブラッドマリー”の使用は禁忌なんです。噛んだヘビの正体がわからない状態で症状が無いからと無毒のヘビいだと断定するのは危険です。」
「でも噛んだ奴は無毒なんだろ? 心配し過ぎじゃないのか」
「問診票に書いてある内容なら無毒の可能性が高いです。でも絶対ではないので」
その通り。患者さんの言葉に絶対はありません。今回は『模擬』問診票ですがたとえ『模擬』だったとしても確証がない限り、最悪を想定すべきです。そういう意味では“ブラッドマリー”を外したサラちゃんの選択は間違いではありません。




